エルピス・プロジェクト
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「再び侵入することになるとはな」
SOLテクノロジー社、マザーコンピュータ群。リンク・ヴレインズの騒動直後もあってか、迷路のようなセキュリティ・トラップのアップデートが進んでいないのが見て取れた。むしろ侵入する側のアップデートの方がリードしているらしい。以前アバターに繋げていたディセプション・ジャミング……アイの言う“しっぽ”も搭載プログラムとして無線になり、データストームを避けて深淵部を航行する。
『なんか全然変わってねーよなァ。セキュリティ甘ぇーんじゃねーの』
「少し黙ってろ」
アイに言われなくても分かっている。一度ファイヤー・ウォールを破られておいてシステムを再構築しないほうがおかしい。
「(だが行くしかない)」
プレイメーカーは最終エリアを抜け、中央のメインデータバンクへとたどり着いた。
「プレイメーカー? まさか、何しに来たのかしら」
財前から隠密に転送されているモニタリング映像を前に、キーボードを叩いていたエマの手が止まった。SOLのメインセキュリティ室が動いていないところを見ると、恐らく今だけは財前が泳がせているのだろう。
モニター越しに彼の行動を監視しながら、エマは再びキーボードパネルを触り始める。そうしている間にもプレイメーカーは中央のデータバンクに触れ、何かを探しているようだ。接触があったデータフォルダを弾き出し、彼が何を探しているのかをエマは逆抽出に入る。
「……どこで嗅ぎつけたのかしら」
プレイメーカーの狙いは明らかだった。彼がコピーしたデータから、エマはモニターに顔を向ける。
すぐに財前にメッセージを送るが、返事は期待できそうにない。
画面にもうひとり現れた人影、……いまメッセージを送ったばかりの相手が、プレイメーカーに接触したのだ。
「プレイメーカー。なぜ君がここに」
「お前は、財前晃」
いつしかとは逆のようだ。中央の卵形バンクを背にしてプレイメーカーは振り返る。歩み寄ってきた財前を前にして、見つかった事よりもある疑念が大きく影を落とした。
「いつから気付いていた」
「君がレベルCエリアを越えたありで感知していた。見た目は以前と変わっていないが、侵入者のスキャニング精度は上がっている」
その発言にプレイメーカーは目を細めた。
「なら、侵入者発見の警報を鳴らない理由は何だ?」
流石は頭の回転速度が早いだけあるらしい。まどろっこしい質問を重ねるのではなく、確実に何か理由があると察して直入の質問をしてきたプレイメーカーに、財前は目を閉じて少し考える。
「……誰を待っている?」
財前の答えを待つつもりはないらしい。その問いに目を開けると、財前は手をかざして現れたキーパネルをいくつかタップした。すると、すぐにプレイメーカーのデュエルディスクが何かを受信した音を上げる。驚いてそれを見れば、アイが顔を出して『オイオイどういうつもりだよ』と財前に困惑したような仕草を見せた。
「いま送ったのは、このエリアからでもログアウトできるバックドアだ。君がどんなデータを抜いたのか今は問わない。だから直ぐにログアウトするんだ」
「……」
『俺たちを逃すってゆーのか? いったい何企んでやがる!』
どっちが人間らしいと言うべきなのか、プレイメーカーに代わってアイが顔を顰める。財前はただ口を噤んで、じっとプレイメーカーと目を合わるだけだった。
「私に従ってくれ、プレイメーカー。妹やリンク・ヴレインズを救ってくれた君を巻き込みたくはない」
「ほう、……やはり罠だったか」
突然降ってきた低い声に財前とプレイメーカー、そしてアイが上を見上げた。ゲートを開いて飛び降りてきたのは、少し姿を変えてはいたが、紛れもなく見慣れた人物───
「リボルバー!!!」
「プレイメーカー、……余計なことに首を突っ込んだな」
フルフェイスだったバイザーは短くなり、本来の顔を晒したアバターに変えているリボルバーにアイが『ええ〜』と声を上げた。狼狽る財前を横目に、イグニスまで居ると知るなり余計に機嫌を悪くしたリボルバーが舌打ちをする。
「プレイメーカー、今はこの男の言う通りログアウトしろ。お前には関係の無いことだ」
「だがこれは───」
「ロスト事件の因縁は終わった。お前がそれに起因する闘いに関わる理由はない」
やはりプレイメーカーも、ロスト事件で行われた《ハノイ・プロジェクト》の焼き増しを嗅ぎつけてここへ来たらしいと、財前は苦虫を噛み潰したような顔で口を閉ざす。リボルバーもそれ以上プレイメーカーと話すつもりはないらしく、財前の方へと足を進める。
「さあ、お望みどおり直々に来てやったぞ」
ある程度距離を取って立ち止まると、そこで腕を組んだ。そして用件だけを簡潔に口にする。
「なまえを返せ」
「まったく、ホント余裕の無い頼み方してくるんだから!」
あ〜もう!とブチブチ文句を言いながら、エマは出来る限りの猛スピードでキーパネルを叩き続けた。そしてプログラムをアップロードすると、財前の端末に送信する。モニターに目を向けると、ちょうど財前が自分のディスクを覗き込んでいる背中が映し出されていた。それが「受け取ったのだろう」という予想上での返信と受け止め、エマはやっと息を吐く。
だがそれも束の間。すぐに体を起こして画面に向き合い、次のプログラムを書き起こし始める。
「次はもっと厄介な相手なんだから…… これは上乗せじゃ足んないわね」
請求額… 覚悟しときなさいよ、と呟きながら、エマの目はもう文字列を追っていた。
「私も彼女を無事に返したい。だが彼女の体は完全に拘束されていて、私でも近付くことができない」
手を振って訴える財前に対し、信用ならんな、とでも言うようにリボルバーは鼻で笑う。そこへプレイメーカーが歩み寄ってきて、3人は改めて向かい合った。
「リボルバーをここへ誘き寄せるために、俺の侵入に警報を鳴らさなかったのか」
「警報音ごときで帰るつもりなど無かったがな」
プライドからかプレイメーカーに見向きもせずそう訂正する。
「分かっている。しかし警報を止めているのは、上層部が君たちの侵入に気付かないようにするためだ」
その言葉に、リボルバーは財前を睨んだまま組んでいた腕を下ろす。
「時間が無い。もし彼女を返さないのなら、いまここでSOLのマザーコンピュータを破壊する」
本気だ、と示すためか、リボルバーは手を差し出して破壊プログラムを財前に見せた。『ひー怖!』と騒ぐアイの横で、財前も焦りを見せる。
「そんな事をすれば、このマザーコンピュータにログインしている彼女も消滅する!」
「分かっている」
据わった目を細めるリボルバーに財前はグッと息を飲んだ。そして目を閉じてほんの少しだけ考えたあと、彼も手を差し出してデータを呼び出す。
「……それは?」
淡々としているリボルバーに代わって、プレイメーカーがそのデータに目を向けた。メインバンクを中央にしたマザーコンピュータ群の立体地図に、一点の目標が差されている。
「研究室が管理しているネットワークサーバーの位置だ。強制ログインさせられている彼女の、……みょうじなまえの精神は、この中に居る」
「つまり、俺たちのようなアバター状態というわけか」
「甘いな。あの計画書では、お前たちSOLが組んだAIプログラムになまえの意識データを直接吸収させる方法を取っている。
……いま、アイツの魂は何パーセント残っている?」