/ Battle Ship side
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「現時点でのバトルシップの高度は1000メートル。突風吹き荒ぶ気流の刃は体を切り裂くほどの痛みをデュエリストに与えることになる」
中央エレベーターで登った先、船体の頂上に設けられたデュエルフィールドに一同は騒めいた。
「こんな吹きっさらしの所で闘えっていうの?」
舞が苦情めいた声を上げる横で、静香も「寒い」と腕を摩る。鉄筋の階段を上がり、遊戯は対戦者に向き合った。
「しかしついてねぇよなぁ。いきなり遊戯と当たるなんてよ」
「なんか、既に結果見えてるって感じだね」
遊戯の対戦者、デュエルフィールドに上がったのは獏良だった。本田と御伽がそんな事を言う背後で、ナム─── 本物のマリクは薄ら笑う。
「(さぁ…… それはどうかな? ヤツは千年アイテムの所持者だぜ? フフフ…… なんといきなりミレニアムバトルの始まりだ!)」
闇色の空に
「そろそろ正体を現したらどうだ。お前、獏良じゃないな?」
「……フフフ」
「お前は千年リングに宿る、闇の住人」
事ここに来て誤魔化すつもりはないとばかりに、バクラは鋭さを増した目で顔を上げた。体から浮き出た千年リングに本田は人一倍ハッと驚く。
「そんなバカな! あのリングはオレが捨てたはずだったよな?!」
現場を見ている名前に本田が同意を求めるが、名前は首を横に振る。
「な、なんでまたバクラのもとに戻っちまったんだ?」
「本田が投げ捨てた辺りから千年リングは見つからなかった。……その時点で、なんとなく予測はしてたわ。千年アイテムは一度選んだ所有者に、なにかしらの形で深く結合しているもの」
……しているはずだった、の言い間違いかと名前は自嘲するようにフッと笑ってバクラから目を逸らした。自分の千年秤は今やあの男のものになっている。
「(いいえ、私は元から、千年秤を預かっているだけの立場だった)」
脳裏にシャーディーの姿が浮かぶ。軽くなった腰のベルトにまだ慣れない違和感と、自分が唯一外部からの闇の力に対抗できる手段を失った恐れが斬り裂く風となって、名前の足や首元を撫でる。
その様子にマリクは周りが気づかない程度に鼻で笑った。そして何の悪意もなさそうな目で周りを見回す。
「ねぇ、どういうこと? 千年リングってなに?」
「そっか…… ナム君には何のことだかわからないわよね」
「私もよ」
舞も訂正するように杏子に答える。バクラの父がエジプトで入手した千年リングを、バクラ自身が身に付けたせいで闇の意思に取り憑かれたと城之内が説明する。それを聞き流しながら名前はふとナムに目を向けた。その顔が一瞬、今のバクラの様に歪んで笑ったのを見逃さなかった。
「……!」
「じゃあその闇の意思がまたバクラ君を操っているの? 信じられないなあ」
そっと背中を撫でたものは、はたして高高度による気流だけだったろうか。
「チッ、いやな予感がするぜ、このデュエル」
「(フッ、……ひとつだけ訂正してやる。いまバクラを支配している人格は1人じゃない。2人いるってね)」
「……」
───なにか、重要なことを見落としている。
だが自然と伸びた手の先に千年秤はもうない。名前はただ心の中で舌打ちをした。
***
「遊戯! キサマとこうして闘うのは、デュエリストキングダムでの闇のゲーム以来だな」
「再びバクラ君の体を乗っ取って、いったい何を企んでいるんだ。……狙いは千年パズルか?!」
「フフフ……さぁな」
バクラは一度は笑って誤魔化した。その目の先には確かに千年パズルがある。だがバクラが欲しているもの、……狙いは別にあった。
「(遊戯。……あの女の扉を開けるには、千年パズルを持ったテメェの存在が必要不可欠。それまでは、死んでもらっても、まして千年パズルを失ってもらってもオレ様が困るんだよ。千年パズルは邪悪なる力を手に入れるための最後のピースだ。今はまだ必要ない。───今は、まだ)」
フッと笑い、バクラは「さて、どう取り繕うか」と息をついた。
「遊戯。オレがこのトーナメントに参加した理由はただひとつ。キサマの持つ、神のカードだ!」
「(神のカードだと?! なぜ奴がオレのオシリスを……!)」
「(全然信じてねぇって顔だな。……まぁいいさ、これはヤツとの契約)」
オシリスのカードと引き換えに、千年ロッドと千年秤を渡すというもの。すらりと視線をマリクに向ければ、本物の方の彼はすっかり遊戯の仲間達の中へ加わっている。
「(フフッ…… いざとなれば、僕がキサマの宿主を操って遊戯を倒してやってもいいけど)」
「(引っ込んでろ!! 一度遊戯に負けたヤツが偉そうにほざいてんじゃねぇ)」
遊戯は俺が倒す。そう遊戯を睨み返せば、遊戯もその視線に目を鋭くした。
「これより、バトルシップ決勝トーナメント1回戦を開始します!!!」
「「デュエル!!!」」
遊戯(LP:4000)
バクラ(LP:4000)
「さぁ、デュエルの腕がどれほど上がったか見せてみな!」
「ほざいてろ! オレ様の先行、ドローカード!!!」
***
バクラ(LP:450)
僅か3ターンで、バクラは全く無抵抗のまま3体のモンスターを失った。一方遊戯のフィールドにはモンスターが2体。不気味なほどの静寂に、観衆も戸惑いを隠せない。
「これも戦略なのか……?」
「いずれにしても、次のターンが来れば遊戯の勝ちよ」
舞がそう呟く後ろでただ漠然と「それはそうだけど」と受け入れる全員だったが、名前や海馬、そして対峙する遊戯だけは疑念を感じていた。「本当に?」と。
「ターン終了だ」
遊戯のエンド宣言と同時に、バクラは静かに笑い出し、それは堪えきれない高笑いとなってボリュームを上げた。バクラが「待っていた」間にバクラのライフを削りきれなかった、それが遊戯の犯したミスだったろう。
「遊戯!!! キサマはオレ様の罠に嵌ったんだよ!!!」
「なにッ?!」
圧倒的に有利なはずの遊戯に対して、ブラフにしてはバクラの目が自信に満ちている。観戦している誰もがこの状況を逆転できる手段があるのかと訝しんだが、それがハッタリでないことは遊戯が一番に察していた。
「オレ様のオカルトデッキに眠るモンスター……だがそいつを召喚するには、3体の悪魔族モンスターを墓地に送る必要があったのさ」
「特殊召喚モンスター?!」
「そうよ、───サァ蘇れ、死の世界の支配者。《ダーク・ネクロフィア》召喚!!!」
《ダーク・ネクロフィア》(★8・攻/2200)
「(油断したぜ、まさかそんな手で上級モンスターを召喚してくるとは……!)」
大幅にライフを削ってまで召喚してきたモンスター。それに見合うだけの効果が続くことは目に見えている。
「さらにリバースカードを2枚セットし、ターン終了だ!」
《ダーク・ネクロフィア》で攻撃してこなかったバクラに遊戯が目を細める。それも、ダーク・ネクロフィアの攻撃力で倒せるモンスターが遊戯のフィールドに出ているも拘らず。
「(オレのリバースカードを警戒しているのか? ……それとも)」
その視線にバクラが小さく笑う。
「オレのターン!!!」
遊戯のライフは無傷の4000。バクラのライフは残りたった450。遊戯はこのまま押し切ることを選んだ。
「オレは《幻獣王ガゼル》を生贄に捧げ、《ブラック・マジシャン・ガール》召喚!!!」
《ブラック・マジシャン・ガール》
(★6・攻/2000)
「ケッ、マジシャンの小娘ごときの攻撃力じゃ、オレ様のダーク・ネクロフィアは倒せねぇよ!」
「ソイツはどうかな? キサマが
そこまで聞いてバクラはハッと唇を薄く開けた。
「そのカードは、……《魔術の呪文書》!」
《ブラック・マジシャン・ガール》
(攻/ 2000→2500)
《ブラック・マジシャン・ガール》が攻撃力を500ポイント上げ、《ダーク・ネクロフィア》を上回る。
「(でもバクラのライフを削りきれない)」
遊戯らしくないと言うべきか、それともここまでが神の悪戯か。名前は目を細めた。
「いくぜ! 《ブラック・マジシャン・ガール》の攻撃! 《ダーク・ネクロフィア》を撃破!!!」
バクラ(LP:150)
たったの150の差、遊戯はそれを削りきれなかった。結果論でものを言うなら、デュエルは誰にでも容易いだろう。遊戯ですらそう易くはいかないのだ。その証左とも言うべきか、現に撃破されたダーク・ネクロフィアの残留怨嗟とも言うべき煙が立ち上って気流に消えていく向こうで、バクラは笑っていた。
「ダーク・ネクロフィアを倒してくれてありがとうよ遊戯」
遊戯は残りたった150のライフを削りきれなかった事が、むしろダーク・ネクロフィアを倒した事までもが失敗だったと瞬時に悟る。バクラも遊戯が何を察したのか分かっている上で、デュエリストとして強者であるはずの遊戯が手の上で踊るのが楽しくて仕方ない。
「ダーク・ネクロフィアが墓地に送り込まれたことで、フィールド魔法《ダーク・サンクチュアリ》が発動!!!」
不気味な笑い声が足元から響き襲い来る。それに呼応するように、デュエルフィールドは闇へと包まれた。
「キサマはいま世にも恐ろしいオカルトコンボのスイッチを押しちまったのさ。遊戯、オカルトコンボの恐ろしさを、たっぷり味わわせてやるぜ!!!」