/ Battle Ship side
名前変換
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ズン、とした振動に名前は顔を上げた。
窓枠に納まっていたスタジアムの観客席が下へ下へと過ぎていき、街の光を反射する群青色の空が埋め尽くして行く。エンジン音や振動も大して気にするほどでもなく、テーブルや手の中に広げたカードに目線を戻すが、やはり気圧で耳が痛んだ。
『8名のデュエリスト、及びご乗船の皆様は1時間後、ホールへお集まり下さい。お食事をご用意しております。なお、対戦の組み合わせはその場で発表、トーナメント開始は1時間後とさせて頂きます』
スピーカーからの声に手を止めるでもなく、時計を一瞥だけして息を吐いた。そのまま視界に入っているデッキケースに手を伸ばし、セパレーターで分けていた2枚のカードを覗く。
「(……神には如何なる
***
「お前たち、兄様の部屋に何の用だ?」
扉をノックしようとした磯野の手が止まる。振り返ると、腰に手を当てて仁王立ちするモクバが磯野と河豚田を睨んでいた。
「8人のデュエリストが到着しましたので、ご連絡を……」
「兄様の邪魔をするな! デュエリストにとって、デュエル前のこの時間がどんなに大事か知っているはずだ!」
「も、申し訳ございません」
扉の向こうで、海馬もまたテーブルにカードを広げていた。その中の一枚、《オベリスクの巨神兵》を抜き取って顔の前まで持ち上げながらも、青い目はカードではなく
「(いよいよトーナメントの始まりだ。遊戯、そしてまだ見ぬ敵…… マリクを倒し、必ずや3枚の神のカードをオレの掌中に収める)」
「(もう一人の僕が探し求めている記憶のピース。それを手に入れるためには勝つしかないんだ)」
遊戯もまた神のカード、《オシリスの天空竜》を手に黙していた。ただその人格は表の遊戯のもの。テーブルに置いたデッキに目を向け、片手を差し向ける。
「もう一人の僕、……神のカードは入れておくよ。いよいよ始まるね、もう一人の僕にとっての、運命の戦いが」
『……この闘いを制したとき、本当にオレは記憶を取り戻す事ができるのだろうか』
「きっと」
『《オベリスクの巨神兵》を持つ海馬、そしてトーナメント出場者である3人のデュエリストの中に、まだ見ぬ敵……千年アイテムの所持者にして《ラーの翼神竜》を持つ男、マリクは必ず居る。3体の幻獣神がぶつかり合う激闘─── オレは必ず勝ってみせるぜ』
***
『ホールにお集まり下さい』、そんな放送に部屋を出て足を運べば、既に遊戯や城之内たちが歓談していた。その奥には腕を組んだ海馬も立っている。
海馬にも遊戯にも話し掛ける勇気が出ない。本当なら、どうしてあんな事をしたのかと海馬を責めたいが、当事者以外に知られるのも憚られてホールの出入り口でたじろぐしか出来ないでいた。どうすべきかと彷徨き、一歩足を引いたところで背中に誰かがぶつかる。
「……、あ! ご、ごめんなさ───」
振り返ると、見覚えのある銀色の髪にゾッとした息を飲む。彼の名前を名前が声に出すより先に、城之内が驚いたような声を上げて駆け寄ってきた。
「ば、獏良! なんでお前ェが?!」
「獏良君!」
追うように遊戯や杏子、本田も集まって来る。結果的に獏良と周りから挟まれる形になった名前が、どこか居づらそうに城之内の方へ逃げた。いつもなら自分の方に来ると思っていた名前が、こちらを避けたような素振りをしたのを、何も知らない表の人格の遊戯が一瞬だけその横顔を目で追う。それでも気のせいだと言い聞かせて、すぐに前髪で顔の見えない獏良を覗き込んだ。
「獏良君、怪我は大丈夫なの?」
「う、うん……」
集まってきた全員からの声にも顔をなかなか見せなかった獏良が、杏子の問いかけでやっと顔を上げた。その目の色はいつもの獏良のものではあったが、遊戯と名前だけは訝しんだ口元を隠せないでいる。
なにより遊戯が、すぐにその腕に着けられたデュエルディスクに驚いた。
「獏良君、そのデュエルディスクは……?!」
「もちろん、決勝トーナメントに参加するためさ」
「……!」
「な、なに〜?!!」と城之内や本田は声を揃えて狼狽える。そんな周りの反応を意に介するでもなく、獏良はいつものニコニコした顔で、決勝進出のIDカードを取り出して見せた。
「ほら、僕は7番目。結構ギリギリで焦っちゃったよ〜」
のほほんと笑う獏良の目元から、遊戯は怪訝に寄せた眉を元に戻せない。
「(獏良君がトーナメントに参加するなんて信じられない……! まさか)」
その遊戯の目に獏良は内心舌打ちをしていた。ニコニコと貼り付けた顔で名前の方も見てみれば、名前はもっとあからさまに目を細めている。マリクが言っていた通り、千年秤も見当たらない。
「お前いつの間に予選に出場してたんだ?!」
「しかも勝ち抜いてパズルカードを6枚手に入れるなんてよぉ!」
捲し立てる城之内と本田を受け流す獏良の背後から、別の人影が歩み寄って来るのに気付いた杏子が顔を上げる。ホールに現れた見慣れない人物に海馬や遊戯に漣が立つも、それすぐに城之内と杏子によって平静に戻された。
「ナム! ナムじゃねぇか」
獏良に並び立つ褐色の肌の少年に、獏良は少しだけ場所を譲る。ナムと呼ばれた彼は、獏良の同じような笑顔で城之内に向き合った。
「あのあと大丈夫だったの?」
「君たちこそ、無事でよかったね」
杏子とナムのやり取りに、城之内がふと顔を険しくした。
「(そういえば、───コイツにデュエルを教えてくれって言われて、そこでグールズに襲われちまったんだよな。あのあと俺たちだけが捕まって、コイツだけ無事なのは何でだ?)」
「僕、みんなが欲しがるようなレアカードを持っているわけじゃないし」
まるで城之内の心の内を見透かした上で誤魔化すように笑うナムに、城之内の疑念はさらに深くなる。
「(一連のおかしな事件は、コイツと出会ってからだ…… まさか)」
ナム─── そう名乗っていたいマリクは心の中で舌打ちをすると、すぐに杏子に植え付けたままの支配力を持って援護させた。
「みんな、紹介するわ。彼はナム君。アタシ達がグールズに襲われたとき助けてくれたのよ。ねっ、城之内?」
「んっ!? あ、ああ!」
「初めまして。ナムだ、よろしく」
そう笑って遊戯と握手を交わすマリクを、獏良は内心「よくやるぜ」と言った目で見ていた。懐柔に成功して薄ら笑うマリクと、遊戯たち一行はホールの中へと進んで歩く。
「よっぽど実力があるんだね。運だけで勝ち抜けるほどの予選じゃなかったし」
「いやぁ、周りを見ても有名デュエリストばかりの強豪揃いで、いきなり自信喪失ってとこかな」
先頭でそう笑い合うナムと遊戯の姿に、そのあとを付いて歩く城之内は頭を掻く。
「(ハァ…… 俺の思い過ごしか、……)」
ホールには7人のデュエリストが揃っていた。のこる8人目、それこそがマリク─── 海馬と遊戯の神経がひりつく。
「そういえば、イシズさんも来てないわ」
杏子が見回してそう言うと、名前も顔を上げて見回す。
ふと海馬と目が合い、肩が小さく跳ねた。心臓が喉を塞いだように息苦しい。目を逸らせば、追い討ちを掛けるように遊戯と目が合う。それが表の人格の遊戯だとしても、名前にとって同じ事だった。
「───あ、の、……私、イシズさんを呼びに行って来るわ」
何歩か後退して、隣にいた杏子や舞の返事も待たず逃げるように小走りでホールから飛び出す。様子のおかしい名前に杏子と舞が顔を見合わせて首を傾げる。海馬だけは、その後ろ姿を目で追うが、また静かに目を閉じた。