/ Domino City side
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運命を受け入れ続けて来た。母の死も、父の死も、弟との決別も。受け入れる事しかできなかった。だとしても、それが自分の弱さだと思ったことは一度もない。
どんなに辛く悲しいことでも受けとめ、向き合える事こそが人間としての真に強い姿だと知っている。
それが勝敗を分けたもの。
***
この世界の端へ行けば、天と地の間には4本の柱が立っている。
背には太陽、そして正面には月。天を支配するふたつの象徴が向かい合い、遥か遠く鏡面の地平線には船が行く。中央に置かれた石の机には何もなく、ただ僅かな砂粒が太陽に煌めいていた。
ハヤブサの頭を、まさしく小鳥もそうするように小刻みに動かしたあと、その神は手で撫で取った紫色の痣に熱い息を吹きかける。すると痣だったものが中央の石机を挟んだ向かい側に飛び散り、やがて月の光がそれを捏ねて人の形を作り出した。
『“月の生みし者”、
『ならば
トキの細長くしならせた嘴を薄く開けてその神は笑った。右にウアスを、左にアンクをそれぞれ手にし、まさしく水鳥がそうするように細長い首で天を見上げたあと、その神はもう一度太陽を頭に掲げるハヤブサに向き合う。
『ひとり足りない』
太陽は月を照らし続けているというのに、月は欠け、そして満ちる。ただ気紛れにそれを繰り返し、トキは目を閉ざす。
彼はもういる、そう言い掛けて太陽は沈黙した。
『私の生んだ記憶の集合体よ、なぜ神の写し身でありながらお前が先に目覚めたのか』
『ならば私を生み出した執念の集合体よ、なぜ神でありながらお前は写し身としてここにあるのか』
『私の
『私の
互いの嘴が貝のように硬く閉じた。沈黙のうちにも地平線を行く船は進み続け、やがて太陽を過ぎ去り月の方へと周回する。
『「いいえ、私はあなたを取り戻す。そのためならば、この世界を再び壊してしまっても構わない」』
ハヤブサの頭を落とし、男は砂となって崩れた。太陽だけが残る水平線に目を閉じたままの月が迫る。あなたが永遠に朽ちるはずのない
死は、明確な境界線などではない。一度終わってしまったとして、それが本当の終わりなどではない。
こうして死後の世界で、私はまだあなたの事を待っている。
***
もしこの手に千年秤があったなら、結末を感じ取っていたかもしれない。これが私の試練。千年秤を失って初めて、私が今まで結末ありきで戦っていたことに気が付いた。常に“勝利する確実な裏付け”があったから、私は堂々と闘い、勝ってきた。
私はクイーンなどではなかった。
人に与えられたクイーンの称号、千年秤に与えられたクイーンの実力、魔導士たちやブラック・マジシャンに与えられた、クイーンである自分の側面。すべて与えられたもの。私の力などではなかった。
私は目覚めなくてはいけない。自分の手で地から起き上がり、自分の足で地に立ち、そして、自分の意思で私は女王の座へ登る。思い出せ、私は“あの男”に相応しい女だった。そして、これからもそうあり続けなければならない。
運命が定められていると言うのならば、私は私自身の力で自分の運命を定める。起きて、───起きて。“また”取りこぼしてしまわないために。
「ドロー!」
(手札0→2)
遊戯の前髪を風が撫で、海馬の足元を過ぎ去った。シンと静まり返ったスタジアムの真ん中、落ちる影の方向が定まらないほどの全面からのライトの中で、ただひとり名前だけがその手札の中身を知る。
「速攻魔法、───《禁じられた聖杯》!」
黄金の杯を手から落とした感触、血色の湖面、そこに映る黄金のウジャド眼。誰かの死の傍に置かれた、水瓶と黄金の杯。
「《禁じられた聖杯》の発動対象は、《墓守の巫女》!」
あぁ、どうか今は静かにしていて。あとで必ず、向き合うから。だから今はどうか、私のままでいさせて。
「このカードは対象モンスターの攻撃力を、このターンのあいだ400ポイント上げる代わりに、モンスター効果が無効化されるカード!」
「───ッ! まさか!」
「そう、《墓守の巫女》の効果、フィールドに適用された《王家の眠る谷》は、このターン無効化される!!!」
イシズが振り返れば、蜃気楼のように揺らめいていた王家の眠る谷は、本当の蜃気楼だったかのように消え去った。焦りを滲ませて名前に向き直れば、天高く彼女の頭上に月がある。
息を飲むことも吐くことも忘れて、この一瞬をイシズは見入った。
「さらに墓地の墓守の数だけ攻撃力を上げる効果も無効となり、《墓守の巫女》の攻撃力の上昇値は、これで《禁じられた聖杯》での400ポイントのみ!」
《墓守の巫女》(攻/3100→1400)
「私は手札から《魔導書士バテル》を攻撃表示で召喚! バテルの効果で、さらにデッキから魔導書と名のつく魔法カードを手札に加える!
(手札1→0→1)
私が手札に加えるのは───《ネクロの魔導書》!」
流れるようにデュエルディスクに投下され、フィールドにネクロの魔導書のカードが立ち上がる。ただ呆然と見ていることしかできないイシズは、どんな運命であれ、墓守の一族の血は、自分の血は王家の人間の魂に平伏すほかないのだと悟っていた。
この血が、彼女の中の王妃の魂を揺り動かしたのだと。
「《ネクロの魔導書》は、墓地の魔法使い族1体を除外することで、他の魔法使い族モンスター1体をフィールドに生還させるカード! フィールド魔法《王家の眠る谷》の墓地からの除外封じの効果がなくなったいま、……私は《魔導法士ジュノン》をゲームから除外!」
復活の儀式の青い火が焚かれ、紫色の光を帯びたネクロの魔導書が開かれる。恐れなどない。あなたは生け贄などではない。別れは互いが選んだもの。こうして再び側にあるために引かれた境界線。
「《ブラック・マジシャン》、生還!!!」
これで手札はゼロ。裸も同然。
「《ブラック・マジシャン》で、《墓守の巫女》を攻撃!」
心のどこかで恐れていた、ブラック・マジシャンがイシズに攻撃をしないのではという懸念もあっさりと砕かれた。ブラック・マジシャンによって墓守の巫女が撃破され、砕かれたビジョンの中でイシズが顔を顰める。
「さらに、《魔導書士バテル》でプレイヤーにダイレクト・アタック!」
「うぅ……!」
イシズ(LP:500)
「ヨシ! これでライフが並んだ」
楽観的にしているのは城之内や杏子、そして静香と本田だけだった。遊戯と舞の顔色は冴えず、海馬も目を細める。
「お、おい、遊戯?」
名前も分かっていた。おそらくこれで敗北する。
「今のターン、名前はイシズさんのライフを削り切るべきだった」
遊戯がやっとその重々しい口を開いた。舞も顔を背けるだけで否定をしない。少し離れた所に立つ海馬も腕を組むだけで少し俯き、その顔色は前髪に隠されている。
「名前のフィールドには、攻撃力たった500のモンスターが攻撃表示になっている。モンスター効果を発動するために、守備で出せなかった」
そして名前の手札はゼロ。フィールドに《ブラック・マジシャン》が居ようが、《魔導書士バテル》を守る手立てはない。イシズが攻撃力1000以上のモンスターを引けば、このデュエルは終わる。
「もしモンスターを引けなかったとしても、相手の手札は3枚。もし名前のように、モンスターを呼び出せる魔法カードがあったら、……どちらにせよ名前が負ける」
そう言った舞に遊戯以外の注目が集まったあと、全員名前に目を向けた。
「(……なにも悔いはない)」
心は静かだった。私は諦めなかった、その点においてこれで敗北しても後悔はない。
あぁでも、海馬の目に私はどう映っているだろう。敗者として、そして女としても価値を失ってしまっていたら、少し悲しいな。
「ターンエンドよ」