/ Domino City side
名前変換
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間に合え。
───間に合え!
オベリスクの攻撃の衝撃に耐えられず、ゴンドラを吊す鎖を爆破される前に名前は後ろに吹き飛ばされた。海馬にはゆっくりとした動きでそれが見えていた。名前のライフカウンターが0になった事で足元の縄梯子のアクリルケースが開く。
その間にも名前は地面に吸い込まれるように落ちていく。
「名前───!!!」
考えるよりも先に体が動いた。縄梯子を掴んで海馬は飛び降りると、ゴンドラに繋がれた縄梯子を基点にして真横の倉庫の壁を走る。視界の端にテント張りの倉庫が見えた。
「くっ……あぁぁぁぁ!」
縄を手放して思い切り壁を蹴り込む。
届け、間に合え───!
その背後でゴンドラの爆発が起きた。起爆タイマーのその僅か数秒の差が海馬に味方する。衝撃波で体を押され、海馬は名前の腕を掴んだ。
「───うぐっ く!」
名前を抱き寄せて胸に抱き抱える。その頭をしっかりと手で包み込むと、海馬は体を捻って自分の背中を下にしてテント張りになった平倉庫の屋根に飛び込んだ。
***
「───遊戯! オレがお前を絶対に死なせやしねえ!!!」
もう自分の鍵を取っている時間はない。城之内はデュエルディスクを放り出すだけ放り出して、足枷の鎖を掴んで遊戯の鍵の箱へ飛び込んだ。
「うをぉああぁぁぁ!」
───間に合ってくれ!
城之内の手が遊戯の鍵の入ったその箱に触れる瞬間、タイマーが鳴り響いて錨の起爆装置が爆発する。急激な引力に引っ張られるまま、城之内と遊戯は海中へ引き摺り込まれていった。
***
地面に落ちる瞬間は本当に一瞬の衝撃だった。
目を閉じた真っ暗な中でビッビビ───とビニールの裂ける音が耳を劈く。だが幸いにも地面に叩きつけられることも、鉄筋の梁に直撃することもなく、海馬は覚悟していたよりも随分軽い痛みだけで倉庫の床に落ちた。
「……ッつ、くぅッ───」
砂埃舞う中で目を開け、軋むような痛みを堪えて首を上げる。胸の中で気を失っている名前の腕がズルリと落ちたが、小さく唸って眉を動かしたのを見て海馬は安堵の息を大きく吐いた。
じわじわと背中が痛むだけで、出血や骨が折れた感覚はない。クッション代わりになったシートやわけのわからない荷物を体の下敷きにしたまま、思わず海馬は天を仰ぐ。
その青い目は、ほんの一瞬青い影と白い巨影を見た。
だがハッと息を飲んだ時にはもうそれらは消えていた。
「兄様!!!」
モクバの大声が頭を殴る。痛む身体をおして起き上がれば、平倉庫の出入り口から飛び込んできたモクバと、それに続いて舞と御伽が駆け込んでくるのが見える。
「モクバ、……」
「良かった、無事だったんだね兄様!」
「大丈夫?! 名前は?! 怪我してない?」
矢継ぎ早に捲し立てる舞に海馬が目を細めるが、起き上がって名前の体を抱き直す。
「───、う……」
「……気を失っているだけだ。問題ない」
そのまま名前の膝の下に腕を通すと、海馬は名前を抱いたまま立ち上がる。やはりどこかしら痛む体に顔が引きつると、御伽が手を出してきた。
「僕が代わるよ、海馬君も怪我してるじゃないか」
「気安く触るな」
ピシャリと突っぱねた海馬に御伽がムッと唇を曲げる。舞も「まあまあ」とその場を諫めると、目を閉じたままの名前の顔に掛かる髪を一筋戻してやった。
「遊戯達はどうした」
***
「ブハッ ゲホッ ゲホッ」
海面から顔を出して思い切り空気を求める。咳き込む城之内を支えて浮かんでいるのは、包帯を取ったばかりの静香だった。
「静香、お前……」
「みんなが私を、ここまで連れてきてくれたの」
濡れて顔に張り付く前髪を掻きやってやり、城之内は妹の煌めく瞳を見つめた。
「城之内!」
遊戯を介抱しながら本田や杏子もパッと笑顔を取り戻す。遊戯も朦朧としていた目を見開いて、ずぶ濡れの体に力を入れた。
「城之内君……!」
「遊戯、みんな……!」
太陽はもう半分以上沈んでいた。陸に上がった城之内や遊戯、そして本田と静香も、すっかり海水を含んだ服の裾を絞ったりしていた。
遊戯と戦わされたショックに、城之内はデュエリストとして失格だったと遊戯に詫びたが、本田の叱責や静香の励ましに、城之内は再び立ち上がる。
「遊戯」
「……! 海馬君、名前」
「城之内! よかった、無事だったのね」
遊戯が振り返った先で、名前を抱き抱えたのままの海馬が歩み寄った。その後ろをついていた舞が城之内に駆け寄り、モクバや御伽も顔を見せる。
***
「───う、ん……」
目を開ければ、自分の髪より赤い空を何人もの人影が覗き込んでいた。ハッとして目を覚ますと、海馬が自分の肩を抱いている。その後ろには、遊戯や舞、モクバ達もいた。
「名前!」
パッと顔を明るくした遊戯に目をやる。死んでいるのか、夢なのか、名前はまだあやふやな感覚から抜け出せないでゆるゆると一番近い男の顔を見上げた。
「海───
パチン、という音だけが返された。
張り倒すでもなく、肌の上の虫でも叩くかのような手がそのまま頬を包むだけ。全然痛くないビンタが、たぶん海馬の精一杯の罰なのだろうとゆっくり理解する。
でもその思考もそこで中断させられた。そのまま苦しいほど抱き締められ、再び奪われた視界に手足をジタバタと動かして助けを求める。
「は? ちょ、っと、───え?!」
だが海馬から解放してくれる手はどこにも無かった。余りにも静かに抱き締められ、段々とデュエルで何があったかを思い出して顔を真っ赤にする。
……観念して、名前は震える手を海馬の背中や肩に回した。
それなのに今度は海馬が攻撃とばかりに、背骨が軋むほど名前をさらに強く抱き締める。
「痛たたたたたたたたた!!! 痛い! ちょっギブ……!」
いやいや何かがおかしい。海馬が人前でこんな事する訳が───
やっと解放されたと思えば、子供が遊び飽きた人形を放るかのように突き放して海馬は立ち上がった。名前はただその場に座り込んで、前髪で見えない海馬の顔に真意を探るしかない。
「か、海馬……?」
「二度とあんな事はするな」
それだけ言って、海馬は名前の腕を引いて立ち上がらせた。強引な扱いに文句を言いたいところだが、デュエルで言い合ったことだとか自分が何をしたかとかは覚えていて、何も言葉を返すことができない。
「あのね名前……」
舞がコソッと寄るなり、名前の耳に口を寄せた。私が知らないことを何かしら教えてくれるのだと直ぐに理解してそのまま耳を貸せば、本田や御伽の視線の意味を知らされる。
「アンタ達が上で告白大会してるの、全部下に響いて丸聞こえだったわよ」
「……」「…………」
唇を溶接でもしたのかというくらい、名前と海馬は閉口した。
……私たち、いったい何を言い合ってたっけ?
ザッと青くした顔で振り向けば、城之内や本田、杏子がニコニコしている。表の人格の遊戯はそういう事で人をからかう趣味は無いらしいが、それでも苦笑いしながら舞の言ったことを否定しない。
唯一同じ立場の海馬も、背中を向けているだけでどうにかしようとは考えていないらしい。あまりにも苛烈な状況に脳内はキャパオーバーを迎えていた。
「いやっ、あの、あれは勢いで言っただけで、べ、別に本気なワケ」
「本気じゃないだと?」
「話しがややこしくなるからやめて」
取り繕おうとして真っ先に反論してきたのが海馬。もう逃げ場はない。あたふたして顔を赤くしたり青くしたりと忙しい名前を、遊戯の影で闇人格の遊戯が見つめていた。
「(海馬、名前…… お前達はこの場所で答えを示した。……それは、オレと相棒も)」
チラリと顔を向ける闇人格の遊戯に、表の遊戯が敏感に反応して振り向く。黙ってゆっくり顔を逸らし、心の部屋の奥へと消えていくもう1人の自分に、遊戯はどこか寂しそうな色を見る。
「名前、……お前がどう思っているかはもう知っている。これ以上逃げるな」
「……ッ」
額に走る甘い痛みに目尻が揺れた。海馬は腰からベルトを外すと、名前の手を取って魔導書デッキの入ったデッキケースを、抜き取っていた《ブラック・マジシャン》のカードごと握らせる。
「今は同じ大会に挑む者同士。例え今日のような不可抗力でなくとも、互いがデュエリストである限りオレ達は必ずまた敵同士として闘う時が来る」
「海馬……」
「だがこのバトルシティが終わるまでだ。オレ達の未来についてはそのあとゆっくり話そう」
「………………はい?」
なにか重要な事を忘れている気がする。
***
「遊戯、コイツはお前のモンだ」
夕陽がすっかり沈んだのを見送り、城之内は遊戯の首に千年パズルを戻した。
笑う遊戯のその顔に、城之内は僅かな謝罪を含ませた笑顔を返す。
「(遊戯、ありがとうな。……命懸けでオレを救ってくれてよ。友情って大切な宝物を海に投げ捨てちまおうとした、大バカヤロウのオレのためによ)」
遊戯も首に戻ったその重みに実感を取り戻し、千年パズルを握り締めた。
「(もう1人の僕。僕も城之内君も買ったよ。マリクの洗脳から、城之内君の心を取り戻すことができたんだ)」
『(……相棒、オレはお前に教えられた。優しさこそ何にも勝る強さが秘められている事を。───いつの日か、お前はオレの全てを超える時が来る。その時は……)』
「行くぞモクバ」
「私モクバ君じゃな……
「口答えをするな。お前も来るんだ」
振り返れば、モクバを指名しておきながらガッチリ名前の腕を掴む海馬がいた。
「兄様……!」
名前を引き摺ってさっさと足を進める海馬をモクバが追いかける。だが途中で足を止めると、海馬は少しだけ振り向いて遊戯に横顔を見せた。
「もう1人の遊戯に伝えておけ。オレ達はこたえを出せたはずだ、とな」
「海馬君……」
「バトルシティ決勝の舞台で待っているぞ!」
ついにここから、神のカードを賭けた本当の戦いが始まる。
『(マリクはオレが倒すぜ!)』
闇人格の遊戯が、海馬と名前の背中を見送った。