/ Domino City side
名前変換
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目を覚ませば、またあの夢の中。
千年秤の片方の杯の中で
「……、え」
さっきまで千年秤に乗せられていたと思っていた。名前を片方の杯に乗せられるほどの千年秤─── 秤が大きくなったのか、名前が小さくなっていたのか。夢なんだからそんな事は分からない。だけど、いま遠くに置かれた千年秤はおそらくいつものサイズだった。
「私の千年秤……」
手を伸ばそうとしても体が動かない。体が闇に溶けてしまっているようだ。皮膚の感覚もなく、ただ頭を鈍痛が支配している。
「(そうだ─── 私、千年アイテムの力を当てられて……)」
ここはどこだろう。夢、……あのとき確か───
『もう目が覚めたか』
顔を上げればまた場面が転換していた。両の手足を
よく知る手が名前の顔を撫でた。まるで恋人とキスでもするかのように詰め寄り、小さく笑いながら互いの目を見つめ合う。
「……海馬?」
違う。これは夢。私の夢に海馬が現れるわけなんて───
『どうした? これを望んでいただろう?』
瞬きをすれば、そこはもうベッドの上。体が動かない。自分の上にいる海馬の青い目に映る自分の顔をただ呆然と眺めるだけで、震える唇からなんて言葉を返せばいいのかと迷う。
「私が、望んでいたこと……」
これが? まさか。バカ言わないで。
否定する言葉は幾らでも思い浮かぶのに、それは口から一つたりとも出てはくれなかった。反射的に否定する言葉を頭に浮かべるのは、自分が望んでいる事を認めたくないから。
細長い指の背が頬を撫でた。海馬の睫毛の生え際、瞼のふちの粘膜までが見える。きっと、海馬にも私のそれらが見えている。
これが私の望んでいたこと。
熱にあてられた油のように思考は蕩けだす。
動かなかったはずの体が自然に動き、腕を伸ばした。恐る恐る、指先が海馬の背中に触れる。指先が触れたら掌を、掌の次は腕を。底の知れない欲のままに海馬を受け入れた。絡み合う脚に、抱き締め合う体。これが私の望んだこと。
『それでいい。そのまま闇に身を任せろ…… 自分が望んだ通りに』
***
「───……」
ふと名前が呟いた言葉が風に攫われる。海馬が聴きそびれたその声に眉を顰めると、名前は口元だけふと釣り上げて肩を竦めた。
「ねぇ、さっき面白いことを言ってたね。……自分の選択に後悔はない、と。」
「……」
名前のフィールドに佇む機械人形の風態をしたエルシャドール・ネフィリム。海馬はまさしくそのモンスターと同じようにされている名前に目を細めた。
「私はね、あなたに神のカードを手にした事を後悔させなきゃ気が済まないのよ。もっと痛ぶらなきゃ分かってくれないかな?」
「名前の口を使ってオレに無駄口を叩くなと言ったはずだ。……貴様のターンだ。さっさとドローしろ!」
「無駄話しの方が良かったと思うよ? それだけあなたが傷付かなくて済むかもしれないんだから」
「フン、何れ時間が来ればオレたちは死ぬ。ならば、最後までオレは闘う!」
「……へぇ。じゃあ、先に地獄を見せてあげるよ。」
ため息をつきながら名前がデッキに手を伸ばした。
「私のターン
(手札2→3)
墓地の闇属性《シャドール・ドラゴン》と光属性《太陽の神官》をゲームから除外することで、私は《カオス・ソーサラー》(★6・攻/2300 守/2000)を特殊召喚!」
(手札3→2)
「墓地のモンスターをコストにした召喚だと……!?」
「フフ、……さぁこれで、地獄で後悔の数を数えてな!
リバースカードオープン!《メテオ・レイン》! このターン自分のモンスターが守備モンスターを攻撃したとき、その守備力を攻撃力が上回っていた数値だけ相手にダメージを与える!
覚悟しな、エルシャドール・ネフィリムで裏守備モンスターに攻撃!」
「くっ……!」
ネフィリムによって、裏守備で出されていた《ジャイアント・ウィルス》が撃破され、《メテオ・レイン》の効果が発動する。
海馬(LP:900)
「だがこの瞬間、《ジャイアント・ウィルス》のモンスター効果発動! ジャイアント・ウィルスが戦闘で破壊されたとき、貴様に500のダメージを与え、さらにデッキから同名のモンスターを任意の数、攻撃表示で特殊召喚できる! オレはデッキから2体のジャイアント・ウィルスを特殊召喚!」
《ジャイアント・ウィルス》(★2・攻/1000 守/100)
名前(LP:2700)
「フッ、たかだか500のライフダメージ。……でもこれで終わりよ! カオス・ソーサラーで《ジャイアント・ウィルス》に攻撃!」
「リバースカード発動! 速攻魔法《収縮》!」
「……! チッ」
カオス・ソーサラーの攻撃力は半減したものの、僅差でジャイアント・ウィルスを破壊した。しかし海馬に与えた戦闘ダメージはごく僅か。結果的には名前に降りかかるモンスター効果のライフダメージの方が大きい。
海馬(LP:750)
名前(LP:2200)
それでも名前の優勢に変わりはなかった。本当にあと1ターン延命したに過ぎない。
「……」
「……」
無言で見つめ合う2人の乗るゴンドラを風が揺らす。緩やかなグラインド程度なら腰が慣れたのか、最初ほど名前の足元も危なげがない。
「……フッ。どうした? オレを地獄へ落とすのは次のターンまでお預けか?」
「このターン生き延びたくらいで随分と強気じゃない。私はリバースカードを2枚セットして、ターンエンドよ」
(手札2→0)
海馬は冷静に手札を見て、何もできない歯痒さを感じていた。ここまで来て、海馬は神……オベリスクの巨神兵を手札に呼び込むことさえできていない。デッキの中で沈黙を続けるオベリスクに、海馬は自分で打ち立てていた“仮説”に焦りを感じ始める。
「(神のカードは常に誇り高いデュエリストを選ぶ…… このデュエリストの誇りなき闘いに、神は沈黙をしたまま。……いや、オベリスクは名前の手に渡る事を選んでいるのか?)」
脳裏にあるのは、イシズが見せたイメージとあの石盤に描かれた女の姿。頭を振ってそのイメージを何度もかき消し、海馬は眼前の敵として立ちはだかる名前に集中した。
「名前。オレ達はデュエリストである限り、敵が何者であろうが潰さねばならない。マリクや遊戯の言う三千年前のくだらんまやかしという馬鹿げた理由は関係ない。これはデュエリストの誰もが背負うべき宿命! だがこれはオレ達の望んだデュエルではない! 目を覚ませ、お前は自分の体を好き勝手されて黙っているのか?!」
「無駄だよ、海馬。お前じゃ役不足だ。……私を起こせはしない」
顔色ひとつ変えない名前に海馬が歯を軋ませる。握り締めた左手を持ち上げてデッキに目をやると、その向こうに
……名前にも、その心に直接触れられるモンスターがたった1体だけいる。あのとき名前のデッキからそのカードを自分のデッキに入れたのは、センチメンタルな行動だったかもしれない。
「オレで役不足なら─── オレは呼び込んでみせる。お前の目を覚ますモンスターをな!」
デッキに伸ばした手がほんの一瞬だけ震える。名前の気持ち、名前への気持ち、デッキの一番上にあるカードが、どちらかの命に関わる結果を導くと全て知ったうえで海馬は揺らぐ。
例えモンスターといえど、自分が惚れた女の心を取り戻す為に他の男を引き合いに出すようで、その屈辱感は相当なものだった。そしてこの引きで事態が好転して欲しいと望む一方、もしそうなれば名前という女にとって海馬瀬人という男では役不足だったと思い知らされる事となる。
かといって、やはりモンスターに名前の心が取り戻せなかったと安心すれば、今度はデュエルで敗北するという現実が海馬を襲うだろう。
女を取るか、プライドを取るか。
「(オレは─── オレは何を考えている……! 既に屈辱は幾らでも受けた。ならば、今は頼るしかない。名前の魂のカードというものに!)」
名前の目を覚ます為に、海馬は金剛よりも硬いプライドに自ら拳を振り上げた。
「オレのターン、ドロー!!!」