/ Domino City side
名前変換
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「ッ、名前……!」
視界の端に名前を捉えた遊戯が顔を向ける。海馬と向き合って立つ名前の顔は風に煽られた髪で見えないが、その身に千年秤がない事だけは遠目にも分かった。
「海馬…… 私と神のカード、《オベリスクの巨神兵》を賭けてデュエルしてもらうわよ。まさか怖気付いたなんて言わないわよね」
「フン、貴様までデュエリストのプライドを失ったか。命を賭けてまでオレと戦うと言うのなら受けてやる。だが覚悟しておけ。オレは誰が相手だろうが、そして洗脳されていようが、オレの邪魔をする者は何人たりとも容赦はしない」
「そう…… 海馬も、私を殺す覚悟ができているのね? なら話しは早い」
不敵な笑みを口元に浮かべたまま、名前は海馬の前を横切って背後にあった倉庫へと足を進める。それに呼応するかのようにシャッターが開き始め、長い首を擡げた2台のクレーン車が現れた。
「……!」
「そんな、名前まで……!」
目を背きたい光景でも、杏子は目を見開いてみているしかできなかった。城之内とのデュエル中である遊戯も、呆然と名前の動向に注視する。
「兄様……!」
名前の後を追って足を進めようとした海馬をモクバが引き止める。それを、海馬は無言のままその小さな手を振り払った。
「兄様……」
2台のクレーンの首からそれぞれ吊り下げられた、人1人が乗れる程度のゴンドラ。名前がその一方に足をかけると、挑発でもするかのように海馬へ振り返る。
「そっちのゴンドラに乗ってもらおうか」
「チッ」
海馬には粗方予想がついた。ゴンドラを吊り下げるクレーンのフックには、遊戯達や杏子のものと同じ爆弾が取り付けられている。クレーンの操縦席ではグールズの手下がニヤニヤ笑って、2人が乗り込むのを待っていた。
「待て海馬!!!」
ゴンドラに足を掛ける直前、海馬を遊戯が引き留める。ほんの少しだけ顔を向けると、遊戯がどう引き留めるべきか考えあぐねたように握った手を震わせていた。
「遊戯。これはオレ達それぞれ別々の闘い。お前はお前の、そしてオレはオレのやり方で答えを示す! この愚かな闘いの先で待っていろ!」
「……! くっ」
何を言っても無駄だと察した遊戯が苦悩に喘ぐ。その様子に、マリクは笑いを堪えきれない。
『フフフ…… 何をほざいてもムダだね。城之内も名前も、僕が植え付けた邪悪な心によって、貴様らを苦しめ、殺す事だけを忠実に実行する人形とかしたのだから!』
名前と海馬がゴンドラに立つと、クレーンのモーター音や鎖の軋む音と共に地上を離れていく。遊戯と杏子、そしてモクバが、4階建て相当は
ある倉庫の屋根よりも高い場所へ釣り上げられた名前と海馬を見上げた。
「城之内、名前、……目を覚まして!」
その声も遥か上空へ連れ出された名前にはもう届かない。命綱も柵もない、ただのブランコ同然のゴンドラが風に揺れるたび、名前は不安定な足元に揺らめく。
もし海馬のモンスターが名前にダイレクト・アタックでもすれば、彼女は間違いなくライフが尽きる前に転落する……
「(マリク……! 最初から名前が命を落としやすいようこのデュエルを仕組んだな?!)」
「オラオラ遊戯よぉ、いつまでアイツらに気を取られてやがる! お前ェの相手はオレだぜ?!」
「くっ……」
城之内に向き直れば、その手はもう手札に掛けられている。
「いくぜ? オレのターン! もう一度コイツを食らいな!《ファイヤー・ボール》!」
「───!」
再び体を焼かれ、激しい苦痛に遊戯の叫び声が立ち並ぶ倉庫へ反響する。
肩で息をしながらなんとか立ち続け、折れそうになる膝を奮い立たせて遊戯は体を起こした。
「うっ……ぐ、城之内君……」
高笑いを上げる城之内に、遊戯の胸が痛む。その痛みは激しく心を震わせ、ひどく遊戯を揺さぶる。
「君のデュエリストの心は…… 少しも痛みを感じちゃいないのか? いまオレの全身を貫く痛みは、君のカードで焼かれた痛みなんかじゃない。デュエリストの心を失ってしまった、君への悲しみの痛みだ!」
まるで耳でも塞いでいたかのように、城之内は呆然とそれを聞き流していた。そしてまたマリクの心が命じるままにその体を動かす。
「遊戯…… お前のターンだぜ」
「ッ、城之内君!」
***
地上20メートルほどの高さまで釣り上げられたゴンドラから、海馬は同じ高さに釣り上げられた名前に対峙していた。呆然とした目で、口元だけがやたらに回る哀れな人形となり果てた名前に、海馬は目を細める。
「このゴンドラの仕組みは、遊戯達のと殆ど一緒。少し違うことと言えば、自分のライフが尽きたと同時に頭上の爆弾でチェーンが切られて、コンクリートの床にベチャリ、……なんてね。
足元の透明な箱を見れば分かるだろうけど、そこには地上へ届く長さのロープが入っている。相手のライフが0になったら開く仕組みよ。もちろん何もしなくても、40分後には爆破されて2人とも地獄行き。
この高さなら万に一つ助かっても、ただじゃ済まないだろうね。まあ、この女が生き地獄を味わうならそれも面白いけど」
「貴様…… オレの前でその女を好き勝手したこと、必ず後悔させてやるからな」
「酷いこと言うのね。私は私よ。自分の意思で貴方を殺すわ。そして、このデュエルで、オベリスクを持つべきデュエリストが選ばれるんだから。神聖な闘いほど血が騒ぐ…… 海馬もそうでしょ?」
「何が神聖な闘いだ! 貴様のデッキはオレが預かっている。つまり今の貴様のデッキは、城之内同様グールズの偽造カードや禁止カードで作られた偽りのデッキ。そんなものでオレからオベリスクを奪おうなど片腹痛い! ……貴様は名前などではない。オレが真に闘うべき女は、今のお前ではない!」
「確かに私の魔導士達のカードはこのデッキに1枚も入っていない。だけど……安心しなよ。私は城之内のデッキのようなバーンカードは入れていない。……分かってるんだよ。貴様が私と言う女に負かされる屈辱は、正面から歴然とした力とゲームタクティクスの差を見せつけられたときに与えられるってことをね」
「……なんだと」
顔を顰めて睨む海馬に、名前がニッと笑ってデュエルディスクを起動させた。海馬も応じるようにデュエルディスクを起動する。
海馬が自分のデッキに手を向けたとき、一度静かに目を閉じて腰につけた名前のデッキケースに触れた。風が海馬の前髪を撫で、口笛のような音がゴンドラを吊す鎖に斬られる。
海馬は名前のデッキを取り出すと、1枚のカードを抜き取って自分のデッキに加えた。
***
『もう1人の僕……』
城之内とのデュエル、そしていま名前と海馬までもが命がけの戦いが始めようとしている。そのひどく揺らめく心に手を差し伸べたのは、表の遊戯だった。
「(相棒……!)」
『君の、こんなにも苦しい気持ちが伝わって来たのは初めてだ』
「(……あぁ)」
2人の遊戯だけの精神世界で向き合う、器の遊戯と闇の遊戯。同じ色の瞳を重ねて、表の遊戯は真っ直ぐにもう1人の自分を見つめた。
『僕ならその苦しみを半分にしてあげられるかもしれない。だからお願い、城之内君と闘うのは─── 僕にやらせて』
「(───!)」
思い掛けない提案に、闇人格の方の遊戯が言葉を失う。だがその真っ直ぐな目が本気なのだと、なにを抱えているのかを察してしまった。
『むかし、弱虫だった僕を“親友”って言ってくれたのは城之内君だった。炎の中で、命懸けで僕を守ってくれただって─── 城之内君はいつも僕を助けてくれた。だから今度は、僕が助けたいんだ!』
「(だがこれは余りに危険なデュエルだ)」
遊戯は相棒の真意を理解しつつも一度は引き留めた。ここでの判断がどう結果に出ようと、命を奪い合う過酷なデュエルに表の遊戯を晒すことに変わりはない。
表の遊戯も、そんなもう1人の自分が不安視するものを承知の上で頼み込んでいた。
『……わかってる。でもいつかキミは言ったよね? 僕に仲間ができたのは、千年パズルの力ではなく、僕自身の力で叶えたんだって』
「(あぁ)」
『この闘いで、僕はそれを証明したいんだ! ……僕が城之内君の心を取り戻すことが出来たら、僕は本当に、自分の力で願いを叶えたんだって胸を張って言える気がするから……!』
「(相棒……)」
闇人格の方の遊戯に、もう表人格の遊戯を引き留めることなど出来なかった。必死なその眼差しに、闇人格の方の遊戯は「わかった」と返事をせざるを得ない。
「(だがお前が命を落とすような危険を感じたら、オレはすぐさま出ていくぜ)」
『うん、……!』
千年パズルが輝き、遊戯は目を開いた。その色、その目つき、……表の人格の遊戯の精神が肉体の主導権を得て初めて洗脳された城之内をその目に捉える。
ズクズクと痛む胸を堪えて、遊戯はいま親友に立ち向かった。
「城之内くん、僕が相手だ!」