/ Domino City side
名前変換
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「……神のカードを狙う、グールズのマリクとかいったな」
長い手足を組んだまま静かに口を開いた海馬を、遊戯とモクバが見上げた。
「《ラーの翼神竜》を持つその男の素性を、貴様はどこまで知っている?」
当たり前だが、自分に問われているのだろう。それでもどこか他人事のようにぼうっとしながら、遊戯はもう一度窓の外に広がる街並みを見下ろした。そのビルの峰々の先、チラチラと煌く海の水平線に目を凝らす。
「オレはヤツの姿さえ見たことがない。分かっているのはオレや名前同様、千年アイテムを持つ者だということだ」
「フン、バカバカしい」
割り込んだ海馬の言い草に遊戯が顔を顰める。海馬は少しも悪びれず、口を曲げたまま正面を睨んだ。
「またあの悪趣味なオカルトグッズか」
「……海馬。ペガサスの千年アイテムの力、そして名前の千年秤の力。お前も身をもって体験したはずだ」
「……チッ」
蓋をしていたペガサスの記憶が、海馬の脳裏にいろいろな光景を映し出した。心を読まれるデュエル、モクバがカードに封印された瞬間、己をもカードに魂を封印されたあの時─── そして、目が覚めたとき、血塗れで倒れていた名前が握っていた、千年秤。
「あんなものはまやかしにすぎない!」
「信じる信じないはお前の自由だが、……このオレ自身、遊戯であって遊戯ではない。オレはこの千年パズルに封印されていた魂」
「なに……?」
海馬とモクバがやっと遊戯を覗き込んだ。遊戯は外に目を凝らしたまま、膝に置いていた手で千年パズルを撫でる。
「武藤遊戯が千年パズルを完成させたことによって目覚め、体を共有するようになったもう一つの意思。それが今のオレだ」
「バカな…… 遊戯でないとしたら、貴様は何者だ!」
「───おそらくは、古代エジプト史から消され、失われた
海馬はそれを知っていた。だが遊戯から直接それを聞き、もう一度あの石盤を脳裏に描く。あのとき美術館でイシズという女が見せた記憶の石盤。
あれが遊戯と自分だと、本当は気付いていたのではないか?
「なにを言い出すかと思えば」
自分の考えすら海馬は一笑に伏した。それを認めるわけにはいかなかった。自分の信念、合理性、現実主義、全てが崩れるから…… それだけではない。……もしそれを認めてしまえば、名前はどうなる。
「大方、お前もあのイシズとかいう女に妙なイメージを植え付けられたんだろう」
そうに決まっている。自分が見せられたあのイメージを信じ切っているのだろう、海馬はそうタカを括った。
だが遊戯がイシズに言われた言葉、……それは、ただの予言。
そしてヤツは現れた。
「マリクの目的は3枚の神のカードを集めることだけじゃない。ヤツの真の目的…… それは、
「そんな非科学的な話しを信じているのか?」
「だが海馬。お前はマリクが人を操っているところを見ているはずだ」
「フン、人間を洗脳し、遠隔操作することなど、心理学的にも不可能なことではない」
「……お前があくまで信じないというならそれでいい。だが城之内君や名前が、オレのせいでグールズの手に落ちた事は事実だ。なんとしても助け出す!」
「(……名前)」
それにだけは海馬も内心で賛同した。組んで脇に隠した手の先が、名前のデッキケースに触れる。
デュエリストキングダムから帰って、名前に贈ったもの。2回の食事と新発売のカードパック、オーダードレスに見舞いの花束。それから、このデッキケース。
自分はいったい、何を見返りに欲していたのだろう。
名前の赤い髪に纏わり付いた青いリボンを見たとき、海馬は脊髄反射的に小馬鹿にした笑いを顔に浮かべた。……名前の髪色に全くもって合わないその色のセンスを笑ったのではない。ただ、惚れた女の「本当に欲しいもの」を理解できなかった自分を嘲笑ったのだ。
そしてそれこそが、自分が「見返りに欲したもの」なのだとも知っていた。
「城之内君…… 無事でいてくれ」
そう溢した遊戯に目を向ける。
「甘いな。人を自在に操る力とやらが実在するのなら、すでに城之内は奴に洗脳され、貴様に牙を剥く闘犬となっているはず。……オレならそうする。」
遊戯も内心分かっていた。それでも無事を願うことの何がいけないのかと唇を噛んだ。なにより、それは名前の身をも無事ではないと、海馬が諦めているに他ならない。
「……海馬。もしそうだとして、お前はその名前と戦えるのか」
「……当たり前だ。あの女には何度も屈辱を味あわされてきた。マリクに洗脳されていようがオレには関係ない」
「海馬! オレはどんなことがあろうと、命を賭けて城之内君を救い出す! お前は名前に対して、そういう感情はないのか!」
思わず声を荒げた遊戯に、海馬を挟んで座るモクバが肩を竦めて怯えた。海馬はそんな遊戯に奥するでもなく、冷たい青い目を向ける。
「遊戯。オレには分かっている。オレたちはそれぞれの心にある自己矛盾によって、答えを出せないでいるのだ」
「自己矛盾だと……」
「そうだ。貴様はレアハンターどものタッグデュエルで、このオレに結束の力なんぞを説いてみせた。……が、この状況。貴様は城之内と、オレは名前と、互いを潰し合うために戦うことになった。
そのどこに、結束の力が介在する余地がある!」
「……!」
「答えろ、遊戯」
目を細めた海馬に、遊戯は一度目を閉じて息を吸ったあと、静かに顔を上げた。
「なら、お前の心にある自己矛盾はなんだ」
「…… 貴様には関係のないことだ」
目を逸らした海馬に、遊戯が追い討ちをかける。
「海馬。オレは恐らく、お前以上に名前の事を知っている」
「……」
ピリピリとした空気が2人の間を覆った。海馬の横顔を真っ直ぐに見つめる遊戯の視線に、海馬が舌打ちをする。
「ひとつだけ忠告しておく。……もしアイツを傷つけるなら、オレが名前を貰う」
海馬は一度目を見開いただけで何も言わなかった。奥歯を軋むまで噛み、海馬はやっと遊戯を睨み返す。
「自分で遊戯の体に居候しているだけの魂だと言った貴様が、名前を貰うだと? フッ、……笑わせるな」
「どちらにせよ、オレたちのそれぞれの答えはこの戦いの先にある。あの埠頭にな───!」
***
童実野埠頭。巨大倉庫が立ち並ぶ湾岸沿いを、クルーザーを停泊させたドライドックから出てきた4つの人影が歩いていた。
「まもなくここに奴らがやって来る。……大事な仲間の元にな」
フフフ……と笑いながら、後ろに付き従って歩く3人にマリクは目を向けた。
千年秤によってマリクの復讐心を植え付けられた城之内、千年ロッドによって洗脳され茫然と歩くだけの杏子、そして千年ロッドの闇の力に支配された名前。うまく出来上がった人形たち、とりわけリシドが初めて闇の力もて作り上げた城之内に、マリクは満足していた。
コイツらがこれからどうなろうと、遊戯と海馬を抹殺して《神のカード》が手に入りさえすればそれでいい。
「マリク様」
駆け寄って跪くリシドに、マリクは足を止めて振り返った。
「仰せの通り、バトルシティで12枚のパズルカードを獲得しました」
「ご苦労」
リシドの腰のベルトに下げられた千年秤が太陽光に煌いている。なにもかも手筈通り。機嫌の良さそうなマリクに、リシドは6枚のパズルカードを差し出す。
「お前のことだ。バトルシティ参加者の挑戦を正面から受け、勝ち上がってきたんだろ?」
リシドは否定どころか返事もせず、ただ顔を伏せた。
「フフフ……お前に僕の洗脳術は必要ない。お前は僕を裏切れないからな」
差し出されたカードを受け取り、マリクはそれを眺める。
「これで僕も、バトルシティ決勝戦に進出できるわけだ。リシド、お前と共にね」
「……はい、マリク様」
千年ロッドと千年秤がわずかに震え、マリクとリシドがそれぞれ所有する千年アイテムに目を向けた。マリクにはその反応の正体がわかり切っている。神のカードと、千年パズルへの反応。
まもなく遊戯と海馬がここへやって来る。千年アイテムを通して告げられたその啓示に、マリクは待ち切れないとばかりに笑った。
「今こそ我が一族の復讐の時。貴様の大事な仲間の手で、あの世へ行け遊戯!」
***
「あそこに誰かいる!」
モクバの声に反応したのは遊戯だけだった。海馬は黙して腕を組んでいるだけで、微動だにしない。
ヘリは埠頭の広いコンテナブースへ降り立った。飛び降りて駆け出す遊戯の先に待っていたのは、───城之内ただ1人。
「城之内君!!!」
いま遊戯、海馬、モクバの前に、城之内が立ちはだかる。その心はマリクの復讐心に染め上げられ、顔つきまで変えていた。
「待っていたぜ、遊戯。テメェをな!」
「(やはりマリクに洗脳されていたか)」
城之内の常軌を逸した雰囲気に遊戯が顔を顰める。その後ろで海馬があたりを見回していた。
「城之内君、正気に戻ってくれ!」
「正気? ヘヘッ、……オレは正気だぜ。正気でテメェをブチのめしてぇのさ!」
「(ダメか……)」