/ Domino City side
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
携帯の着信音だけが名前の防衛線だった。
グールズのレアハンターの1人らしい男。だが目の前のこの男は、今まで見てきたどんな人物よりも凄まじい闘気とオーラを放っている。この威圧感は、決して彼の身長や重量感にのみ由来するものではない。
携帯の着信音がポケットで鳴り続けている。……出なくては、という気持ちすら起こらない。ピリピリと視界が煌めく。じっと微動だにせず、糸を通されたビーズのように名前とリシドの眼球が見つめ合っていた。
なんとなく、ほんとうに自然に、指は動いた。何度か瞬きをして、震える手をポケットに伸ばす。
視界の端に男を捉えつつ、名前は携帯に目をやった。明滅する《海馬瀬人》の表示に、目の前の男に視線を戻しながらも《応答》を押す。
「……なにか用?」
『いまどこに居る』
たったその一言ですら早口でぶつけてくる海馬の声に、ひりついた緊張感が含まれていた。
「海よ。シーサイドデッキにいるわ」
『よく聞け。マリクというグールズの総帥が、貴様のすぐ近くにいるらしい』
「……」
それ、たぶんもう居る。
背中に冷や汗が流れた。初めてこんな闘気を纏った男を前にして、そいつがマリクだと言われたら納得だってしてしまう。どうするべきか分からないが、名前を襲うタイミングや隙は幾らでもあった。……ならば、まだ自分で打開する余地があるのではないだろうか。
普通ならそんな無謀はしない。自分を幾分かは賢く立ち回るタイプの人間だと思っていたはずだが、何故か目の前の男には話が通じるような気がした。
───この男が本質的に、卑怯な真似をするような人間性を持っているように感じられなかったから……なのかもしれない。
「そう、気をつけるわ。……でも今のところ大丈夫。心配なら場所を変えるわ」
『……また連絡する』
ブツリと電話が切られる。ゆっくりと携帯を離すと、名前は目の前の“マリクらしい”男と目を合わせたままポケットに仕舞い込んだ。
***
「名前は恐らく問題ない。名前は既に識別番号を本部でも把握し、ずっと監視していたからな。……このままモクバにも追跡を続けさせる」
携帯を仕舞うと、海馬は腕を組んだ。
海馬にとっては、名前の安否だけが確認できればそれだけで良かった。マリクの持つ力がどれほどのものか侮っていたと言えばそうなのかもしれない。
まだ行方のつかめない城之内を今すぐにでも探しに行きそうな遊戯を前に、まさに神のカードと名前という女……その2つを乗せた天秤が海馬の中で揺らぐ。
「オレは城之内君を探しに行く」
想像通りのことを言い出した遊戯に、海馬は僅かな苛立ちと侮蔑に息を漏らした。もちろん遊戯も海馬の目がなにを物語っているかを察知して、諭すでもするように向き直る。
「海馬、今お前と闘うことはできない。名前と城之内君がグールズに狙われている。お前もこの状況でなにを優先すべきか、わかっているはずだ。……オレは2人とも見殺しにはできない!」
「……」
「今のオレには、名前のことを海馬に任せるしか手段がない。それが2人の仲間を守るためにできる、オレの選択だ。海馬、お前もデュエリストである前に1人の人間として考えろ」
それだけ言うと、遊戯は走り去って行った。腕を組んだまま睨むような鋭い目でその背中を追う。
「フン…… プライドより仲間を選ぶとはな。」
***
「それで、あなたがマリク?」
「いかにも」
「……そう」
武人然として堂々とした静かな声色に、軽やかなカモメの鳴き声が降り頻っていた。
大きな体躯、その腕にはデュエルディスクが付けられている。だが目の前の男にデュエルでものを言わせてくれるような雰囲気はない。かと言って、卑怯な手口を使ってくる様子もない。……まるでこちらを品定めして来るような視線に、名前はただ小さく息を飲むだけだった。
マリクを名乗ったリシドが名前に歩み寄る。一歩ずつ進むたび、名前は一歩ずつ後退した。それでもほんの2、3歩で背中に海を隔てる柵が当たってしまい、これ以上距離を置く術はない。
逃げられそうな隙がまったくもってない。もし相手が本当にマリクだとしたら、目の前のこの男は千年ロッドの持ち主であるはず。
でも、千年秤の力を使ったら───
「(遊戯……)」
止むを得ず名前は千年秤を腰のベルトから引き抜いた。リシドの姿が黄金のウジャド眼に映り込む。だがその黄金の鏡面に映し返されたのは、千年ロッドのウジャド眼だった。
「───ッ! 千年アイテム!」
「私に千年秤の力は通用しない」
名前は唇を噛む。青い顔で冷や汗を落とす名前と同様に、リシドも内心では「騙し切れるのだろうか」と不安に満ちていた。
マリクの影武者を演じるために与えられた、作り物の千年ロッド。仮に目の前の女が本当に闇の力で抵抗すれば、リシドに抗う手立てはない。
張り詰める空気とは裏腹に、港の緩やかな風が2人を包んでいた。直上にある太陽のせいで、名前からフードの影に潜んだ男の顔は見えない。
ただ黄金色の瞳が、やたらと煌々としているだけ。
バクバクと高鳴る心臓を落ち着かせようと気持ちを沈めようとすれば、今度は胸の痣の辺りが血を吹き出しているかのように傷み始めていた。体の“芯”の方が震えている。目の前の男の威圧感に囚われていたせいで、気付けなかったものを今になって感じている。
強い風が一度だけ吹き荒んだ。
長い髪を薙がれ名前は思わず目を閉じる。すぐに髪を手で掻き上げて目を見開いたとき、フードが取り払われた男の顔を見て大きく息を飲み込んだ。
そう、これは既視感───
ガツ、と肩口に衝撃が走った。
気絶した名前をリシドが受け止め、そのまま担ぐように持ち上げた。足元に金属音が響く。リシドは名前の手からこぼれ落ちた千年秤を拾い上げると、フードを目深くかぶり直して歩き去って行った。
***
「(城之内君、どこにいるんだ!)」
街の中心街へ向けて走る遊戯を、グールズの2人組の男たちが待ち構えていた。人気のないビルとビルの間、無視して通り過ぎることもできない細い路地でいく手を塞がれ、遊戯は立ち止まらざるを得ない。
「武藤遊戯だな? ここから先に進みたいなら、俺たちを倒すしかないかんな」
「もちろんデュエルでな」
背の低い丸々とした体躯の小男と、背の高い細身の大男がデュエルディスクを構える。
「レアハンターか…… どけ!」
「イヤだね。簡単に通したらマリク様にひどい目に遭わされちまうかんな」
「それに、俺たちとのデュエルを放棄したら…… お前の仲間がタダじゃ済まないぜ」
「くっ……!」
観念したような遊戯に満足すると、今度は2人の男が「どっちが先に闘うか」で小競り合いを始めた。延々と同じ手を出すジャンケンが始まり、その間ずっと足止めを喰らわされる遊戯に苛立ちが募る。
「貴様らいい加減にしろ!」
ついに怒りを爆発させた遊戯だが、レアハンターの2人組は少しも悪びれる様子がない。
「悪ぃな遊戯。でもしょうがねぇよな。2対1でやるわけにもいかねぇしよ」
そんな事を言い返される遊戯の背後に、既に起動させたデュエルディスクを腕にした海馬が追いつく。
「ならばタッグで掛かってこい、ザコども!」
「海馬……!」
なぜここに、と続きそうになる口を、海馬の視線がふさがせた。
「名前の居場所は掴んでいる。既にモクバに迎えに行かせた」
海馬は名前を取りつつ、神のカードを選んだ。その選択に遊戯の目が険しくなる。だがその遊戯の目を鼻で笑い、海馬は目の前の2人組に目を向ける。
「タッグマッチだと?!」
「確かに頭数は揃ってるけどよ」
海馬はデッキを取り出すとデュエルディスクにセットした。
「勘違いするな、遊戯。オレがバトルシティを開催した理由の一つは、レアカード強奪団であるグールズの壊滅。神聖なカードを邪悪な目的で扱う連中を放っておくわけにはいかん。決してお前や馬の骨に手を貸すわけではない」
チラリと遊戯に目を向けると、また小さく笑って続ける。
「それとも、神のカードを手にしたいま、オレの手助けなど無用か?」
「海馬……」
「ヒッヒ、考えようによっちゃこりゃいいよ」
「確かに。ここでお前ら2人を始末すれば、マリク様にも俺たちの株が上がるってもんだぜ」
2人組のグールズもデッキをセットする。最後に遊戯もデッキをセットして、無言の承諾を見せた。
「いくぞ!」
「「「「デュエル!」」」」
最初のターン、海馬は初手から《ロード・オブ・ドラゴン》と2枚の《ドラゴンを呼ぶ笛》の効果で場に3体の《
これにはグールズもどうしようもなく、小男は裏守備モンスターを召喚するのみで手が出せない。
遊戯のターン、遊戯はまず2枚のカードをセットする。
「余計なマネはするな、遊戯! オレは毛頭お前の助けなど借りるつもりはない」
「なんだと?!」
「こんな雑魚ども、オレ1人で充分だ」
過剰なまでの威勢に、遊戯も嗜めるのを諦めて鼻で笑った。
「ならばお手並み拝見といこうか。オレは《クリボー》を守備表示。さぁ、お前たちのターンだぜ!」
「ヤバい雰囲気だぜ……」
戦々恐々とする小男に、大男の方が目配せをする。男が引いたのは《聖なるバリア -ミラーフォース-》。グールズはレアカードの強奪だけでなく、いかなるレアカードも偽造複製できる力を要していた。つまり、それだけ彼らのデッキも強化されているということだ。
大男は不敵に笑ってミラーフォースを伏せ、モンスターを裏守備表示で召喚してエンド宣言をした。
「
「気を付けろ海馬。奴らは何かを狙っているぞ」
「遊戯、無駄口を挟むなと言ったはずだ!」
「海馬!」
タッグどころではない、最早リアルファイトすら起こしそうな2人の亀裂にお互い声が荒くなる。それを思いとどまるように海馬は鼻で笑ってから遊戯に向き直った。
「いまお前にも見せてやる。」
唯ならぬ海馬の言い含んだそれに、遊戯が片眉を上げて身構える。堪えきれない笑みが海馬の口を割ると、下瞼をゆるりと釣り上げて手札の1枚を取り上げた。
「フフフ…… 持っているんだよ、オレも。お前と同じように。」