王国編 /2
名前変換
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ヘリから車に乗り換えて、さらに空港で海馬コーポレーションのプライベート・ジェットに押し込まれて、空の上で3時間45分を過ごしたあと、また車に乗せられて30分。名前はあっという間に童実野町へ連行され、降ろされた。
途中で「リムジンはセンスがない」とか「アメリカ仕様のデカいSUVにしたら?」とか、「飛行機の中のビスケットが最悪」とか「メープル味? 本気?」とか、「トランクにお気に入りの服を入れてたのに」とか「ロッカーに携帯と財布を置いてきた」とか「水着を買ったのに一度も着られなかった」とか「いま想像した?」とか「ペットを飼ったほうがいい」とか「養鶏場からヒヨコでも貰ってくれば?」とか「犬は論外」とか「はやくカードを返せ」とか…… とにかく名前なりに海馬に気を遣って言葉を投げ付けた。殆どが文句だったのは、文句以外に言葉が出てこなかったからだ。
もちろん海馬もそれなりに気を遣って返事くらいはしてやった。「車種は下の者に任せてる。オレは乗れればそれでいい」とか「アメリカドラマの見過ぎだ」とか、「航空会社の食品は不味いのが相場だ」とか「ジャムでも塗っておけ」とか、「荷物は全て回収させる」とか「戻りたいならパラシュートは後方保管庫だぞ」とか「なぜ水着が必要だ」とか「パレオで隠すべきだな。」とか「セラピストから言われたか?」とか「犬と走ってダイエットでもするんだな」とか「レアカードを手放した自分を恨むんだな」とか…… とにかく終始言葉の報復合戦ではあったが、海馬は別にそれが不快ではなかった。言葉の端々に名前の引き出しや思考の傾向が伺えるからこそ、海馬は優位に立ち回ることができる。
街中で降ろされたところで、名前は凝り固まった体を伸ばして息をつきながら振り返った。車の中で足を組んだままの海馬に目をやると、助手席から磯野と名乗った男が降りてきて懐に手を入れる。その動作に咄嗟に身構える名前に海馬は目を光らせていた。
磯野がパスポートを取り出して差し出したので、名前は警戒をすぐに解く。気まずそうに咳払いして海馬をチラリと見るが、その真っ直ぐ注がれた視線に肩を竦めるしかできない。
「今夜ゆっくり話しをしよう。……オレはこれから重役会議に向かう。磯野、名前を邸内のゲストルームに放り込んでおけ。次は絶対に返すな。」
「邸内って海馬邸のこと? 私の家も近いじゃない。わざわざ行く必要は……」
「磯野、念のため朝食の希望まで聞いておけ。」
「は?」
強制終了と言わんばかりに海馬は自分で車のドアを閉めた。窓越しに名前がまた文句の嵐を吹き荒れさせているのを横目に、海馬は名前と磯野を残して車を走らせて行ってしまった。
取り残された以上、もう会話は成り立たない。何を言っても無駄だし、主導権は完全に海馬が握っている事も承知している。名前は髪をかきあげてほんの一瞬口を曲げるが、磯野に向き合って早口で答えた。
「夜はラム肉のピロークとコンソメスープだけあればいいわ。オイルサーディンがあったら前菜に少しだけ出して。食後にブランマンジェがあったら、……2時間くらいは機嫌良く居られるかも。
朝はまず寝起きにソカタ……いえ、たぶん無いわね。エルダーフラワーシロップがあったら炭酸水で割ってレモンスライスを3枚入れたのをグラスに一杯、ベッドまで持ってきて。
食事はロッゲンブロートに、サラミとロマドゥール・チーズのスライスとレタスのサンドウィッチって決めてるの。私の家の家政婦に言えば持ってきてくれるわ。あぁ、それならソカタも持ってきて貰えるわね。シロップのくだりは忘れていいわ。それと、ノンシュガーのヨーグルトにブラックカラントジャムを少しだけ。
最後に暖かいミルクティーを飲むのが日課よ。給仕の者にミルクを先に入れてから紅茶を注ぐように言っておかないと、たぶん…後悔させる事になるかも。」
メモをし損ねたと言うより、聴き損ねたような磯野が手帳から顔を上げて固まっている。
「私の家政婦なら録音して聞き返さなかったわ。」
海馬の家には行きたくない。そういう遠回りな意思表示も兼ねていたが、殆ど八つ当たりだった。
困り顔の磯野に名前もやっと反省し、いっそ暴れて泣きたい気持ちを堪えて、一度冷静になるためにあたりを見回したあと、小さく呟いた。
「ごめんなさい、今のは八つ当たりだったわ。」
磯野もやはり分別のある大人らしく、ティーンエイジャーを日頃相手にしているだけあって「いえ…」と短く返す。名前もそれを見て片眉を下げて笑った。
「でも食事内容は本当。」
***
「まさかこうしてオレが再びここに姿を現わすなど、思いもしなかったようだな。」
ビッグ5と畏れられる海馬コーポレーション重役、その5人と海馬が対峙していた。モクバも海馬と並び立ち、父親か祖父ほど年の離れた男たちを見ている。
「貴様らがペガサスと手を組み、海馬コーポレーションを乗っ取ろうとした企みはもはや明白。……その行為は断じて許されるものではない。社長権限をもってお前たちの即刻解雇を命じる!」
「ま、まってくれ!」
グレーヘアの男…大下がすぐさま立ち上がって弁明に乗り出そうとするが、海馬は吐き棄てるようにその言葉を遮った。
「此の期に及んで見苦しいぞ!」
しかし大下は気難しい顔のまま引き下がることなく、ほかの4人と示し合わせたように話し出す。
「もとはと言えば、社長が…苗字名前のようなクイーンならともかく、無名だった武藤遊戯にまで敗北したのがきっかけ。」
「なに?」
顧問弁護士である大岡も、ため息まじりにメガネの蔓を押し上げて大下に同調した。
「瀬人様。ペガサスと手を組んだのも、地に落ちた会社の信用を回復させるため。そう、会社を思えばこそ。……その証拠に我々はデュエルモンスターズをベースに、新たなアドベンチャーゲームも開発しておりました。」
「アドベンチャーゲーム?」モクバや社長の反応に、大下は椅子に掛け直して口元で手を組んだ。
「そうだ社長…… 我々の解雇を賭けてゲームをしましょう。」
***
「兄さま! どうしてあんなことを……!」
KCビルのエレベーターで、モクバは兄である海馬に詰め寄った。
目線の先では窓越しに街明かりが上へ駆け上がっていく。
モクバは兄がゲームを受けると返した途端に、また何かを企んだように笑ったビッグ5の目を見ていたのだ。自分がどんなに幼く頼り甲斐がないかもしれなくとも、それが罠だと見抜けないほどではない。
モクバは必至にそれを伝えようとしていたが、海馬はあくまで冷静だった。
「これが罠だと、そんなことは分かっている。だがここでヤツらを無理やり追い出しても、姑息な復讐を考えるだけだ。
完膚なきまでにヤツらを潰し、オレの力を思い知らせてやる……!」
エレベーターのドアが開くなり、そのフロアを進み研究開発室へと入っていった。
無機質なメタルカラーの室内に、沢山のケーブルが至る所に伸びたシートが中央に据えられていた。ひと1人がちょうど座れるサイズのシートに、海馬は進んで自ら腰掛ける。
オートでヘッドギアが下されてると、海馬は自動音声の言う通りにデッキを専用ホルダーに納めた。
《キャノピー 閉じます。席を立たないでください。》
ヘッドギアのシールド越しに、キャノピーが下されてモクバの姿がさらに見え辛くなる。
《キャノピー ロック。ゲームスタンバイ。》
あとはモクバがゲーム開始のスイッチを操作するだけだ。だがやはり不安に駆られたモクバが、もう一度海馬に声を掛ける。
「兄さま! やっぱり兄さまだけじゃヤバいよ!」
「臆するな! 始めろ、モクバ。」
「兄さま……」
互いにその顔は見えないが、モクバはボタンに手を差し伸べた。
「心配するなモクバ。さっさと終わらせて、名前との食事の時間に間に合わせてやろう。」
モクバは意を決してゲームをスタートさせた。海馬の意識は電子分解され、ゲームの世界へと吸い込まれていく。
「───兄さま…」
***
海馬は体から意識が幾重にも重なって剥がれていくのを冷静に見ていた。
気がつくと、海馬は初期型に似たデュエルディスクのデッキホルダーを腕につけ、森林の中に立っていた。
ライフカウンターには2000の数値が表示されている。
モクバに宣言した通り、海馬は森の中の道を歩き始めた。
ほんの数メートル進んだだけで、森林の背丈を越えるドラゴンが現れた。
双頭のドラゴン、……キングレックスには、攻撃力なのか“1680”の数値が一緒に表示されている。
「この程度のゲームでオレに勝とうというのか。」
海馬の目が光ると、なんの戸惑いもなくデッキの一番上のカードを引く。見ずとも分かっていたかのように、海馬はブルーアイズを召喚した。
「いでよ! 青眼の白龍! 滅びのバースト ストリーム!」
しかしキングレックスへの攻撃はトラップによって阻まれた。
突然現れた忍者によって、ブルーアイズの目の前にツボが召喚される。ドラゴン族を使っているだけに、海馬はすぐにそれが何なのか理解して焦りを見せた。
「なに?! ドラゴン族封印の壺?!」
途中で「リムジンはセンスがない」とか「アメリカ仕様のデカいSUVにしたら?」とか、「飛行機の中のビスケットが最悪」とか「メープル味? 本気?」とか、「トランクにお気に入りの服を入れてたのに」とか「ロッカーに携帯と財布を置いてきた」とか「水着を買ったのに一度も着られなかった」とか「いま想像した?」とか「ペットを飼ったほうがいい」とか「養鶏場からヒヨコでも貰ってくれば?」とか「犬は論外」とか「はやくカードを返せ」とか…… とにかく名前なりに海馬に気を遣って言葉を投げ付けた。殆どが文句だったのは、文句以外に言葉が出てこなかったからだ。
もちろん海馬もそれなりに気を遣って返事くらいはしてやった。「車種は下の者に任せてる。オレは乗れればそれでいい」とか「アメリカドラマの見過ぎだ」とか、「航空会社の食品は不味いのが相場だ」とか「ジャムでも塗っておけ」とか、「荷物は全て回収させる」とか「戻りたいならパラシュートは後方保管庫だぞ」とか「なぜ水着が必要だ」とか「パレオで隠すべきだな。」とか「セラピストから言われたか?」とか「犬と走ってダイエットでもするんだな」とか「レアカードを手放した自分を恨むんだな」とか…… とにかく終始言葉の報復合戦ではあったが、海馬は別にそれが不快ではなかった。言葉の端々に名前の引き出しや思考の傾向が伺えるからこそ、海馬は優位に立ち回ることができる。
街中で降ろされたところで、名前は凝り固まった体を伸ばして息をつきながら振り返った。車の中で足を組んだままの海馬に目をやると、助手席から磯野と名乗った男が降りてきて懐に手を入れる。その動作に咄嗟に身構える名前に海馬は目を光らせていた。
磯野がパスポートを取り出して差し出したので、名前は警戒をすぐに解く。気まずそうに咳払いして海馬をチラリと見るが、その真っ直ぐ注がれた視線に肩を竦めるしかできない。
「今夜ゆっくり話しをしよう。……オレはこれから重役会議に向かう。磯野、名前を邸内のゲストルームに放り込んでおけ。次は絶対に返すな。」
「邸内って海馬邸のこと? 私の家も近いじゃない。わざわざ行く必要は……」
「磯野、念のため朝食の希望まで聞いておけ。」
「は?」
強制終了と言わんばかりに海馬は自分で車のドアを閉めた。窓越しに名前がまた文句の嵐を吹き荒れさせているのを横目に、海馬は名前と磯野を残して車を走らせて行ってしまった。
取り残された以上、もう会話は成り立たない。何を言っても無駄だし、主導権は完全に海馬が握っている事も承知している。名前は髪をかきあげてほんの一瞬口を曲げるが、磯野に向き合って早口で答えた。
「夜はラム肉のピロークとコンソメスープだけあればいいわ。オイルサーディンがあったら前菜に少しだけ出して。食後にブランマンジェがあったら、……2時間くらいは機嫌良く居られるかも。
朝はまず寝起きにソカタ……いえ、たぶん無いわね。エルダーフラワーシロップがあったら炭酸水で割ってレモンスライスを3枚入れたのをグラスに一杯、ベッドまで持ってきて。
食事はロッゲンブロートに、サラミとロマドゥール・チーズのスライスとレタスのサンドウィッチって決めてるの。私の家の家政婦に言えば持ってきてくれるわ。あぁ、それならソカタも持ってきて貰えるわね。シロップのくだりは忘れていいわ。それと、ノンシュガーのヨーグルトにブラックカラントジャムを少しだけ。
最後に暖かいミルクティーを飲むのが日課よ。給仕の者にミルクを先に入れてから紅茶を注ぐように言っておかないと、たぶん…後悔させる事になるかも。」
メモをし損ねたと言うより、聴き損ねたような磯野が手帳から顔を上げて固まっている。
「私の家政婦なら録音して聞き返さなかったわ。」
海馬の家には行きたくない。そういう遠回りな意思表示も兼ねていたが、殆ど八つ当たりだった。
困り顔の磯野に名前もやっと反省し、いっそ暴れて泣きたい気持ちを堪えて、一度冷静になるためにあたりを見回したあと、小さく呟いた。
「ごめんなさい、今のは八つ当たりだったわ。」
磯野もやはり分別のある大人らしく、ティーンエイジャーを日頃相手にしているだけあって「いえ…」と短く返す。名前もそれを見て片眉を下げて笑った。
「でも食事内容は本当。」
***
「まさかこうしてオレが再びここに姿を現わすなど、思いもしなかったようだな。」
ビッグ5と畏れられる海馬コーポレーション重役、その5人と海馬が対峙していた。モクバも海馬と並び立ち、父親か祖父ほど年の離れた男たちを見ている。
「貴様らがペガサスと手を組み、海馬コーポレーションを乗っ取ろうとした企みはもはや明白。……その行為は断じて許されるものではない。社長権限をもってお前たちの即刻解雇を命じる!」
「ま、まってくれ!」
グレーヘアの男…大下がすぐさま立ち上がって弁明に乗り出そうとするが、海馬は吐き棄てるようにその言葉を遮った。
「此の期に及んで見苦しいぞ!」
しかし大下は気難しい顔のまま引き下がることなく、ほかの4人と示し合わせたように話し出す。
「もとはと言えば、社長が…苗字名前のようなクイーンならともかく、無名だった武藤遊戯にまで敗北したのがきっかけ。」
「なに?」
顧問弁護士である大岡も、ため息まじりにメガネの蔓を押し上げて大下に同調した。
「瀬人様。ペガサスと手を組んだのも、地に落ちた会社の信用を回復させるため。そう、会社を思えばこそ。……その証拠に我々はデュエルモンスターズをベースに、新たなアドベンチャーゲームも開発しておりました。」
「アドベンチャーゲーム?」モクバや社長の反応に、大下は椅子に掛け直して口元で手を組んだ。
「そうだ社長…… 我々の解雇を賭けてゲームをしましょう。」
***
「兄さま! どうしてあんなことを……!」
KCビルのエレベーターで、モクバは兄である海馬に詰め寄った。
目線の先では窓越しに街明かりが上へ駆け上がっていく。
モクバは兄がゲームを受けると返した途端に、また何かを企んだように笑ったビッグ5の目を見ていたのだ。自分がどんなに幼く頼り甲斐がないかもしれなくとも、それが罠だと見抜けないほどではない。
モクバは必至にそれを伝えようとしていたが、海馬はあくまで冷静だった。
「これが罠だと、そんなことは分かっている。だがここでヤツらを無理やり追い出しても、姑息な復讐を考えるだけだ。
完膚なきまでにヤツらを潰し、オレの力を思い知らせてやる……!」
エレベーターのドアが開くなり、そのフロアを進み研究開発室へと入っていった。
無機質なメタルカラーの室内に、沢山のケーブルが至る所に伸びたシートが中央に据えられていた。ひと1人がちょうど座れるサイズのシートに、海馬は進んで自ら腰掛ける。
オートでヘッドギアが下されてると、海馬は自動音声の言う通りにデッキを専用ホルダーに納めた。
《キャノピー 閉じます。席を立たないでください。》
ヘッドギアのシールド越しに、キャノピーが下されてモクバの姿がさらに見え辛くなる。
《キャノピー ロック。ゲームスタンバイ。》
あとはモクバがゲーム開始のスイッチを操作するだけだ。だがやはり不安に駆られたモクバが、もう一度海馬に声を掛ける。
「兄さま! やっぱり兄さまだけじゃヤバいよ!」
「臆するな! 始めろ、モクバ。」
「兄さま……」
互いにその顔は見えないが、モクバはボタンに手を差し伸べた。
「心配するなモクバ。さっさと終わらせて、名前との食事の時間に間に合わせてやろう。」
モクバは意を決してゲームをスタートさせた。海馬の意識は電子分解され、ゲームの世界へと吸い込まれていく。
「───兄さま…」
***
海馬は体から意識が幾重にも重なって剥がれていくのを冷静に見ていた。
気がつくと、海馬は初期型に似たデュエルディスクのデッキホルダーを腕につけ、森林の中に立っていた。
ライフカウンターには2000の数値が表示されている。
モクバに宣言した通り、海馬は森の中の道を歩き始めた。
ほんの数メートル進んだだけで、森林の背丈を越えるドラゴンが現れた。
双頭のドラゴン、……キングレックスには、攻撃力なのか“1680”の数値が一緒に表示されている。
「この程度のゲームでオレに勝とうというのか。」
海馬の目が光ると、なんの戸惑いもなくデッキの一番上のカードを引く。見ずとも分かっていたかのように、海馬はブルーアイズを召喚した。
「いでよ! 青眼の白龍! 滅びのバースト ストリーム!」
しかしキングレックスへの攻撃はトラップによって阻まれた。
突然現れた忍者によって、ブルーアイズの目の前にツボが召喚される。ドラゴン族を使っているだけに、海馬はすぐにそれが何なのか理解して焦りを見せた。
「なに?! ドラゴン族封印の壺?!」