王国編 /2
名前変換
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───ん、」
ゆっくりと瞼を上げると、まず滲んだ視界に白い髪が映り、次第に黒い大きな瞳が自分を見つめているのがわかった。
モクバが目を覚ますのを、獏良が覗き込んでいた。
「獏良!」
ちょうどそのタイミングで、城之内と本田、杏子の3人が駆け寄って来た。
「みんな!」
獏良が顔を上げると、目を覚ましたモクバもゆっくりとそちらに目を向ける。城之内がモクバの顔を覗き込むと、本田や杏子も次々と中腰になったりしてモクバの無事を確認した。
「気がついたのか!モクバ!」
「よかった!」
「おーい!」
遅れて掛けてきた遊戯がその中に加わる。
「何やってたんだ、おまえ」
途中ではぐれていた事を心配していた本田が声を掛けるが、遊戯は「ごめん、ちょっと……」とはぐらかす。そしてモクバを覗き込み、その回復を見て安堵した。
「モクバくん、封印が解けたんだね!」
「兄様…… 兄様はどこ?」
モクバも年相応の子供のように、寂しそうな顔で辺りを見回す。
「そういや名前もまだ見つかってねぇぜ!」
「もしかしたら、海馬君と一緒に居るのかも……!」
城之内と杏子がうなずき合ってもう一度探しに行こうとしたところで、反対側から声が掛けられた。遊戯がそちらに顔を向けると、他の面々も振り返る。
「クロケッツさん……!」
さっきは取り乱したような様相だった彼も、今は元の通りに冷静な黒服としてそこに立っていた。
「ペガサス様は病院に搬送されました。」
遊戯はチラッと獏良の方を見た。だがその胸にもう千年リングは下げられていない。もしかして……と頭を過ぎる考えも、千年リングの紛失がその疑惑を打ち払った。
ゆっくりと遊戯に歩み寄ると、クロケッツは手に持っていたものを差し出した。
「これを……」
別珍張のトレーに乗せられた一枚のカードが遊戯の目に飛び込んでくる。
「……えっ」
「 “友情の絆”というカードです。ペガサス様が、武藤遊戯に渡して欲しいと。」
遊戯がカードを受け取ると、クロケッツは城之内にも目を向けた。
「お二方とも、見事なデュエルでした。───こちらが優勝賞金の小切手です。」
クロケッツはスーツの内ポケットから、インダストリアル・イリュージョン社の刻印が入った封筒を出した。遊戯はそれをしばし見つめたあと、城之内に向き直って笑顔を見せる。
「城之内くん。」
城之内は頷くだけで、何も言わずにそれを受け取った。脳裏にはビデオメッセージに映る、病室の妹の姿だけがある。
「やったね! 城之内! これで静香ちゃんは……」
「───…あぁ、待ってろよ、静香……必ず…」
「(城之内くん……)」
クロケッツは軽く一礼して踵を返して去る。遊戯はモクバの目覚めによって、祖父・双六の魂の解放と目覚めも確信していた。
***
日が沈み、城壁は赤く照らされ、東の空からゆっくりと濃紺の夜が迫り来ていた。その中をモクバが兄を探している。
庭園の中を彷徨うように行くのを、遊戯たちが後から追って見ていた。
「海馬君も名前ちゃんも、いったい……」
周囲の森から中庭を閉ざしていた城壁の門が、音を立てて開かれた。海風が吹き込む中で、モクバと遊戯達は目当ての二人を見つけ出す。
「兄様!!!」
モクバが駆け出すのを合図に、遊戯たちも駆け出した。
「名前ちゃん───!」
海馬は膝を折って片手で名前を支えると、もう片方の腕で飛び込んでくるモクバを迎えた。
「兄様……! 兄様……!」
「モクバ……」
弟にしか向けない顔の一端を、遊戯はほんの僅かに見た。だが城之内たちは海馬に抱き上げられた名前に飛びついて、その顔を見る事はなかった。
「オイ!名前……! 大丈夫なのか?!」
「静かにしろ、馬の骨が。恐らく眠っているだけだ。」
逆上して騒ぎかける城之内を本田と杏子が押し留める。遊戯はそっと側によると、名前が握りしめている千年秤に挟まったままの、三枚の白紙のカードに気がついた。
「(!! 名前…… 名前も自分自身と交わした約束を、守ったんだね───)」
「兄様、オレ、守ったよ…… オレ達の海馬コーポレーション。」
モクバは顔を上げると、服の中から首に下げていたロケットペンダントを引き出して開いて見せた。そこには幼き日の、海馬の写真が入っている。
「そうか……」
海馬も揃いのペンダントを開けると、同じ写真の、幼いモクバの姿が入っていた。それを隣同士に重ねて見せ合い、また少し笑い合った。
「まさかこれが重要書類の保管庫のカードキーだなんて、アイツらも気が付かなかったんだ。」
その顔はもう泣いていなかった。少しマセたような、立派に社長を支える弟が海馬の目の前に立っていた。
いま手の中にある幼いモクバの姿と見比べて、海馬はその成長した姿に、少し眉間に迫るものがある。
「モクバ、偉いぞ。海馬コーポレーションを、よく守ってくれた。」
兄弟を少しだけ離れたところで見ていた城之内だけが、海馬の見せた僅かな気持ちの揺らぎを知っていた。
「(……ったく、ずっと兄弟仲良くしやがれ、バカヤロウ。)」
海馬は名前を抱え直すと、立ち上がって遊戯に向き直った。
「遊戯!モクバを助けてもらったようだな。ひとつ借りができた。」
「……借りだなんて。僕より、名前ちゃんに言ってあげて。」
「わかっている。……だが遊戯、いずれにしても、オレ達二人のデュエルはまだ終わってはいない。いつか互いに完全なる勝利を目指して、あいまみえる日が来る。……その時を楽しみにしている。───今は、もう一つの借りを返しに行かねばならん。」
海馬は名前を見た。力なく海馬の腕に任せるまま目を閉ざしている名前に、遊戯も小さくうなずいた。
「うん。……名前のこと、今は海馬君に預けるよ。」
優しい方の遊戯が、名前のことを呼び捨てした事に、杏子はドキリとして思わず目を向けた。海馬も、遊戯の「預ける」という言葉の選択に目を光らせる。
「……フン」
海馬は背を向けると、モクバと共に森へ向かって歩き去って行った。
「あ……そういえばオレ達、どうやってこの島から帰るんだ?」
城之内の言葉に、本田や杏子が大きく狼狽える。海馬はもう門を通ってしまった。
本田を先頭に一斉に駆け出し、海馬を追って行く。
「ま、待って、置いてかないでよ───!!!」
遊戯が出遅れてさらにその後を追っていくのを見送ると、獏良が最後に城へ振り返る。
ポケットから手を取り出すと、そこには千年眼が光っていた。獏良は隠し切れない笑みで、まだ滴っているペガサスの血を舐めとった。
「(フフフ……ミレニアム・アイ、ゲット……!)」
王国編 end