王国編 /2
名前変換
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「儀式カード?!」
ペガサスはついに遊戯の真の強さ、恐ろしさを垣間見た。次第に崩れていく自分の足元と、カードの創造主である自分を上回っている遊戯の存在だけを呆然と見ているしかない。
「タイム・ボマーとブラック・マジシャンを、儀式の生贄に捧げる!」
「(そんな方法で自爆を阻止するとは……)」
黒き混沌の魔術師、マジシャン・オブ・ブラックカオス
闇とも違う混沌の色に包まれた魔術師の、神々しくもあるその降臨を、いったい誰が止められるだろうか。
そのカードを生み出した当のペガサスでさえ、異常なまでにプレッシャーを感じている。
「マジシャン・オブ・ブラックカオス!もう1人のオレが傷付きながらもオレに託した一枚のカード……カオスの黒魔術儀式! 光と闇の融合が生み出したカオスの宿りし、至高にして崇高なマジシャンの中のマジシャン!」
“マジシャン・オブ・ブラックカオス”(攻/2800 守/2600)
「ペガサス!これがオレたちの切り札だ!このモンスターでオマエを倒す!!!」
冷や汗が流れるものの、ペガサスはまだ敗北を感じてはいなかった。自らが創造主であるというプライドからではなく、まだブラックカオスを倒せる勝算があるからだ。
「フ……しかしこのターンでサクリファイスの洗脳も解けマ〜ス!次の私のターンでブラックカオスをサクリファイスに取り込み…その能力も奪ってみせましょう! 遊戯ボーイ!ユーが死力を尽くしても私には勝てナ〜イ!!!」
「(ペガサス!オレの心には仲間の絆がある!貴様の千年アイテムの力でも断ち切ることはできない───結束の力が!!!)」
***
荒い息だけが、地下の湿った通路に響いていた。じっとりと顔が暑く、ただ汗が顳顬から頬へ流れる。それを拭うべき手も固まった血がこびりついていて、顔に触れる気は起こらない。
……名前は警戒に当たっていた黒服の男3人とはち合い、咄嗟に千年秤を構えた───だがその力を使う前に、名前の身体を抜けて飛び出した魔術師によって、彼らは名前の前から排除される。
名前は後ろめたい気持ちと身体的な痛みに震えながら、気絶して倒れた男たちの真ん中に立つ、その青い衣の魔術師の背中を見ていた。彼はなかなか消えず、かといって振り返りもしない。名前もそれをどう声をかけることもできないで、ただ息切れした呼吸を整えることに逃げていた。
息を詰めるが、意を決してブラック・マジシャンの背中にその名を呼ぼうと口を開いた───と同時に、ブラック・マジシャンも振り返って名前と目を合わせる。咄嗟に口を噤んで言葉を飲み込めば、ブラック・マジシャンは片膝をついて頭を下げて見せた。
あれほど互いに分かり合い、ブラック・マジシャンの心が読めていた筈なのに…今の名前に、ブラック・マジシャンのその真意は全くもって読めない。
帽子の中で流れる髪が愛おしいと思っていた。たったそれだけの気持ちですら、なぜか今はひどく懐かしい。激しい葛藤の中にあるというのに、今は海馬のことだけが頭の半分を支配している。
「ブラック・マジシャン……」
海馬のことを考えて、やっと言葉を出す事ができた。そんな自分が、あまりにも冷徹で残酷な女のようにも自己嫌悪される。だがあえて今は、言葉を続けなくてはいけないと思った。
いつかはこうして、たとえカードの状態相手でも言わないといけないと覚悟していた。おそらく、ブラック・マジシャンはそれを見抜いて、こうして残ってくれたのだ。
……私が海馬の元へたどり着く前に。
「ありがとう……、私を、いつも守ってくれて。もう二度と私の前に現れてくれないんじゃないかって……そう思ってた。」
ブラック・マジシャンは別に感情を見せたり言葉を返したりはしてくれない。名前の言葉を待つように、ただじっと跪いたまま微動だにしなかった。
「……あなたが私のものになった時のことを、忘れられないわ。あなたは私の魔導士たちのように、こうして現れてくれたけど、私を見るあなたの目は魔導士たちと違っていた。
…シャーディーに会ったわ。あなたが私の運命の人だと言った人よ。私は与えられた言葉通り、そう…あなたを完全なものにするために、あなたの魂が宿ったカードを探し続けてきた。やっと見つけられたのに、……私は、…あなたのためだったのに、遊戯からカードを奪う事ができなかった。どうして、───あの時、海馬が現れて、…本当、どうして出会ってしまったんだろう……あれからずっと心が痛いの。
ブラック・マジシャン、私……あなたの事を本当に愛してた。あなたが永遠に私の恋人でいればいいって。だから、私…こんなに残酷な事をあなたに言いたくない、あなたに酷いことをしたくない─── だけど、私は、今度は自分のために選択するわ。シャーディーの言葉をまた信じるのかって、まだ私の半分はそう言っているけれど…」
名前は眉の端を下げたままやっと少しだけ笑って、膝をついてブラック・マジシャンの顔を覗き込む。触れられるような、触れられないような……透けているブラック・マジシャンの体に手を差し向けると、その頬に手をやった。
「どうして愛していることについての言葉は少なくなってしまうのに、自分を正当化したいときの言葉は多くなってしまうんでしょうね。」
ブラック・マジシャンがやっと顔を上げて名前の目を見た。海馬とは違う青色の瞳が、名前の胸をじわじわと痛めつける。
「……あなたも私に話せたなら、…私の初めてのキスを奪った事について、長々と説明してくれたかしら。」
名前は目を閉じて、ブラック・マジシャンの頬に口付けた。鼻先に彼の髪が触れたような気がしたが、本当にこの唇がその青い肌に触れる事ができたのかはわからない。千年秤を持っていない方の手が感じていたはずの“彼がいるという質量感”はなくなり、目を開ければ、名前は一人きり残されているだけだった。
「(───さよなら)」
少なくとも自分の初恋に。
名前はやっと堂々と海馬の元へ行けるような気がした。ブラック・マジシャンを一人の人間として受け止めていたが、関係を解消するにはあまりにも呆気なさすぎて……彼がやはり、カードの中の魔術師だということを痛感させられた。彼はあくまで、最後まで、名前のしもべであったのだ。
もしこの先、本当に同じ人間の男と関係を結ぶことになるなら(仮にそれが海馬でも、海馬でなかったとしても)、きっとブラック・マジシャンのようにはいかないだろう。
ブラック・マジシャンを追っていた少女は、遊戯と出会って孤独なクイーンの道から解放されて、海馬と出会って…本当の恋愛に出会った。名前はやっと、1人の女としてここに立っていた。
「(これからは、自分の身は自分で守らなくちゃ、ね。)」
デッキケースに手をやる。立ち上がろうとしたところで黒服の持つ拳銃が目に留まり、少し悩んでからそれを拾い上げた。
「!」
少しだけ息を飲んだ。覚えのあるグリップの感触……そこで考えるのをやめて、弾倉を引き抜いて残弾を確認する。足元に横たわる黒服のスーツの裾をめくり、そのあとスラックスの裾を上げてやっとお目当のものを見つける。
男の足首に隠してあった携帯用のアーミーナイフを引き抜くと、名前は拳銃のシュラウドレスに刻まれたモデルネームをなるべく削り落としてからベルトに差し込んだ。
ナイフを無造作に投げ捨てると、冷え切って感覚のないつま先を心の中で叱咤しながら、また先へ進んでいく。