NEO UNIVERSE
NO.6――
〝理想郷〟の名が相応しい、特殊合金の壁に囲われた都市。
傾きかけた天秤の上に築かれたその都市は、いつか必ず崩れ去る――バベルの塔のように。
そんな確信があった。
他の土地を侵し、罪もない人々を虐殺した。
そんな傾きの上に造られた人工建造物は、かならず壊れる。
人間の傲りが招いた、当然の結果だ。
それがいつかは分からないが――近いうちだと、思っていた。
そんな頃に、彼をNO.6から連れ出した。
四年の月日を感じさせないほど、彼は昔と変わらなかった。
どこまでも純粋で、無垢な……〝無邪気〟と形容するのがぴったりの少年が、あの都市の中で生活していた――。
寄生バチのせいで白く変色した髪。
そして、体を這う蛇行跡。
鏡の前で――裸で呆然とそれを眺めていた紫苑は、まさに天使だった。
非現実的なことは信じない。
神などいない。
だが、紫苑のその姿は、そんな信条すら覆した。
あのそびえ立つ壁の中で、何も知らずに…疑うことすら知らないままで育った、真っ白な天使。
その体に巻き付く深紅の蛇は、堕天の印のようで。
寄生蜂と戦い抜いた翌日。
NO.6から連れ出したはいいものの、正直、彼がこの西ブロックでやっていけるかは分からなかった。
聖都市の中で育った、純粋培養のおぼっちゃん。
そんな彼が、この粗悪な西ブロックの環境に、果たして耐えられるのか。
色んな可能性が過ぎった。
綺麗な白が、西ブロックの汚い色に染まってしまうかな、とか…
仕事から帰ったら、ひび割れて――壊れてしまってるんじゃないか、とか。
四年前の借りを返すために、治安局から紫苑を救った。
だから、その後どうなろうと――多少の同情はするし、元はと言えばおれが悪いけれど――知ったことではない、とどこかで思っていた。
しかし、紫苑はそんな予想を大きく裏切った。
夜遅くでも、仕事から帰ると、おかえり、と声がかかる。
その声に、ただいま、と返す。
彼は西ブロックに適応していった。
――それも、染まるのではなく、透明なままで。
+++
たまたま、舞台が予定より遅れ、そのうえ支配人の長い話のせいで帰るのが遅くなった日のことだった。
軋む地下室のドアを開く頃には、午前二時を回っていた。
「ただいま」
ソファーには、本を開いたまま、うつらうつらと舟を漕ぐ紫苑。
そのあまりにも無防備な寝顔に苦笑しながら、側に落ちている毛布を拾う。
起こさぬようにと、静かに毛布をかけたつもりだったが、紫苑は小さく呻き目を覚ました。
「あ…、ネズミ、おかえり…いつ帰ったんだ」
「今。先に寝てれば良かったのに」
いつもそうなのだ。
どんなに仕事が遅くなっても、〝おかえり〟の一言を交わすまでは頑として眠ろうとしない。
ぬくもりを感じ、心から安心できる場所を、紫苑はそんな些細なことから作り上げたのだ。
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いつか、おれは紫苑に尋ねた。
「四年前のあの日に戻れるなら、あんたは同じように窓を開けて、おれと出逢うか?」
あんたは何の迷いもなく答えを出した。
「こうなると分かっていても、ぼくは窓を開けるよ――きみと、出逢うために。きみに逢えてよかったと、思っているから」
あんたは結末を知らない。
NO.6の――そして、おれたちの結末を。
それでも…あんたがそう言うなら。
四年前のあの日に戻っても、あんたが開けてくれた窓に飛び込もう。
例え、それが悲劇だとしても……あんたと巡り逢えて良かったと、心から、思えるから。
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