火花
「紫苑っ!ご飯食べましょ…ってあれ、紫苑は?」
「はは、残念だったな沙布、もうネズミとどこか行っちまったぜ」
「…またネズミ!? ありがとう、イヌカシちゃん」
「おう」
「春休みはどうだった、ネズミ」
「どうもこうも相変わらずさ。唯一あんたに会えなかったのが寂しかったくらいかな」
「ふふ。なに言ってるんだ」
さああ、と爽やかな青い風が吹き抜ける屋上。
4月とはいえ、まだ上旬の風は少し冷たい。
新学期に突入したばかりの学校は、まだどこかそわそわとした空気に満ちている。
そんな落ち着きのない校内で、唯一いつもと変わらない場所が屋上だった。
「相変わらずあんたのママの弁当は上手そうだな」
「ありがとう。母さんに伝えておくよ。きっと喜ぶ」
「いつかおれの分も頼んでおいてくれ」
「もちろん」
そんな屋上にはふたつの影。
真面目そうにきっちりと制服を着こんだ白髪の少年と、それとは対照的な、制服を着崩した黒髪の少年。
白髪の少年は名を紫苑といい、黒髪の少年はネズミといった。
入学式の日に出会って以来、見た目が対照的な二人はとても仲が良かった――2年に進級してからまだ1週間と経っていないのだが、お互いクラスが異なるのにも関わらずこうして昼を共にするほどに。
「ネズミッ!」
静かだった屋上のドアが開くと同時に飛び込んできた少女。
「あれ、沙布?どうしたの」
「どうしたの、じゃないわ、紫苑!どうしてネズミなんかといるのよ」
「おいおい沙布、野暮な質問するなよ。おれと紫苑の仲の良さはあんたも知ってるだろ」
「それを言うならあなたこそ、わたしと紫苑の仲を知っているでしょう?」
「ちょっとどうしたの、ふたりとも? あ、そうだ、せっかくだし、沙布も一緒にご飯を……」
「絶対にいやだ」
「絶対にいやよ」
「そんな……ハモって答えなくてもいいじゃないか」
ぎゃんぎゃんと喚く沙布とネズミに構うことなく発せられた紫苑の提案は、ふたりによってあっけなく却下されてしまった。
「大体な、沙布、おれの方が先だっただろ」
「そんなの知るもんですか。紫苑との付き合いの年数が長いのはわたしよ」
「新しい友好関係を築くことだって大切だ。な、紫苑」
「え?なに?ごめん、聞いてなかった」
「いいのよ、紫苑、無視してちょうだい」
そんな言い合いを続けているうちに、乾いた予鈴の音が青空に鳴り響く。
「あ……ぼく、もう行くね。次の授業、体育なんだ」
「おれも行く」
「わたしも行くわ。あ、そうだ紫苑、今日一緒に帰りましょう!」
「うん、いいよ」
「おいおい紫苑、さっそく浮気かよ」
「浮気?」
「……なんでもないさ」
放課後。
紫苑の在籍する6組の教室内に紫苑の姿はなく、窓の外を眺める沙布の姿だけがあった。
静かな校舎とは裏腹に、窓から見えるグラウンドはわいわいと部活動の生徒で活気付いている。
「おや。紫苑は一緒じゃないのか」
そんなオレンジ色の教室に入ってきたのはネズミ。
「紫苑は?一緒に帰るんじゃなかったのか」
「……先生に手伝いを頼まれてしまったのよ、彼。 断ればいいのに」
「相変わらずだな」
ネズミは、そのまま近くの机に腰を下ろす。
「……なによ、ネズミ」
「なにが?」
「どうしてあなたがそこに座るのよ」
「紫苑を待とうと思って」
その返答に呆れたような顔をし、沙布は再び窓の外に視線をやる。
二人の間にはしばらくの沈黙が下りた。
聞こえるのは窓の外の声だけ――だったのだが、その空気を破ったのは沙布だった。
「ネズミ、あなた、紫苑のことどう思っているのよ」
「どうって」
ゲームでもしているのか、ネズミは手にしている携帯から視線を離すことなく聞き返す。
「いつも一緒にいるじゃない。今日だってわたしより早く紫苑を連れて屋上にいた」
「ただの友達だ、って答えじゃ不満なのか」
「当たり前よ。なぜ紫苑があんなにあなたを好いているのか、理解できないの」
「それは光栄だな」
「ただの友達、だなんて口実、いつまで使うつもりなの?」
ふ、と笑みながらネズミは沙布に顔を向けた。
「あんたこそ。幼馴染、だなんて口実、いつまで使うつもりだ?……好きなんだろ、紫苑のこと」
かああっ、と顔が熱くなる。
どうか、どうか、この憎たらしいネズミに、この熱がばれていませんように。
できるだけ平静を装って、ネズミの言葉に応える。
「……そうよ。だめなの?」
「別に。ただ、紫苑はあんたのことただの友達だと思ってるぜ」
「そんなこと、あなたに言われなくてもわかってるわよ」
一瞬の沈黙。
ほんの数秒、いや、1秒もないほどの沈黙が、酷く長く、重たく感じられた。
「ごめん、沙布、おまたせ……ってあれ、ネズミ?」
「あぁ、おかえり紫苑。手伝わされたんだって?」
「はは…力河先生に捕まっちゃって」
「もう。断ればよかったのよ。早く帰りましょう、紫苑」
「うん、待たせてごめん。ネズミも帰ろう」
「え、ちょっと待って、なに、紫苑……3人で帰る、なんて言わないわよね?」
「ん?だめ?」
「……はぁ…、そうね、いいわ」
くすり、と微かに聞こえたネズミの笑い声。
その声につられるように、沙布はネズミを見た。
目が合うその瞬間、ぱちり、と散る火花。
「ちょっとふたりとも? 何してるの、早く帰ろうよ」
「今行く」
「今行くわ」
「ふふっ、ネズミと沙布、またハモってる」
ネズミと沙布の間で散る激しい火花に、白い天使は気付かない。
End.
→あとがき
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