シンデレラ
+++
――数日後。
「ちょっと聞いた?お母さま。王子様、この前の娘をいたく気に入られたみたいで、街中に家来をやって探させているらしいわよ」
「あ、それ私も聞いたわ、お姉さま。なんでも、あのとき娘が落としていった靴の持ち主を捜しているみたいで、その靴を履かせてぴったりな人をお嫁さんにすると仰っているらしいわね」
ネズミはその話を聞いて、びくりとしました。
街にあるすべての家を家来たちが訪ね、もしもあの靴にぴったりな人が見つかればその人がお嫁さんになるということです。
そうなると、本来は男であったネズミが、その靴を履けるチャンスがあるかどうかすら分かりません。
そうこうしているうちに、扉がノックされ、扉の向こうの人物は王子の家来だと名乗りました。
継母は嬉々として扉を開き、家来を家に招き入れます。
「ようこそおいでなさいました!ささ、どうぞ中へ」
「――あ、おま…!」
「どうもはじめまして、イヌカシと申します。この度ガラスの靴の持ち主を探すため、街の皆さまにこの靴を履いてもらっています。では早速…お母さまからでよろしいでしょうか?」
そう、家来として来訪したのは、あの日の魔法使いでした。
イヌカシは無駄なことを喋らぬようにとネズミに目配せし、その意図を汲み取ったネズミは小さく頷きました。
イヌカシと一緒に来ていたもう一人の家来が女たちに靴を履かせるものの、継母には小さすぎて入らず、一方の姉には形が合わずつま先しか入れることができませんでした。
そして、もう一人の姉には少し大きく、これもぴったりとは言えませんでした。
「それでは、最後のひとりですね、履いてください」
「何を仰るの?この家には女は3人しかおりませんわ」
「いえ、そこの少年です。男女関係なく、一応履いてもらっていますので」
「この子がそんなわけありませんわ!それでも試したいと仰るのなら、止めはしませんが」
継母や姉たちは馬鹿にしたように笑いました。
「ではどうぞ」
心臓を痛いほど脈打たせながら、ネズミはゆっくりと靴に足を差し入れました。
「おお…これは…!」
イヌカシのその言葉に、ネズミの後ろにいた女たちも、まさか、といった表情でネズミの足元を覗き込みます。
靴はぴったりと彼の足にはまり、その様はまるでネズミのためだけに作られたかのようでした。
「では、一緒に来てください」
ネズミは家来たちに連れられ、お城へと向かいました。
家を離れるとき、継母たちがどんな表情をしていたか、ネズミは知りません。
彼には振り返るべき家や家族、思い出などありませんでした。
「…おい、イヌカシ。どういうことだ」
城へと向かう馬車の中で、ネズミはイヌカシに尋ねました。
「どういうことも何も、あんたが経験した通りだ。おれは紫苑の家臣で、あんたに魔法をかけた。思惑通り、紫苑はあんたに惚れたってわけ」
「目的を話せ」
「おまえなんかに話すかよ」
「言わないと殴るぞ」
顔面すれすれのところまで拳を突き付けられたイヌカシは、慌ててわけを説明し始めました。
「わわっ、わかったよ!……おれはな、おれのことを拾ってくれた紫苑のことを大切に思ってるんだ。街の女どもはどうも下品で、あんなやつらに紫苑を渡すわけにはいかない。そんなとき、街を歩いていたらお前を見つけて――あぁ、こいつなら…って、思ったんだよっ!」
恥ずかしそうにそっぽを向いたイヌカシを見て、ネズミは思わず吹き出しました。
「…ふっ、はは…、そういうことかよ」
「笑うなよっ」
「いや、でもあんた、おれを選んで正解だぜ」
「お…おう…?」
お城に到着すると、立派な門の前には王子様がそわそわと落着きなく立っていました。
「あ、イヌカシ――と、彼は…?」
「こいつがあの時の美人さんさ」
「どうも、紫苑王子」
「でもあのときのひとは――」
紫苑はいぶかしげにネズミの瞳を覗き込みました。
そして、その独特の美しい虹彩に、紫苑は目の前の人物が確かに舞踏会で踊ったひとだと気付いたのです。
「ネズミ…?会いたかった、あの日からきみのことが忘れられなくて…っ」
「再会を必ずとおれは言った。約束は違えない」
紫苑のことが頭から離れなかったのはネズミも同じです。
しかしそんな台詞を言うのは恥ずかしくて、その照れくささを隠すように、にやりとネズミは笑み紫苑に軽くキスをしました。
すると――きらきらとした光がネズミの身体を包み、その光が消えるとそこには、美しい身なりの少年が現れました。
「今回は12時で解けたりしないだろうな?イヌカシ」
「当たり前だろ」
「わあ…!すごくきれいだ、ネズミ」
「それはどうも。…それよりあんた、おれを選んで…後継ぎとかはいいわけ?」
少し不安げなネズミの指摘に 紫苑は一瞬きょとんとしましたが、すぐに にっこりと笑顔を作りこう言いました。
「だいじょうぶだよ。コウノトリはきっと、ぼくらのところにも来てくれるから!」
ネズミとイヌカシは頭を抱えましたが――その後、紫苑とネズミは幸せに暮らしましたとさ。
おしまい。
→あとがき
――数日後。
「ちょっと聞いた?お母さま。王子様、この前の娘をいたく気に入られたみたいで、街中に家来をやって探させているらしいわよ」
「あ、それ私も聞いたわ、お姉さま。なんでも、あのとき娘が落としていった靴の持ち主を捜しているみたいで、その靴を履かせてぴったりな人をお嫁さんにすると仰っているらしいわね」
ネズミはその話を聞いて、びくりとしました。
街にあるすべての家を家来たちが訪ね、もしもあの靴にぴったりな人が見つかればその人がお嫁さんになるということです。
そうなると、本来は男であったネズミが、その靴を履けるチャンスがあるかどうかすら分かりません。
そうこうしているうちに、扉がノックされ、扉の向こうの人物は王子の家来だと名乗りました。
継母は嬉々として扉を開き、家来を家に招き入れます。
「ようこそおいでなさいました!ささ、どうぞ中へ」
「――あ、おま…!」
「どうもはじめまして、イヌカシと申します。この度ガラスの靴の持ち主を探すため、街の皆さまにこの靴を履いてもらっています。では早速…お母さまからでよろしいでしょうか?」
そう、家来として来訪したのは、あの日の魔法使いでした。
イヌカシは無駄なことを喋らぬようにとネズミに目配せし、その意図を汲み取ったネズミは小さく頷きました。
イヌカシと一緒に来ていたもう一人の家来が女たちに靴を履かせるものの、継母には小さすぎて入らず、一方の姉には形が合わずつま先しか入れることができませんでした。
そして、もう一人の姉には少し大きく、これもぴったりとは言えませんでした。
「それでは、最後のひとりですね、履いてください」
「何を仰るの?この家には女は3人しかおりませんわ」
「いえ、そこの少年です。男女関係なく、一応履いてもらっていますので」
「この子がそんなわけありませんわ!それでも試したいと仰るのなら、止めはしませんが」
継母や姉たちは馬鹿にしたように笑いました。
「ではどうぞ」
心臓を痛いほど脈打たせながら、ネズミはゆっくりと靴に足を差し入れました。
「おお…これは…!」
イヌカシのその言葉に、ネズミの後ろにいた女たちも、まさか、といった表情でネズミの足元を覗き込みます。
靴はぴったりと彼の足にはまり、その様はまるでネズミのためだけに作られたかのようでした。
「では、一緒に来てください」
ネズミは家来たちに連れられ、お城へと向かいました。
家を離れるとき、継母たちがどんな表情をしていたか、ネズミは知りません。
彼には振り返るべき家や家族、思い出などありませんでした。
「…おい、イヌカシ。どういうことだ」
城へと向かう馬車の中で、ネズミはイヌカシに尋ねました。
「どういうことも何も、あんたが経験した通りだ。おれは紫苑の家臣で、あんたに魔法をかけた。思惑通り、紫苑はあんたに惚れたってわけ」
「目的を話せ」
「おまえなんかに話すかよ」
「言わないと殴るぞ」
顔面すれすれのところまで拳を突き付けられたイヌカシは、慌ててわけを説明し始めました。
「わわっ、わかったよ!……おれはな、おれのことを拾ってくれた紫苑のことを大切に思ってるんだ。街の女どもはどうも下品で、あんなやつらに紫苑を渡すわけにはいかない。そんなとき、街を歩いていたらお前を見つけて――あぁ、こいつなら…って、思ったんだよっ!」
恥ずかしそうにそっぽを向いたイヌカシを見て、ネズミは思わず吹き出しました。
「…ふっ、はは…、そういうことかよ」
「笑うなよっ」
「いや、でもあんた、おれを選んで正解だぜ」
「お…おう…?」
お城に到着すると、立派な門の前には王子様がそわそわと落着きなく立っていました。
「あ、イヌカシ――と、彼は…?」
「こいつがあの時の美人さんさ」
「どうも、紫苑王子」
「でもあのときのひとは――」
紫苑はいぶかしげにネズミの瞳を覗き込みました。
そして、その独特の美しい虹彩に、紫苑は目の前の人物が確かに舞踏会で踊ったひとだと気付いたのです。
「ネズミ…?会いたかった、あの日からきみのことが忘れられなくて…っ」
「再会を必ずとおれは言った。約束は違えない」
紫苑のことが頭から離れなかったのはネズミも同じです。
しかしそんな台詞を言うのは恥ずかしくて、その照れくささを隠すように、にやりとネズミは笑み紫苑に軽くキスをしました。
すると――きらきらとした光がネズミの身体を包み、その光が消えるとそこには、美しい身なりの少年が現れました。
「今回は12時で解けたりしないだろうな?イヌカシ」
「当たり前だろ」
「わあ…!すごくきれいだ、ネズミ」
「それはどうも。…それよりあんた、おれを選んで…後継ぎとかはいいわけ?」
少し不安げなネズミの指摘に 紫苑は一瞬きょとんとしましたが、すぐに にっこりと笑顔を作りこう言いました。
「だいじょうぶだよ。コウノトリはきっと、ぼくらのところにも来てくれるから!」
ネズミとイヌカシは頭を抱えましたが――その後、紫苑とネズミは幸せに暮らしましたとさ。
おしまい。
→あとがき