シンデレラ
+++
お城に到着し、ダンスホールに足を踏み入れたネズミは、その豪奢な修飾に目を見開きました。
いかにも権力と財力を誇張したかのようで、悪趣味だとすら感じさせるような城の内装に、ネズミは少しがっかりしました。
「なんだこれは…これじゃあ、王子も期待できないな」
流れていた優雅なメロディが終わるとともに、皆の視線が一点に集中し、わっと拍手が湧きました。
中には甲高い叫び声をあげる女もおり、何事かとネズミも同じ方向に視線をやります。
「……ッ!」
階段の先には、豪華な衣装に身を包んだ美少年。
年齢はさほど変わらぬように思えるが、きっとあれが王子様なのだろうと、ネズミは直感的に悟りました。
――が、何よりも気になったのは彼の髪色です。
一見すると真っ白なその髪は、シャンデリアの明かりに照らされて銀色や虹色に輝いて見えました。
「――今宵は、」
ざわざわとしていたダンスホールも、彼の一声で水を打ったように静まり返ります。
「わざわざお越しいただき、ありがとうございます。…どうぞ、楽しんで」
少し照れたような表情を見せた王子が一礼すると、再び音楽が流れはじめ、あたりに再び活気が戻ります。
「そこのお嬢さん」
「あ…はい、お…私ですか?」
「良かったら」
声を掛けてきた若い男は手を差し出しました。
ネズミは断る理由も思いつかず、その手をとります。
踊っている他の人たちを避けながらダンスホールの中心へと向かい、音楽に合わせてふたりは踊り始めました。
「きみ、上手いね」
「ありがとうございます」
昔、まだネズミの本当のお母さんが生きていたころ、ネズミは少しだけ舞台俳優をしていた経験がありました。
そのおかげで、彼はダンスも難なくこなし、女として振る舞い、その上で見破られずにすみました。
「ねえ、イヌカシ。あの美人は誰?」
ダンスホールが見渡せる場所に座る王子は、側に控えるイヌカシに尋ねました。
――そう、魔法使いだとネズミに名乗っていたイヌカシは、王子様の家来のひとりだったのです。
「どれだ?…あぁ、あいつはネズミだよ」
「……ネズミ…?」
若い男と踊るネズミの姿はとても優雅で、ダンスホールでも人の目を引き付けているようでした。
ネズミがターンをするたびに美しい黒髪が揺れ、周りで見ている他の女からもため息が漏れるほどでした。
「あいつが気に入ったのか、紫苑?」
「うん、興味はある」
「なら踊って来いよ。悪くないと思うぜ、おれは」
「そうだね」
音楽が止まるのと同時に紫苑王子は席を立ち、ダンスホールへと続く階段を下りていきます。
ようやく王子様が誰かと踊る、相手は私に決まってるわ、と女たちはざわつきました。
しかし、紫苑が向かったのは、ネズミのもとでした。
「ネズミ、ぼくと踊ってくれませんか」
「…え」
ネズミにとっては願ってもいないチャンスです。
周りの女たちの刺々しい視線がネズミに集中するなか、ネズミは紫苑の手を取りました。
「きみ、いくつ?あまり変わらないように見える」
「16です」
「やっぱり、同い年だ」
ふふ、と紫苑は嬉しそうに微笑みました。
漆黒の髪のネズミと、純白の髪の紫苑が踊る姿は、まるで綺麗な絵画の中から飛び出してきたように美しいものでした。
「…すごく、綺麗な色だね」
「え?」
「瞳の色。そんな綺麗な色、初めて見たよ」
そんな台詞を恥ずかしげもなく言ってのける王子に、ネズミは呆れながらも微笑みました。
「ありがとうございます」
紫苑は、そんなネズミのことをとても綺麗な人だと思いました。
見たことがないほど綺麗なネズミの瞳に、気を抜けば吸い込まれてしまいそうです。
この人をお嫁さんにしたら、ぼくはきっと幸せだろう――と、紫苑は考えました。
「あの、ネズミ――」
「…あっ!」
ネズミは、紫苑の顔の向こうに見える時計を目にし、思わず王子様の手を離してしまいました。
そう、その針はあと数分で12時を指すところだったのです。
「ごめんなさい王子様、私もう行かないと」
「え、ちょっと待って、話が――」
「本当にごめんなさい、楽しかったわ、王子様……再会を、必ず」
ネズミは振り返ることなくダンスホールの外に飛び出し、何段も続く階段を駆け下ります。
絶対に本当の姿を見られてはならない、見せたくないとネズミは願いました。
「待って!ネズミ!」
王子様が後ろから追ってくるのを感じます。
が、なかなかネズミには追い付けません。
「…っ!」
履いていたガラスの靴が、何かの拍子に脱げてしまいましたが、それを取りに戻ることすらできません。
ネズミは必死に走り、お城が視界からようやく消えたころ、12時の鐘があたりに鳴り響きました。
その瞬間、まばゆい光がネズミを包み――彼は、もとのみずぼらしい姿に戻ってしまいました。
「あ…」
魔法の解けた自らの姿を見て、彼はこう思いました。
お城での出来事は全て夢だったのだ。こんな身分の低いおれが、あんな高貴な人の側に居ていいわけがない。これで、良かったのだ――と。
もやもやとした切なさにも似た想いを抱きながら、ネズミは家に帰りました。
家に帰ると、溜まっていた雑用は全て片づけられており、ネズミは気を紛らわせることもできないまま、姉たちの帰りを待ちました。
「ただいまぁ、疲れたわね」
「ほんと、でも今日のお母さま一段と綺麗だったわ。それなのにあの王子、お母さまをお選びにならないなんておかしい」
「そーう?ふふ、あなたたちも綺麗だったわよ。しかしあの小娘、なんなのかしら。王子様を独り占めして逃げるなんて」
継母たちの会話の話題の中心が自分に向きつつあると感じたネズミは、愛想よく女たちに話しかけました。
「おかえりなさい、お母さま、お姉さま。お着替え、手伝います」
「ああ、そうしておくれ、ネズミ」
あの綺麗な娘はネズミだった…と、女たちが気付いていないことにネズミは一安心しました。
+
お城に到着し、ダンスホールに足を踏み入れたネズミは、その豪奢な修飾に目を見開きました。
いかにも権力と財力を誇張したかのようで、悪趣味だとすら感じさせるような城の内装に、ネズミは少しがっかりしました。
「なんだこれは…これじゃあ、王子も期待できないな」
流れていた優雅なメロディが終わるとともに、皆の視線が一点に集中し、わっと拍手が湧きました。
中には甲高い叫び声をあげる女もおり、何事かとネズミも同じ方向に視線をやります。
「……ッ!」
階段の先には、豪華な衣装に身を包んだ美少年。
年齢はさほど変わらぬように思えるが、きっとあれが王子様なのだろうと、ネズミは直感的に悟りました。
――が、何よりも気になったのは彼の髪色です。
一見すると真っ白なその髪は、シャンデリアの明かりに照らされて銀色や虹色に輝いて見えました。
「――今宵は、」
ざわざわとしていたダンスホールも、彼の一声で水を打ったように静まり返ります。
「わざわざお越しいただき、ありがとうございます。…どうぞ、楽しんで」
少し照れたような表情を見せた王子が一礼すると、再び音楽が流れはじめ、あたりに再び活気が戻ります。
「そこのお嬢さん」
「あ…はい、お…私ですか?」
「良かったら」
声を掛けてきた若い男は手を差し出しました。
ネズミは断る理由も思いつかず、その手をとります。
踊っている他の人たちを避けながらダンスホールの中心へと向かい、音楽に合わせてふたりは踊り始めました。
「きみ、上手いね」
「ありがとうございます」
昔、まだネズミの本当のお母さんが生きていたころ、ネズミは少しだけ舞台俳優をしていた経験がありました。
そのおかげで、彼はダンスも難なくこなし、女として振る舞い、その上で見破られずにすみました。
「ねえ、イヌカシ。あの美人は誰?」
ダンスホールが見渡せる場所に座る王子は、側に控えるイヌカシに尋ねました。
――そう、魔法使いだとネズミに名乗っていたイヌカシは、王子様の家来のひとりだったのです。
「どれだ?…あぁ、あいつはネズミだよ」
「……ネズミ…?」
若い男と踊るネズミの姿はとても優雅で、ダンスホールでも人の目を引き付けているようでした。
ネズミがターンをするたびに美しい黒髪が揺れ、周りで見ている他の女からもため息が漏れるほどでした。
「あいつが気に入ったのか、紫苑?」
「うん、興味はある」
「なら踊って来いよ。悪くないと思うぜ、おれは」
「そうだね」
音楽が止まるのと同時に紫苑王子は席を立ち、ダンスホールへと続く階段を下りていきます。
ようやく王子様が誰かと踊る、相手は私に決まってるわ、と女たちはざわつきました。
しかし、紫苑が向かったのは、ネズミのもとでした。
「ネズミ、ぼくと踊ってくれませんか」
「…え」
ネズミにとっては願ってもいないチャンスです。
周りの女たちの刺々しい視線がネズミに集中するなか、ネズミは紫苑の手を取りました。
「きみ、いくつ?あまり変わらないように見える」
「16です」
「やっぱり、同い年だ」
ふふ、と紫苑は嬉しそうに微笑みました。
漆黒の髪のネズミと、純白の髪の紫苑が踊る姿は、まるで綺麗な絵画の中から飛び出してきたように美しいものでした。
「…すごく、綺麗な色だね」
「え?」
「瞳の色。そんな綺麗な色、初めて見たよ」
そんな台詞を恥ずかしげもなく言ってのける王子に、ネズミは呆れながらも微笑みました。
「ありがとうございます」
紫苑は、そんなネズミのことをとても綺麗な人だと思いました。
見たことがないほど綺麗なネズミの瞳に、気を抜けば吸い込まれてしまいそうです。
この人をお嫁さんにしたら、ぼくはきっと幸せだろう――と、紫苑は考えました。
「あの、ネズミ――」
「…あっ!」
ネズミは、紫苑の顔の向こうに見える時計を目にし、思わず王子様の手を離してしまいました。
そう、その針はあと数分で12時を指すところだったのです。
「ごめんなさい王子様、私もう行かないと」
「え、ちょっと待って、話が――」
「本当にごめんなさい、楽しかったわ、王子様……再会を、必ず」
ネズミは振り返ることなくダンスホールの外に飛び出し、何段も続く階段を駆け下ります。
絶対に本当の姿を見られてはならない、見せたくないとネズミは願いました。
「待って!ネズミ!」
王子様が後ろから追ってくるのを感じます。
が、なかなかネズミには追い付けません。
「…っ!」
履いていたガラスの靴が、何かの拍子に脱げてしまいましたが、それを取りに戻ることすらできません。
ネズミは必死に走り、お城が視界からようやく消えたころ、12時の鐘があたりに鳴り響きました。
その瞬間、まばゆい光がネズミを包み――彼は、もとのみずぼらしい姿に戻ってしまいました。
「あ…」
魔法の解けた自らの姿を見て、彼はこう思いました。
お城での出来事は全て夢だったのだ。こんな身分の低いおれが、あんな高貴な人の側に居ていいわけがない。これで、良かったのだ――と。
もやもやとした切なさにも似た想いを抱きながら、ネズミは家に帰りました。
家に帰ると、溜まっていた雑用は全て片づけられており、ネズミは気を紛らわせることもできないまま、姉たちの帰りを待ちました。
「ただいまぁ、疲れたわね」
「ほんと、でも今日のお母さま一段と綺麗だったわ。それなのにあの王子、お母さまをお選びにならないなんておかしい」
「そーう?ふふ、あなたたちも綺麗だったわよ。しかしあの小娘、なんなのかしら。王子様を独り占めして逃げるなんて」
継母たちの会話の話題の中心が自分に向きつつあると感じたネズミは、愛想よく女たちに話しかけました。
「おかえりなさい、お母さま、お姉さま。お着替え、手伝います」
「ああ、そうしておくれ、ネズミ」
あの綺麗な娘はネズミだった…と、女たちが気付いていないことにネズミは一安心しました。
+