シンデレラ


昔々、あるところに、世の中のどんな女よりも美しいとさえ思わせるほどの、たいへん美しい少年がおりました。
艶やかな黒髪、通った鼻筋に、薄いながらもどこか色気の漂う唇。
そして彼のもつ最も美しい部分は、どんな画家にも真似できないような、美しい灰色の瞳でした。

彼は二人の義理の姉と継母と一緒に暮らしていましたが、彼女たちは少年の美しい容姿が気に入らず、彼のことを日々いじめていました。



「ネズミ!あんた、まだ掃除を終えてないと言うの?」
「…ごめんなさい、お姉さま」



彼女たちは義兄弟である少年のことを、まるで召し使いのように扱っていました。
掃除、洗濯、食事の用意、買い物、そして彼女たちの身支度の手伝いさえも、彼にさせていました。

器用な彼は、多くのことを押し付けられても、それらを全てこなしてしまいます。
そんな様子すらも気に障る姉たちは、普通ではありえない早さで雑用を終えることを彼に求め、その上で何かと文句を言い、彼を罵りました。

彼女たちは、家のことを全て少年に押し付け、毎晩のように夜会や舞踏会に行っていました。

そして、今夜は中でも特別な舞踏会の開催日でした。



「ネズミ、私の髪の毛を梳いてちょうだい。今晩は王子様のお嫁さん探しなの、いつもよりうんと綺麗にしなさいよ」
「ネズミ、お姉さまのが終わったら次はあたしよ。」
「ちょっとネズミ、私のコルセットを締めなさい。早くしないと間に合わないんだから、のろのろやってるんじゃないわよ」



――大して綺麗でもないのに、着飾ったところで下品になるだけだ。ドレスも、化粧も、髪形も、悪趣味の塊であるあんたたちが、結婚相手に選ばれるわけ、ないだろう。恥を知ればいい。
姉と継母の言われたことを淡々とこなしながら、ネズミは心の中で悪態を吐き続けました。



「ネズミ、私たちが帰るまでに家じゅうの掃除と洗濯を終えておきなさい。さもないと、明日の飯は抜きにしますからね」
「はい、お母さま」



下品に着飾った女たちが意気揚々と出かけていきます。
バタンと大きな音を立てて閉められた扉を一瞥し、彼は舌打ちをしました。



「ちっ、なんだよ、こき使いやがって」



おれだって、綺麗に着飾って舞踏会に行けるなら。
そうしたら、絶対に、王子の目に留まる自信がある。
もしも王子がおれを選んだなら、あの醜悪な女たちとは永遠にさよならして。
あの女たちを見下すことだって、たやすいのに。

――なのに。
王子は男だし、おれも男だ。
いくら外見は騙せても、結婚など出来るわけがない。
それに…おれが着飾って舞踏会など、行けるわけがないのだ。

ネズミは、目の前に置かれた掃除道具と、部屋の隅に固められた洗濯物の山を見て、空虚な想像を掻き消しました。



「おい、お前」



と、その時突然、男とも女とも分からぬ、中性的な声が聞こえてきました。



「……え、幻聴?疲れてるのかな、おれ…」
「無視するな。おい、てめぇっ」
「あ?」



ネズミが振り向くと、そこには声の主と思われる人物が――まだ幼さの残る表情を褐色の肌に浮かべ、背中まで伸びた長い髪を風になびかせながら、立っていました。
身にまとうのは、薄汚れた服。
声と同じく、その人物の性別はどちらとも分からぬものでした。



「お前、舞踏会に行きたいのか」
「…誰」
「おれの質問に答えろ。舞踏会に行きたいのか?」
「どうして、見知らぬあんたがそんなことを言うんだ。まず名乗れ」
「おれはイヌカシ。魔法使いだ。本当にお前が舞踏会に行きたいって言うんだったら、おれが魔法をかけてやる」



魔法使いだと名乗るその人物は、ぼろぼろの服の中から棒状のものを取り出しました。



「…あんた、頭おかしいのか。魔法だと?下手な芝居ならよそでやってくれ、おれは時間がないんだ」
「信じないって言うならいいさ。永遠にお前は姉たちにこき使われて、そいつらを見返すこともできないまま、死ぬ。それでも構わないなら、おれのことを無視すればいい」



イヌカシのその言葉は、ネズミの胸の奥深くに刺さりました。



「……イヌカシ。あんたが仮に魔法を使えるとして――おれを舞踏会に行かせて、どうするつもりだ?第一おれは男だし、王子様とやらの結婚相手にはなれない。それに、おれにはまだやることがある。飯抜きにされるのはつらいからな」
「さぁな。それはお前がその目で確かめればいいことさ。もしもお前が行くって言うなら、雑用は魔法で終わらせておいてやる。さぁ、行くのか行かないのか決めな」



にやりと意味有りげに笑んだイヌカシの顔を見て、ネズミは決心をしました。



「雑用を終わらせてくれるんだな?」
「あぁ、やってやる」
「なら――おれを舞踏会に連れて行ってくれ」



ネズミがそう口にした途端、あたりが急にまばゆく光りはじめ、ネズミの身体もその光に包まれました。



「…っ」
「ふぅん、あんた、そういうの似合うんだ。どうだ、気分は?」
「…あぁ、悪くない」



先ほどまでの少年はどこにもおらず、その場にいるのは美しいドレスを纏った美麗な人物と、薄汚い服を纏った魔法使いだけでした。



「ほら、早く行け、ネズミ。いいか、これだけは忘れるな。その魔法は12時になった瞬間に消えちまう。何があっても、他人に魔法が解ける瞬間を見せるな」
「そんなヘマはしないさ」



ふと微笑んだネズミの表情は驚くほど柔らかく、イヌカシすらも息をのむほどでした。



「これに乗ってけ、お姫様」



いつの間に用意したのか、そこには立派な馬車と白馬がおりました。



「…恩に着るぜ、イヌカシ」
「12時までには帰るんだぞ、いいな」



ネズミはその馬車に乗り、お城へと急ぎました。







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