rAIny



止まない、水の跳ねる音。

揺れる、鮮やかな緑。

広がる、水面の波紋。




おれの大切な少年は、ぱしゃん、と水を飛び散らせながら水たまりを駆け抜ける。





「おい、紫苑、いい加減にしろよ。裾が汚れてる」
「大丈夫!帰ったら着替えるから!」



そういう問題ではないと思うのだが、傘を片手に駆け回る紫苑を見ると、そんなのはどうでもよくなってしまう。



サアァ、と静かな音と共に降り続ける空からの滴(しずく)は、いつまでたっても止みそうにない。




特異な白髪をきらめかせながら、水たまりに飛び込む紫苑。

紫苑の片手にある傘は、雨を防ぐという本来の役割すら果たさせてもらえないまま、あちらこちらに振り回されている。





「いい加減に帰ろうぜ、紫苑」
「もうすこしだけ」



楽しそうに走る紫苑を眺めながら、おれは、ただただ ぼんやりとしていた。




「っ、う、わ」



どん、という衝撃。
紫苑を見ているつもりだったのだが、気付けば何も見ていないような状態だったらしい。

衝撃によっておれの手から落下した傘は、丸いカーブの中に雨粒を溜め始めている。

正面から伝わってくるぬくもりに、なんだか胸があたたかくなった。



「…どうした、紫苑」
「なんでもない」



おれの身体に回された腕に、少しだけ力がこもる。
目の前で揺れる、濡れた白髪に指を通して、自分の胸に押し付ける。



「ずっと…こうしたかったんだ、ネズミ」
「…わかってる」



顔を上げた紫苑の頬には、水が筋をなして流れている。
それが雨なのか涙なのか、今のおれには分からない。



「ずっとずっと、きみだけを想って」

「毎日、きみのことが頭から離れなくて」

「いつになったら会えるんだろうって…ずっと」



そんな紫苑の言葉を聞きたくなくて、無理矢理に唇を奪う。

しばらくして、互いの唇が離れた直後。
紫苑はどこか淋しそうに呟いた。



「きみは、変わったね、ネズミ」
「どこが?あんたこそ変わったんじゃないか」
「昔とはキスの仕方が違う」
「……気のせいだろ」



気付いていた。
昔と違うキスを、あんたにしていることに。

どうして違うのか、あんたは気付いていないだろうけれど。


あんたと離れて会えなくなって、そのときに初めて、あんたを愛しいと思っていた自分に気が付いた。

ずっとずっとあんたを想っていて、
あんたのことが頭から離れる日なんて一度も来なくて。



数年ぶりの愛しいひとに、平常心のままでキスできるものか。





ふたり、静かな雨に包まれながら、おれは紫苑に微笑んだ。






「好きだ、紫苑」
















end.




+++


何年か後に再会したあとの話。たぶん。
書いた本人も分からず書いていました(笑)

なんとなく分からないようで、一応時系列は分かるようにしたのですが……気持ち悪さが残るというか、腑に落ちない感じだったかもしれないです。


梅雨独特の雰囲気を感じてもらえたら嬉しいです。


紫苑もネズミのことはもちろん好きなんだけれど、ネズミのほうが紫苑を想っている。

そんな設定のお話は多分シンシア初ではないでしょうか。


しかし私、本当に梅雨とか雨の日が好きみたいです(笑)


2013.06.01
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