奇跡と運命の日




「ただいま、ネズミ」
「おかえり」





夕方から夜へと移る頃、犬洗いの仕事を終えた紫苑が帰宅するとネズミはいつもの如くスープを煮込んでいた。





「いい匂いだね」
「まぁな」
「しかも…どうしたんだよ、この料理」





質素なテーブルの上には干し肉ではなく湯気を立てる焼かれた肉が、萎びたりしていない新鮮な野菜のサラダが、かびていない焼きたてのようなパンが、並べられていた。





「ふふっ。美味そうだろう?」
「ここで…西ブロックで、こんな豪華で新鮮な食べ物…手に入れるのは難しいはずだろ」
「ちょっとね。まとまった金が手に入ったから」
「…そうなんだ」





出来上がったスープを皿に移し、紫苑に手渡しながら彼の横に腰を下ろす。





「いただきます」
「どうぞ」
「ん…やっぱり美味い。本当にきみは器用で何でもこなす」
「お褒めいただき光栄です、陛下」
「これも…本当にいいのか」




目の前にはまだ湯気をたてている、肉汁が溢れるような肉。クロノスで食べていた柔らかいものとは掛け離れていているとはいえ、ネズミは貴重な生肉を手に入れてくれたのだろう。




「どうぞ。あんたの為に買ったんだから」
「…どういう意味?」
「気にするな。ほら、冷めないうちに食え」
「うん、いただきます」




――美味い。
クロノスで食べていたような最高級の食材や料理よりも美味しい。
素直にそう思った。



ネズミは食事に手をつけず、紫苑の様子を眺めている。




「ネズミ、きみは食べないの?」
「食べるけど」
「冷めちゃうよ」
「わかってる」




手を伸ばし紫苑の白髪に指を絡め、弄ぶネズミ。紫苑は擽ったそうに身をよじった。





「もう…ほらネズミ、あーん」
「…は?」
「口開けて。ほら、あーん。」
「…どういうつもり?」
「早く口を開けないと、今度こそ本当に鼻を噛むぞ」
「それはやめろ!わかったよ…」




おとなしく口を開けると、紫苑がその中に肉を差し出した。





「…うん、美味い」
「きみとこうやって一緒に食べるから、もっと美味しい」




紫苑は可愛らしく微笑んだ。














+++




「ごちそうさま。こんなに食べたの、久しぶり」
「そうだな…さて、食後のデザートといこうじゃないか」
「デザート…?」





ネズミは立ち上がり、本棚の間に消えた。

数秒後、本の間から出てきたネズミが手にしていたのは白い箱。



「なに、それ?」
「――Happy Birthday」
「…え?」



紫苑を真っ直ぐ見つめ、清らかな声でネズミはHappy Birthdayを歌っている。
紫苑にはその状況が掴みきれなかった。





「Happy Birthday Dear…紫苑…――Happy Birthday to You…」




ネズミが紫苑の目の前で箱を開ける。中には、2切れのチェリーケーキ。





「これ…ネズミ…」
「誕生日おめでとう、紫苑」
「すっかり忘れてた…覚えててくれたのか」
「まぁね。今日はあんたが生まれた奇跡の日で……おれが、あんたに出逢って命を救われた運命の日でもあるから」
「ありがとう、本当に…」





チェリーケーキなど、ここでは本当に贅沢品だ。ましてや腐ったりしていない…綺麗な状態で、だなんて。
ネズミの苦労と想いを感じ、無意識に涙が零れた。





「泣くなよ、紫苑」
「あまりにも…素敵すぎて」
「ほら、食べようぜ。小ネズミたちも、おこぼれを待ってる」
「うん」









西ブロックでネズミと食べたチェリーケーキは、NO.6内で食べたそれよりもずっとずっと甘く美味しかった。







End.

→あとがき
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