《…おん……紫苑…》


ぼくを呼ぶのはだれ?


《…紫苑……》


あなたは、だれ…?


《…紫苑……私を…》









《私を…置いていかないで》











靄がかかっていて、目の前の影が誰なのか分からなかった。 男か、女か、大人か、子供か……目の前の人物について分かることは1つもなかった。


だが、その人物が置いていかないで と発したとき――その影は母・火藍になった。







母さん…? 母さん……!!!


《会いたいわ、紫苑…》


母さん、ぼくも会いたいよ。


《……紫苑…》


なあに、母さん。


《戻ってきて、私の許(もと)に》


――母さん…






会いたい。
母に会って――贅沢は言わない、西ブロックでもいいから一緒に暮らしたい。





涙が、頬を伝った。











+++


「紫苑」


これは…ネズミの声だ。


「おい。 起きろ、紫苑」
「…ネズ、ミ…?」
「そうだ、おれだ。 いいから起きろ」
「……ん…」
「悪い夢でも見たのか」



そうか……今のは、夢か。



手で頬に触れると、涙が伝っているのが分かった。


母の姿と言葉を思い出し、また涙が溢れる。



「…っ…ネ、ズミ…!」


ネズミにぐっと引き寄せられる。



「…あんたがどんな夢を見たか知らないが、」


ネズミの胸で心地好い低音が響く。
あぁ…安心する。


「それは夢だ。現実と区別をつけろ。あんたが涙を流すようなことは、ここにはない。夢に喰われるな、紫苑」
「……母が」
「…うん」
「会いたい、戻ってきて、と…」



ネズミは何も言わずぼくを抱きしめ、背中を撫でてくれた。





待ってて、母さん。

じきに会いにいくよ。

そのときは、ネズミのことを紹介させて。

ぼくを助け、支えて続けてくれた人だ――と。






End.

→あとがき。
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