0907





カチリ。

長針と短針が、小さく音を立てて、時計のてっぺんで重なった。



「…あ」
「どうしたの、ネズミ」
「誕生日おめでとう、紫苑」
「あ、ありがとう。覚えててくれてたんだ」
「忘れるわけないだろ、おれが助かった日でもあるんだから」
「ふふ、そうだね」



あたたかな色の光が揺れる地下室。

普段は仕事に追われる紫苑も、今日ばかりはさすがに休めと同僚たちが言ってくれた。
おかげで、こうして久しぶりにネズミとゆっくり過ごせている。

今年も、紫苑の誕生日は台風だった。



「プレゼントは何がいい?」
「プレゼント?」
「今年で二十歳だろ、あんた。たまには何かあげようかと思って」
「何もいらないよ」
「ほんっとにあんた、欲がないよな」
「そうかなあ」
「何かないのかよ。なんでもいい」
「うーん…」



考え込む紫苑の頭を引き寄せ、その白い髪に触れる。
何年たっても紫苑の髪は柔らかくて、触っていてとても落ち着くのだ。

その手ざわりを堪能させながら、数分間考え続けている紫苑に、ネズミはいい加減声を掛けた。



「…おいおい、何も思い浮かばないのかよ、ほんとうに?」
「うん。特に欲しいものもないし……あっ!」



紫苑は突然声をあげ、ネズミに向き合う。



「きみがいい!」
「………は?」



その表情は満面の笑みで。
押し倒すかのような勢いで迫ってきた紫苑は、鼻先をネズミにすり寄せた。



「プレゼントはきみがいい。きみがずっとそばにいてくれればいい」
「おい、重いって…」



じゃれる大の男二人の重みに反抗するように、ソファが小さくぎしりと鳴いた。



「――…じゃあ、望み通りおれをあげる、紫苑」
「…え?」
「お手を、プリンセス」



きょとんとした顔で差し出された右手。
こういうところも、何年たっても相変わらずで――出逢った時と何も変わっていない。



「ばか。こっちだよ」



紫苑の左手をぐいとつかみ――、その薬指に指輪をはめた。



「一緒に暮らそう、紫苑、…ここで」
「…え」
「なんだよ。嬉しくないのか?」
「そうじゃなくて…これ、は…一体…」
「あーっ、もう、見ればわかるだろ!人の告白を無碍にするな」
「告白…」



ふいと目をそらしてしまったネズミを見ると、その耳は赤く染まっていた。



「ここで…きみと、また暮らせるのか…?」
「ああ」
「ふたりで?」
「ああ」



急に黙り込みうつむいた紫苑を心配して、その顔を覗き込むと――



「…っネズ、…ぐすっ」
「え」
「きみと、また暮らせるのが、嬉しくて…ぐずっ」
「お、おい、紫苑、泣かなくってもいいだろ」
「再会を必ずって、きみのあの言葉を信じて、ぼくがどれだけ待ったと…」
「あ、えっとそれはその」
「……キスして、ネズミ」



涙をにじませて、少し怒ったような、それでいて嬉しそうな表情でねだられたなら。



「大好きだよ、紫苑」
「…ん」



ほら、これであんたは優しくふにゃりと笑うんだ。
おれの大好きな、その笑顔で。









End.
→あとがき
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