淫雨




空気全体がどことなくしっとりとして、外に出るのが億劫になるこの季節。
傘をさせば必然的に片手が塞がり、万が一のときも自分の身を守ることが難しくなる。

だが、外出をしなければ食料も情報も手に入らない。

雨に濡れることと、身を守ること。
その二択を迫られれば、どうしても傘を諦めるのが人間というものだろう。

びしょ濡れになった服も乾きづらくなるし、いいことなんか何もなさそうな、この時期。

だけど、ぼくたちは、この季節が大好きだった。















「……ちっ、今日も雨かよ」



しばらく耳を澄ましていたネズミだったが、鋭い聴覚で室内からでもすぐに雨音を聞きつけ、不機嫌そうに舌打ちをした。



「これで一週間ずっと雨だね」
「いい加減買い出しに行かないと、飢え死ぬぞ、おれたち」
「うん」



ベッドに寝転んで本を読んでいたぼくのところに、彼が身を投げ出してくる。



「…紫苑。シよ」
「えぇ、また?これで一週間連続だぞ。受け入れるぼくの身にもなってくれよ」
「暇なんだから、いいだろ。あんたは寝てるだけでいいからさ」
「寝てるだけ、って簡単に言うけど、きみのやり方は荒くて腰を痛めるのは分かってるんだからね」



一応反抗してみるものの、ぼくのそんな言葉は全く意味をなさないと分かっている。



「お願い、紫苑。1回でいい」
「ふざけるな。そう言ってきみは昨日も一昨日も3回はシただろう」
「だってあんたとのセックス、気持ちいいんだもん」



…そんな直球な言葉を投げられても。



「あんたも気持ちいいくせに」



少し冷たいネズミの手のひらによって目隠しをされてしまう。
そして何も見えないぼくの首筋に、噛みつくような、キスがひとつ。



「っ、ん」
「あんた、ここ性感帯だよね」



太い血管の上を、ゆっくりとネズミの舌が這う。
急所であるその部分に少し歯が当たるだけで、ぞくりと腰に響く。

バサッ、と音をたてて本が手から滑り落ちた。



「人間の、急所なんだ…当たり前、だろ」
「あと、ここもあんたの弱いところ」
「…ッ!」



耳たぶを舐め上げられる。
ピチャピチャとわざとらしく立てられる水音が、ダイレクトに鼓膜に響いて――下半身が疼いてしまう。
視覚を奪われたことで敏感になった身体が、びくんと跳ねた。



「ふふ。あとあんたの弱いとこは…」
「やめろ、ネズミ。悪ふざけはよしてくれ」
「悪ふざけじゃない。あんたを抱きたい、ってさっきから言ってる」



ひんやりとした手が外される。
押さえられていたせいでぼんやりと滲む視界でも、ネズミの黒髪が間近にあるのが認識できた。



「……好きにしろ」
「そうこなくっちゃ」



くすっ、と笑ったネズミの顔はひどく妖艶で。
その表情に見とれている隙に、情熱的なキスが与えられる。



「んっ、…っふ、」



咥内を蹂躙するネズミの舌は、彼の手のひらとは対照的にとても熱く、それにつられるようにぼくの体温も上昇していく。

ぼくの顔にかかるネズミの髪や、触れ合う身体からは、発情した雄の匂い。
次第にその匂いも、どちらのものか分からなくなって――ぼくたちは1週間連続で、ひとつになった。

















+++





「………腰が痛い」
「でも気持ちよかっただろ」
「……」



静かになった部屋で、再びネズミが耳を澄ましているのがわかる。



「まだ、雨止まないみたいだな」
「そうか。いつまで降るんだろうね」
「…あぁ、そういうことか」
「え?」



唐突に発された言葉に思考が追い付かず、聞き返す。
するとネズミはにやりと笑って。



「淫雨って言葉、知ってるか」
「長く降り続く雨のことだろ?」
「そう。長い雨って意味だけど――そういう日は、おれたちみたいに家でいちゃいちゃセックス出来るから、淫雨って言うのかなって」
「……なるほどね」
「納得するなよ」







雨の日は外に出るのが億劫だ。
けど、ぼくたちはその雨の楽しみ方を知っている。














いん‐う【淫雨】
長く降りつづく雨。長雨。







End.
→あとがき
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