甘ったるい嘘つき



おれは知ってるよ、紫苑。


あんたが毎晩出掛けて行くこと。



知らないうちに帰ってきて、朝には必ず隣で眠っているから…何も言わないだけで。





セックスして疲れてるはずの夜も、夜中になるとこっそり布団を抜け出して行く。


必ず、おれの唇に、少しだけぬくもりを残してから。





浮気?

そんなのありえない。
…なぁ、そうだろ、紫苑。






信じている。

誰も信じたりしなかったおれを、ここまで誰かを信じるように変えたのは、他でもないあんたなんだ。

だから、最後まであんたを信じるって決めた。


――例え、裏切られるような結果になろうとも。


裏切られるようなことになったのなら、所詮、紫苑もその類の人間だった。それだけのこと。
裏切られるようなことになったのなら、おれの過信が招いた落ち度が原因だった。それだけのこと。


そう…それだけの、ことなのだ。
それ以上もそれ以下も、存在しない。
ただ、「それだけ」だ。




頭では解っているのに、心が理解してくれない。
紫苑はそんなやつじゃないと、どこがで信じたがっている。
何かに、縋っている。

もし――もし、本当に浮気だとしても……おれは黙っていよう。
あんたに、さよなら、と告げられるまで、おれは知らないふりをしよう。

出来るだけ長く、あんたのそばで、その笑顔を見ていたいから。

それでいい――それで充分だ。







なぁ、紫苑。

どこにいるんだ。

夜中に出掛ける目的は、おれには言えないようなこと?


なぁ――さみしい、よ。








もう既に冷たくなった布団を握る。
紫苑は、いつ帰ってくるだろう――




紫苑の帰りを待つうちに、いつの間にか深い眠りに落ちていた。
















+++





「ん…、紫苑…?」
「おはよう、ネズミ」





キッチンから出てきた紫苑の両手には、美味しそうなオムレツ。




「冷める前に食べよう」
「あ、あぁ…そうだな」




いつも通りだ。
何もかも。
紫苑の笑顔に、疑うようなことは何も見当たらない。

さりげなく尋ねるくらいなら…この関係も、何も壊れたりしないよな…?





「ねぇ紫苑」
「なに?」




口に入れようとしていたオムレツが寸前で止まる。




「昨日…どこ行ってたの」




どんな動作も見逃さないようにと意識を集中させる。




「え、昨日?」




――ああ、揺らいだ。
目が一瞬だけ、揺らいだ。




「どこも行ってないよ。どうしてそんなこと聞くの?」
「昨日…夜中、目が覚めたとき…あんたが居なかったから」




表情が引き攣ってるよ、紫苑。
本当に…あんたは、浮気だった、と言うのか――…









「もう少しだったのにな、」













へへ、と紫苑が笑う。


あぁもうだめ、頭が働かない。
その笑いの意味は何?










「ばれてないと思ってたけど…やっぱりきみを欺くなんて無理だった」













席を立ち、どこかへ向かう紫苑。
おれはそれを呆然と見つめて――、ひとことも発することができないまま、一ミリたりとも動けずにいた。












「これ、きみに」











なに?
離婚届け――は、さすがにないか。そもそも結婚してないし。
この状況でそんなこと考えられるなんて、おれ、どうかしてる。






ことり、とテーブルの上に何かが置かれた。

小さな箱。








「開けて、ネズミ」







ああ…手が震えてる。
紫苑にも気付かれちゃったかな。





ようやく開いた箱の中には――銀色に輝くもの。

一呼吸遅れて、それが指輪だと分かった。









「きみにそれをプレゼントしたくて。夜出掛けてたのはお金を稼ぐために――っ!」





紫苑の言葉を唇で塞いだ。
少しの間キスをしてから、唇を離して抱きしめる。





「法律上の結婚は出来ないけど…、結婚、しよう、ネズミ。きみを愛してる」
「おれ…っ、不安で…」
「ごめん。きみを不安にさせるつもりはなかったんだ」
「しお…、もっかい、キス」
「よろこんで。大好きだよ、ネズミ」




甘く甘く唇が重なって。
柔らかく触れた唇は、優しい涙の味がした。










End.
→あとがき+おまけ
1/3ページ
スキ