星屑、ぼくときみへ



静かな、夜だった。





「紫苑、出掛けるぞ」




突然掛けられた言葉に紫苑はクエスチョンを浮かべ、ネズミの顔を見る。




「…どこに?」













+++



ひゅう、と少し冷たい風が吹く。

つい一週間前までは夏らしく熱帯夜の日もあったのに、気が付けば秋が――冬が、すぐそばまで来ているようだった。








「ねぇ、どこに」
「ひみつ」
「けち」







手を繋いでゆっくりと歩く。
月明かりに照らされた2つの影が、静かに丘陵を越えてゆく。







「ねぇ、あれ見て」






遠くにはNO.6の特殊合金の壁。
「故郷」を他と隔離する、そびえ立つ銀に反射する月光が 紫苑にはひどく綺麗に見えた。








「紫苑、こっち」
「あ、うん」







手を引かれ壁からどんどん離れていく。
壁の上方から漏れる、煌々とした無機質な光から遠ざかるにつれ、あたりの闇が深くなっていった。








「目を、閉じて」
「え…」








言われた通り目を閉じた紫苑の手をひき、少しずつ歩く。
どうやら小さな丘を越えたらしく、下り坂を歩いている感覚だ。

しばらく歩いたところでネズミは足を止めた。






「そのまま上向いて」

「目は閉じたまま、まだ開けるなよ」


「――どうぞ、陛下。目を開けて」







ゆっくりと瞳を開く。

真っ先に目に飛び込んできたのは、満天の星空だった。







「誕生日おめでとう、紫苑」





「すご…い」
「だろう。ここがきっと一番綺麗に見える場所なんだ。これがプレゼント、だなんて申し訳ないが」
「そんなことないよ。こんな綺麗な空、生まれて初めて見た」







他の場所に比べ窪んだそこは、NO.6から漏れる光や西ブロックの生活の灯とは無縁であった。

ごろりとネズミが横になるのを真似て、紫苑もその場に 仰向けに寝転がる。
背中に感じる岩の固さも全く気にならないくらい、頭上の星空はとても綺麗だった。
どこまでも広がっていそうな暗闇に浮かぶ星は、重力に負けて今にも落ちて来そうだ。

ネズミの部屋にあった本で得た知識を呼び起こし、写真の中だけで見た星座を実際の空に重ね合わせていく。





「あそこにあるのは…ペガスス座?」
「だな。ペルセウスは天馬ペガススの背に乗って、化け鯨のいけにえになりそうだったアンドロメダを救った…だったか」
「確かね。…すごい、肉眼でもアンドロメダ大星雲が見える」
「はくちょう座の辺り、天の川が濃くて綺麗だ」
「ほんとだ」






NO.6の中に居ては、こんな小さな輝きに気付くことなど出来なかっただろう。

――ここに来て、良かった。

4年前の今日とは全く違う、雲ひとつない星空に、心からそう思った。







「あ、流れ星」
「ほんとだ」







小さな星が燃え尽きる、その瞬間に放つ光。
尾を引きながら消える命の儚さが、美しさを更に引き立てた。














――なぁ、紫苑、あんたなら、あの流れ星に何を願う?




――……きみと、いつまでも一緒に居られますように。








またひとつ、小さな輝きが夜空を駆けた。







End.
→あとがき
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