追想
「んー……」
思いっきり伸びをすると、椅子がギシリと苦しげな音を立てた。何時間も同じ姿勢だったせいで肩が完全に固まってしまっている。
「……ふう」
少しだけ休憩しよう。
まだやるべきことが まだ山ほどあるけれど、このままでは長く続けられそうにない。
「…もうすぐ2年か」
『聖都市 NO.6』が崩れ去ったあの日から ぼくは旧市庁舎で働いている。ネズミからの連絡は一切ないが、そんな感傷に浸る間も殆どないくらいに忙しい毎日だ。
ぼくに与えられた 専用のオフィスの窓を開け放つ。天気も良く、爽やかな風がぼくの横をすり抜けて部屋中を駆ける。
心地好い。
仮眠を取ろうと備え付けのソファに横になる。暫く目を閉じていると、ぼくの意識は次第に柔らかな闇に飲み込まれていった。
+++
『…紫苑…、久しぶりだな』
ネズミの声がする。
懐かしい。あたたかい。
西ブロックでの生活はネズミと共にあった。
忘れかけていた記憶の断片が蘇る。
細切れの記憶の中を揺蕩(たゆた)う意識が 再び闇に引き込まれた――。
+++
ひんやりとした風が頬を撫でた。
ほんの少しだけ、仮眠程度に眠るつもりだったのに気付けば窓の外は薄暗くなっている。
完全に寝てしまっていたらしい。
遅れを取り戻さねば、と思い 気怠い体を起こして机に近づく。
机の上は寝る前に少し片付けた程度だった為にひどく雑然としていた。
途中まで手をつけてあった書類を引っ張り出すと、それと共に見慣れぬ何かが膝の上に落ちた。
「これは……紫苑…?」
淡い紫の一輪の花。
ぼくと同じ“シオン”の名を持つ花……。
―――まさか。
「追想…追憶…きみを、忘れず……」
幼い頃、母に教えてもらったシオンの花言葉。
追想、追憶。
きみを忘れない。
遠方にいる、貴方を想う――。
「……ネズミ…」
ぽたりと雫が落ちた。
シオンに当たり弾けた雫は、まるで朝露のように輝いて。
「遠方にいる…あなたを、想う…」
シオンは、秋の花。
この辺りはもうすぐ春だから、シオンが咲いているわけがないのだ。
このシオンが、彼がいた場所を示唆してくれている。
『再会を必ず』
何が《遠方にいる貴方を想う》、だ。
すぐ近くにいるじゃないか。
ぼくを見くびるなよ、ネズミ。
いつかの再会を思い描き、ふと笑いながらため息を漏らしたのだった。
End.
→あとがき
※今回のあとがきは目を通してもらえると嬉しいです
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