きみの名前を






「っ、ネズ…っあ!」









きみは、





ずるい。









「んっ、…ぁ、あ…!」








綺麗で、無駄な動きが一切ない彼の指使いに何度イかされたことだろう…。
掠れた喘ぎを漏らしながら、ぼんやりと遠くにある意識を無理矢理手繰り寄せる。



そしてまた、限界が近付く。






「あぅ、んっ…ぁ、あああッ!」










これで何度目だろうか。

達した後の、あの独特の気怠さに襲われて意識を手放しそうになる。








白く霞む意識に、突然のぬくもり。






抱きしめられている、と気付いたのはぬくもりに包まれた数秒後。






「…紫苑……」







愛しそうに呼ばれる、ぼくの名前。







彼は肘をついて、ぼくの横に寝そべった。

ぼくの特異な白い髪を、いつものように手で梳かれる。
彼はこの髪を好きだと言ってくれる。 髪が変色してすぐの頃は、目立つし 人々には好奇の目で見られるから嫌だと思ったが…彼に好きだと言われたら、なんだか、他人の目など どうでも良くなった。








「…紫苑」




返事を求めるわけではなく、ただ相手の名を呼ぶ。

愛しさや、慈しみを込めて。

名前を呼ぶと、その名前の持ち主を身近に感じるのは気のせいではないはずだ。
それを知っているから、彼もぼくの名前を口にするのだと思う。







「……ネズミ…」









けれど、ぼくは――。





――……ぼくは、きみの名前を呼ぶのが怖いよ、ネズミ。








「……きみは」
「ん?」
「きみは、ずるい…」
「…何の話?」
「名前」




僅かではあるが、眉間にシワを寄せてこちらを見る、彼。
自分でも確かに唐突だとは思うけど、そこまで訝しげな目を向けなくてもいいじゃないか…。





「きみは、ぼくの名前を知っている。ぼくは、きみの本当の名前を知らない。 全快祝いに教えてくれるって言ってたのに、きみは結局教えてくれなかった」
「まだそんなことに こだわってるのか?」
「そんなこと、じゃないから言ってるんだ」
「そんなことは重要じゃない、って教えてきたはずだが」



「…きみの名前を、呼べば呼ぶ程…、きみが遠くなる、気がするんだ……」


「……泣くな」






自分でも気付かないうちに涙を流していた。ぎゅう、と強く抱きしめられる。






「…ぼくにも、きみの名前を呼ばせてくれ―――偽りではなく、本当の名前を」
「…仕方のないぼっちゃんだ」
「セックスのとき、ぼくだってきみの名前を呼びたい」
「わかったよ。おれの名前は―――……」














+++





その後、名前を教えてもらえたことが嬉しくて、与えられた新たな玩具で早く遊びたいとせがむ子供のように、彼に抱いてくれとせがんだ。

彼は呆れた顔をしながらも、願いを叶えてくれて、ぼくたちは再び繋がった。



呆れた風な あの顔は作られたもので、ぼくが彼の名前を呼ぶ度に僅かに嬉しそうな顔を覗かせたことは、秘密にしておこう…









End.

→あとがき
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