Present
…紫苑が帰って来ない。
何故だ?
いつもなら、もうとっくに帰って来ていておれのネズミたちに本を読み聞かせたりしているのに――
不安と苛立ちが胸に積もる。紫苑の身に何かあったのか? その可能性は充分有り得る。 胸がざわつく――が、紫苑が今どこにいるかも分からない。
入れ違ってしまったら、きっと紫苑は不安がるだろう。
大人しく待っているしかないか………
時間を潰すため、側にあった本を適当に手にとった。
+++
目線を本から時計に移す。
まだ、5分しか経ってないじゃねえか…
時間が進むのをとても遅く感じる。
待つ、というのは予想以上に辛いことだ。
早く帰って来い、紫苑。
+++
扉が開く音。
「ネズミ、ただいま」
「………何してたんだ」
「ちょっと…買い物」
「それにしては遅すぎるだろう。前にあんたが買い物をしてきたときは、もっと早かった」
「…いいじゃないか、少しくらい。」
あ、拗ねた…?
しかし、その態度がおれは気に入らなかった。
本を横に置き、紫苑の方を向く。
「人が心配してやってるのに、それはないだろう」
「…心配してくれなんて、ぼくは頼んでない。それに、他人に関わるなと前に言っていたのはきみ自身だろ、ネズミ」
確かにその通りだ。
ここは西ブロック。
他人に深く関わることは、ここでは死を意味する。
そのことを何より理解しているのは、ネズミ、お前自身だろう。
なのに―…
「…心配しちゃ、いけないのか」
おれがぽつりと零した言葉に紫苑が反応し、刺々しい態度を崩した。
「いけなくはないけど……まさか、ネズミがそんなにぼくを心配してくれてるなんて…何か、信じられないっていうか…」
「…おれは、あんたが心配だ。ぬくぬくと温室で育って――世界を、人を、疑うことを知らない。なのに一人で買い物だと?いつ襲われ、殺されるか分からないんだぞ。おれがあんたの傍に居ないとき、あんたは自分の身を自分で守れるのか」
「……ごめん。その…今日の買い物は、ネズミに来てほしくなかったんだ」
「………は?」
「きみへの、プレゼントを買いに行ってたんだ…」
紫苑は照れたように言った。
「…ぷっ……くく…」
何を言い出すかと思えば。
これだから、天然のお坊ちゃんは。
「くすっ……。 …それで? 陛下は私めに何を下さるのですか?」
「…笑うなよ……ほら、これ。本当はもう少し黙っていたかったんだけど」
紫苑が僅かに照れながらおれに差し出したのは、指輪。
「…なんで急に指輪なんか」
「ぼくはいつもきみに甘えて、何でも与えてもらってる。住む場所も、食べ物も、服も、知識も――ネズミはいろんなものをぼくに与えてくれた。だから、ぼくもネズミに何かあげたかったんだ…でも、何をあげたらいいか分からなくて、こんな時間になっちゃって………その指輪、」
紫苑がおれの手の中にある指輪を見つめる。
「指輪に…黒い石が入っているだろう。きみの、髪の色みたいだと思って」
指輪には、小さな石が埋め込まれていた。
―綺麗だ。
「ありがとう、紫苑」
そう言っておれは紫苑の額にキスを落とした。
紫苑は照れて俯いた。
その仕種を見て、愛しいと感じる。
「大切にするよ、この指輪」
あぁ、また余計なものを持っちまった。
大切にする、だなんて。
だけど、不思議と嫌じゃない。
あんたがくれたものだからか。
紫苑、あんたは、いつもおれに与えてもらうばかりだから…と言った。けど、本当はそうじゃない。おれもあんたから色んなものを与えてもらった…心配するってこと、愛しいって気持ち、何かを大切にする気持ち。
ありがとう、紫苑。
End.
→あとがき
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