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以ぐだ

 レイシフトとはコフィンの中の身体が霊子化して時間旅行するものなので基本的にはレイシフト先で負った怪我は実際には影響しない、はずだった。

 でもどんな仕組みかはわからないがレイシフト中に怪我を負ったと強く思えば思うほどその怪我が実物の身体にも現れた。だから、大きい傷跡ばかりが身体に残る。

 そんなことは度重なるレイシフトで受け入れたつもりになっていた。本当はそんなことはなかったのだと最後の戦いで知ることになった。

 時間神殿で、ない魔力を酷使したために壊死しかけた指先は無事帰還した後も真紫色のままだった。この指先はスタッフによる治療を以てしても元の色素に戻るには半年はかかる。

 しかも半年かけたところで生来の肌色に完璧に戻るかと聞かれればその可能性は低い。

 その話を時間神殿を駆け抜けたメンバーとマスターである藤丸立香が聞かされた。

「ふぅん、じゃあこの手は人類史を救った英雄の証ってことだろう?なあ、マスター?」

 初期からずっと一緒に戦ってきたダビデがそういうと残りのメンバーも口々に”その手は英雄の証だ”と言った。

「みんな、ありがとう」

 笑顔で答える立香は大事なスタッフを失った直後もあり影が差していた。



「いけないわ!いけないわ!」

 カルデアの子ども部屋で大声を上げたのはあのとき時間神殿でマスターと共に戦ったナーサリーライムだった。

「なにが?」

「どうかしたかしら?」

 その声に反応したのはカルデアの子ども組と称されるバニヤンとアビゲイル。

「もしかしてマスターのこと、かな」
 
 バニヤンが恐る恐る聞くと大声の主が大きくうなずいた。

「マスターは怪我なんて気にしてないよって言うけれどマスターが時折自分の身体を見て悲しそうな顔をしているのを見たことがあるわ!今回の指だってそう!お食事の時、手を合わせる前に悲しそうな顔をよくしているわ!」

 地団太を本当に踏みそうな勢いでナーサリーライムが鬱憤をぶちまける。 
 
 そんなこと、ナーサリーライムじゃなくたって気づいてる。けど気づいててもなんと声をかけていいのかわからないからみんな黙りこくっていた問題だ。なんとかしたい気持ちがあるのは黙っていたってバニヤン、アビゲイルも同じだ。


「じゃあ、これはどうかしら?指輪。指輪をプレゼントするの。指にアクセサリーを着けたら少しは気がまぐれないかしら?」

 これは名案だと自信気にアビゲイルが提案するがそれを聞いたナーサリーライムはすごい顔をしていた。最低な提案を聞いた、という体の顔である。

「アビーは忘れちゃったの?ゲーティアを攻略するキッカケがなんだったのかを!」

「そうだわ!私、今最低な提案をしてしまったのね。指輪ではマスターはもっと傷ついてしまうわ」

 己の発言を振り返ってアビゲイルが悲しい顔をする。ナーサリーライムもつられたかのように悲しい表情になっていた。どうすれば、どうしたら、と堂々巡りになっていく思考。

「ねえ」

 そこにストップをかけるようにバニヤンが声をあげる。

「私たちが考えても思いつかないら他の、もっと大人に聞いてみようよ。もしかしたらもっと素敵なアドバイスもらえるかも」

 その名案を聞いた二人はいっきに笑顔にもどりうなずく。思い立ったが吉日と言わんばかりに三人は立ち上がって子供部屋を駆け抜けていった。




 真っ先にアドバイスを聞きに行ったのはマシュだった。マスターにとって一番最初のサーヴァントだからマスターが喜ぶことを熟知しているのでは?という思いからだ。

「実は私の方でも何かないかと考えていたところなのです。私としては手袋なんかどうだろうかと思ってたんですが」

「手袋かあ。レースとかお花つけたらきっとかわいいよね」

 マシュの提案にバニヤンはすぐさま自分のアイディアを上乗せする。アビゲイルもそれは良い案だという笑顔を見せるが一人だけ渋い顔をしているものが。

「手袋も素敵な案だけどだめだわ。だって寝る時やシャワーを浴びるときは手袋外すでしょう?一人で悲しい顔をさせるだけよ、きっと」

 ナーサリーの一言で三人とも押し黙ってしまった。視線を伏せてしまったマシュがぐっとこぶしに力を入れたかと思うと顔をあげる。

「そう、ですね。この案は臭い物に蓋をするというような一時的な案でした。これ以上は私でも何も思いつきません。よかったらみんなで多目的室に行きませんか?そこにいる人たちにアドバイスをもらいましょう!ここには色んな人が集まってるのですからきっといい案がでてくるはずです!」

 幼い三人を元気づけるように笑顔でマシュが提案すると三人は笑顔を取り戻した。

「良い案がでてくるとは思えないけどダビデ王に聞いてみるのも良いかもしれないわ。だってかの王はマスターの良き相棒だったのでしょう?」

 アビゲイルの一言に楽しそうに批判的な声を二人があげる。

「そうだわ、あの人とっても性格に難ありという感じだけどもしかしたらすっごいアイデアを持ってるかもしれないわ!」

「うーん、あの人正直何考えてるかわからないよね。でも相棒なんだからいいアイデアのひとつでもないとおかしいよね!」

 マシュはダビデの散々な評価に苦笑いをするしかなかったが戦場での姿とカルデアにいる姿ではこれも致し方ないかと無言を貫き通した。こういう評価でいることも彼の処世術の一環なのかもしれないですし、と思い直すと走り出した幼い三人を追いかけて走り出した。

 

 多目的室につくとそこにはくつろいでる者から卓球で死闘を繰り広げているものまで様々だ。マシュは事の発端であるナーサリーを部屋の中央に移動させ促す。促されたナーサリーは深呼吸をすると大声をあげる。

「これからー!マスターに関する緊急会議をはじめめるわ!みんなしゅーごー!」

 マスターという言葉が聞こえてきた瞬間からおしゃべりしていた者も卓球をしていた者も今していた行動を停止して声の発信者であるナーサリーライムをみつめた。そしてぞろぞろとナーサリーの周りへと集まる。

「たぶん皆はもうおわかりかもしれないけれどマスターの手についてのことよ!」

 と、ナーサリーは引き続き大声でその場のサーヴァントに語る。だれかアイデアのある者はいないか、と。


「私なら宝石が指先にあったらとっても嬉しい!幸せ!って気持ちになるけどそうすると指輪になっちゃうわね。それはタブーよね」

「料理で元気になってもらえるなら私の得意分野だが、こういうのではまったくお役にたてないな」

「荒野のアウトローだよ、僕。怪我した女の子を慰めるいいアイデアはもってないねえ」


等々。なかなか良い案が出てこない。大勢に聞けば良い案がでるとは限らないのか、とナーサリーが周囲を見渡してはっとする。

「こ、これだわーーーー!」

 その視線の先には思考を巡らせている水着姿の王様、アルトリア・ペンドラゴンだった。そのあごに添えた手の先、爪にはネイルが施されている。晴れの水着姿なのだからとダヴィンチ女史におねだりして作ってもらったネイルポリッシュで彩られてた。

「マスターに水着になるならネイルもしようと言われてダヴィンチ女史にねだったものです。彼女に提案すれば好きな色のポリッシュを作っていただけるのでは?」

 とナーサリーたちに優しく説明を王様はするが四人はもう居ても立っても居られない様だった。

「走っては転んでけがをしますし、この場にはエミヤがいます。走らず急いでお行きなさい」

 優しい笑みで四人を促すと全員でこくこくとうなずいたあと顔を見合わせる。それが合図になったようで早歩きで多目的室を去っていった。

 多目的室にいた面々も笑顔で見送っていた。もし本当にこれでマスターが笑顔になってくれるのなら今日くらい廊下を急ぐのも許すしかない。人類史を救ったマスターに笑顔を、と祈ってるのは彼女たちだけではないのだから。






四人が早歩きで工房にたどり着くとダヴィンチ女史が驚いた表情で顔をあげた。

「おやおや、そんな急いでるとあの赤いマントの人が黙っていないよう?大丈夫かい?」

「大丈夫よ!王様に許可もらったのだわ!」

そう返事をするとナーサリーは少し息が上がったままで一から十、すべて話しをした。

「なるほどなるほど。ネイル、その手があったね!これは盲点だった。ところでポリッシュの色は決まってる?マスターのためだ。今すぐにでも製作にとりかかろうじゃないか」

 女史の問いを聞いたナーサリーは目を爛々に輝かせる。残りの三人もこれは何かいい案があるのだろうと黙って聞き届ける姿勢だ。

「それを決めるのは私たちじゃないわ!」

威勢よく答える姿にマシュは問う。

「私たちじゃないとなると誰ですか?その色を決める人は。誰か適任がいたでしょうか」

「それはもう、イゾーしかいないわ!」






 新宿のアサシンとしゃべりこんでいた岡田以蔵は突然の呼び出しに納得がいかずとろとろと工房へと向かった。

 到着の遅さに当然幼い三人はぷんぷんに怒ったがすべての説明を女史に任せるということで話が落ち着いた今、自分たちがすることはただひとつ、この場を去ることだけだ。

 まあまあみなさん、出来上がり次第どうするか計画を立てなければ、ですよね?作戦会議としましょう!三人に提案しながら工房を去っていく。が、幼い三人に盾の嬢ちゃんたちが居合わせたところに自分が呼ばれる意味がわからない以蔵は未だ不貞腐れ顔だった。

「今から君にマスターのことで聞きたいことがある」

 女史のその一言で以蔵の顔つきがかわる。




 説明を受けた以蔵は迷いなんかないという表情だった。

「マスターが儂の色は夜明けの海の色と言うたんやろう。そしたらあめじすと色、紫色じゃ」

 と、言ったところで急に押し黙ってしまった。彼なりになにか考えいるのだろうとダヴィンチは彼が口を開くのを待つ。

 少しの間のあと彼は口を開いた。

「爪って足先にも塗れるがか?ほいならもひとつそのネイルとやら作ってくれんかの?」





 彼が提案した色は、かのマスターの相棒の色だった。











「マシュ・キリエライト、人生初のネイルを塗る行為、完璧にこなしてみせます!」

 マスターの部屋から宣言する声が聞こえてくる。そう、今日はマスターである藤丸立香にネイルを施す日だ。マスターの部屋は換気のためもあり扉を全開にしている。

 水着姿の王様監修のネイルサロン。手の爪はマシュ、足の爪はナーサリーライムと担当を分けた。バニヤンとアビゲイルはナーサリーを見守っている。

 そのマスターの手の爪先を見ると、なんと黄緑色だった。人類史を救った英雄の証には最後まで共に戦った相棒の色がうってつけだろうと以蔵は考えたのだ。

 つぎつぎと施されるネイルを見つめては立香は笑顔をこぼす。


「やあ、マスター、失礼するね。うん、とっても素敵な爪先になったね」

 そんな一言を残したのはジキル。彼もたびたび人類史を救う旅で戦った仲間だ。その場をジキルが去ってもまた別のサーヴァントがあらわれる。

 言葉は違えど同じことを立香に投げかける。

 いい色になったじゃないか、と。


 そんな喧騒に交わらずすぐ近くの廊下で佇んでるサーヴァントが二人。もちろん、以蔵とダビデだ。

「よかったのかい?手の爪の色僕に譲ってくれて」

 ダビデの一言に勝ち誇ったような顔の以蔵が答える。

「手の爪を見るたびにどきどきしちょったら疲れるきね。足の爪くらいでええ」

その返答に意外そうな顔をダビデがする。マスターの一番はなんでも自分じゃないと、という考えの持ち主だと思い込んでいたからだ。

「あれ、相棒の座は僕に譲ってくれるんだ」

「初期からいて潜り抜けた戦場の差、預けられる背中とこの感情はべつもんとわかっちゅーき。一番大事なところに儂の場所があればえい」

「こりゃ一本取られたね。でもこう面と言われたんだから僕も今後とも彼女にとって安心という心を預けてもらえるよう努力するよ」

 肩をくすめたダビデは一歩足を進める。目指す場所は一か所しかない。

「じゃあ、僕もマスターの着飾った指先見に行くとしよう。ああ、もちろん君は最後だよ。ヒーローは遅れてやってくる、というらしいからね。じゃ、先失礼するよ」

 そしてまた数歩と脚を進めたと思ったら立ち止まって振り返ってくる。

「最後にひとつ。これは王様としてではなく、一介の羊飼いとしての言葉だと思ってほしい」







「ふたりに、幸あらんことを」

 






 ウィンクを残してダビデはマスターの部屋へと入っていく。


 マスターの相棒に認められたのだ。マスターの一番は己だが立香の一番は以蔵であると。すっと背筋が伸びる思いだ。

 立香にとって大事な場所に自分がいて、自分の色を纏って笑顔になってくれるのならこんな嬉しいことはない。


 ネイルをした、とか一緒に昼食を食べたとかそんな些細な幸せを積み重ねた結果得られる大きな幸せを立香と二人で己が座に帰るその瞬間まで享受していきたい。そんな思いを抱えて開きっぱなしにしたマスターの部屋から聞こえる話声の楽しそうなことに小さく微笑んだ。


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