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三織

最後の力を振り絞って引き金を引く。狙いは敵の脳天。これで、この最後の一発で仕留めてみせる。ここで倒せなければ超過戦闘として勝てる見込みなしとなり撤収しなければならない。最深部まできたのだから倒して見せる。

 「三好クン、いったれ!ぶちかましたれ!」

 緊迫した空気をぶち壊すようにオダサクさんの声が飛んでくる。普段図書館での会話だったならここまで心が穏やかになることはないだろう。でも、ここは汚染された図書の中。戦場だ。彼は自分より経験の積んだ人で、守らないといけないような人ではない。しかし心が主張するのだ。彼を自分の手で守りたい、と。そんな自分には今しがた飛んできたオダサクさんの言葉はなによりも自分を励ましてくれる。男児なら守りたいと思ったものを守ってみせよ。そう自分に言い聞かせ銃弾を放つ。


 「流石!三好先生ですわ、百発百中ってやつやな!」

 最深部の敵の姿が消えた瞬間オダサクさんの声がまた背後から飛んできた。でも、その声を聞いたら急に膝の力は抜けて思わず座り込む。守れたのはいいけどこんなんじゃかっこよく決まらないとため息が思わず出る。今度菊池さんあたりに戦闘中、戦闘後のスマートな男の所作を学ぶべきだろうか。

 「そんなへらへらしてオダサクさんこそ多少はケガしてるの知ってるッス。さっさと帰って補修室に行くッス。」

 「大したケガあらへんから気にせんときぃな。ワシはそれより腹がへったわ!先に飯食べようや。ま、それもこれも三好クンの膝が元気になってからやけどな!」

 またケガしてるのに補修室を避けようとしてるところやわざわざ自分の膝について突っ込んでくるところにまあオダサクさんだからなという諦めの気持ちを込めて適当にはいはいと返事をする。
 同じ会派の国木田さんや徳田さんは持ち前の俊敏性を活かして攻撃を回避するのがうまいので大したケガはしていないがそれでもケガをしていることには変わらない。やはりこの図書の中に長居せずさっさと退避した方がいいだろう。しかし膝がいうことを聞かない。もうしばらく休んでから帰ることにしよう。








 図書館から帰ってきて真っ先にしたことは食堂で腹ごしらえだった。
 みんな多少なりともけがをしているのだからまずは林太郎先生に診てもらおうと主張したのにタイミングが良いのか悪いのか徳田さんのお腹がささやかに鳴いた。オダサクさんのお腹なら無視して補修室にいったのに徳田さんが少し恥ずかしそうにお腹すいちゃったと言われたらもうしょうがない。年功序列というのか、早くにこの図書館に現れ支えてきた徳田さんがお腹すいたのならもうそれは食堂が最優先だろう。

 「徳田さんが腹減ってるというなら仕方ないッス。先に飯を済ませましょう」

 そう言って、会派の顔を見ると徳田さんは申し訳なさそうな顔をしていた。図書館に来た順でいえば最年長なんだからもっと先輩ぶっても良いのに。

 「ごめんね、三好くん。もうお腹ペコペコで……」

 「謝ることないです。俺も腹は減ってるんでちゃちゃっと食べちゃうッス」


 三好クン、徳田先生には優しいねんなあ。ワシにももうちょい優しくしてほしいわあ。等オダサクさんが俺に対してぶつくさ文句言うのを聞きながら食堂に向かった。
 たどり着いた食堂には昼時をすぎているにも関わらず館長とネコに司書さん、そして堀さんや荷風さんまでが席についてなにやら話し合っていた。これは、また何か起きたかと思わず見つめていたら食堂の入り口にいる自分たちを見つけた堀さんが立ち上がってこちらにやってくる。

 「潜書お疲れ様です!大けががないようでよかったです。これから食事、ですよね?また例の白い本が現れたとかで今話し合ってたんです。この本の潜書会派にオダサクさんも編成されるとのことで帰りを待ってたんです。どうですか、食事ついでに話し合いに参加してもらえないですか?」

 「おお!ワイの出番か!いっちょまかせておき!そういうことなら相席させてもらいますわ。三好クンたちはワシ抜きで寂しいやろうけど三人で食べててや」

 そういって館長たちのテーブルに向かおうと背を向けようとした瞬間乱暴な手つきで自分の頭を撫でていった。何故か妙に心地がいいと思ってしまいなんなんだという言葉がなかなか出てこず、気が付いたらオダサクさんはもうテーブルに着席していた。

 「三好くん……?ほら、僕たちも食べよう。はやく食べないと夕飯が入らなくなっちゃうからね」

 徳田さんのその一言で我に返り慌てて空いてるテーブルを確保し食事を始める。食事中白い本のため招集された会派のことで頭が占領されていた。あのメンバーは自分たち文豪の中でも潜書の経験が少ない方だ。あと一人会派に入れることができるからその人にサポートしてもらうにせよなんだか不安の残る面子である。自分も旧知の太宰もいない会派で無理をしないといいのだけど。


 白い本の潜書がはじまってから慌ただしくしているオダサクさんの姿は見ていたが最初の数冊の時は余裕そうな態度を崩さなかったが後半になるにつれ無理した笑い声が聞こえてくるようになった。
 なんでも本の中には歯車というものが散らばっていて今後の研究のためにもすべての回収が今回の義務でもあるらしい。あと歯車が散らばっているだろうと予想されている本は最深部の敵がかなり強力らしくなかなか回収がはかどらないそうだ。
 暇な時間は白い本の会派で話し合いをしておりこの間の潜書以来まともに顔を合わせていないが、そろそろオダサクさん限界だろう。もし自分に実力があればサポートに入ってる徳田先生と交代してオダサクさんの様子を見ていられるのに。
 あの人は多分守られるのは性に合わないと言うんだろうが我慢して無理して戦っている姿をみるくらいなら自分のこの手で守ってやりたい、と思う。守らなくても、背中を預けあうような支えあう、そんな戦闘ができれば心臓をひやひやさせなくて済むというのに。

 館長や司書さんに何度か彼を休ませたらどうだという提案をしたが二人とももうすでに休暇を取らせようとしたらしいのだが一度選ばれたからには最後までやり通すといって聞かないそうだ。やっぱりなと思うがオダサクさんはたまに強情っぱりになることがあるから相当な痛い目に合わないと休暇を呑むことはないだろう。それこそ耗弱になるとかでもしない限り。




 ついに歯車回収が最後の一冊になったらしく朝の食堂で白い本会派と館長たちが揃っていた。どんどん敵は強いものばかりになってきているらしく正直この会派では歯車回収ができないかもしれない。しかし、いくら研究のためといえ仲間を失うわけにはいかないからこの本の回収は諦めることもあると館長が声高らかに宣言していた。
 その館長の気持ちは果たしてオダサクさんに伝わったのだろうか。今までは遠目に見るだけだったがこれで最後なら景気づけに声をかけても罰はあたるまい。

 「オダサクさん、」

 「三好クンやん、どないした?」

 「いや、なんでもないッス。いつも世話になってる徳田さんに迷惑かけるんじゃないッスよ」

 「むしろワシが縁の下の力持ちやとみんなに感謝されてまうと思うで」

 「はあ、そうだといいッス……」

 「じゃ、ワシいってくるわ!いい子にして待っとるんやでみ、よ、し、クン!」

 そう言い残すと片手を軽く上げて手のひらをひらひらさせながら会派のところにいってしまった。先輩だからか徳田さんの言うことは比較的聞く方だし最悪の場合撤退するだろう。そう思えばそこまで心配することでもないのか?と落ち着いてきた。自分はただ帰りを待つのみだ。



 食堂で時間をつぶしていたらそろそろ帰りが遅いなと思い始めたころ騒がしくなってきた。林太郎先生を呼ぶ寮内アナウンスの声が震えていた。まさか、と立ち上がると食堂の入り口に徳田さんが走ってきた。見るからにけがを負ってる姿に唖然としながら近づくと徳田さんの疲労からなのか震えている手が自分の腕を掴んだ。

 「ごめん……!僕が一番経験のある文豪なのに……!守れなかった……」
 
 徳田さんは息も絶え絶えで喉をひゅうひゅういわせていた。

 「何があったんッスか!徳田さん、はやく補修室に行った方が」

 「いや、僕なんて軽いほうだ。いいから三好クンが補修室にいってきてあげて。きっとオダサクさんは君の迎えをまってるはずだから」

 そういうとどこにそんな力が残っていたのか力強く自分の背中を押してくる。ここで話し合っても時間の無駄なのはなんとなく察した。とにかく補修室にいくしかない。どんな姿になってしまったのか想像すると怖くなりやっぱり行くのが不安に思ってしまったが自分は確かに彼に待ってろと言われたのだ。
 あっちからこないなら自分が迎えにいこう。


 

 補修室のベッドは全部カーテンが閉まっていたが自分の顔を見た林太郎先生が無言でベッドに誘導してくれた。カーテンをめくる手のひらに力がこもる。この先にいるであろう人物は一体どのような状態なのだろうか。不安だが自分の目で確認するしかない。
 軽い深呼吸をしてからカーテンを開ける、とそこには朱い洋墨が滲んだ包帯だらけで土気色をしたオダサクさんが横たわっていた。これはどういうことか林太郎先生のほうを見つめるとかいつまんで説明をしてもらった。

 潜書中なんとか最深部までたどり着いたが最深部にある歯車を回収するにはそこに佇んでいた敵を倒す必要があった。が、戦闘中に全員が耗弱一歩手前まで攻撃を喰らってしまった。徳田さんがそろそろ撤退するべきではと考えてるとオダサクさんがあとちょっとで倒せるのにここで引けるわけがないと単身で突っ込み、相打ちさながら耗弱状態に陥りながらもなんとか敵を仕留めたらしい。

 「なんでそんな無理をしたんッスか」

 問いただしたい相手は眠りの中だとはわかってるが思わず自分の気持ちがこぼれた。ベッド脇にある椅子に座りこむと林太郎先生はベッドのカーテンを閉めて去っていった。しばらく二人きりにしてくれるならありがたい。
 今回は特別編成の会派とはいえ自分はその中に居なかった。目の前に居たら守れたかもしれない。守らなかったとしても単身じゃなく二人で敵を相手にできたはずだ。今更ありえない「もしも」を考えては憂鬱になる。でも今回は堪えた。自分の知らないうちに無理してどこかにいなくなってしまう、そんな可能性があることに気付いてしまい背中が冷えた。
 そんな未来は来てほしくないけどオダサクさんが息絶える瞬間が今後くるとするなら、それは自分の目の前であってほしい。知らないうちにいなくなってしまうなんてことはやめてほしい。最後を見届けたい。

 膝の上に置いたこぶしを力強く握りしめていると息が漏れる音がして慌ててオダサクさんの顔を見ると目がうっすらだが開いてこちらを見つめていた。

 息が漏れるようなささやき声でオダサクさんは口を動かす。

 「いい子にしとった……?なんや、三好クン、の方がえらい辛そうやん」

 「アンタが、アンタがこんなことになってるからでしょう!」

 「でも、よかったわぁ。起きてさいしょに見た人が三好クンで」

 「なに言ってるんですか。いい子に待ってろといったのはそっちなのにこないから迎えにきたッス」

 オダサクさんは得意の笑い声を出そうとしたみたいだったけどただ息が漏れるだけだった。そんなオダサクさんの両手を握りしめて目線を合わせる。

 「オダサクさん、お願いがあるッス。」

 「なんでもゆうてみい」

 「オレの預かり知らぬところで仏さんになるなんて許さないッス」

 「なんや、最後看取ってくれるん?ひとりぼっちじゃない最後はうれしいわあ。じゃあ三好クンも約束。最後まで側にいたってな」

 「約束するッス。だからはやく元気になるッス」

 「せやなあ、じゃあワイもうひと眠りさせてもらいますわ」

 そういうと目がすぐ閉じられささやかな寝息が聞こえてきた。もうこんな怖い思いをしたくない。最後まで側にいると約束したのだから今日はこのまま付き添っていよう。

 ただ願う。いまは早く元気になることを。いつかくる約束が終わる日がどうか遠い遠い未来であることを。
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