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三織

 満開の桜の下で消えた男女。それを見守っていたのは桜だけではなく煌々と照らす月もいたのだろうと考えている。
 作中にわかりやすく「夜闇のなか」と書かれていたわけではないがなぜか自分の中では明るい月夜の日に起きた事なのだろうと想像していた。青白い月だけが桜に攫われた二人の行方を知っている。そう考えるからこそなおことあの人には月を見せたくない。あの青白い光がか弱い体の生命の力を奪っていくような気がしている。自分でも空想の産物だとは思うが一瞬でも本当に信じてしまったならそれは確かな力を持つ呪いになる。でも、当の本人はおちゃらけて信じないのだ。そんなけったいな話あるわけないやん。そもそもそういうんはべっぴんさんのお役目やろ?とのことだ。だからもう強く言い聞かせることはしなくなった。そんなことに体力を費やすのは時間の無駄だ。

 水分補給を、とミネラルウォーターを取りに行って戻ってきた時に見えた姿は煙草の煙を一息吐いている織田作之助だった。なにやらぼんやりしているなと遠目で見ていたが近づいてどきりとする。ベッドの真横にある窓から月を眺めていた。

 「な、に、見てるんっすか」

 「なにって、三好クンが嫌いなお月様?」

 自分がどんな呪いに苦しめられてるのかわかっててこういう物言いをする。でもここでいちいち説教するような野暮なことはしない。夜を共にしているのだからそんなことをしてしまえば興ざめもいいところだ。ため息を一つついてから手に持っていたペットボトルを差し出す。

 「喉乾いたでしょう。もう先に俺飲んじゃいましたけど。どうぞ」

 素直に受け取ったペットボトルを豪快に傾けてごくごくと飲んでいく。ミネラルウォーターはあっという間にオダサクの体内に吸収されてしまう。

 「はあ!生き返った生き返った!おおきになぁ、三好クン。あ、丁度立ってんねんからほかしてや」

 自分でやれと思うがオダサクがもう月から目をそらしているのでまあなら捨ててやってもいいかとゴミ箱に向かう。のそり、とベッドの上で動く気配がしてまた月を見ているのではと慌てて顔をベッドの方へと向けるとオダサクは完全に窓の方向に寝っ転がっていた。慌てて名前を口にしようとした瞬間、それをあちらの声量でかき消される。

 「ワイなあ!ワイ、なあ!仏さんにようなるときはお月様に見守られてるときとちゃうと思うん。だってそないロマンチックなこと、三好クンやらせてくれへんやろ。もし死ぬことがあったらその場に三好クンがおって説教してくれるんやろ?」

 月の見える窓に向かって寝そべってるオダサクは今は結わいてない毛先をくるくるといじりながらなんてことでもないような声色で語る。

 「だから、死ぬんときに見守ってくれんはお月様やなくてお天道様でもなくて。三好クンやろ、その役目は」

 はー独り言終わったとでもいうかのようにはあどっこいしょ、と一言つぶやいてからそのまま布団を頭から被っている。布団に隠された表情は大方予想がつく。恋人に隠した表情とやらをみるためにベッドに近づく。布団に手をかけるとあっさりとめくることができた。どれ、照れに照れまくってる顔を拝見、と思ったのだ。思ったのだがめくられた布団から見つめ返してくるオダサクの表情はどこまでも優しい慈愛の顔だった。予想と違い内心慌てていると腕が伸びてきて頬を撫でられた。

 「な、三好クン。もう寝ようや。三好クンがゆうてる呪いってやつも今寝たらきっともう大丈夫だと思うねん。な、もう今日はおやすみなさいしとこ?」

 あまりにも優しい顔を見ていたらなんだか本当に呪いが解けるような気がしてきた。今夜この人と体温を分かち合いながら寝ればきっと朝には呪いのことなんて一切忘れてしまっているに違いない。

 「そう、っすね。もう本当に寝ましょう。オダサクさん明日潜書の予定あったでしょう。今夜はぐっすり寝て明日に備えないと」

 互いにおやすみを言い合うと織田が真っ先に目を閉じた。寝息が聞こえてくるまで見つめていると本当にもう月の呪いなんてこどもの出鱈目みたいだなと思い始めた。でも、今夜だけ。今夜が月の呪いの最後だっていうなら。呪いが解ける朝までカーテンを閉めておこう。朝カーテンを開けるときは、もうきっと青白い月のことなんて忘れている。

 次、月夜に照らされるオダサクさんを見つめるときはきっと、素直にその美しさに魅入られるんだろう。だからその時までは、硝子窓はカーテンで目隠ししておこう。
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