三織
どこからともなく声が挙がる。まるでSFじゃあないか、と。
寮内のテレビで見たことはあるが実際手にすると本当に近未来がやってきたのだなという思いが強まった。隣にいる太宰クンは既に慣れた手つきでソレをいじっていた。司書さんの二大助手の一人である彼は前日からソレを館長から受け取って事前講習ということでこれまた二大助手である中野サンと二人で使い方を教わったらしい。なんでも存在を確認できている文豪の殆どが揃っている大所帯なので教えられる人が少しでも多いほうが良いだろうとのことだ。
「これから講習会でやることだけど、知ってるか?オダサク!これさえあればわざわざ手紙なんかよりもっと素早く文面をやり取りできるんだぜ!もう一秒も待たずにコレで手紙が送れるんだ!」
どうやら先生ぶりたいらしい太宰クンは抑えきれてない妙なテンションで話しかけてくる。でも目が他の文豪と同じく初めて見るおもちゃを与えられた子供のそれと一緒だ。まあ、魂胆は見えている。その一瞬でやり取りができる高速手紙とやらを憧れの芥川先生としたいのだろう。さっきからちらりちらりと芥川サンの方を見ている。
そんなことを言ったら自分だって高速手紙をしたい相手は、いる。さっきから送ってる熱烈な視線に気づいてくれない相手ではあるが。その相手は北原一門の側でずっと歓声を上げている。遂に朔太郎サンにたしなめられていた。三好くん、ちょっと声を抑えたほうが良いよ。声は小さく聞こえてこないが口の動きから察するにそんなところだろう。やはり自分の視線に気づかない様子を見届けてからもう一度太宰クンに視線を戻すとばちりと視線が合った。
あの妙なテンションはどこにいったのか真剣にこちらを見ている。いっちょおどけてやろうと話しかける前に太宰クンの口が動く。
「なあ、オダサク。自分からアプローチかけないと始まるもんも始まらないと思うけど?」
「そおやっていろんなとこアプローチかけても芥川賞取れへんかったお方の言葉は重みに欠けるなあ!」
「今はオレの話してないじゃん!バカ!・・・まあオダサクってここぞってとこで引くからなあ。後悔するまえにもう一押ししてもいいと思うけど。オレは」
「ごちゅーこく、おおきに」
感謝の気持ちが伝わってこない返事を聞いた太宰クンはあからさまな溜息を吐く。人のこと心配してないで相手はオトモダチのつもりであろう中原サンがその手紙交換を熱心にしてきそうなところの心配はしなくても良いのだろうか。なんて返信したら機嫌損ねないかという相談してくるに決まっている。
シャンシャンシャン。急に館長が持ってる鈴の音が響き渡る。
「では、これから通信会社さんをお招きしたスマートフォン講習会を始める!中野、太宰と司書も前にきて指導の手伝いをすること。文豪の諸君、簡単な事務連絡等はこのスマートフォンですることになるのでよおく聞いて覚えてくれ」
あんなにざわついていた食堂が一気に静まりかえった。スマートフォンで事務連絡もこなすということはこれを操作できることも業務の一環になる。そして今からこの想像もできなかったこの近未来の機械を手に入れる、その高揚感が一同の集中力を高めた。
講習会終わったあと太宰クンの部屋に退散し、お互い目の前にいるというのにチャットアプリでやり取りをし続けたかと思えば写真や動画を取り合ったりした。二人してこれは安吾がきたら真っ先に見せないといけないやつだと大騒ぎをし、さらに腹を抱える。
「こんな大騒ぎしよって腹減ったわあ。食堂の通知まだこおへんの?」
「さあ?でも明日は日曜で特務司書の仕事ないから最悪深夜になるかもって言ってたけど司書さん」
今日はスマートフォンが扱えてるかの確認を兼ねて夕ご飯のお知らせは寮内アナウンスではなくチャットアプリで一斉に通知がくる手筈になっている。が、もう5時だというのに連絡は未だこない。文豪たちの予想外な時間に通知を送りきちんとスマートフォンを携帯しているか、一人でも扱えるか、を見るためだろう。しかし午後からずっとこの部屋でスマートフォンをいじっていたが流石にはしゃぎすぎたのか食事の前にひと眠りしたくなってきた。
「太宰クン、スマンけど部屋戻ってひと眠りしてきますわ。ちょおっとはしゃぎすぎてもうたな」
「んー、オレも寝ようかなあ。昨日寝落ちするまでスマホいじってて睡眠不足なんだよな。お前も気をつけろよ」
互いに適当にへいへい言いながら自分は部屋を出ていく。部屋を出た瞬間息を漏らす。この部屋と自分の部屋までに北原一門たちの部屋がある。目的の人の部屋は自分の部屋よりもっと先だ。だ、がもし一門の部屋の前でたむろなんかしてたら。スマートなやり方はわからないがなんとかチャットアプリの連作先をなんとか聞き出すことができるのに。きょろきょろなんかしてたらあからさまに誰か探してますよというのがもろばれだ。いつも通りに歩いて、もしいたらいつも通りへらへらと話しかける、頭の中でシミュレーションはできた。しかし実際歩いてみるといつも通りの歩き方がわからなくなりどうやって歩いてたっけと悩みながら歩を進める。しばらくそうして歩いているとずいぶん歩いたなと思い、部屋のナンバープレートを見ようと顔を上げると。
「なんッスか、オダサクさんもう呑んでたんですか?」
「今日はまだ一滴も呑んでへんけど」
「そうみたいですけどなんッスかそのにやにや顔。もう知らん。やっぱ帰ります」
織田作之助の目的の人物、三好達治はスマホを握りしめて自分の部屋の前で仁王立ちを決めていた。
「なんや、ワシになんの用や?三好クン!」
「もういいです。その顔みたらなんか気が削がれました。俺の気まぐれだったんで。じゃ」
このまま言い合っててもたぶんそのまま三好クンは帰ってしまうだろう。そうしたらきっかけの一言を発するのは自分しかいない。アプローチは自分からしないと始まるものも始まらないとは本当のことだったようだ。自分が一握りの勇気を出してしまえばもうこっちのもんだ。本当に去ろうとしている三好クンの腕をとっさに掴む。こうなったら逃がさない、つもりで。
「な、なあ、三好クン!もしよかったらID交換せえへん?」
「んなっ、ま、まあオダサクさんがどうしてもってゆうなら交換してもええですけど」
その日の夜、太宰の警告むなしくもチャットのやり取りを遅くまでしてしまい寝不足姿を発見されるオダサクと三好がいたとかいなかったとか。
寮内のテレビで見たことはあるが実際手にすると本当に近未来がやってきたのだなという思いが強まった。隣にいる太宰クンは既に慣れた手つきでソレをいじっていた。司書さんの二大助手の一人である彼は前日からソレを館長から受け取って事前講習ということでこれまた二大助手である中野サンと二人で使い方を教わったらしい。なんでも存在を確認できている文豪の殆どが揃っている大所帯なので教えられる人が少しでも多いほうが良いだろうとのことだ。
「これから講習会でやることだけど、知ってるか?オダサク!これさえあればわざわざ手紙なんかよりもっと素早く文面をやり取りできるんだぜ!もう一秒も待たずにコレで手紙が送れるんだ!」
どうやら先生ぶりたいらしい太宰クンは抑えきれてない妙なテンションで話しかけてくる。でも目が他の文豪と同じく初めて見るおもちゃを与えられた子供のそれと一緒だ。まあ、魂胆は見えている。その一瞬でやり取りができる高速手紙とやらを憧れの芥川先生としたいのだろう。さっきからちらりちらりと芥川サンの方を見ている。
そんなことを言ったら自分だって高速手紙をしたい相手は、いる。さっきから送ってる熱烈な視線に気づいてくれない相手ではあるが。その相手は北原一門の側でずっと歓声を上げている。遂に朔太郎サンにたしなめられていた。三好くん、ちょっと声を抑えたほうが良いよ。声は小さく聞こえてこないが口の動きから察するにそんなところだろう。やはり自分の視線に気づかない様子を見届けてからもう一度太宰クンに視線を戻すとばちりと視線が合った。
あの妙なテンションはどこにいったのか真剣にこちらを見ている。いっちょおどけてやろうと話しかける前に太宰クンの口が動く。
「なあ、オダサク。自分からアプローチかけないと始まるもんも始まらないと思うけど?」
「そおやっていろんなとこアプローチかけても芥川賞取れへんかったお方の言葉は重みに欠けるなあ!」
「今はオレの話してないじゃん!バカ!・・・まあオダサクってここぞってとこで引くからなあ。後悔するまえにもう一押ししてもいいと思うけど。オレは」
「ごちゅーこく、おおきに」
感謝の気持ちが伝わってこない返事を聞いた太宰クンはあからさまな溜息を吐く。人のこと心配してないで相手はオトモダチのつもりであろう中原サンがその手紙交換を熱心にしてきそうなところの心配はしなくても良いのだろうか。なんて返信したら機嫌損ねないかという相談してくるに決まっている。
シャンシャンシャン。急に館長が持ってる鈴の音が響き渡る。
「では、これから通信会社さんをお招きしたスマートフォン講習会を始める!中野、太宰と司書も前にきて指導の手伝いをすること。文豪の諸君、簡単な事務連絡等はこのスマートフォンですることになるのでよおく聞いて覚えてくれ」
あんなにざわついていた食堂が一気に静まりかえった。スマートフォンで事務連絡もこなすということはこれを操作できることも業務の一環になる。そして今からこの想像もできなかったこの近未来の機械を手に入れる、その高揚感が一同の集中力を高めた。
講習会終わったあと太宰クンの部屋に退散し、お互い目の前にいるというのにチャットアプリでやり取りをし続けたかと思えば写真や動画を取り合ったりした。二人してこれは安吾がきたら真っ先に見せないといけないやつだと大騒ぎをし、さらに腹を抱える。
「こんな大騒ぎしよって腹減ったわあ。食堂の通知まだこおへんの?」
「さあ?でも明日は日曜で特務司書の仕事ないから最悪深夜になるかもって言ってたけど司書さん」
今日はスマートフォンが扱えてるかの確認を兼ねて夕ご飯のお知らせは寮内アナウンスではなくチャットアプリで一斉に通知がくる手筈になっている。が、もう5時だというのに連絡は未だこない。文豪たちの予想外な時間に通知を送りきちんとスマートフォンを携帯しているか、一人でも扱えるか、を見るためだろう。しかし午後からずっとこの部屋でスマートフォンをいじっていたが流石にはしゃぎすぎたのか食事の前にひと眠りしたくなってきた。
「太宰クン、スマンけど部屋戻ってひと眠りしてきますわ。ちょおっとはしゃぎすぎてもうたな」
「んー、オレも寝ようかなあ。昨日寝落ちするまでスマホいじってて睡眠不足なんだよな。お前も気をつけろよ」
互いに適当にへいへい言いながら自分は部屋を出ていく。部屋を出た瞬間息を漏らす。この部屋と自分の部屋までに北原一門たちの部屋がある。目的の人の部屋は自分の部屋よりもっと先だ。だ、がもし一門の部屋の前でたむろなんかしてたら。スマートなやり方はわからないがなんとかチャットアプリの連作先をなんとか聞き出すことができるのに。きょろきょろなんかしてたらあからさまに誰か探してますよというのがもろばれだ。いつも通りに歩いて、もしいたらいつも通りへらへらと話しかける、頭の中でシミュレーションはできた。しかし実際歩いてみるといつも通りの歩き方がわからなくなりどうやって歩いてたっけと悩みながら歩を進める。しばらくそうして歩いているとずいぶん歩いたなと思い、部屋のナンバープレートを見ようと顔を上げると。
「なんッスか、オダサクさんもう呑んでたんですか?」
「今日はまだ一滴も呑んでへんけど」
「そうみたいですけどなんッスかそのにやにや顔。もう知らん。やっぱ帰ります」
織田作之助の目的の人物、三好達治はスマホを握りしめて自分の部屋の前で仁王立ちを決めていた。
「なんや、ワシになんの用や?三好クン!」
「もういいです。その顔みたらなんか気が削がれました。俺の気まぐれだったんで。じゃ」
このまま言い合っててもたぶんそのまま三好クンは帰ってしまうだろう。そうしたらきっかけの一言を発するのは自分しかいない。アプローチは自分からしないと始まるものも始まらないとは本当のことだったようだ。自分が一握りの勇気を出してしまえばもうこっちのもんだ。本当に去ろうとしている三好クンの腕をとっさに掴む。こうなったら逃がさない、つもりで。
「な、なあ、三好クン!もしよかったらID交換せえへん?」
「んなっ、ま、まあオダサクさんがどうしてもってゆうなら交換してもええですけど」
その日の夜、太宰の警告むなしくもチャットのやり取りを遅くまでしてしまい寝不足姿を発見されるオダサクと三好がいたとかいなかったとか。