第5章 二人の女王
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「皆さ~ん♡ちゃ~んと全員揃ってますネ?♡」
「揃ってるよぉ、千年公」
千年公の言葉に答えたのは、レイの頭の上に乗ったぬいぐるみ…ロードだった。
方舟内教会…
廃屋と化した教会の暗い室内を蝋燭の灯りと月明かりが照らす。
集まった十三人のノアと二体のアクマ…
レイは足をブラブラと動かしながら主祭壇に腰掛けていた。
「レイ、準備は?♡」
『バッチリ~ちゃんと繋がってるよ』
「……悪戯してませんカ?♡」
『大丈夫~ジャスデビのゲートを上空にしたりなんかしてないよ』
「おい!」
「デロ達落ちちゃうじゃん!」
『嘘だよ~、トライドが犠牲になっちゃうし』
“アハハ”と楽しそうに笑うレイを見て、トライドは視線をデビットとジャスデロに向けた。
「お前等嫌われてんの?」
「うっせ!」
「超好かれてるもんね!」
「…お前、そういう恥ずかしい事よく言えんな」
無表情のままそう口にすると、トライドは祭壇に視線を戻した。
『チィのゲートは水中ね』
「レイ?♡我輩ゲート出た瞬間、ずぶ濡れじゃないデスか♡」
『冗談、冗談ですよぉだ』
「可愛いいじめっ子?!うっわぁ~、どうしよティッキー♡やっぱりレイも養子にしたい!♡♡♡
新たなプレイできるよ、アレ!!お父様にツンデレな娘…夢が膨らむね♡」
「キモイ、ウザイ想像すんな。生き埋めにするよ、ニイサン」
心底嫌そうな顔をしたティキの隣で、シェリルはフフフと上機嫌に笑った。
「今日もクールだねぇ、ティッキー♡」
「ウザイ。ちょ、誰かコイツどうにかして」
『“お父様、お仕事頑張ってね♡”』
レイがニッコリと笑ってそう言うと、シェリルは鼻血を噴いた。
「ティッキー、聞いた?!レイが“お父様”って♡♡♡」
「……レイ…テンション上げろとは言ってねぇよ」
『ごめん…面白いかと思ったんだけど、面倒臭かったね』
鼻血を噴くシェリルからレイを護る様にレイを囲んで立ったデビットとジャスデロは、残念なものを見る目でシェリルを見た。
「おい、そこの双子。気持ちは分かるけどドン引きすんな」
「そうだよ~僕のお父様なんだから」
「いや、俺等だけじゃ無いだろ」
「デロ、シェリルが父親なんてヤダ」
“ハイハイ♡”と終わりを告げた千年公が手を叩くと、皆口を閉じた。
「続きは帰って来てからニなさイ♡パーティーの時間ですヨ♡」
左右からデビットとジャスデロに手を取ってもらい、レイは生祭壇から飛び降りた。
「制圧するまで中で待ってろよ?」
「出てきちゃダメだよ?レイ、皆殺っちゃいそうだから」
「大丈夫デスよ♡ユエ、アグスティナ、レイを頼みましたよ」
「「はい、伯爵様」」
『皆、気を付けてね…』
「はい、姫」
「…なぁ、姫様よぉ。俺達は千年公と姫の子羊だ、いちいち気に掛けなくてもいい」
マーシマーの言葉に、レイは“でも”と表情を歪め、歩み寄って来たワイズリーがそっとレイの頭を撫でた。
「大丈夫だ、レイ…皆、強いからのう」
「おい、ボンドム行くぞ」
「おう」
「ヒヒ、先行くねレイ」
ひんやりと冷え切った薄暗い教会…
レイは二人の護衛と一緒に残された。
『……死んだら・・嫌だよ』
=サイレン=
「アイリーン、そろそろだ」
戦闘が始まって何時間か経った頃…そう無線からマリの声が聞こえて、アイリーンは持っていた二本の黒い剣を投げ捨てると“カッ”と、ヒールの音を立てて立ち止まった。
『“永久ノ魔女”』
足元の影が伸び上がってアイリーンを包み、弾け飛ぶ。
次の瞬間現れたのは、黒いドレスを身に纏った黒髪のアイリーンだった。
アイリーンの足許から伸びた影は放射線状にどこまでも広がり、辺り一面に広がった数え切れないアクマの残骸を呑み込む様に沈めてゆく…
影の中から聞える何かを潰す様な音に、アイリーンを追い掛けていたアクマが奇声を上げた。
「何をしやがった、エクソシスト!!」
何十体ものアクマの中の一体がそう声を上げたが、アイリーンはニッコリと笑うだけでそれに答えようとはしなかった。
瞬間、影から無数の何かが飛び出してアクマ達を貫いた。
『一時撤退!』
アイリーンがそう口にすると同時に、一定の範囲に広がってそれぞれ戦っていた面々が、一斉に同じ方面に向かって走り出した。
四人が走る少し後方を走っていたチャオジーをアイリーンの影が絡め取る様に持ち上げて、アイリーンの速度に合わせてチャオジーを運ぶ。
「あ、アイリーン元帥!俺も走ります!!」
『今は駄目よ!貴方まだまだ走るの遅いもの!見張りをして頂戴!!』
「…はいっス!」
「アイリーン、何で逃げるんさ?!」
『マリに頼んでおいたのよ。ラビがへばったら教えてって!チャオジーで手一杯だもの』
ラビの問い掛けに、アイリーンは走りながらそう返した。
私の部隊は私を入れて五人…こんな何百ものアクマが襲ってきてる中で、新人のチャオジー以外を見てる暇は…流石に無い。
『それにね“三十六計逃げるに如かず”よ』
「三十六?何の事さ、それ!」
『日本の言葉、逃げるのも作戦!!』
“このまま走って岩場に!”と指示を出して一人飛び上がったアイリーンは、一瞬で広げた影の中から大量の剣を浮かび上がらせ、追ってくるアクマ達に目掛けて一斉に飛ばした。
『穿て!!』
一番アイリーン達に近かった一団が剣の雨を受けて崩れる様に地に倒れ、アイリーンはそれを影に呑み込んだ。
「すごいっス!!!」
『まあ、有難う』
フフフ…と笑ったアイリーンは、チャオジーを捕まえた影を連れて、先に行ったラビ達を追い掛けて再び走り出した。
『さ、岩場で少し休憩したら、また大掃除よ』
「はいっス!」
アイリーンは岩場まで走って行くと、ラビ達が隠れている岩の窪みを見付けて滑り込んだ。
直ぐに影がシャルリと解けてチャオジーを地面に降ろす。
「撒けたか?」
「アイリーンの剣が降ってきたんだ、追うどころじゃないさ」
『多分ね…、マリ』
耳に付けたヘッドホンに手を添えて目を閉じたマリは、少しして目を開いた。
「こちらには気付いてない…けど捜しているな。帰る気は無い様だ」
『やっぱりね。もう一回出て行かないと…』
本格的に始めるというのか…
クラウド班は…クラウドが居るのだから大丈夫だとは思うが、不安だ。
アイリーンは、チャオジーの腕の傷にそっと手を翳した。
血を流していた傷口が徐々に塞がっていくのと同時に、アイリーンの額にうっすらと汗が浮かんだ。
「あんさぁ…ちょっと頼み辛いんだけど…」
『何、ラビ?』
「砕覇とかって加勢してくれないかな?」
「何を言っとるんだ、お前は!」
「でも…あの人達がいたら心強いっス」
確かに…砕覇達、家族が手伝ってくれたら次々と沸いて出て来る様なこの大量のアクマ達も直ぐに蹴散らせるだろう。
でも…
『御免なさいね…非常事態で連絡が付かなくて』
家族とは連絡が付かない…イアンとさえ連絡が付かない状況なのだから。
不思議に思って確かめた結果、私は世界の境にも帰れなかった。
私は…この世界に閉じ込められたのだ。
「ここはワシらでやり過ごすしかない」
『そうね』
そう言って立ち上がったアイリーンは、ブツブツと日本語で何かを呟き続けると、長い黒髪を掻き上げた。
「今のは?」
『術式を立てた。マリ、状況は?』
「…大分近付いて来てるな」
“そう”と口にしたアイリーンは、カッカッとヒールを二度地に打ち付けると、浮かび上がった。
『再開するわ。マリはサポートに…全力で叩きなさい』
「アイリーン、まさか…」
『謳うわ』
上昇を続けるアイリーンの身体は、窪みを抜けて空中でピタリと止まった。
「いやがったな、エクソシスト!!」
「殺せぇぇぇ!!!」
四方八方から大量のアクマがアイリーンに向かって群がる中、アイリーンの広げた影から再び無数の何かが飛び出して何十体ものアクマ達を貫いた。
地上の影を消したアイリーンは、目を閉じると、スッと息を吸って謳い出した。
ふわっとアイリーンの黒髪が浮き上がり、アクマ達の奇声と共にアイリーンの詩が小さく響く。
瞬間、岩の窪みから四人が飛び出して、それぞれアクマに向かって突っ込んでいった。
ラビの火判が暴れる中、吹き飛ばされたアクマの腕を掴んでキャッチしたアイリーンは、謳いながらゆっくりと目を開けた。
「何なんだ…隠れたト思ったらひょっこり出てキテ…ッ!全員、一気に強くナッタ…一体何ヲシタ!!」
ボロボロになったアクマの言葉にアイリーンが答える事は無かった。
アイリーンは唯謳い続ける。
「マサカ…その歌!!」
アクマがそう叫んだ瞬間、アイリーンの黒いドレスから無数の茨が突き出し、アクマを貫いた。
完璧に壊れたアクマを捨てたアイリーンは、ドレスから浮き出てきた二本の剣を手に取ると、アクマの軍勢に突っ込んで行った。
謳いながら剣を振るうアイリーンは、ふと岩場に一匹の猫が居る事に気付いた。
何で猫がこんな所に…?
そう思いながら地上に急降下したアイリーンは、左手の剣を捨てると、猫を左手で抱き上げた。
そして“黒キ乙女達 ”を出して四人の所へ加勢に回すと、謳うのを止めた。
『貴女何でこんな所に居るの?』
“ニャー”と鳴いてアイリーンの頬に擦り寄る猫…アイリーンは目を見開いてピタリと動きを止めた。
『嘘でしょ?』
顔色を青くしたアイリーンの手から落ちた剣は、吸い込まれる様に影へと落ちていった。
何で…
こんなに早く事が進むとは思っていなかった。
揃ったというのか…?
『ッ…』
アイリーンは猫を放すと、無線機であるイヤリングに触れた。
『緊急事態よ。北米支部が襲撃された、私はこれからそっちに向かうわ』
《大分消した…大丈夫だろう》
確かにブックマンの言う通り、大分アクマの数は減った。
しかし…
『ノアが一人来る可能性があるわ…他の班の所にもね。ブックマン、マリ、チャオジー…三人で対応可能かしら?』
《……恐らくな。少なくとも暫くは持ち堪えられるだろう》
《が、頑張るっス!》
『何時まで保てるか分からないけど…黒キ乙女達 を置いて行くわ』
《ちょっと待って、俺はどうするんさ!!》
アイリーンは、無線越しにそう声を上げるラビの前に一瞬にして姿を現した。
「うおぉああ!!び、ビックリしたさ…」
アイリーンは、再び地に倒れたアクマを呑み込むと、残ったアクマを貫いた。
『貴方は私と一緒にいらっしゃい、ラビ』
「へ?あ、あぁ、良いけど…何で俺?」
『貴方とユウの声なら響くかもしれない』
「何がさ?」
“ジジィと居ないと”と言うラビの手をアイリーンはそっと取った。
『もしもの場合もある。後悔しない様に一緒にいらっしゃい』
最初で最後のチャンスかもしれない──…
「皆さ~ん♡ちゃ~んと全員揃ってますネ?♡」
「揃ってるよぉ、千年公」
千年公の言葉に答えたのは、レイの頭の上に乗ったぬいぐるみ…ロードだった。
方舟内教会…
廃屋と化した教会の暗い室内を蝋燭の灯りと月明かりが照らす。
集まった十三人のノアと二体のアクマ…
レイは足をブラブラと動かしながら主祭壇に腰掛けていた。
「レイ、準備は?♡」
『バッチリ~ちゃんと繋がってるよ』
「……悪戯してませんカ?♡」
『大丈夫~ジャスデビのゲートを上空にしたりなんかしてないよ』
「おい!」
「デロ達落ちちゃうじゃん!」
『嘘だよ~、トライドが犠牲になっちゃうし』
“アハハ”と楽しそうに笑うレイを見て、トライドは視線をデビットとジャスデロに向けた。
「お前等嫌われてんの?」
「うっせ!」
「超好かれてるもんね!」
「…お前、そういう恥ずかしい事よく言えんな」
無表情のままそう口にすると、トライドは祭壇に視線を戻した。
『チィのゲートは水中ね』
「レイ?♡我輩ゲート出た瞬間、ずぶ濡れじゃないデスか♡」
『冗談、冗談ですよぉだ』
「可愛いいじめっ子?!うっわぁ~、どうしよティッキー♡やっぱりレイも養子にしたい!♡♡♡
新たなプレイできるよ、アレ!!お父様にツンデレな娘…夢が膨らむね♡」
「キモイ、ウザイ想像すんな。生き埋めにするよ、ニイサン」
心底嫌そうな顔をしたティキの隣で、シェリルはフフフと上機嫌に笑った。
「今日もクールだねぇ、ティッキー♡」
「ウザイ。ちょ、誰かコイツどうにかして」
『“お父様、お仕事頑張ってね♡”』
レイがニッコリと笑ってそう言うと、シェリルは鼻血を噴いた。
「ティッキー、聞いた?!レイが“お父様”って♡♡♡」
「……レイ…テンション上げろとは言ってねぇよ」
『ごめん…面白いかと思ったんだけど、面倒臭かったね』
鼻血を噴くシェリルからレイを護る様にレイを囲んで立ったデビットとジャスデロは、残念なものを見る目でシェリルを見た。
「おい、そこの双子。気持ちは分かるけどドン引きすんな」
「そうだよ~僕のお父様なんだから」
「いや、俺等だけじゃ無いだろ」
「デロ、シェリルが父親なんてヤダ」
“ハイハイ♡”と終わりを告げた千年公が手を叩くと、皆口を閉じた。
「続きは帰って来てからニなさイ♡パーティーの時間ですヨ♡」
左右からデビットとジャスデロに手を取ってもらい、レイは生祭壇から飛び降りた。
「制圧するまで中で待ってろよ?」
「出てきちゃダメだよ?レイ、皆殺っちゃいそうだから」
「大丈夫デスよ♡ユエ、アグスティナ、レイを頼みましたよ」
「「はい、伯爵様」」
『皆、気を付けてね…』
「はい、姫」
「…なぁ、姫様よぉ。俺達は千年公と姫の子羊だ、いちいち気に掛けなくてもいい」
マーシマーの言葉に、レイは“でも”と表情を歪め、歩み寄って来たワイズリーがそっとレイの頭を撫でた。
「大丈夫だ、レイ…皆、強いからのう」
「おい、ボンドム行くぞ」
「おう」
「ヒヒ、先行くねレイ」
ひんやりと冷え切った薄暗い教会…
レイは二人の護衛と一緒に残された。
『……死んだら・・嫌だよ』
=サイレン=
「アイリーン、そろそろだ」
戦闘が始まって何時間か経った頃…そう無線からマリの声が聞こえて、アイリーンは持っていた二本の黒い剣を投げ捨てると“カッ”と、ヒールの音を立てて立ち止まった。
『“永久ノ魔女”』
足元の影が伸び上がってアイリーンを包み、弾け飛ぶ。
次の瞬間現れたのは、黒いドレスを身に纏った黒髪のアイリーンだった。
アイリーンの足許から伸びた影は放射線状にどこまでも広がり、辺り一面に広がった数え切れないアクマの残骸を呑み込む様に沈めてゆく…
影の中から聞える何かを潰す様な音に、アイリーンを追い掛けていたアクマが奇声を上げた。
「何をしやがった、エクソシスト!!」
何十体ものアクマの中の一体がそう声を上げたが、アイリーンはニッコリと笑うだけでそれに答えようとはしなかった。
瞬間、影から無数の何かが飛び出してアクマ達を貫いた。
『一時撤退!』
アイリーンがそう口にすると同時に、一定の範囲に広がってそれぞれ戦っていた面々が、一斉に同じ方面に向かって走り出した。
四人が走る少し後方を走っていたチャオジーをアイリーンの影が絡め取る様に持ち上げて、アイリーンの速度に合わせてチャオジーを運ぶ。
「あ、アイリーン元帥!俺も走ります!!」
『今は駄目よ!貴方まだまだ走るの遅いもの!見張りをして頂戴!!』
「…はいっス!」
「アイリーン、何で逃げるんさ?!」
『マリに頼んでおいたのよ。ラビがへばったら教えてって!チャオジーで手一杯だもの』
ラビの問い掛けに、アイリーンは走りながらそう返した。
私の部隊は私を入れて五人…こんな何百ものアクマが襲ってきてる中で、新人のチャオジー以外を見てる暇は…流石に無い。
『それにね“三十六計逃げるに如かず”よ』
「三十六?何の事さ、それ!」
『日本の言葉、逃げるのも作戦!!』
“このまま走って岩場に!”と指示を出して一人飛び上がったアイリーンは、一瞬で広げた影の中から大量の剣を浮かび上がらせ、追ってくるアクマ達に目掛けて一斉に飛ばした。
『穿て!!』
一番アイリーン達に近かった一団が剣の雨を受けて崩れる様に地に倒れ、アイリーンはそれを影に呑み込んだ。
「すごいっス!!!」
『まあ、有難う』
フフフ…と笑ったアイリーンは、チャオジーを捕まえた影を連れて、先に行ったラビ達を追い掛けて再び走り出した。
『さ、岩場で少し休憩したら、また大掃除よ』
「はいっス!」
アイリーンは岩場まで走って行くと、ラビ達が隠れている岩の窪みを見付けて滑り込んだ。
直ぐに影がシャルリと解けてチャオジーを地面に降ろす。
「撒けたか?」
「アイリーンの剣が降ってきたんだ、追うどころじゃないさ」
『多分ね…、マリ』
耳に付けたヘッドホンに手を添えて目を閉じたマリは、少しして目を開いた。
「こちらには気付いてない…けど捜しているな。帰る気は無い様だ」
『やっぱりね。もう一回出て行かないと…』
本格的に始めるというのか…
クラウド班は…クラウドが居るのだから大丈夫だとは思うが、不安だ。
アイリーンは、チャオジーの腕の傷にそっと手を翳した。
血を流していた傷口が徐々に塞がっていくのと同時に、アイリーンの額にうっすらと汗が浮かんだ。
「あんさぁ…ちょっと頼み辛いんだけど…」
『何、ラビ?』
「砕覇とかって加勢してくれないかな?」
「何を言っとるんだ、お前は!」
「でも…あの人達がいたら心強いっス」
確かに…砕覇達、家族が手伝ってくれたら次々と沸いて出て来る様なこの大量のアクマ達も直ぐに蹴散らせるだろう。
でも…
『御免なさいね…非常事態で連絡が付かなくて』
家族とは連絡が付かない…イアンとさえ連絡が付かない状況なのだから。
不思議に思って確かめた結果、私は世界の境にも帰れなかった。
私は…この世界に閉じ込められたのだ。
「ここはワシらでやり過ごすしかない」
『そうね』
そう言って立ち上がったアイリーンは、ブツブツと日本語で何かを呟き続けると、長い黒髪を掻き上げた。
「今のは?」
『術式を立てた。マリ、状況は?』
「…大分近付いて来てるな」
“そう”と口にしたアイリーンは、カッカッとヒールを二度地に打ち付けると、浮かび上がった。
『再開するわ。マリはサポートに…全力で叩きなさい』
「アイリーン、まさか…」
『謳うわ』
上昇を続けるアイリーンの身体は、窪みを抜けて空中でピタリと止まった。
「いやがったな、エクソシスト!!」
「殺せぇぇぇ!!!」
四方八方から大量のアクマがアイリーンに向かって群がる中、アイリーンの広げた影から再び無数の何かが飛び出して何十体ものアクマ達を貫いた。
地上の影を消したアイリーンは、目を閉じると、スッと息を吸って謳い出した。
ふわっとアイリーンの黒髪が浮き上がり、アクマ達の奇声と共にアイリーンの詩が小さく響く。
瞬間、岩の窪みから四人が飛び出して、それぞれアクマに向かって突っ込んでいった。
ラビの火判が暴れる中、吹き飛ばされたアクマの腕を掴んでキャッチしたアイリーンは、謳いながらゆっくりと目を開けた。
「何なんだ…隠れたト思ったらひょっこり出てキテ…ッ!全員、一気に強くナッタ…一体何ヲシタ!!」
ボロボロになったアクマの言葉にアイリーンが答える事は無かった。
アイリーンは唯謳い続ける。
「マサカ…その歌!!」
アクマがそう叫んだ瞬間、アイリーンの黒いドレスから無数の茨が突き出し、アクマを貫いた。
完璧に壊れたアクマを捨てたアイリーンは、ドレスから浮き出てきた二本の剣を手に取ると、アクマの軍勢に突っ込んで行った。
謳いながら剣を振るうアイリーンは、ふと岩場に一匹の猫が居る事に気付いた。
何で猫がこんな所に…?
そう思いながら地上に急降下したアイリーンは、左手の剣を捨てると、猫を左手で抱き上げた。
そして“
『貴女何でこんな所に居るの?』
“ニャー”と鳴いてアイリーンの頬に擦り寄る猫…アイリーンは目を見開いてピタリと動きを止めた。
『嘘でしょ?』
顔色を青くしたアイリーンの手から落ちた剣は、吸い込まれる様に影へと落ちていった。
何で…
こんなに早く事が進むとは思っていなかった。
揃ったというのか…?
『ッ…』
アイリーンは猫を放すと、無線機であるイヤリングに触れた。
『緊急事態よ。北米支部が襲撃された、私はこれからそっちに向かうわ』
《大分消した…大丈夫だろう》
確かにブックマンの言う通り、大分アクマの数は減った。
しかし…
『ノアが一人来る可能性があるわ…他の班の所にもね。ブックマン、マリ、チャオジー…三人で対応可能かしら?』
《……恐らくな。少なくとも暫くは持ち堪えられるだろう》
《が、頑張るっス!》
『何時まで保てるか分からないけど…
《ちょっと待って、俺はどうするんさ!!》
アイリーンは、無線越しにそう声を上げるラビの前に一瞬にして姿を現した。
「うおぉああ!!び、ビックリしたさ…」
アイリーンは、再び地に倒れたアクマを呑み込むと、残ったアクマを貫いた。
『貴方は私と一緒にいらっしゃい、ラビ』
「へ?あ、あぁ、良いけど…何で俺?」
『貴方とユウの声なら響くかもしれない』
「何がさ?」
“ジジィと居ないと”と言うラビの手をアイリーンはそっと取った。
『もしもの場合もある。後悔しない様に一緒にいらっしゃい』
最初で最後のチャンスかもしれない──…