第5章 二人の女王
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「──…」
名前を呼ばれた気がして振り返ったが、そこには私の名前を知る者等一人も居なかった。
気の…所為だったんだろうか…
「どうした?」
『ん…何でも無いわ』
「…マリ達は先に室長室に行っとるのか?」
『えぇ、あの子達はラビ達よりも…十時間以上早く帰って来たから、仮眠も支度も終わってるわよ』
「良いな~、マリとチャオジー」
『二人には私の影でベッドを作ってあげるわ』
「マジ!?」
『えぇ、着くまでゆっくり休んでね』
自分のベッドで寝たいだろうが…仕事も詰まってるし、ラビとブックマンには移動中の馬車の中で我慢してもらうしかない。
だからせめてもの労いだ。
「アイリーン!頼まれてた物できたよ!」
声を掛けられて振り返ると、ジョニーが紙袋を抱えて立っていた。
『まあ、有難うジョニー』
教団に来た日に頼んでおいたものが漸く出来た様だ。
「誰が使うかは知らないけど…取り敢えず注文通りに仕上げてあるよ」
『助かるわ。御免なさいね、無理に頼んで』
「アイリーン、何さそれ?」
ラビの問いに小さく“ん~”と唸ったアイリーンは、紙袋を抱えてニッコリと笑った。
『ちょっとした子供服?』
=罰し方=
「おい、レイ!」
「レイ~、ジャスデビだよ~」
扉を開けると同時にデビットもジャスデロはそう口にしたが、室内に居たのはユエだった。
窓際に置かれた椅子に腰掛けたユエは、二人を一瞥すると、傍らのテーブルに置かれたチェス板に視線を戻した。
「……今は居ません」
「居ませんて何だよ、何でお前はここに居る」
「レイ、どこ行った~?」
「着せ替えてます」
「着せ替え?」
「着替えてるんじゃなくて?」
瞬間、奥の部屋から楽しそうに笑い合う女の声が微かに聞こえた。
「…おい、居ねぇんじゃなかったのか」
「レイの声じゃね?」
「この部屋には居ません」
「いや、居るだろ」
「ヒヒ、明らかに居るな」
「アレは俺の部屋なので」
相変わらず…昔から変わらずムカツク野朗だ。
レイに止められていなかったら疾うに壊してるのに…
少し脅してやろうかと銃に手を掛けると、丁度奥の部屋からアグスティナが姿を現した。
「ユエ様、お待たせしました。姫様ったら面白くて……まあ、気付きませんで申し訳ありません。いらっしゃいませ、ジャスデビ様」
スカートの裾を持って綺麗に一礼したこのアグスティナには好感がもてる。
しかしまぁ…目が見えないとは思えない程普通に動くという面では、少し警戒しておくべきだろう。
「姫様は今、奥の部屋でお着替えをさせてます」
「着替えをさせる…さっきからなんなんだ」
「だ~れか居るの?」
「シャール」
シャールって…
「アイツはもう壊れたんだろ?」
「ボディだけで魂が無い」
もうアイツが答える事は無いのに…
「姫様はシャール様を大変大事に思っていた様で…少し待って差し上げて下さいな」
“もう終わりますよ”と言ってアグスティナは窓際のテーブルに歩み寄ると、チェスの駒を一つ動かした。
どうやらアグスティナが優勢らしい。ユエの眉間に皺が寄った…ざまぁみろ。
「この間もティキ様とお出掛けになったんですけど…買って頂いたお洋服の殆どがシャール様の物でしたよ」
レイは昔からシャールの服ばっかり千年公に強請ってたからな…
「ヒヒ…ティキも“権利”を得たんだ」
確かにな…
「もう皆様、権利を所有してますよ」
「なんだと?」
「姫様はもうある意味で自由ですから…誰とでも会えますし、出掛けられます。
特にワイズリー様は、姫様さえ知らない“過去の姫様”をご存知ですから話も良く合い、数時間ですっかり仲良しですよ」
最っ悪だ。
レイの願いを叶える事しか考えてなかったが、俺等にこんなデメリットがあるとは…考えて無かった。
「まっずいね…」
「あぁ、特にティキはここを出たレイを…姫だと知らずに知り合ってたみたいだし、厄介だな」
「お前何か知らないの?」
「……俺は…屋敷の外でティキ様に会った事はありません」
ジャスデロの問いに、ユエがそう淡々と答えた瞬間、奥の部屋からレイが楽しそうに出て来た。
『いや~もう、シャールってばすっごい可愛い!!あれ…来てたんだ、二人共』
“いらっしゃい♪”と嬉しそうに笑ったレイは、ポンポンとベッドを叩いて座る様に足した。
『ユエ、ティナ、紅茶お願い』
「はい、姫様」
デビットとジャスデロはいつもの様にベッドの上で胡坐をかき、レイはベッドに飛び乗る様にして向かいに座った。
『えっと…今日はどうしたの?』
何気ない言葉に、何だかイラッとした。
「用が無いと来るなってか?もう誰にでも会えるもんな」
『え?ぁ…いや、そんな事無いよ!』
「デロ達、レイに会いたいから来たんだよ?レイと一緒に居たいんだ」
ジャスデロがそう言うと、レイは頬を赤く染めて固まると、次の瞬間、嬉しそうにふにゃっと笑った。
『ありがとう…』
今度は二人が固まる番だった。
デビットとジャスデロは、レイに背を向けると、肩を組んでコソコソと話し出した。
「何あれ!何あの可愛い生き物!!」
「知らねぇよ!この間出掛けた時も少し変だったけど」
「今日もだね!」
「初めての外出だからかと思ったが…」
「違うっぽいね!可愛いのは元からだけど」
「あんな直ぐに赤くなんなかったよな?!」
「デロ達、ティッキーとか目じゃなくね?」
「あんなホームレスほっとけ!」
「まあ、頼もしいですね」
「「うおわぁぁぁぁ!!!」」
いきなり目の前にニッコリと笑ったアグスティナが現れ、驚いたデビットとジャスデロは叫び声を上げながら後ろに引っ繰り返った。
「あらあら…」
『どうしたの、二人共?』
「ジャスデビ様は内緒話に夢中で私に気付かなかったようですわ、姫様」
クスクスと笑ったアグスティナは、レイの後ろに回り込むと、ユエの持ったトレーの上でカップに紅茶を注ぎ、トレーごとレイと双子の間に置いた。
「…お前よく注げるな…本当に見えないのか?」
「えぇ、残念ながら」
『物の位置とか大きさとか、生き物の気配とかに神経削るんだって』
「凄ッ」
『だよね~私、やってみたんだけどさ、柱に顔ぶつけちゃったよ』
照れ臭そうに笑うレイは、紅茶を一口口にすると“あ…”と声をもらした。
『そういやそろそろだよね~デビットとジャスデロはどこ担当だっけ?』
「トライドと一緒だな…情報が正しけりゃロシア行きだ」
『ロシアかぁ~』
「変な所に方舟繋ぐなよ」
「出た瞬間落下とか嫌だよ~」
『…どうしようかな』
「迷うなよ」
「ヒヒ、レイは千年公と一緒?」
『うん、そうだよ~♪でも私は途中から合流なんだぁ…私は最初から暴れちゃうからダメだって』
「「あぁ…」」
『も~二人して納得しないでよ!何だか私が暴れん坊みたいじゃない』
「お前、キレると手がつけられないからなぁ」
「デロ、レイとは喧嘩したくない」
“もう!”と膨れたレイがベッドの上に立ち上がった瞬間バランスを崩し、俺とジャスデロは咄嗟にレイを抱き止めた。
「お前、何やってんだよ」
「危ないよ、レイ~」
相変わらず危なっかしい奴だ。
そう思った瞬間“パシッ”と手を叩かれて、俺とジャスデロは思わず固まった。
『そろそろ時間でしょ?私、方舟の中で待機なの、着替えてくるね!!』
そう捲くし立てたレイは赤い顔を隠して衣裳部屋に走って行き“バンッ”と扉を閉めてしまった。
意味が…意味が分からない。
「何なんだ、今日の…つかこの頃のアイツは!」
「デロ達嫌われちゃったのかな…」
「はぁぁ?!何でそうなんだよ!」
「だって全力で拒否られた~」
ジャスデロはグスッと涙目になる中、我慢出来なくなったのか、アグスティナが噴き出した。
「あ゙ぁ?何だお前、喧嘩売ってんのか!」
「デロ達、機嫌悪いから手加減しないよ!」
「クク…す、済みません、ジャスデビ様…フフッ。でもあの姫様の反応は良い事だと思いますよ」
「はぁ?どういう事だよ」
「ジャスデビ様、何と言いますかその…イメチェンしたじゃないですか」
「バージョンアップしたんだよ、ヒヒ!レイを護んなきゃだし」
アグスティナは笑いを止める様に咳払いをすると、ニッコリと笑った。
「姫様は男らしくなったジャスデビ様を少なからず意識していらっしゃるんですよ」
アグスティナの言葉に、二人の思考は止まった。
何を言われたのか…意味が直ぐには分からなかったのだ。
「そういう意味で好きなのかはまだ分かりませんが…というより姫様も分かっていないでしょうし。
でも、急に変わられたジャスデビ様に驚いて、動揺して…ドキドキしているのは確かです。私は良いチャンスだと思いますよ」
顔を見合わせたデビットとジャスデロは、次の瞬間目をキラキラと輝かせた。
「本当か?!」
「デロ達、脈アリ?!」
「お二人の頑張り次第だと思います」
「今度の事が終わったらまた誘ってみようぜ!」
「今度はどこ遊びに行こうか!」
「まあ、ジャスデロ様…誘う時は唯遊びに誘うのではなくて“デート”に誘わなくては駄目ですよ」
「ジャスデビ様、そろそろ御時間では」
そうユエに声を掛けられ、デビットとジャスデロは珍しく大人しく部屋を出て行き、ユエは扉が閉まると同時にアグスティナを睨み付けた。
「ユエ様、殺気を向けないで下さいな」
「どういうつもりだ」
「…と、申しますと?」
「何故あの二人にあんな事を言った」
「間違った事は言ってません」
「お前…」
『あっれ?二人は先に行ったの?』
白いドレスに着替えて衣装部屋から出て来たレイに遮られ、ユエは口から出掛かった言葉をのみ込んだ。
「ユエ様も頑張って下さいな」
小さくクスリと笑ったアグスティナは、そう残すとレイの元に駆け寄った。
「姫様、ジャスデビ様は方舟に移動されましたよ」
『そっか…ねぇ、ティナ』
「はい、姫様」
『私変だったよね…でも何だか二人の見た目が少し変わっちゃって…困る』
「まあ、姫様ったら…大丈夫です、ゆっくり考えれば良い事です。ジャスデビ様の“中身”が変わったわけではないんですから」
『そっか…そうだね』
「これから皆様で何をするのか存じませんが…そちらに集中されては?」
『そうだね!初めてなんだから頑張んないと』
そう言ってレイは“邪魔だから”と髪飾りを外しだした。
「何を…しに行くんだ」
『エクソシスト狩り』
「エクソシスト…狩り……?」
頭が真っ白になった。
「どういう事ですか、姫様」
『何か一気に殺っちゃうんだってぇ~“アレン・ウォーカー”以外は殺して良いんだってさ♪』
「確かにこの間、伯爵様がそう仰ってましたけど…」
エクソシストを…アイツ等を殺す?
そんな事をしたら…もし何かの拍子にレイの記憶が戻ったらレイは…ッ!
『まっずいな~…デビットとジャスデロの言った通りになっちゃうかも…』
「…ッ…何がだ」
『“方舟”である私には殺人衝動が無いんだよ。でもさ…』
レイの纏う空気が一気に変わった。
重々しくて暗い…
『殺したくて仕方無い』
殺人衝動を覚えた瞳はもう…
正面に立っている俺さえ映していない。
ユエは歯を噛み締めると、ギュッと拳を握り締めた。
『初めてだよ、こんなの…古い方舟の中ではティキが優先だったから諦めたけど……シャールが壊れて思ったの…』
月、どこに居る…来い。
直ぐに俺の所へ…!
そしてアイツ等に伝えるんだ…
『ノドを焼いて…苦しめて殺さなきゃ♪』
直ぐに逃げろって──…
「──…」
名前を呼ばれた気がして振り返ったが、そこには私の名前を知る者等一人も居なかった。
気の…所為だったんだろうか…
「どうした?」
『ん…何でも無いわ』
「…マリ達は先に室長室に行っとるのか?」
『えぇ、あの子達はラビ達よりも…十時間以上早く帰って来たから、仮眠も支度も終わってるわよ』
「良いな~、マリとチャオジー」
『二人には私の影でベッドを作ってあげるわ』
「マジ!?」
『えぇ、着くまでゆっくり休んでね』
自分のベッドで寝たいだろうが…仕事も詰まってるし、ラビとブックマンには移動中の馬車の中で我慢してもらうしかない。
だからせめてもの労いだ。
「アイリーン!頼まれてた物できたよ!」
声を掛けられて振り返ると、ジョニーが紙袋を抱えて立っていた。
『まあ、有難うジョニー』
教団に来た日に頼んでおいたものが漸く出来た様だ。
「誰が使うかは知らないけど…取り敢えず注文通りに仕上げてあるよ」
『助かるわ。御免なさいね、無理に頼んで』
「アイリーン、何さそれ?」
ラビの問いに小さく“ん~”と唸ったアイリーンは、紙袋を抱えてニッコリと笑った。
『ちょっとした子供服?』
=罰し方=
「おい、レイ!」
「レイ~、ジャスデビだよ~」
扉を開けると同時にデビットもジャスデロはそう口にしたが、室内に居たのはユエだった。
窓際に置かれた椅子に腰掛けたユエは、二人を一瞥すると、傍らのテーブルに置かれたチェス板に視線を戻した。
「……今は居ません」
「居ませんて何だよ、何でお前はここに居る」
「レイ、どこ行った~?」
「着せ替えてます」
「着せ替え?」
「着替えてるんじゃなくて?」
瞬間、奥の部屋から楽しそうに笑い合う女の声が微かに聞こえた。
「…おい、居ねぇんじゃなかったのか」
「レイの声じゃね?」
「この部屋には居ません」
「いや、居るだろ」
「ヒヒ、明らかに居るな」
「アレは俺の部屋なので」
相変わらず…昔から変わらずムカツク野朗だ。
レイに止められていなかったら疾うに壊してるのに…
少し脅してやろうかと銃に手を掛けると、丁度奥の部屋からアグスティナが姿を現した。
「ユエ様、お待たせしました。姫様ったら面白くて……まあ、気付きませんで申し訳ありません。いらっしゃいませ、ジャスデビ様」
スカートの裾を持って綺麗に一礼したこのアグスティナには好感がもてる。
しかしまぁ…目が見えないとは思えない程普通に動くという面では、少し警戒しておくべきだろう。
「姫様は今、奥の部屋でお着替えをさせてます」
「着替えをさせる…さっきからなんなんだ」
「だ~れか居るの?」
「シャール」
シャールって…
「アイツはもう壊れたんだろ?」
「ボディだけで魂が無い」
もうアイツが答える事は無いのに…
「姫様はシャール様を大変大事に思っていた様で…少し待って差し上げて下さいな」
“もう終わりますよ”と言ってアグスティナは窓際のテーブルに歩み寄ると、チェスの駒を一つ動かした。
どうやらアグスティナが優勢らしい。ユエの眉間に皺が寄った…ざまぁみろ。
「この間もティキ様とお出掛けになったんですけど…買って頂いたお洋服の殆どがシャール様の物でしたよ」
レイは昔からシャールの服ばっかり千年公に強請ってたからな…
「ヒヒ…ティキも“権利”を得たんだ」
確かにな…
「もう皆様、権利を所有してますよ」
「なんだと?」
「姫様はもうある意味で自由ですから…誰とでも会えますし、出掛けられます。
特にワイズリー様は、姫様さえ知らない“過去の姫様”をご存知ですから話も良く合い、数時間ですっかり仲良しですよ」
最っ悪だ。
レイの願いを叶える事しか考えてなかったが、俺等にこんなデメリットがあるとは…考えて無かった。
「まっずいね…」
「あぁ、特にティキはここを出たレイを…姫だと知らずに知り合ってたみたいだし、厄介だな」
「お前何か知らないの?」
「……俺は…屋敷の外でティキ様に会った事はありません」
ジャスデロの問いに、ユエがそう淡々と答えた瞬間、奥の部屋からレイが楽しそうに出て来た。
『いや~もう、シャールってばすっごい可愛い!!あれ…来てたんだ、二人共』
“いらっしゃい♪”と嬉しそうに笑ったレイは、ポンポンとベッドを叩いて座る様に足した。
『ユエ、ティナ、紅茶お願い』
「はい、姫様」
デビットとジャスデロはいつもの様にベッドの上で胡坐をかき、レイはベッドに飛び乗る様にして向かいに座った。
『えっと…今日はどうしたの?』
何気ない言葉に、何だかイラッとした。
「用が無いと来るなってか?もう誰にでも会えるもんな」
『え?ぁ…いや、そんな事無いよ!』
「デロ達、レイに会いたいから来たんだよ?レイと一緒に居たいんだ」
ジャスデロがそう言うと、レイは頬を赤く染めて固まると、次の瞬間、嬉しそうにふにゃっと笑った。
『ありがとう…』
今度は二人が固まる番だった。
デビットとジャスデロは、レイに背を向けると、肩を組んでコソコソと話し出した。
「何あれ!何あの可愛い生き物!!」
「知らねぇよ!この間出掛けた時も少し変だったけど」
「今日もだね!」
「初めての外出だからかと思ったが…」
「違うっぽいね!可愛いのは元からだけど」
「あんな直ぐに赤くなんなかったよな?!」
「デロ達、ティッキーとか目じゃなくね?」
「あんなホームレスほっとけ!」
「まあ、頼もしいですね」
「「うおわぁぁぁぁ!!!」」
いきなり目の前にニッコリと笑ったアグスティナが現れ、驚いたデビットとジャスデロは叫び声を上げながら後ろに引っ繰り返った。
「あらあら…」
『どうしたの、二人共?』
「ジャスデビ様は内緒話に夢中で私に気付かなかったようですわ、姫様」
クスクスと笑ったアグスティナは、レイの後ろに回り込むと、ユエの持ったトレーの上でカップに紅茶を注ぎ、トレーごとレイと双子の間に置いた。
「…お前よく注げるな…本当に見えないのか?」
「えぇ、残念ながら」
『物の位置とか大きさとか、生き物の気配とかに神経削るんだって』
「凄ッ」
『だよね~私、やってみたんだけどさ、柱に顔ぶつけちゃったよ』
照れ臭そうに笑うレイは、紅茶を一口口にすると“あ…”と声をもらした。
『そういやそろそろだよね~デビットとジャスデロはどこ担当だっけ?』
「トライドと一緒だな…情報が正しけりゃロシア行きだ」
『ロシアかぁ~』
「変な所に方舟繋ぐなよ」
「出た瞬間落下とか嫌だよ~」
『…どうしようかな』
「迷うなよ」
「ヒヒ、レイは千年公と一緒?」
『うん、そうだよ~♪でも私は途中から合流なんだぁ…私は最初から暴れちゃうからダメだって』
「「あぁ…」」
『も~二人して納得しないでよ!何だか私が暴れん坊みたいじゃない』
「お前、キレると手がつけられないからなぁ」
「デロ、レイとは喧嘩したくない」
“もう!”と膨れたレイがベッドの上に立ち上がった瞬間バランスを崩し、俺とジャスデロは咄嗟にレイを抱き止めた。
「お前、何やってんだよ」
「危ないよ、レイ~」
相変わらず危なっかしい奴だ。
そう思った瞬間“パシッ”と手を叩かれて、俺とジャスデロは思わず固まった。
『そろそろ時間でしょ?私、方舟の中で待機なの、着替えてくるね!!』
そう捲くし立てたレイは赤い顔を隠して衣裳部屋に走って行き“バンッ”と扉を閉めてしまった。
意味が…意味が分からない。
「何なんだ、今日の…つかこの頃のアイツは!」
「デロ達嫌われちゃったのかな…」
「はぁぁ?!何でそうなんだよ!」
「だって全力で拒否られた~」
ジャスデロはグスッと涙目になる中、我慢出来なくなったのか、アグスティナが噴き出した。
「あ゙ぁ?何だお前、喧嘩売ってんのか!」
「デロ達、機嫌悪いから手加減しないよ!」
「クク…す、済みません、ジャスデビ様…フフッ。でもあの姫様の反応は良い事だと思いますよ」
「はぁ?どういう事だよ」
「ジャスデビ様、何と言いますかその…イメチェンしたじゃないですか」
「バージョンアップしたんだよ、ヒヒ!レイを護んなきゃだし」
アグスティナは笑いを止める様に咳払いをすると、ニッコリと笑った。
「姫様は男らしくなったジャスデビ様を少なからず意識していらっしゃるんですよ」
アグスティナの言葉に、二人の思考は止まった。
何を言われたのか…意味が直ぐには分からなかったのだ。
「そういう意味で好きなのかはまだ分かりませんが…というより姫様も分かっていないでしょうし。
でも、急に変わられたジャスデビ様に驚いて、動揺して…ドキドキしているのは確かです。私は良いチャンスだと思いますよ」
顔を見合わせたデビットとジャスデロは、次の瞬間目をキラキラと輝かせた。
「本当か?!」
「デロ達、脈アリ?!」
「お二人の頑張り次第だと思います」
「今度の事が終わったらまた誘ってみようぜ!」
「今度はどこ遊びに行こうか!」
「まあ、ジャスデロ様…誘う時は唯遊びに誘うのではなくて“デート”に誘わなくては駄目ですよ」
「ジャスデビ様、そろそろ御時間では」
そうユエに声を掛けられ、デビットとジャスデロは珍しく大人しく部屋を出て行き、ユエは扉が閉まると同時にアグスティナを睨み付けた。
「ユエ様、殺気を向けないで下さいな」
「どういうつもりだ」
「…と、申しますと?」
「何故あの二人にあんな事を言った」
「間違った事は言ってません」
「お前…」
『あっれ?二人は先に行ったの?』
白いドレスに着替えて衣装部屋から出て来たレイに遮られ、ユエは口から出掛かった言葉をのみ込んだ。
「ユエ様も頑張って下さいな」
小さくクスリと笑ったアグスティナは、そう残すとレイの元に駆け寄った。
「姫様、ジャスデビ様は方舟に移動されましたよ」
『そっか…ねぇ、ティナ』
「はい、姫様」
『私変だったよね…でも何だか二人の見た目が少し変わっちゃって…困る』
「まあ、姫様ったら…大丈夫です、ゆっくり考えれば良い事です。ジャスデビ様の“中身”が変わったわけではないんですから」
『そっか…そうだね』
「これから皆様で何をするのか存じませんが…そちらに集中されては?」
『そうだね!初めてなんだから頑張んないと』
そう言ってレイは“邪魔だから”と髪飾りを外しだした。
「何を…しに行くんだ」
『エクソシスト狩り』
「エクソシスト…狩り……?」
頭が真っ白になった。
「どういう事ですか、姫様」
『何か一気に殺っちゃうんだってぇ~“アレン・ウォーカー”以外は殺して良いんだってさ♪』
「確かにこの間、伯爵様がそう仰ってましたけど…」
エクソシストを…アイツ等を殺す?
そんな事をしたら…もし何かの拍子にレイの記憶が戻ったらレイは…ッ!
『まっずいな~…デビットとジャスデロの言った通りになっちゃうかも…』
「…ッ…何がだ」
『“方舟”である私には殺人衝動が無いんだよ。でもさ…』
レイの纏う空気が一気に変わった。
重々しくて暗い…
『殺したくて仕方無い』
殺人衝動を覚えた瞳はもう…
正面に立っている俺さえ映していない。
ユエは歯を噛み締めると、ギュッと拳を握り締めた。
『初めてだよ、こんなの…古い方舟の中ではティキが優先だったから諦めたけど……シャールが壊れて思ったの…』
月、どこに居る…来い。
直ぐに俺の所へ…!
そしてアイツ等に伝えるんだ…
『ノドを焼いて…苦しめて殺さなきゃ♪』
直ぐに逃げろって──…