第4章 最後の元帥
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『困ったな…』
アイリーンは壁に寄り掛かかると深い溜め息を吐いた。
ブレーカーを上げる為に配電室に来たわけだが…現在大変困っている。
機械が煙をふいている。
外は大雨だ。
雷でも落ちたんだろうが…ブレーカーが落ちただけじゃなくて破損したとなると私には戻せない。
ペンチとレンチの差も分からないのだ。
機械の修理何て出来無いし、術を使おうにも構造が分からないと錬金術も使えない…
『だから“何でもじゃない”と言ったんだ…』
=本部壊滅事件・後編=
アイリーンは配電室を出ると元来た道を歩き出した。
戻ってリーバーを連れて来るしかない。
『…全部終わったら機械の勉強でもしようかしら』
取り敢えずランプを配り歩く?
いやでもこんなに広い所でランプじゃ明かりが行き届かず薄暗いし…時間掛かるし……やっぱりリーバー連れて来た方が早いかな。
「ガ…ァア、ァァァ」
二・三階上がった所でそう唸る様な声が聞こえて振り返ると、暗闇に男が立っていた。
『キエじゃないか』
気配が殆ど無かったけど…
「アイリー…ン、さん…」
『どうしたの…キエ、具合でも悪いの?』
アイリーンは俯いたままのキエに歩み寄るとそっと頬に触れた。
瞬間、俯いていたキエがアイリーンに抱き付き、その首筋に噛み付いた。
『ッ…!!!』
キエの肩に手を置いてグッと力を入れると、キエはそっと口を離して傷口をベロリと舐めた。
『キエ…ッ』
アイリーンはキエを突き飛ばす様に放すと、後ろに飛び退いて距離をとった。
『ッ…何をするの…』
首筋に噛み付くだなんて下手したら死…でも殺気は感じられなかったし…………私ったら噛み付かれる程酷い仕打ちをキエに…したかしら?
『私、何か気に障る事したかしら』
「ガアァアァァァァ」
『あらまぁ…』
明らかに様子が可笑しい。
アイリーンは垂れたウサ耳をいじりながら“ふむ”と声をもらした。
『また科学班の所為かしら』
何かこう…狂犬病とかの患者に似た様な感じにも見えるけど、違う感じもする。
病気だったら何とか治せるんだけどな・・
「ガルルル…」
「ア゛──ヴゥ…」
ふと別の唸り声が聞えて振り向くと、探索部隊の男が二人、キエと同じ様な状態で立っていた。
『科学班の所為に決定ね』
“色んな意味で”と口にしたアイリーンは、そっと首の傷口に触れると、自分の影に沈み出した。
『御免なさいね…相手してる暇は無いわ』
キエ達が飛び付くよりも早く、アイリーンの身体はトプンッと影に沈んで行った。
科学班の所為なら、私が下手に手を出すよりもワクチンを出してもらった方が良い。
影の中を進んで科学班室を目指す過程で、キエ達と同じ様な状態になった団員達を何人も見付けて、何だか昔やったテレビゲームを思い出した。
科学班室に着くと丁度、被験者となってしまった団員達が押し寄せた所だった。
アレン達がイノセンスを使って何とか逃れようとしているが、攻撃をするにもいかなくて困っている様だった。
これはアレだ…逃げるに限る。
アイリーンは影から飛び出すと、ラビ抱き上げて自分の背に乗せ、ユウを抱き上げた。
「アイリーン!」
「お前、何すん」
『はいはい、逃げるわよ~』
アレンやリーバー達は、二人を抱えて走り出したアイリーンに付いて駆け出した。
「おい、下ろせ!」
「アイリーン、俺達走れるさ!」
『貴方達今は小さいじゃない、スピードも体力もきっと落ちてるわよ』
“過信しないの”と言って走り続けていたアイリーンは、急に角を曲がると、一番近い部屋に飛び込んだ。
そして全員が入ったのを確認すると、そっと扉を閉めて追って来た一団が通り過ぎるのを待った。
『行ったみたいね』
アイリーンはそっと抱いていたユウと背に乗せていたラビを下ろした。
一緒に逃げて来たのはリーバー、ジョニー、ロブ、アレンにユウ、ラビ、ハワード、リナリーにブックマンか…
九人…私が科学班室を出る時はあんなに居たのに…
『暫く隠れてましょう』
逃げ続けるのも意味が無いし、ジョニーが走れなくてリーバーが背負ってるから疲れるのも速いだろう。
「アイツ等どうしちゃったんさ?!」
「まさかまた敵襲か?」
『ハワード、それは無いんじゃないかしら…敵襲だったらヌルいって言うか雑って言うか…』
そう話していると、ゼィゼィと息を切らしたリーバーがそっと手を上げた。
「ッ、これ…は……これはうちの巻き毛が関わってる、気が…」
巻き毛…コムイの作ったモノなのね…
『リーバー大丈夫?次は私がジョニーを連れて行くわ』
「アイリー…ン…よくヒールで走れるな…つか息も切れてねぇし」
『慣れよ、慣れ』
「おい、アイリーン。電気はどうしたんだ?」
『あぁ、それなんだけどね…どうも雷が落ちて故障しちゃったみたいで、機械が煙ふいてたのよ…で、リーバーを呼びに戻ったの。私、機械はさっぱりだから』
「もう電気どころの騒ぎじゃないさ~」
“ホントね”と言ってアイリーンは部屋の窓からそっと下のフロアの様子を覗いた。
“彼等”の人数は増える一方だ。
何だかちょっと…
『昔やったゲームが懐かしいわ~』
ちょっと楽しくなってきた。
「ゲーム?」
『えぇ、子供の頃にね。ゾンビを倒していくゲームよ…それにしても多いわね』
「うじゃうじゃいやがる」
「噛まれると傷口から感染してああなっちゃうから気を付けて」
「感染だぁ?」
呆れた様にそう言って床に座ったユウの隣にアレンが腰を降ろし、アイリーンも真似をする様に床に腰を降ろした。
「何でそんな事分かるんです」
「ボクが作ったウイルスだから」
その声は皆が部屋に居ると思っていた十人…以外の声だった。
ニコニコと笑いながら床に座っているアイリーンの向こう側…部屋の隅で小さくなっているコムイと、コムイに似たロボットを見て、一番最初に声を上げたのはリーバーだった。
「確保ォォォ!!!!」
『あらあら』
リナリー、ハワード、アイリーン以外の全員が飛び掛った。
しかしコムイに似たロボットが意外にも強く、数分後にはコムイの命令で飛び掛った全員が皆纏めて鎖でグルグル巻きにされていた。
『凄いわね、アレは何ていうの?』
「ニャウニャニャン、ニャー」
『へ~、コムリン』
「リナリーの猫語分かったんか?!すげぇさ、アイリーン!」
「そんな事より感染ってどういう事ですか、室長!」
「そうですよ!」
「知らないよ~アレをボクから取り上げて隠したのはリーバー班長達じゃない」
「え?」
「え~と…」
「…スミマセン、取り上げたモノが多過ぎて何の事やら」
『アレは何なの?』
アイリーンの質問に、コムイは指の腹で眼鏡を押し上げながら答えた。
「“コムビタンD”だよ」
「あぁ、コムビタンD!!」
『コムビタン…』
「投与するとどんな疲れも吹っ飛んで仕事が出来る…という話だったのに実際は強力すぎて理性まで吹っ飛んじゃう、まったく有難く無い残業用ゾンビウイルスだ」
最悪なウイルスだな。
でもまぁ、少し楽しかった。
『抗体はどこにしまったの?そろそろ皆を戻して片付けを再開しましょ』
「……アイリーン、楽しんでたんか?」
『ふふ、少しだけね。抗体があるんだから良いじゃない、直ぐ私が全員に打ってくるわ』
「噛まれずに出来るんか?」
『大丈夫、問題無いわ』
「アイリーン元帥…仕事を第一にして下さい。リーバー班長、アイリーン元帥に抗体の場所を」
「抗体なんか無いよ」
……は?
『コムイ、貴方…ウイルスを作ったのに抗体を作らなかったの?』
ウイルスを作って抗体を作らないだなんて…無謀にも程がある。
これではあの大勢の感染者の中から感染源を見付け出して抗体を作るしか…
「諸君!!早急に感染源を見つけ出して引越しを再開するんだ!!」
『…不味いわね』
そうポツリともらしたアイリーンを全員が一斉に見た。
先程まで“大丈夫だ”と笑って言っていたアイリーンがいきなり“不味い”と言い出したのだから…
一方、皆に見られたアイリーンは困った様に指で頬を掻いた。
『私、さっき配電室から戻る時に首噛まれちゃった』
瞬間、アイリーンを当てにしていたコムイが固まる中、リナリーが慌ててアイリーンに駆け寄ると、アイリーンの洋服の胸元を引っ張って首筋を露にした。ハワードもそっと覗き込む。
「ニャー…」
『大丈夫よ、リナリー』
「あんまり血は出ていませんね」
『えぇ、キエが優しく噛んでくれたから助かったわ』
急所である首に傷を負うだなんて…
浅かったから良かったものの、深かったら私でも命が危ない……今度からは噛み付かれる事も考慮して動こう。
「…アイリーン、サラリと問題発言さ」
『え?』
「犠牲者増えたな…」
「あぁ…もう、リーバー班長は目を付けられてるもんね」
「いいですか、アイリーン…後で師匠に誰に噛まれたか聞かれても“忘れた”って言って下さいね」
『えぇ?分かった、そう言うわ』
「それよりお前、大丈夫なのか?」
そう、今大事なのはその話だ。
よく分からないクロスの話は後にしないと…
「あの、実は僕も…」
「あぁ、アレンも婦長に噛まれてたよね」
「どういう事さ?二人共今んとこ正気じゃん」
「僕、噛まれたの左腕だったんで…その所為とか?」
「アイリーンに当てはまらないじゃんよ~、アイリーンは寄生型じゃなくて定着型だぜ」
定着型であるアイリーンのイノセンスはアイリーンの影に適合している。
定着型は装備型同様、今の所寄生型の様に身体に影響を及ぼすわけでは無いと考えられている。
『私はアレンの言う通り、アレンは寄生型だから感染が遅れてるんだと思うわよ』
「だからそれじゃあアイリーンの説明が付かないさ!」
『私の説明なら私が出来るわ』
「へ?」
『それ多分、毒の所為だわ』
全員、一瞬固まった。
アイリーンが言っている意味がまったく分からなかったのだ。
「毒?どういう事ですか、アイリーン元帥」
『さっき本職は陰陽師だって言ったでしょ?私の血には契約で生じる能力の…えっと……まあ、簡単に言うと“山神の大蛇を封じる為に大蛇の毒を血に混ぜた”のよ』
「え…それって不味くないんさ?」
『毒って言っても契約に使う毒であって、私の身体には良い毒だから』
「それ毒って言わないさ」
『……確かに…それもそうね』
身体に悪い影響が一切無いのだから確かに“毒”では変な気もするな。
「それで?その毒がウイルスを打ち消してくれたとでも?」
『いや、それだったら“不味い”何て言わないわ。毒がウイルスを拒絶してるだけ…感染が遅れてるだけだから私もその内皆みたいになるわ』
「………それは…不味いな」
「やべぇ…俺、死ぬかも」
「ラビ、死ぬ時は皆一緒ですよ…」
「アイリーン…ボク、死ぬ時はリナリーと一緒が…」
「何でいきなりそうなるんっすか!おい、アレン達も…つか何で神田まで弱気なんだ!!」
「……何とか、する…が…」
『ふふ、ユウってばカッコイイ~♪』
「無理するな、ユウ…リーバーはキレたアイリーンを見てないからそんな事言えるんさ」
「コムビタンDは理性が無くなる挙句人を襲うんですよね?」
「あぁ、だから他の元帥を探して協力を…」
「レベル4で遊んじゃう人ですよ?」
顔色を青く染めながら“無理っしょ”と声を揃えた三人を前に、今度はレベル4と戦っているアイリーンを見た事の無い科学班の三人の顔色が見る見る悪くなっていった。
「そ…そんなに凄いのか…」
『皆、失礼ね…でも何も言い返せないけど』
確かにレベル4の件はやり過ぎたと思う。
それに…理性が無くなってしまうとなると……殺しはしないと思うが、かなりの被害が出そうだ。
しかも現在本部に居る三人の元帥が現段階で無事かどうかも分からないのだ。
『封印しちゃいましょ』
「は?」
“始めるわよ”と言ってアレン達を縛る鎖を解き出したアイリーンは、ハワードに室内で紙を探させた。
そしてロブを立たせる。
『今から私をこの部屋に縛ります。中から出れない様にするから抗体が出来たら迎えに来てね』
「アイリーン、一緒に感染源を探した方が」
『私もう限界なのよ、アレン』
元々噛み付かれてから身体が熱かったが、さっきから頭がクラクラするのはきっと…もう直ぐウイルスが身体を支配するサインだろう。
『ロブ、私が今から貴方をアジア支部に送るわ。バクに状況を説明して助けて貰って』
「アイリーン、それが出来るならいったん全員アジア支部に避難した方が…」
『それがね~…私、自分を縛るだけで限界なのよ……御免なさい…私、抗体があるだなんて思い込んでたから』
つい、こう…“少しだけ”と遊んでしまった。……もう遊ぶのは止めよう。
『ハワード、ペン貸して……エクソシストの皆はリーバー達を護りながら感染源を探してね。大丈夫、怖い思いをするかも知れないけど、死にはしないわよ、きっと』
床に這い蹲る様に屈んだアイリーンは、指の腹を噛むと、ハワードが探し出した紙に自分の血で文字を書きながら、そう話した。
そして起き上がるとロブの手をそっと取った。
『ロブ、目を瞑って五つ数えて…目を開けたらアジア支部の入り口だから』
徐々にアイリーンの影に沈んで行ったロブを見送ったアイリーンは、ペンで床に魔方陣の様なモノを書くと、その中央に立ち、ラビとユウに鎖で自分をグルグル巻きにさせた。
そしてハワードに長い呪文の様なモノを教える。
『部屋の外からその紙を四枚貼って。この部屋の壁の外側に付く様にね…それで教えた呪文を唱えれば封印完了よ』
「……何故、私に」
『貴方が適役だからよ』
不振そうな顔をしたハワードに、アイリーンはニッコリと笑った。
『一番上の紙を私の胸に貼って』
「…………胸ですか?」
『あぁ、御免なさい…鎖骨の所で大丈夫よ』
「……失礼します」
アイリーンに紙を張ると、全員が部屋を出た。
扉が閉まる瞬間アイリーンは思い出した様に“ねぇ”と声をもらした。
『もし霊に会ったら話し掛けてみなさい…あの子達には意思がある。人の霊であれば話も通じるから』
ゆっくりと閉まる扉の音を聞きながら、アイリーンは目を閉じた。
皆が抗体を持って迎えに来た後…
正気に戻ったアイリーンを見て怯えるバクに、アイリーンがショックを受けるのは…
少し先の話だ──…
『困ったな…』
アイリーンは壁に寄り掛かかると深い溜め息を吐いた。
ブレーカーを上げる為に配電室に来たわけだが…現在大変困っている。
機械が煙をふいている。
外は大雨だ。
雷でも落ちたんだろうが…ブレーカーが落ちただけじゃなくて破損したとなると私には戻せない。
ペンチとレンチの差も分からないのだ。
機械の修理何て出来無いし、術を使おうにも構造が分からないと錬金術も使えない…
『だから“何でもじゃない”と言ったんだ…』
=本部壊滅事件・後編=
アイリーンは配電室を出ると元来た道を歩き出した。
戻ってリーバーを連れて来るしかない。
『…全部終わったら機械の勉強でもしようかしら』
取り敢えずランプを配り歩く?
いやでもこんなに広い所でランプじゃ明かりが行き届かず薄暗いし…時間掛かるし……やっぱりリーバー連れて来た方が早いかな。
「ガ…ァア、ァァァ」
二・三階上がった所でそう唸る様な声が聞こえて振り返ると、暗闇に男が立っていた。
『キエじゃないか』
気配が殆ど無かったけど…
「アイリー…ン、さん…」
『どうしたの…キエ、具合でも悪いの?』
アイリーンは俯いたままのキエに歩み寄るとそっと頬に触れた。
瞬間、俯いていたキエがアイリーンに抱き付き、その首筋に噛み付いた。
『ッ…!!!』
キエの肩に手を置いてグッと力を入れると、キエはそっと口を離して傷口をベロリと舐めた。
『キエ…ッ』
アイリーンはキエを突き飛ばす様に放すと、後ろに飛び退いて距離をとった。
『ッ…何をするの…』
首筋に噛み付くだなんて下手したら死…でも殺気は感じられなかったし…………私ったら噛み付かれる程酷い仕打ちをキエに…したかしら?
『私、何か気に障る事したかしら』
「ガアァアァァァァ」
『あらまぁ…』
明らかに様子が可笑しい。
アイリーンは垂れたウサ耳をいじりながら“ふむ”と声をもらした。
『また科学班の所為かしら』
何かこう…狂犬病とかの患者に似た様な感じにも見えるけど、違う感じもする。
病気だったら何とか治せるんだけどな・・
「ガルルル…」
「ア゛──ヴゥ…」
ふと別の唸り声が聞えて振り向くと、探索部隊の男が二人、キエと同じ様な状態で立っていた。
『科学班の所為に決定ね』
“色んな意味で”と口にしたアイリーンは、そっと首の傷口に触れると、自分の影に沈み出した。
『御免なさいね…相手してる暇は無いわ』
キエ達が飛び付くよりも早く、アイリーンの身体はトプンッと影に沈んで行った。
科学班の所為なら、私が下手に手を出すよりもワクチンを出してもらった方が良い。
影の中を進んで科学班室を目指す過程で、キエ達と同じ様な状態になった団員達を何人も見付けて、何だか昔やったテレビゲームを思い出した。
科学班室に着くと丁度、被験者となってしまった団員達が押し寄せた所だった。
アレン達がイノセンスを使って何とか逃れようとしているが、攻撃をするにもいかなくて困っている様だった。
これはアレだ…逃げるに限る。
アイリーンは影から飛び出すと、ラビ抱き上げて自分の背に乗せ、ユウを抱き上げた。
「アイリーン!」
「お前、何すん」
『はいはい、逃げるわよ~』
アレンやリーバー達は、二人を抱えて走り出したアイリーンに付いて駆け出した。
「おい、下ろせ!」
「アイリーン、俺達走れるさ!」
『貴方達今は小さいじゃない、スピードも体力もきっと落ちてるわよ』
“過信しないの”と言って走り続けていたアイリーンは、急に角を曲がると、一番近い部屋に飛び込んだ。
そして全員が入ったのを確認すると、そっと扉を閉めて追って来た一団が通り過ぎるのを待った。
『行ったみたいね』
アイリーンはそっと抱いていたユウと背に乗せていたラビを下ろした。
一緒に逃げて来たのはリーバー、ジョニー、ロブ、アレンにユウ、ラビ、ハワード、リナリーにブックマンか…
九人…私が科学班室を出る時はあんなに居たのに…
『暫く隠れてましょう』
逃げ続けるのも意味が無いし、ジョニーが走れなくてリーバーが背負ってるから疲れるのも速いだろう。
「アイツ等どうしちゃったんさ?!」
「まさかまた敵襲か?」
『ハワード、それは無いんじゃないかしら…敵襲だったらヌルいって言うか雑って言うか…』
そう話していると、ゼィゼィと息を切らしたリーバーがそっと手を上げた。
「ッ、これ…は……これはうちの巻き毛が関わってる、気が…」
巻き毛…コムイの作ったモノなのね…
『リーバー大丈夫?次は私がジョニーを連れて行くわ』
「アイリー…ン…よくヒールで走れるな…つか息も切れてねぇし」
『慣れよ、慣れ』
「おい、アイリーン。電気はどうしたんだ?」
『あぁ、それなんだけどね…どうも雷が落ちて故障しちゃったみたいで、機械が煙ふいてたのよ…で、リーバーを呼びに戻ったの。私、機械はさっぱりだから』
「もう電気どころの騒ぎじゃないさ~」
“ホントね”と言ってアイリーンは部屋の窓からそっと下のフロアの様子を覗いた。
“彼等”の人数は増える一方だ。
何だかちょっと…
『昔やったゲームが懐かしいわ~』
ちょっと楽しくなってきた。
「ゲーム?」
『えぇ、子供の頃にね。ゾンビを倒していくゲームよ…それにしても多いわね』
「うじゃうじゃいやがる」
「噛まれると傷口から感染してああなっちゃうから気を付けて」
「感染だぁ?」
呆れた様にそう言って床に座ったユウの隣にアレンが腰を降ろし、アイリーンも真似をする様に床に腰を降ろした。
「何でそんな事分かるんです」
「ボクが作ったウイルスだから」
その声は皆が部屋に居ると思っていた十人…以外の声だった。
ニコニコと笑いながら床に座っているアイリーンの向こう側…部屋の隅で小さくなっているコムイと、コムイに似たロボットを見て、一番最初に声を上げたのはリーバーだった。
「確保ォォォ!!!!」
『あらあら』
リナリー、ハワード、アイリーン以外の全員が飛び掛った。
しかしコムイに似たロボットが意外にも強く、数分後にはコムイの命令で飛び掛った全員が皆纏めて鎖でグルグル巻きにされていた。
『凄いわね、アレは何ていうの?』
「ニャウニャニャン、ニャー」
『へ~、コムリン』
「リナリーの猫語分かったんか?!すげぇさ、アイリーン!」
「そんな事より感染ってどういう事ですか、室長!」
「そうですよ!」
「知らないよ~アレをボクから取り上げて隠したのはリーバー班長達じゃない」
「え?」
「え~と…」
「…スミマセン、取り上げたモノが多過ぎて何の事やら」
『アレは何なの?』
アイリーンの質問に、コムイは指の腹で眼鏡を押し上げながら答えた。
「“コムビタンD”だよ」
「あぁ、コムビタンD!!」
『コムビタン…』
「投与するとどんな疲れも吹っ飛んで仕事が出来る…という話だったのに実際は強力すぎて理性まで吹っ飛んじゃう、まったく有難く無い残業用ゾンビウイルスだ」
最悪なウイルスだな。
でもまぁ、少し楽しかった。
『抗体はどこにしまったの?そろそろ皆を戻して片付けを再開しましょ』
「……アイリーン、楽しんでたんか?」
『ふふ、少しだけね。抗体があるんだから良いじゃない、直ぐ私が全員に打ってくるわ』
「噛まれずに出来るんか?」
『大丈夫、問題無いわ』
「アイリーン元帥…仕事を第一にして下さい。リーバー班長、アイリーン元帥に抗体の場所を」
「抗体なんか無いよ」
……は?
『コムイ、貴方…ウイルスを作ったのに抗体を作らなかったの?』
ウイルスを作って抗体を作らないだなんて…無謀にも程がある。
これではあの大勢の感染者の中から感染源を見付け出して抗体を作るしか…
「諸君!!早急に感染源を見つけ出して引越しを再開するんだ!!」
『…不味いわね』
そうポツリともらしたアイリーンを全員が一斉に見た。
先程まで“大丈夫だ”と笑って言っていたアイリーンがいきなり“不味い”と言い出したのだから…
一方、皆に見られたアイリーンは困った様に指で頬を掻いた。
『私、さっき配電室から戻る時に首噛まれちゃった』
瞬間、アイリーンを当てにしていたコムイが固まる中、リナリーが慌ててアイリーンに駆け寄ると、アイリーンの洋服の胸元を引っ張って首筋を露にした。ハワードもそっと覗き込む。
「ニャー…」
『大丈夫よ、リナリー』
「あんまり血は出ていませんね」
『えぇ、キエが優しく噛んでくれたから助かったわ』
急所である首に傷を負うだなんて…
浅かったから良かったものの、深かったら私でも命が危ない……今度からは噛み付かれる事も考慮して動こう。
「…アイリーン、サラリと問題発言さ」
『え?』
「犠牲者増えたな…」
「あぁ…もう、リーバー班長は目を付けられてるもんね」
「いいですか、アイリーン…後で師匠に誰に噛まれたか聞かれても“忘れた”って言って下さいね」
『えぇ?分かった、そう言うわ』
「それよりお前、大丈夫なのか?」
そう、今大事なのはその話だ。
よく分からないクロスの話は後にしないと…
「あの、実は僕も…」
「あぁ、アレンも婦長に噛まれてたよね」
「どういう事さ?二人共今んとこ正気じゃん」
「僕、噛まれたの左腕だったんで…その所為とか?」
「アイリーンに当てはまらないじゃんよ~、アイリーンは寄生型じゃなくて定着型だぜ」
定着型であるアイリーンのイノセンスはアイリーンの影に適合している。
定着型は装備型同様、今の所寄生型の様に身体に影響を及ぼすわけでは無いと考えられている。
『私はアレンの言う通り、アレンは寄生型だから感染が遅れてるんだと思うわよ』
「だからそれじゃあアイリーンの説明が付かないさ!」
『私の説明なら私が出来るわ』
「へ?」
『それ多分、毒の所為だわ』
全員、一瞬固まった。
アイリーンが言っている意味がまったく分からなかったのだ。
「毒?どういう事ですか、アイリーン元帥」
『さっき本職は陰陽師だって言ったでしょ?私の血には契約で生じる能力の…えっと……まあ、簡単に言うと“山神の大蛇を封じる為に大蛇の毒を血に混ぜた”のよ』
「え…それって不味くないんさ?」
『毒って言っても契約に使う毒であって、私の身体には良い毒だから』
「それ毒って言わないさ」
『……確かに…それもそうね』
身体に悪い影響が一切無いのだから確かに“毒”では変な気もするな。
「それで?その毒がウイルスを打ち消してくれたとでも?」
『いや、それだったら“不味い”何て言わないわ。毒がウイルスを拒絶してるだけ…感染が遅れてるだけだから私もその内皆みたいになるわ』
「………それは…不味いな」
「やべぇ…俺、死ぬかも」
「ラビ、死ぬ時は皆一緒ですよ…」
「アイリーン…ボク、死ぬ時はリナリーと一緒が…」
「何でいきなりそうなるんっすか!おい、アレン達も…つか何で神田まで弱気なんだ!!」
「……何とか、する…が…」
『ふふ、ユウってばカッコイイ~♪』
「無理するな、ユウ…リーバーはキレたアイリーンを見てないからそんな事言えるんさ」
「コムビタンDは理性が無くなる挙句人を襲うんですよね?」
「あぁ、だから他の元帥を探して協力を…」
「レベル4で遊んじゃう人ですよ?」
顔色を青く染めながら“無理っしょ”と声を揃えた三人を前に、今度はレベル4と戦っているアイリーンを見た事の無い科学班の三人の顔色が見る見る悪くなっていった。
「そ…そんなに凄いのか…」
『皆、失礼ね…でも何も言い返せないけど』
確かにレベル4の件はやり過ぎたと思う。
それに…理性が無くなってしまうとなると……殺しはしないと思うが、かなりの被害が出そうだ。
しかも現在本部に居る三人の元帥が現段階で無事かどうかも分からないのだ。
『封印しちゃいましょ』
「は?」
“始めるわよ”と言ってアレン達を縛る鎖を解き出したアイリーンは、ハワードに室内で紙を探させた。
そしてロブを立たせる。
『今から私をこの部屋に縛ります。中から出れない様にするから抗体が出来たら迎えに来てね』
「アイリーン、一緒に感染源を探した方が」
『私もう限界なのよ、アレン』
元々噛み付かれてから身体が熱かったが、さっきから頭がクラクラするのはきっと…もう直ぐウイルスが身体を支配するサインだろう。
『ロブ、私が今から貴方をアジア支部に送るわ。バクに状況を説明して助けて貰って』
「アイリーン、それが出来るならいったん全員アジア支部に避難した方が…」
『それがね~…私、自分を縛るだけで限界なのよ……御免なさい…私、抗体があるだなんて思い込んでたから』
つい、こう…“少しだけ”と遊んでしまった。……もう遊ぶのは止めよう。
『ハワード、ペン貸して……エクソシストの皆はリーバー達を護りながら感染源を探してね。大丈夫、怖い思いをするかも知れないけど、死にはしないわよ、きっと』
床に這い蹲る様に屈んだアイリーンは、指の腹を噛むと、ハワードが探し出した紙に自分の血で文字を書きながら、そう話した。
そして起き上がるとロブの手をそっと取った。
『ロブ、目を瞑って五つ数えて…目を開けたらアジア支部の入り口だから』
徐々にアイリーンの影に沈んで行ったロブを見送ったアイリーンは、ペンで床に魔方陣の様なモノを書くと、その中央に立ち、ラビとユウに鎖で自分をグルグル巻きにさせた。
そしてハワードに長い呪文の様なモノを教える。
『部屋の外からその紙を四枚貼って。この部屋の壁の外側に付く様にね…それで教えた呪文を唱えれば封印完了よ』
「……何故、私に」
『貴方が適役だからよ』
不振そうな顔をしたハワードに、アイリーンはニッコリと笑った。
『一番上の紙を私の胸に貼って』
「…………胸ですか?」
『あぁ、御免なさい…鎖骨の所で大丈夫よ』
「……失礼します」
アイリーンに紙を張ると、全員が部屋を出た。
扉が閉まる瞬間アイリーンは思い出した様に“ねぇ”と声をもらした。
『もし霊に会ったら話し掛けてみなさい…あの子達には意思がある。人の霊であれば話も通じるから』
ゆっくりと閉まる扉の音を聞きながら、アイリーンは目を閉じた。
皆が抗体を持って迎えに来た後…
正気に戻ったアイリーンを見て怯えるバクに、アイリーンがショックを受けるのは…
少し先の話だ──…