第4章 最後の元帥
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82
「あ~ぁ、たいへん」
そう口にしながら、椅子に腰掛けた小さなレイは宙を掻く様に足をぶらつかせた。
「ゲートをひらいたちかくをモニターにうつせるのはいいけど…いま、こんなモノみてもねぇ」
レイの視線の先…室内の大きな窓硝子には、黒の教団内の第五研究室の映像が映し出されている。
「ここからじゃお兄ちゃんたちをたすけられないし…いまならヒマだからてつだってあげなくもないのに」
不機嫌そうに頬を膨らませたレイは、後ろに上体を倒して椅子から転がり落ちると、コロコロと数回後転して止まった。
「でもまぁ、つづきもきになるし…」
テディベアの様な形で床に座っていたレイは、ふぅと溜め息を吐くと、ころんと床に横になった。
「いちおう、みておこっかな」
=扉の向こうへ=
槌は修理中。
俺とユウの対アクマ武器は、方舟での戦いで粉々になってしまって修理中だ。
だからアイリーンに宥められる様に置いて行かれた事も、出動要請の放送で名前が呼ばれなかった事も、リナリーと一緒にクロちゃんの病室に閉じ込められたのも心のどこかで仕方無いと思っていた。
「冗談じゃねぇ、出せ!ジジィんとこ行く…アイリーンを護らねぇと!」
「君達は今、武器が無いだろう」
「だからさっさと直せっつったんだ!」
扉の向こうに居るコムイに向かって喚きながらも、閉じ込められた理由はちゃんと理解していた。
ここは非戦闘員と言う名の大事なモノをしまっておく部屋だ。
ドクターや看護師達、怪我人を治す側が怪我をしない様に…そして俺達は、今はアクマを破壊出来無くても、外に何かあった場合エクソシストとして生かす為。大事な事だ。
でもどうでもよかった…
「アイリーンは大丈夫だよ、彼女は元帥だ」
「そういう問題じゃねぇ!」
アクマと戦う事は出来ても破壊する事は出来無い…でも攻撃は出来るし、探索部隊よりは動けるという自信もあった。
ユウは六幻が無くても絶対に戦っている。
だったら俺もそこにいたいし、何よりジジィの側を離れるわけにはいかなかった。
俺はジジィに話してもらっていない事がまだ沢山ある。
まだブックマンになれない…
ジジィがいないと…ブックマンになれない。
それに女の子が戦ってんのに男の俺がここに居るだなんて…
「ヘブラスカの所へ行かせて兄さん!」
突然そう声を上げたリナリーの言葉に耳を疑った。
「リナリー、おま」
「お願い、兄さん!!」
「……」
リナリーは昔教団が行っていた実験の事を言っているんだろう。
エクソシストの親族…適合者では無い人間の体内に無理矢理イノセンスを入れる実験……これをエクソシストだった者がやったら・・?
もう一度適合する確立は過去の実験よりも明らかに確立が高い。
「私…私はきっと、ホームの皆や、兄さんを守れるなら…」
「“死んでもいい”って?」
コムイの言葉に、リナリーの表情が固まりサッと顔色が青くなった。
「皆やボクの為なら自分の命はどうなってもいいのか」
「ち、ちが…私は…」
リナリーはそう言うつもりは無かっただろう。
でも聞く側は…
「兄さん、私は…」
「ここにいてくれ…お願いだから…」
“それ”の最悪の結末が頭を過ぎってしまう。
リナリーはもう何も口にしなかった。膝を抱える様にして床に座り込んだリナリーは、ずっと俯いていた。
コムイが現場に向かって去って行く音を聞きながら、俺はリナリーの隣に唯、座り込んだ。
何も出来無かった。
リナリーは唯、コムイや皆を助けたかっただけで…自分にはその可能性があるからやらせて欲しいと言っただけだろう。
でも危険を伴うそれをコムイが許すわけがない。
相手がリナリーなら尚の事…二人はたった二人の家族なんだから……そんな二人のやり取りを見てただけの俺に何が出来る?
どの判断が…何が正しいなんて答えの無いこの状況で、俺は何をリナリーに言ってやれば良いんだ…言えるわけがない。
だから唯、隣に腰を降ろした。
暫く黙っていたリナリーは、ふと小さく俺の名前を呼んだ。
“ん?”と唸る様に応えると、リナリーはスッと鼻を啜った。
「ごめんね、ラビ…」
「何がさ」
俺に謝る必要なんか一つも無いのに…
そう思った瞬間、本部が一際大きく揺れ照明が落ちた。
慌ててリナリーを庇う様に覆い被さって壁に手を付いた。
照明や薬瓶…色んな物が落ちてきて、パリン、ガシャンと硝子の割れる音が響いた。
扉の外からも色んな種類の落下音、悲鳴が聞える。
揺れがおさまると、婦長が燭台を手に駆け寄って来た。
「二人共、大丈夫?!」
「ヘーキ…すげぇ揺れだったさ」
「よかった…」
「真っ暗…皆大丈夫?」
「えぇ、私達も大丈夫よ。部屋はすごい有り様だけど」
あれだけガシャンガシャンと割れた音がしていたのだ、暗くて見えないが相当酷い筈だ。
部屋の中に響く皆の声も酷い状態を示している。
「婦長ぉ~、灯りもってかないでくださいよ~」
「いたっ!何かで指切った!!」
「あぁ、薬品がグチャグチャだわ…」
「誰ですか、お尻さわったの?!」
誰だ、触ったの!
偶然かわざとか知らないが、何て羨ましい。
「…ラビ?」
「な、何でもないさ、婦長~」
勘の鋭い婦長に睨まれて、そう口にしたラビはアハハと誤魔化す様に笑った。
「てか、クロちゃん今のでも起きないんだな~」
「本当…って、ラビ腕切ってるよ?!」
「あぁ、照明とか落ちてきたから…」
「ごめん…」
「大丈夫さ、こんくらい」
「何カッコつけてるの、来なさい手当てするから」
「つけてねぇよ、平気だって」
「あら?ケガの手当てをするのが私の仕事なんだけど…何か?」
「すみませんッ」
こっわ。
婦長に逆らえる気がしないさ…
「まったく…」
溜め息を吐きながらそうもらした婦長は、チラリと床を見ると、リナリーの足に触れた。
「婦長?」
「リナリー、私の靴を履きなさい。硝子が飛び散ってる…素足は危ないわ」
「え、それじゃ婦長が危ないよ!」
「そうさ!靴なら俺のブーツ貸すから」
「お黙り。貴方達にケガされると私の仕事が増えるのよ」
「すみませんッ」
怖い怖い怖い!
こういうのを般若って言うんだ…ユウは鬼背負ってる感じするけど婦長は鬼そのも…
「ラビ?」
「すみませんッッ」
心の中を読まれてる様だった。
尚、怖い。
「まったく、エクソシストは傷に慣れ過ぎだわ、小さい傷でも甘くみると怖いのよ?!何ッッ回言えばわかってもらえるのかしら!!」
“すみません”とまた口にしそうになってしまった。
本当に…婦長達には迷惑ばかりかけている。
「ホント…ここは大変…生意気な怪我人やら仕事中毒やら……ナースの言う事なんて誰も聞きゃしないんだから…」
婦長は靴を脱ぐと、丁寧にリナリーの足にそれを履かせた。
「きつくない?サイズは大丈夫だと思うけど」
「あったかい…婦長の靴」
リナリーは自分の足を包む婦長の手元を見ながらそう呟いた。
「履き忘れたんじゃないの…すぐにヘブラスカの所に行ってシンクロするつもりだったからワザと履かなかったの」
「リナ」
「足、あったかい」
リナリーの名前を呼びかけた婦長は、ぐっと口を噤んだ。
「あったかいね…」
大粒の涙を流しながらそう口にしたリナリーを婦長は優しく抱き締めた。
「ここに居ましょう、リナリー…きっと大丈夫よ。こんなひどい朝はすぐに終わるわ」
婦長も泣きそうに見えた。
「イノセンスを体内に入れるだなんてやめて…室長の気持ちも分かるでしょう?」
「自分が死んでもいいなんて思ってない…!生きたい…兄さんや皆と生きたいよ…ッ、でもその為には戦わないといけないから…っ、私にはそれしかないの、兄さんを悲しませたくなんかないのに」
泣きながら気持ちをぶちまけるリナリーに…やっぱり俺は何も言えなかったし、出来無かった。
リナリーの言葉は、ブックマンとして皆を騙している俺の心にグサグサと刺さった。
名前の分からない感情に呑まれそうだ…
「イノセンスなんて大っきらい!どうしてこんなに苦しまなくちゃいけないの?!どうして兄さんを苦しめるの!!」
リナリーの言葉に胸が締め付けられた。
分かりきっていた事を…もう一度思い知った。
私達はこんな子供を世界の為だといって戦わせているのだ。
皆、まだ二十にもなっていない子供なのに、誰よりも危険な場所で戦い、傷付いている。
挙句…残酷な事に、記憶の無い[#ruby=レイ_仲間#]と戦わせようとしているのだ…
この子達にとってのアクマは…
悪魔は私達なんじゃ…
そんな考えが私を支配する。
第五研究室が壊滅したという放送が鳴り響く中、私はリナリーを抱き締める腕に力を入れた。
「リナリー・リー!!」
室内が静まり返る中そう声を上げ、扉を破る様に押し開けて入って来たのはマルコムだった。
「ルベリエ…」
「リナリー・リー君はエクソシストだろう」
一体何を…
「おいで」
マルコムの言葉に愕然とした。
この人は…リナリーの体内にイノセンスを入れようというのだ。
抗議しようと立ち上がった瞬間、マルコムの無線から室長の声がした。
《各班班長へ、一度しか言わないのでよく聞いてくれ。これよりボクの指示に従い、各自班員を誘導し方舟三番ゲートからアジア支部へ避難する。
第五研究室のエクソシストの安否が不明の今、我々がすべき事はイノセンスを守り全滅を回避する事だ》
「そんな、アイリーン…?」
《この本部から撤退する》
無線には指示の内容が続いたが、それはマルコムの手でブツリと切られてしまった。
「聞いたかね。ヘブラスカを囮にするそうだ」
ルベリエは立ち竦むリナリーに歩み寄りその腕を掴んだが、リナリーはそれを振り払った。
「聞こえたかときいているんだ、リナリー・リー!!」
「止め」
「アクマがッッ!!!エクソシストが戦うべきものがそこにいると言っているんだ!!」
婦長の声を遮り、リナリーの肩を掴んでそう声を荒げたルベリエの腕を、ラビがぐっと掴んでリナリーから引き離した。
婦長が慌ててリナリーを抱き寄せる。
「長官、室長は非難を命じてるのです!我々団員は室長に従いますわ」
「…この黒の教団は教皇の軍です。エクソシストは教皇のものなのです」
「この子達を物のように扱うのはやめてください!!!」
もうこれ以上、この子達を…
「婦長」
「出て行って…どうかこの部屋から出て行って下さい!!」
「……おいで、リナリー。君の進化したイノセンスならレベル4に立ち向かえるかもしれない。エクソシストが守られてどうする」
「おい!」
「アクマはエクソシストにしか破壊出来無いのだよ。それが戦わなくてどうする」
「やめて!!聞いちゃ…聞いちゃ駄目よ」
そう言って腕の中のリナリーをぎゅっと抱き締めたら…レイの顔が頭に浮かんだ。
もう嫌だ…もう子供達を犠牲になんかしたくない…
「教団の為に戦いたまえ、リナリー」
「やめろよ!!!」
「君はエクソシストだろう!!!」
「お願い、やめて!!!」
叫んだのは…マルコムと同時だった。
そして…リナリーが私の腕の中からスルリと抜け出たのも…同時だった。
「リ…リナリー…?」
「来ないで、婦長」
「ダメよ…リナリー、どうして…!」
振り返ったリナリーは涙で濡れた目でニッコリと笑った。
「ありがとう」
リナリーはマルコムと一緒に行ってしまった。
あの子は…守られる事より守る事を選んだ。
「何で…こんな、こんな…」
たった一人の…自分の為に全てを捨てた兄を守る為に。
「おかしいわ…」
たった一人の…
大切な家族を守る為に…
「こんなの…おかしいわ」
───ねぇねぇ、婦長…困ったら私を呼んでね。どこにいたって婦長の為なら飛んでくんだから!
「レイ…」
泣いたって仕方が無いのに…
涙は次々と溢れて・…
少しも止まらなかった──…
「あ~ぁ、たいへん」
そう口にしながら、椅子に腰掛けた小さなレイは宙を掻く様に足をぶらつかせた。
「ゲートをひらいたちかくをモニターにうつせるのはいいけど…いま、こんなモノみてもねぇ」
レイの視線の先…室内の大きな窓硝子には、黒の教団内の第五研究室の映像が映し出されている。
「ここからじゃお兄ちゃんたちをたすけられないし…いまならヒマだからてつだってあげなくもないのに」
不機嫌そうに頬を膨らませたレイは、後ろに上体を倒して椅子から転がり落ちると、コロコロと数回後転して止まった。
「でもまぁ、つづきもきになるし…」
テディベアの様な形で床に座っていたレイは、ふぅと溜め息を吐くと、ころんと床に横になった。
「いちおう、みておこっかな」
=扉の向こうへ=
槌は修理中。
俺とユウの対アクマ武器は、方舟での戦いで粉々になってしまって修理中だ。
だからアイリーンに宥められる様に置いて行かれた事も、出動要請の放送で名前が呼ばれなかった事も、リナリーと一緒にクロちゃんの病室に閉じ込められたのも心のどこかで仕方無いと思っていた。
「冗談じゃねぇ、出せ!ジジィんとこ行く…アイリーンを護らねぇと!」
「君達は今、武器が無いだろう」
「だからさっさと直せっつったんだ!」
扉の向こうに居るコムイに向かって喚きながらも、閉じ込められた理由はちゃんと理解していた。
ここは非戦闘員と言う名の大事なモノをしまっておく部屋だ。
ドクターや看護師達、怪我人を治す側が怪我をしない様に…そして俺達は、今はアクマを破壊出来無くても、外に何かあった場合エクソシストとして生かす為。大事な事だ。
でもどうでもよかった…
「アイリーンは大丈夫だよ、彼女は元帥だ」
「そういう問題じゃねぇ!」
アクマと戦う事は出来ても破壊する事は出来無い…でも攻撃は出来るし、探索部隊よりは動けるという自信もあった。
ユウは六幻が無くても絶対に戦っている。
だったら俺もそこにいたいし、何よりジジィの側を離れるわけにはいかなかった。
俺はジジィに話してもらっていない事がまだ沢山ある。
まだブックマンになれない…
ジジィがいないと…ブックマンになれない。
それに女の子が戦ってんのに男の俺がここに居るだなんて…
「ヘブラスカの所へ行かせて兄さん!」
突然そう声を上げたリナリーの言葉に耳を疑った。
「リナリー、おま」
「お願い、兄さん!!」
「……」
リナリーは昔教団が行っていた実験の事を言っているんだろう。
エクソシストの親族…適合者では無い人間の体内に無理矢理イノセンスを入れる実験……これをエクソシストだった者がやったら・・?
もう一度適合する確立は過去の実験よりも明らかに確立が高い。
「私…私はきっと、ホームの皆や、兄さんを守れるなら…」
「“死んでもいい”って?」
コムイの言葉に、リナリーの表情が固まりサッと顔色が青くなった。
「皆やボクの為なら自分の命はどうなってもいいのか」
「ち、ちが…私は…」
リナリーはそう言うつもりは無かっただろう。
でも聞く側は…
「兄さん、私は…」
「ここにいてくれ…お願いだから…」
“それ”の最悪の結末が頭を過ぎってしまう。
リナリーはもう何も口にしなかった。膝を抱える様にして床に座り込んだリナリーは、ずっと俯いていた。
コムイが現場に向かって去って行く音を聞きながら、俺はリナリーの隣に唯、座り込んだ。
何も出来無かった。
リナリーは唯、コムイや皆を助けたかっただけで…自分にはその可能性があるからやらせて欲しいと言っただけだろう。
でも危険を伴うそれをコムイが許すわけがない。
相手がリナリーなら尚の事…二人はたった二人の家族なんだから……そんな二人のやり取りを見てただけの俺に何が出来る?
どの判断が…何が正しいなんて答えの無いこの状況で、俺は何をリナリーに言ってやれば良いんだ…言えるわけがない。
だから唯、隣に腰を降ろした。
暫く黙っていたリナリーは、ふと小さく俺の名前を呼んだ。
“ん?”と唸る様に応えると、リナリーはスッと鼻を啜った。
「ごめんね、ラビ…」
「何がさ」
俺に謝る必要なんか一つも無いのに…
そう思った瞬間、本部が一際大きく揺れ照明が落ちた。
慌ててリナリーを庇う様に覆い被さって壁に手を付いた。
照明や薬瓶…色んな物が落ちてきて、パリン、ガシャンと硝子の割れる音が響いた。
扉の外からも色んな種類の落下音、悲鳴が聞える。
揺れがおさまると、婦長が燭台を手に駆け寄って来た。
「二人共、大丈夫?!」
「ヘーキ…すげぇ揺れだったさ」
「よかった…」
「真っ暗…皆大丈夫?」
「えぇ、私達も大丈夫よ。部屋はすごい有り様だけど」
あれだけガシャンガシャンと割れた音がしていたのだ、暗くて見えないが相当酷い筈だ。
部屋の中に響く皆の声も酷い状態を示している。
「婦長ぉ~、灯りもってかないでくださいよ~」
「いたっ!何かで指切った!!」
「あぁ、薬品がグチャグチャだわ…」
「誰ですか、お尻さわったの?!」
誰だ、触ったの!
偶然かわざとか知らないが、何て羨ましい。
「…ラビ?」
「な、何でもないさ、婦長~」
勘の鋭い婦長に睨まれて、そう口にしたラビはアハハと誤魔化す様に笑った。
「てか、クロちゃん今のでも起きないんだな~」
「本当…って、ラビ腕切ってるよ?!」
「あぁ、照明とか落ちてきたから…」
「ごめん…」
「大丈夫さ、こんくらい」
「何カッコつけてるの、来なさい手当てするから」
「つけてねぇよ、平気だって」
「あら?ケガの手当てをするのが私の仕事なんだけど…何か?」
「すみませんッ」
こっわ。
婦長に逆らえる気がしないさ…
「まったく…」
溜め息を吐きながらそうもらした婦長は、チラリと床を見ると、リナリーの足に触れた。
「婦長?」
「リナリー、私の靴を履きなさい。硝子が飛び散ってる…素足は危ないわ」
「え、それじゃ婦長が危ないよ!」
「そうさ!靴なら俺のブーツ貸すから」
「お黙り。貴方達にケガされると私の仕事が増えるのよ」
「すみませんッ」
怖い怖い怖い!
こういうのを般若って言うんだ…ユウは鬼背負ってる感じするけど婦長は鬼そのも…
「ラビ?」
「すみませんッッ」
心の中を読まれてる様だった。
尚、怖い。
「まったく、エクソシストは傷に慣れ過ぎだわ、小さい傷でも甘くみると怖いのよ?!何ッッ回言えばわかってもらえるのかしら!!」
“すみません”とまた口にしそうになってしまった。
本当に…婦長達には迷惑ばかりかけている。
「ホント…ここは大変…生意気な怪我人やら仕事中毒やら……ナースの言う事なんて誰も聞きゃしないんだから…」
婦長は靴を脱ぐと、丁寧にリナリーの足にそれを履かせた。
「きつくない?サイズは大丈夫だと思うけど」
「あったかい…婦長の靴」
リナリーは自分の足を包む婦長の手元を見ながらそう呟いた。
「履き忘れたんじゃないの…すぐにヘブラスカの所に行ってシンクロするつもりだったからワザと履かなかったの」
「リナ」
「足、あったかい」
リナリーの名前を呼びかけた婦長は、ぐっと口を噤んだ。
「あったかいね…」
大粒の涙を流しながらそう口にしたリナリーを婦長は優しく抱き締めた。
「ここに居ましょう、リナリー…きっと大丈夫よ。こんなひどい朝はすぐに終わるわ」
婦長も泣きそうに見えた。
「イノセンスを体内に入れるだなんてやめて…室長の気持ちも分かるでしょう?」
「自分が死んでもいいなんて思ってない…!生きたい…兄さんや皆と生きたいよ…ッ、でもその為には戦わないといけないから…っ、私にはそれしかないの、兄さんを悲しませたくなんかないのに」
泣きながら気持ちをぶちまけるリナリーに…やっぱり俺は何も言えなかったし、出来無かった。
リナリーの言葉は、ブックマンとして皆を騙している俺の心にグサグサと刺さった。
名前の分からない感情に呑まれそうだ…
「イノセンスなんて大っきらい!どうしてこんなに苦しまなくちゃいけないの?!どうして兄さんを苦しめるの!!」
リナリーの言葉に胸が締め付けられた。
分かりきっていた事を…もう一度思い知った。
私達はこんな子供を世界の為だといって戦わせているのだ。
皆、まだ二十にもなっていない子供なのに、誰よりも危険な場所で戦い、傷付いている。
挙句…残酷な事に、記憶の無い[#ruby=レイ_仲間#]と戦わせようとしているのだ…
この子達にとってのアクマは…
悪魔は私達なんじゃ…
そんな考えが私を支配する。
第五研究室が壊滅したという放送が鳴り響く中、私はリナリーを抱き締める腕に力を入れた。
「リナリー・リー!!」
室内が静まり返る中そう声を上げ、扉を破る様に押し開けて入って来たのはマルコムだった。
「ルベリエ…」
「リナリー・リー君はエクソシストだろう」
一体何を…
「おいで」
マルコムの言葉に愕然とした。
この人は…リナリーの体内にイノセンスを入れようというのだ。
抗議しようと立ち上がった瞬間、マルコムの無線から室長の声がした。
《各班班長へ、一度しか言わないのでよく聞いてくれ。これよりボクの指示に従い、各自班員を誘導し方舟三番ゲートからアジア支部へ避難する。
第五研究室のエクソシストの安否が不明の今、我々がすべき事はイノセンスを守り全滅を回避する事だ》
「そんな、アイリーン…?」
《この本部から撤退する》
無線には指示の内容が続いたが、それはマルコムの手でブツリと切られてしまった。
「聞いたかね。ヘブラスカを囮にするそうだ」
ルベリエは立ち竦むリナリーに歩み寄りその腕を掴んだが、リナリーはそれを振り払った。
「聞こえたかときいているんだ、リナリー・リー!!」
「止め」
「アクマがッッ!!!エクソシストが戦うべきものがそこにいると言っているんだ!!」
婦長の声を遮り、リナリーの肩を掴んでそう声を荒げたルベリエの腕を、ラビがぐっと掴んでリナリーから引き離した。
婦長が慌ててリナリーを抱き寄せる。
「長官、室長は非難を命じてるのです!我々団員は室長に従いますわ」
「…この黒の教団は教皇の軍です。エクソシストは教皇のものなのです」
「この子達を物のように扱うのはやめてください!!!」
もうこれ以上、この子達を…
「婦長」
「出て行って…どうかこの部屋から出て行って下さい!!」
「……おいで、リナリー。君の進化したイノセンスならレベル4に立ち向かえるかもしれない。エクソシストが守られてどうする」
「おい!」
「アクマはエクソシストにしか破壊出来無いのだよ。それが戦わなくてどうする」
「やめて!!聞いちゃ…聞いちゃ駄目よ」
そう言って腕の中のリナリーをぎゅっと抱き締めたら…レイの顔が頭に浮かんだ。
もう嫌だ…もう子供達を犠牲になんかしたくない…
「教団の為に戦いたまえ、リナリー」
「やめろよ!!!」
「君はエクソシストだろう!!!」
「お願い、やめて!!!」
叫んだのは…マルコムと同時だった。
そして…リナリーが私の腕の中からスルリと抜け出たのも…同時だった。
「リ…リナリー…?」
「来ないで、婦長」
「ダメよ…リナリー、どうして…!」
振り返ったリナリーは涙で濡れた目でニッコリと笑った。
「ありがとう」
リナリーはマルコムと一緒に行ってしまった。
あの子は…守られる事より守る事を選んだ。
「何で…こんな、こんな…」
たった一人の…自分の為に全てを捨てた兄を守る為に。
「おかしいわ…」
たった一人の…
大切な家族を守る為に…
「こんなの…おかしいわ」
───ねぇねぇ、婦長…困ったら私を呼んでね。どこにいたって婦長の為なら飛んでくんだから!
「レイ…」
泣いたって仕方が無いのに…
涙は次々と溢れて・…
少しも止まらなかった──…