第4章 最後の元帥
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「…お前誰だ?」
『あら、御忘れかしら?貴方の嫌いな“臆病者の小娘”よ』
ゆるく巻かれた長い黒髪を後ろに流しながらクスリと笑うアイリーンに、ソカロは納得した様に小さく声をもらすと“別に嫌いじゃねぇ”と残してアクマを破壊しにかかった。
「あれだから女に好かれんのだ」
クラウドの呆れた様な言葉にクロスは、声を上げて笑いながらアイリーンの腰に手を回した。
「貴様は節操無し過ぎる」
『確かに』
「クロスは女好きだからねぇ」
「黙ってろ、じじい」
「それにしても…アイリーンは随分変わったねぇ」
「こいつはまぁ…装備型だしな」
“へぇ”と相槌を打ちながらイノセンスを発動したティエドールの足許から巨木の様に太い枝が幾重にも伸び、科学班員を覆う様にドーム型に生える。
「教団一の防御力だ。もう遠慮しなくて良いぞ」
『…素敵ね』
確かにこれで気兼ね無くやれる。
「…後は頼んだぞ、ハロワ」
「構わないよ。元帥四人だ、お釣りがくる」
それぞれがイノセンスを解放して戦いに向かう中、アイリーンはクロスの服の裾を掴んだ。
『ここ…任せても良いかしら』
アイリーンの言葉に、クロスは眉を寄せた。
「どういう意味だ」
『皆で戦えば戦力は上がる…それに私が謳えば制圧するのに時間は掛からないわ』
目撃者は増えてしまうが、皆の力を増幅させる詩を紡げば単純にその分片付けるのは早くなる。
『でも私は…』
少々時間は掛かるが、最悪記憶をいじれば問題は無い。
でも…
『アレが閉じる前に行きたい所があるの』
アイリーンの視線の先を追ったクロスは、困った様に溜め息を吐いた。
「なるほどな」
『帰りは何とかするけど行きは…』
「…そうだな」
『行ってきても…良いかしら?』
「あぁ、行ってこい」
『黒キ乙女達 を残すわ』
「んな事したらお前がしんどいだろ、力は使わなくて良い」
『有難う』
嬉しそうに微笑んだアイリーンは、発動を解くと卵に向かって走り出した。
長い銀髪が風に乗って揺れる。
『パール!』
「ナンダ、オンナ!」
『使おうとしちゃ駄目よ』
《うるさい!どこへなりと勝手に行ってこい!》
アクマを避けて走りながら話すアイリーンに、ブラックパールは不機嫌そうにそう鳴いた。
走りながら楽しそうに笑ったアイリーンは、落とし穴に落ちた様に一瞬で自分の影に沈んだ。
こんな事するのは何時振りかしら…
=眠り姫=
真ん丸の月が浮かぶ星空。
煉瓦の建物が続く町並みに広がる大小様々な入り組んだ道…目を開くとその路地の一角に私は立っていた。
静寂に沈む夜の街…その風景はロンドンにいる様な錯覚を覚えて酷く懐かしかった。
辺りを見回しながら数歩歩いたアイリーンは、両手を差し出す様にして…
『響夜 』
と口にしたが、その手に目的のモノが姿を現す事は無かった。
響夜も呼び寄せられないなんて…家族との回線は完全に遮断されたという事か。
誰がこんな事…イアンに聞こうにも、先程から全く反応が無いし……まさかイアンとの回線も…
『最悪だ』
アイリーンは溜め息を吐くと、首にしていたネックレスを一本外してその先を右手の人差し指に絡めた。
ゆらりゆらりと微かに揺れ動くネックレスは、次の瞬間、その身体を一方向へと持ち上げた。
アイリーンは石畳の道をネックレスの指し示す方へと静かに歩く。
こう静かだと歌でも歌いたくなるが、それが原因で見付かっても面白くない。
そもそも面倒だから願い下げだ。
仕方無く音の無い街を時々星空を見上げたりしながらネックレスに従って歩いていると、瞬間、急にネックレスが何も反応を示さなくなった。
『…ここなのね』
口角を上げて笑ったアイリーンは、指に絡めたネックレスを首に付け直すと、自分の直ぐ脇にある扉へと手を掛けた。
見た目は唯の喫茶店の扉だが、この扉きっと私が望む所へ続いている。
『喫茶店か…懐かしいな』
そう小さく呟いて扉を開いたアイリーンは、扉の中へと入って室内を見回すと“あぁ”と声をもらした。
見覚えのある部屋だった。
二つのベッドと小さなキッチンとクローゼット。
小さめな部屋には飾りっけが無く、必要最低限のモノしか置いてない。
そんな部屋のベッドの一つに目を向けたアイリーンは、ピタリと動きを止めた。
ベッドで眠る小さな少女…首に包帯を巻いたツインテールの少女は…
『シャール…』
薄く開いた唇から小さくそうもらしてベッドに歩み寄ったアイリーンは、ベッドに腰を降ろすと、そっとシャールの頬を撫でた。
冷たくてかたいその手触りは、眠っている様なその表情には酷く似付かわしい。
相変わらず…
『眠り姫みたいね、シャール…』
そんな普段なら怒られそうな発言も、もう今は正す者がいない。
怒ってくれない…
『この間は歌を送っただけだったもんね…』
少しの間目を閉じたアイリーンは、そっと目を開くと微笑んだ。
『魔女たる私が魔法をかけて上げるわ』
物語の様に魔法を。
順番も性別も内容も…何もかもが違うけれど、健気で優しくて強くて勇敢な貴方に魔法をあげよう。
貴方の一番大切なモノが極力悲しまない様に…
『大好きよ、坊や…』
アイリーンがシャールの額にキスを落とすと、シャールの身体に柔らかさが戻り、破損した首は綺麗に本来のそれに姿を変えた。
シャールの首に巻かれた包帯を解きながらシャールの頭を優しく撫でたアイリーンは、静かに隣の部屋へと移動した。
シャールとユエ…少なくとも二人の部屋の三倍はあるこのレイの部屋に来るのは久しぶりだった。
窓辺の椅子に座ってアグスティナとチェスをしていたユエは、自分の部屋から出て来たアイリーンを見て目を見開いた。
アイリーンはユエに向かってニッコリと微笑むと、ベッドへと歩み寄った。
「…ユエ様、誰か居るんですの?」
ユエの視線にアイリーンは、指で丸を作って許可を出すと、ベッドへと視線を向けた。
デビットとジャスデロに挟まれて眠っているレイに目覚める様子は無い。
「アグスティナ…お前の主は伯爵様ではなく、レイだろう」
「えぇ」
「なら伯爵様の命令であってもレイが嫌がる事はしないだろうな」
「私の主は姫様です。あまり私を甘くみないでくださいな」
不機嫌そうにそうはっきりと告げたアグスティナを前に、アイリーンは一息つくと口を開いた。
『もう良いんじゃないかしら、ユエ』
「……」
『この子は話さないわ』
ユエは私の言葉に眉を寄せたが、反対はしなかった。
「レイの母親代わりであり姉代わりでもある月だ。月とレイの希望で、月の存在は伯爵様を始め、ノア様達にはふせられている。
知るのは俺とお前と、亡きシャールだけだ」
“まぁ”と声をもらしたアグスティナは、立ち上がるとスカートの裾を摘み、アイリーンに向かって綺麗に腰を折った。
「初めまして、この度姫様付きのアクマとなりましたアグスティナと申します。どうぞ、お見知り置き下さいな」
『えぇ、宜しく…名前は貴女の好きに呼んでくれて構わないわ』
「姫様のお母様でありお姉様でもある存在…その様な方を好きになんて呼べませんわ」
『まぁ…もう私の事等、覚えてはいないだろうがな』
そう口にすると、ユエが言葉に詰まった。
知ってはいたが…分かりやすい。
優しいが不器用なユエらしいミスだ。
『はっきりなさい、ユエ。レイは私を覚えていないんでしょう?』
ノアの自分以外を忘れたレイに私の記憶があるとは思えない。
『ユエ』
そう声を掛ければ、ユエは眉間に皺を寄せたまま小さく頷いた。
『大丈夫よ、ユエ。こうなる事は…可能性の一つとして想定していた』
伯爵に見付かった際に伯爵が他人の記憶を操る能力を所持していたら、きっとレイのエクソシストとしての記憶を消す…或いは全てを消してレイ自身の人格を造り直す。
そう想定していた。
「お前の力で戻せないのか」
『…どうかしらね』
戻せない事は無い…と思う。
しかし術事態が私の苦手な分野だし、レイを術にかけるのに時間も掛かる。
時間が掛かるという事は、長時間この部屋にノア達が来ない様にしなくてはならない。問題は山積みだ。
第一に…
『やるならばもう少し安定してからだ』
こんなに不安定な状態のレイに術なんか使えない。
術が使えないとなると治癒もしてやれないし、そもそもの問題として私とも会わない方が良いだろう…
アイリーンは、ベッドで眠るレイ、デビット、ジャスデロの三人を見ていたが、暫くするとふぅと短く息を吐いた。
『そろそろ行くわ』
「会っていかないのか」
『無理に起こす事無いわ』
この三人は下手に手を出さず、自然に目覚めるまでそっとしておいた方が良い。
「…これからどこに行くんだ」
『柵の中に入るのよ。…いや、今は“戻る”と言った方が正しいか』
「どうやって戻るんだ…そもそもどうやってここに来た」
『力を使ってこっそり方舟に侵入したのよ』
影に沈み…秘密裏に方舟に近付いて侵入し、此処に繋がる扉を探した。
教団も方舟も混乱の最中だ、誰も気付かないだろう。
「お気を付けて下さいな、月様」
『有難う、アグスティナ』
部屋を後にしようとしたアイリーンは“あぁ”と声をもらすと振り返った。
『シャールをいじらせて貰った』
「いじっただと?」
『いじったと言っても“綺麗”にしただけだよ。力で首の傷を直し、感触を生きている時のそれの様にした』
動力を失ったシャールの身体は最早徐々に腐るしかない。
なら…
『少しはレイの悲しみも晴れよう』
レイが定めた“全て”が終わるまで、あの子が極力傷付かない姿でいると良い。
『全てが終われば…肉体は滅び、機械のボディしか残らないが…仕方あるまい』
全てがレイの計画通り上手く進み、レイの望む世界が訪れてもシャールが眠り姫である事は変わらない。
『物語の魔法とは解けるものだ』
どんなに望んでも…
彼が目覚める事は無いのだから──…
「…お前誰だ?」
『あら、御忘れかしら?貴方の嫌いな“臆病者の小娘”よ』
ゆるく巻かれた長い黒髪を後ろに流しながらクスリと笑うアイリーンに、ソカロは納得した様に小さく声をもらすと“別に嫌いじゃねぇ”と残してアクマを破壊しにかかった。
「あれだから女に好かれんのだ」
クラウドの呆れた様な言葉にクロスは、声を上げて笑いながらアイリーンの腰に手を回した。
「貴様は節操無し過ぎる」
『確かに』
「クロスは女好きだからねぇ」
「黙ってろ、じじい」
「それにしても…アイリーンは随分変わったねぇ」
「こいつはまぁ…装備型だしな」
“へぇ”と相槌を打ちながらイノセンスを発動したティエドールの足許から巨木の様に太い枝が幾重にも伸び、科学班員を覆う様にドーム型に生える。
「教団一の防御力だ。もう遠慮しなくて良いぞ」
『…素敵ね』
確かにこれで気兼ね無くやれる。
「…後は頼んだぞ、ハロワ」
「構わないよ。元帥四人だ、お釣りがくる」
それぞれがイノセンスを解放して戦いに向かう中、アイリーンはクロスの服の裾を掴んだ。
『ここ…任せても良いかしら』
アイリーンの言葉に、クロスは眉を寄せた。
「どういう意味だ」
『皆で戦えば戦力は上がる…それに私が謳えば制圧するのに時間は掛からないわ』
目撃者は増えてしまうが、皆の力を増幅させる詩を紡げば単純にその分片付けるのは早くなる。
『でも私は…』
少々時間は掛かるが、最悪記憶をいじれば問題は無い。
でも…
『アレが閉じる前に行きたい所があるの』
アイリーンの視線の先を追ったクロスは、困った様に溜め息を吐いた。
「なるほどな」
『帰りは何とかするけど行きは…』
「…そうだな」
『行ってきても…良いかしら?』
「あぁ、行ってこい」
『
「んな事したらお前がしんどいだろ、力は使わなくて良い」
『有難う』
嬉しそうに微笑んだアイリーンは、発動を解くと卵に向かって走り出した。
長い銀髪が風に乗って揺れる。
『パール!』
「ナンダ、オンナ!」
『使おうとしちゃ駄目よ』
《うるさい!どこへなりと勝手に行ってこい!》
アクマを避けて走りながら話すアイリーンに、ブラックパールは不機嫌そうにそう鳴いた。
走りながら楽しそうに笑ったアイリーンは、落とし穴に落ちた様に一瞬で自分の影に沈んだ。
こんな事するのは何時振りかしら…
=眠り姫=
真ん丸の月が浮かぶ星空。
煉瓦の建物が続く町並みに広がる大小様々な入り組んだ道…目を開くとその路地の一角に私は立っていた。
静寂に沈む夜の街…その風景はロンドンにいる様な錯覚を覚えて酷く懐かしかった。
辺りを見回しながら数歩歩いたアイリーンは、両手を差し出す様にして…
『
と口にしたが、その手に目的のモノが姿を現す事は無かった。
響夜も呼び寄せられないなんて…家族との回線は完全に遮断されたという事か。
誰がこんな事…イアンに聞こうにも、先程から全く反応が無いし……まさかイアンとの回線も…
『最悪だ』
アイリーンは溜め息を吐くと、首にしていたネックレスを一本外してその先を右手の人差し指に絡めた。
ゆらりゆらりと微かに揺れ動くネックレスは、次の瞬間、その身体を一方向へと持ち上げた。
アイリーンは石畳の道をネックレスの指し示す方へと静かに歩く。
こう静かだと歌でも歌いたくなるが、それが原因で見付かっても面白くない。
そもそも面倒だから願い下げだ。
仕方無く音の無い街を時々星空を見上げたりしながらネックレスに従って歩いていると、瞬間、急にネックレスが何も反応を示さなくなった。
『…ここなのね』
口角を上げて笑ったアイリーンは、指に絡めたネックレスを首に付け直すと、自分の直ぐ脇にある扉へと手を掛けた。
見た目は唯の喫茶店の扉だが、この扉きっと私が望む所へ続いている。
『喫茶店か…懐かしいな』
そう小さく呟いて扉を開いたアイリーンは、扉の中へと入って室内を見回すと“あぁ”と声をもらした。
見覚えのある部屋だった。
二つのベッドと小さなキッチンとクローゼット。
小さめな部屋には飾りっけが無く、必要最低限のモノしか置いてない。
そんな部屋のベッドの一つに目を向けたアイリーンは、ピタリと動きを止めた。
ベッドで眠る小さな少女…首に包帯を巻いたツインテールの少女は…
『シャール…』
薄く開いた唇から小さくそうもらしてベッドに歩み寄ったアイリーンは、ベッドに腰を降ろすと、そっとシャールの頬を撫でた。
冷たくてかたいその手触りは、眠っている様なその表情には酷く似付かわしい。
相変わらず…
『眠り姫みたいね、シャール…』
そんな普段なら怒られそうな発言も、もう今は正す者がいない。
怒ってくれない…
『この間は歌を送っただけだったもんね…』
少しの間目を閉じたアイリーンは、そっと目を開くと微笑んだ。
『魔女たる私が魔法をかけて上げるわ』
物語の様に魔法を。
順番も性別も内容も…何もかもが違うけれど、健気で優しくて強くて勇敢な貴方に魔法をあげよう。
貴方の一番大切なモノが極力悲しまない様に…
『大好きよ、坊や…』
アイリーンがシャールの額にキスを落とすと、シャールの身体に柔らかさが戻り、破損した首は綺麗に本来のそれに姿を変えた。
シャールの首に巻かれた包帯を解きながらシャールの頭を優しく撫でたアイリーンは、静かに隣の部屋へと移動した。
シャールとユエ…少なくとも二人の部屋の三倍はあるこのレイの部屋に来るのは久しぶりだった。
窓辺の椅子に座ってアグスティナとチェスをしていたユエは、自分の部屋から出て来たアイリーンを見て目を見開いた。
アイリーンはユエに向かってニッコリと微笑むと、ベッドへと歩み寄った。
「…ユエ様、誰か居るんですの?」
ユエの視線にアイリーンは、指で丸を作って許可を出すと、ベッドへと視線を向けた。
デビットとジャスデロに挟まれて眠っているレイに目覚める様子は無い。
「アグスティナ…お前の主は伯爵様ではなく、レイだろう」
「えぇ」
「なら伯爵様の命令であってもレイが嫌がる事はしないだろうな」
「私の主は姫様です。あまり私を甘くみないでくださいな」
不機嫌そうにそうはっきりと告げたアグスティナを前に、アイリーンは一息つくと口を開いた。
『もう良いんじゃないかしら、ユエ』
「……」
『この子は話さないわ』
ユエは私の言葉に眉を寄せたが、反対はしなかった。
「レイの母親代わりであり姉代わりでもある月だ。月とレイの希望で、月の存在は伯爵様を始め、ノア様達にはふせられている。
知るのは俺とお前と、亡きシャールだけだ」
“まぁ”と声をもらしたアグスティナは、立ち上がるとスカートの裾を摘み、アイリーンに向かって綺麗に腰を折った。
「初めまして、この度姫様付きのアクマとなりましたアグスティナと申します。どうぞ、お見知り置き下さいな」
『えぇ、宜しく…名前は貴女の好きに呼んでくれて構わないわ』
「姫様のお母様でありお姉様でもある存在…その様な方を好きになんて呼べませんわ」
『まぁ…もう私の事等、覚えてはいないだろうがな』
そう口にすると、ユエが言葉に詰まった。
知ってはいたが…分かりやすい。
優しいが不器用なユエらしいミスだ。
『はっきりなさい、ユエ。レイは私を覚えていないんでしょう?』
ノアの自分以外を忘れたレイに私の記憶があるとは思えない。
『ユエ』
そう声を掛ければ、ユエは眉間に皺を寄せたまま小さく頷いた。
『大丈夫よ、ユエ。こうなる事は…可能性の一つとして想定していた』
伯爵に見付かった際に伯爵が他人の記憶を操る能力を所持していたら、きっとレイのエクソシストとしての記憶を消す…或いは全てを消してレイ自身の人格を造り直す。
そう想定していた。
「お前の力で戻せないのか」
『…どうかしらね』
戻せない事は無い…と思う。
しかし術事態が私の苦手な分野だし、レイを術にかけるのに時間も掛かる。
時間が掛かるという事は、長時間この部屋にノア達が来ない様にしなくてはならない。問題は山積みだ。
第一に…
『やるならばもう少し安定してからだ』
こんなに不安定な状態のレイに術なんか使えない。
術が使えないとなると治癒もしてやれないし、そもそもの問題として私とも会わない方が良いだろう…
アイリーンは、ベッドで眠るレイ、デビット、ジャスデロの三人を見ていたが、暫くするとふぅと短く息を吐いた。
『そろそろ行くわ』
「会っていかないのか」
『無理に起こす事無いわ』
この三人は下手に手を出さず、自然に目覚めるまでそっとしておいた方が良い。
「…これからどこに行くんだ」
『柵の中に入るのよ。…いや、今は“戻る”と言った方が正しいか』
「どうやって戻るんだ…そもそもどうやってここに来た」
『力を使ってこっそり方舟に侵入したのよ』
影に沈み…秘密裏に方舟に近付いて侵入し、此処に繋がる扉を探した。
教団も方舟も混乱の最中だ、誰も気付かないだろう。
「お気を付けて下さいな、月様」
『有難う、アグスティナ』
部屋を後にしようとしたアイリーンは“あぁ”と声をもらすと振り返った。
『シャールをいじらせて貰った』
「いじっただと?」
『いじったと言っても“綺麗”にしただけだよ。力で首の傷を直し、感触を生きている時のそれの様にした』
動力を失ったシャールの身体は最早徐々に腐るしかない。
なら…
『少しはレイの悲しみも晴れよう』
レイが定めた“全て”が終わるまで、あの子が極力傷付かない姿でいると良い。
『全てが終われば…肉体は滅び、機械のボディしか残らないが…仕方あるまい』
全てがレイの計画通り上手く進み、レイの望む世界が訪れてもシャールが眠り姫である事は変わらない。
『物語の魔法とは解けるものだ』
どんなに望んでも…
彼が目覚める事は無いのだから──…