第4章 最後の元帥
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『アレン達は良く食べるから、少し時間をずらしていらっしゃい』
朝食を作ってくれると言うアイリーンにそう言われて、後からマリと食堂へ向かったらそこにはもう皆は居なかった。
瞬間…放送が入り、本部内にアクマが侵入した事を知った。
静かな朝の風景は一転して、持ち場へ戻る人もいれば逃げる人もいた。
誰もが混乱していた。
誰も居なくなった食堂には、ただ今まで人が居た事を示す様に料理だけが残されていた。
一際料理が並べられたテーブルに近付くと、一切れ摘んで口へ運ぶ。
「美味しい…」
きっとコレがアイリーンの料理だろう。
こんなに食べるのはきっとアレンくんだけだから…
「ミランダ!!行くぞ!」
「…はい」
平穏とはかけ離れた生活だけど、コレでいい。コレでいいんだ。
前の私とは違う…私は人の役にたてる。
私は…
皆の力になれる──…
=魔女の刃=
『リーバー、駄目よ。刃を向けるのは私達の役目』
そう言ってリーバーに後ろから抱き付いたアイリーンは、ふふっと楽しそうに笑った。
『立ち向かう姿はとっても格好良かったけど』
背後から伸びた手が銃を構えた腕に絡まり、リーバーは腕を降ろした。
宙に浮いていたアイリーンは、そっと身体を離すと床へと立った。
「アイリーン!」
そう呼ばれて顔を上げると、研究室の二階部分からバクとジョニーと北米支部のレニーが顔を出していた。
『あらバク、蕁麻疹は出てないかしら?』
「出とらんわ!!」
奇声を上げながら突っ込んでくるアクマ達の中で、楽しそうに声を上げて笑ったアイリーンは、方舟からブックマンが飛び降りてきたのを確認すると…
『壊して』
そう二人に淡々と告げてアクマを足場にバク達の居る二階へと飛び上がった。
そして口早に話し始めた。
『バク、こちらの御嬢さんは信用に足る人物かしら』
「お嬢さ…私、貴女より年上だと思うわよ?」
「黙ってろ、レニー!…アイリーン、レニーは信用して良い」
『分かった。貴方を信じるわ、バク』
ニッコリと微笑んだアイリーンは、手始めにジョニーの腹部へと触れた。
「ッ、ア゛ァアアァア!!」
短く息を吐いたアイリーンは、目を閉じて暫く黙っていた。
そして目を開いた瞬間、声を上げたのはジョニーだった。
「あれ?」
「どうした、ジョニー!」
「疲労感はあるけど痛みが無い…」
アイリーンが手を引っ込める中、ジョニーの言葉に反応したレニーは、ジョニーの服を捲り上げると目を見開いた。
「血が…止まってる……というか傷はどうしたの?」
レニーの視線を無視して立ち上がったアイリーンは、一筋の汗を流した。
杞憂だと良い…
先程、怪我人が多過ぎる為医療班として家族を呼ぼうとしたが…何故か呼べなかった。
怪我人の多さに私が動揺しているから、家族の社と此の世界を繋ぐ事が出来無いんだと思いたい…思ってしまいたい。でもこれは…
「アイリーン…?」
『…ここにいてね、バク』
バクの頬を一撫でしたアイリーンは、二階から飛び降りると床に並べられた科学班達の真ん中まで歩いて行った。
『アレン、ブックマン!少し時間を稼いでくれる?』
「分かりました!」
アイリーンが“有難う”と口にした瞬間、アイリーンの足許の影が広がって平たいドームの様に膨れ上がり、科学班達とアイリーンを包み込んだ。
『科学班諸君、助かりたいか?』
闇夜に広がるアイリーンの声に、科学班達は口々に当たり前だと口にした。
『死した者は助けられないし、失った血や体力を戻す事も出来ない。唯、出血を止めてやろう』
この人数を一人で一気に見るのだから、傷を塞いでる余裕なんか無い。
勿論、疲労回復も…
『この闇が晴れた後…貴方達は疲労感で動けないだろう。しかし目の前は変わらずアクマの溢れる戦場だ』
“だから頼みがある”というアイリーンに、科学班は息をのんだ。
『エクソシスト達を信じて絶対に動こうとしないで』
無理に動かれて散り散りにでもなられたら、どこをアクマから護ったら良いか分からなくなる。
そうなるくらいなら、足場は悪くなってもこのまま床に寝ててもらった方が楽だ。
“それだけは約束して”というアイリーンに、科学班達は小さな声で口々に“分かった”と繰り返した。
影のドームは暫く何の変化も見せなかった。
しかし暫くすると、水から上がる様にアイリーンがドームの中から浮かび上がってきた。
そしてアイリーンの全身が抜け出た瞬間、ドームはパンッと弾けて消え去った。
ドームを足場にしていたアイリーンの身体が一瞬宙に浮いた後、コツンとヒールの音を立てて床に着地する。
『対アクマ武器“常闇ノ調”発動』
アイリーンの影が広がり、アイリーンの周りの足許を黒く染めた。
その影から次の瞬間、大小様々な…色々な種類の剣が突き出した。
その一つに触れたアイリーンが大剣を引き抜くと、他の剣は氷が一瞬で溶けた様に落ちて影へ戻った。
『さぁさ、御仕置きの時間よ』
大剣を片手にアクマへと突っ込んだアイリーンは、体術を操りながら次々とアクマを斬り付けると、リーバー達を襲おうとしているアクマに向かって大剣を投げつけた。
真っ直ぐに飛んだ大剣はアクマを貫き、溶けるように崩れて影へと沈んでいった。
アイリーンは再度影を広げると、今度は影から突き出た剣の内、細身の二本を両手で引き抜いた。
そして残りの剣を力で全て同時に引き抜くと、アクマ達に切っ先を向かって一斉に飛ばした。
アクマに命中した剣はアクマを貫いた後に、アクマに当たらなかった剣は障害物に当たった瞬間に崩れて床へと落ちていく。
アイリーンは両手の剣を構えると、再びアクマの大群へと突っ込んで行った。
「すごい…」
目の前でアイリーンの剣を受けて消滅したアクマを見た科学班員は、思わずへたり込みながらそうもらした。
「俺…正直、入団もしてなかった人が元帥な理由が分からなかったんです」
「ぁ…お、俺もっス」
“でも”と続けた科学班員は瞬間、顔色を真っ青に染めた。
「班長、後ろ!!!」
リーバーが振り向くよりも、リーバーの後ろへと現れたアクマが腕を振り上げる方が早かった。
「ッ…!!」
科学班員がリーバーに向かって手を伸ばした瞬間、アクマの両腕がゴトッと音を立てて床へと落ちた。
『あまり調子に乗っていると』
アクマの悲鳴の様な耳障りな叫び声が響く中、その声はやたらと綺麗に響いた。
両腕を失ったアクマの首を挟む様に細い剣が首の両脇に当てられ、アクマの首は一瞬で落とされた。
『怒るわよ』
長い銀髪を揺らしてそう口にしたアイリーンは、また直ぐに違うアクマへと突っ込んで行き、科学班員はハハッと困った様に笑った。
「あの人は…唯、綺麗で優しいだけじゃない。ちゃんと強いんですね、リーバー班長」
アイリーンはアクマを足場に飛び回り、壊し続け…同時に床に並ぶ科学班員にはアクマの攻撃も、アクマの死骸さえも当たらない様に気を配っている。
その姿は…
「ネイピア元帥は…やっぱり元帥スね」
その力は…
他の元帥達に劣るモノ等無い。
劣るとしたらそれは…
“元帥としての知識”だけだ。
「…手ぇ、動かせ。俺達に出来る事をするんだ」
小さく息をついたリーバーの言葉に科学班達は返事をすると、結界装置を造るべく黙々と作業を続けた。
一方…アレン、ブックマンと共にアクマと闘うアイリーンは、チッと舌打ちをすると、苦虫を噛み潰した様な顔をした。
アクマの数が多過ぎる。
壊しても壊しても方舟から溢れてくるから切りが無いし、壊したアクマのボディの所為で足場もどんどん悪くなっていく。
振り向き様に背後のアクマの目に右手の剣を突き刺したアイリーンは、斜め右に上体を捻りながらしゃがみ、飛び上がりながら次に正面にきたアクマを蹴り上げた。
そして左手に握った剣を逆手に持つと、背後のアクマの
腹へと勢い良く突き刺した。
運動不足だと思ってはいたが、この状況でこんなに一度に来られると少々厄介だ。
しかもイノセンス以外の力でアクマを破壊したら囚われた魂がどうなるか分からない為、術も魔法も使えない。
アイリーンは、足場にしていたアクマの頭を突き刺す様にヒールで蹴ると下へ飛び降り、科学班に手を出そうとしているスカルを蹴り飛ばした。
レイの家族だから傷付けたくは無いが……やはり新しい方舟に卵を回収しようとしているあのノアの女性を叩くしかないか…
そうは思ったが躊躇っていると、それどころではなくなった。
『ッ…ブックマン!?』
視界の端で、壁に叩き付けられたブックマンがどんどん石化していくのが見えたのだ。
ノアを諦めブックマンの元へ直ぐに向かいたかったが、アクマが一気に押し寄せてきた。
アイリーンが影を広げると、無数の黒い剣が浮かび上がってくる。
アイリーンは先程した様に剣を同時に引き抜くと、アクマに切っ先を向けて宙に浮かせた。
『穿て!!』
一斉に飛ばした剣はそれぞれがアクマを貫くが、それは全てのアクマに当たるわけではない。
大きさにもよるが、一本の剣では二・三体しか貫けない。
貫かれたアクマの後ろにいたアクマは勿論、他のアクマを盾にして助かったアクマ達が直ぐに襲ってくる。
『仕方無いか…』
そう呟いたアイリーンは、影を元の大きさに戻すと、アクマの攻撃を避けながら…
謳い出した。
謳いながら、舞う様に軽やかにアクマの攻撃を避け続けるアイリーンは、アクマを足場に飛び回った。
アイリーンを狙った攻撃は、その時足場にされたアクマに当たり、アクマ同士で小さな仲間割れが起きる中、アイリーンの詩が止んだ。
『“常闇ノ調”解放』
瞬間、足許から伸びた影が螺旋を描く様にアイリーンを包み込み、一瞬にして弾け飛んだ。
長い銀髪に団服を身に纏ったアイリーンは、もうそこにはいなかった。
緩く巻かれた長い漆黒の髪、スリットの入った黒いドレス、全身を這う黒い茨の痣…
首に付いた石造りの黒いチョーカーに赤い唇。
その姿はまるで…
『“永久ノ魔女”』
宙に浮くアイリーンの姿を見、方舟の出入り口に沈み行く卵に寄り添っていたノア…ルル=ベルは目を見開いた。
「お前、まさか…身元の割れなかった元帥二人の内の一人か!」
『あら、初対面の貴女にお前だなんて気安く呼んで欲しくないわ』
クスリと笑ったアイリーンが指を鳴らすと、浮いているアイリーンの直ぐ下に出来た影を中心に床が黒く染まり、アクマの死骸だけが床へと沈んでいった。
「何を…」
バキッ…グ、ゴキャ…メキ、ボキボキ…
「な…」
“ゴッ、グチャ”と奇妙な音を立てながら元の大きさへと戻っていく影を前に、ルル=ベルは表情を歪ませた。
「何をした」
“秘密”と言ってカツンとヒールの音を立てて着地したアイリーンは、ニコリと笑って長い袖をヒラヒラと振った。
『これ、久し振りなの』
アイリーンの微笑みが消えた瞬間、その緋色の瞳がルル=ベルを真っ直ぐ見据えた。
『手加減出来無いわ』
そう残してアイリーンは消えた。否、リーバー達には消えた様に見えた。
ルル=ベルの視線の先を追うと、アイリーンが飛び回っているのが確認できる。
アクマを足場に飛び回るアイリーンは、もう剣を持っていなかった。長く、鋭く伸びた黒い爪と体術のみでアクマを斬り裂き、粉砕してゆく。
アイリーンの圧倒的な強さにアクマが合体を始める中、アイリーンは戦いながら困った様に眉を寄せた。
『大き過ぎるわ…貴方達を倒したら科学班が潰れちゃうじゃない』
「動くな、元帥」
細切れにするか…そう考えていたら、声を掛けられた。
反射的にピタリと動きを止めて振り向くと、発動が消えた…完璧に気を失ったアレンが二体のアクマに支えられる様に捕まっていた。
隣には、アクマに抱えられたノアもいる。
『…何をしたの?』
「コイツの首をはねられたくなかったら大人しくしていろ」
困ったな…この距離だと私がアレンを確保するよりも、あのノアがアレンの首を落とす方が早い筈だ。
床から影を伸ばして不意打という手もあるが、彼女は方舟のゲートの上に浮いているアクマに座っている。方舟からは影は伸ばせない。
「もう時間だ」
ルル=ベルは方舟に九割程沈んだ卵をチラリと見ると、アイリーンに視線を戻した。
「14番目が奏者の資格を与えたアレン・ウォーカーは連れ帰って主の前に突き出す。邪魔立てするようなら首を叩き斬る」
『…手出しするな…と』
手を出せば首を落とされ、手を出さなければ拉致される。
随分と一方的な…
「“手が出せる”ならすれば良い」
ルル=ベルの声に合わせて、アイリーンの両手両足を四体のアクマがそれぞれ掴み、最後に五体目のアクマが後ろから羽交い締めにした。
五体のアクマに拘束されたアイリーンは、唯首を傾げた。
『五体…?』
「一応元帥だからな」
『これで私が抑えられるとでも?』
「首を落とすだけの時間は稼げる。やりたければやればいいだろう」
首を落とす時間ね…
力を解放すればそんな心配は皆無だが、こんな所で解放しては失う命 が多い。
今の様子じゃ、口車に乗ってくれる様なタイプじゃ無いだろうし…
“ふむ”と声を漏らしたアイリーンは、じっとルル=ベルを抱えるアクマを見据えた。
「卵は回収した、退くぞ」
ルル=ベルの言葉で焦ったスカル達に急かされ、スカルへと変えられた元科学班員の裸のスカルが一列に並んでのっそりのっそりと方舟のゲートを潜って行く。
「残った人間は殺せ」
ルル=ベルはそう残し、アクマの手を離れて方舟のゲートへと沈んでいった。
よし、アレンを…
「殺せってよ」
「よし、ミンチにしよう」
「綺麗に磔ようよ」
「違う、引き千切るんだ」
「だからその後に踏み潰してミンチにするんだ」
「せっかく綺麗な人間なんだ綺麗に仕上げなきゃ」
「引き千切るんだって」
「磔さ」
「ミンチだよ。肉片が無くなるくらい擦り潰すんだ」
「この目玉ほしいな」
「いっそ真っ二つにして…」
『御黙り』
口々に好きな事を話し出した自分を抑えるアクマ達に、アイリーンはそう冷たく言い放った。
『ミンチに磔に真っ二つ?誰が誰にヤられるっていうの』
好き勝手言いおって…
『私は殺せない』
アレンとアレンを抱えた二体のアクマが方舟に沈みきるまでにアレンを助けなくてはならない。
『私は…』
「連れて行かせるものか!」
「科学班をナメんじゃねぇぞ!」
『っ…!』
バクとリーバーの声と共に、視界の端でブックマンとリーバー達、そしてアレンとアレンを抱えたアクマに結界が張られるのが見えた。
「結界装置?」
「二台しかないのか?」
「ハハッ、バカな人間」
「小癪」
馬鹿にした様に笑うアクマ達の声と、リーバー達の結界を足蹴にして圧迫する様に胃がムカムカした。
「アイリーン!!」
『バク…』
「貴様はそいつ等如きに拘束される程弱くはないだろう!」
二階から降り注ぐバクの声がなんだか懐かしかった。いつかの…
「僕等は弱い…それでも少しくらいは頼れ!」
遠い遠い昔の…
「行け、アイリーン!!」
愛おしい仲間達のそれと被って…
酷く懐かしくて…
『いやね…』
何だか涙が出そうだった。
『皆、とっても格好良いわ』
アイリーンがそう口にした瞬間、リーバー達の結界を足蹴にしていたアクマを、一体のアクマが蹴り飛ばした。
先程までルル=ベルを抱えていたアクマだった。
「オマエ、何する!!」
「壊れたのか?こんなに人間がいるのにアクマを攻撃しやがって!」
次々と攻撃を繰り出すアクマに、応戦するアクマ達は困惑した。
『そのこにはもう何も響か無いわ』
ジョニーが気を失ったアレンを呼び続ける中、アイリーンがグッと手に力を入れると、アイリーンを拘束する五体のアクマは常闇ノ調によって斬り裂かれた。
バラバラとなったアクマのボディが床へと散らばる。
『私を拘束したいなら、身体は勿論…目と口も塞がないと駄目よ。じゃないと全く意味が無いわ』
身体が動かせないなら、指を鳴らして魔法を使えば良い。
指が使えないなら、魔法を詠唱すれば良い。
口が使えないなら…
『アクマにも攻撃以外の術が効くのね』
瞳の力を使えば良い。
ニコリと微笑んだアイリーンの緋色の瞳が一際赤く輝いた。
血の様に深く、同時に炎の様に明るい…不思議な瞳だった。
『そのこの心は私のモモノよ♪』
もうあのアクマは、術が切れない限り自分では動けない。
私の思う通りに動く私の人形だ。
操り人形と化したアクマが暴れ回る中、ふふっと悪戯っぽく笑ったアイリーンは、ジョニーの呼び声に反応して目覚めたアレンが自分を抱えている二体のアクマを斬り裂くのを見て指をパチンッと鳴らした。
『出なさい、リハビリよ』
瞬間、一滴の水を垂らした様に波紋が広がったアイリーンの影から黒い物体が飛び出した。
“それ”が空中で一回転して翼を広げた瞬間、アレンは目を見開いた。
「ブラックパール!」
黒い“それ”は烏であるブラックパールだった。
「行方不明だとばっかり…」
『私の影の中で休養してたのよ』
「休養?」
『パールったらレイを取り戻そうと過去に跳び過ぎて、身体を侵食されちゃってね…よって強制隔離』
“時間移動能力も封印した”というアイリーンに、バクは小さく“無茶苦茶な”と声をもらした。
「ウルサイ、ラチしやがって!ニドとするな、オマエはキライだオンナ!」
『おや、嫌われてしまったな』
楽しそうにクスクス笑うアイリーンに対し、不機嫌そうに舌打ちをしたブラックパールは、一際大きな声で鳴いた。
《イノセンス発動“聖騎士ノ鋼鎧 ”》
声に合わせる様に“バキン”という音と共にブラックパールの羽一本一本が厚みと硬度を増し、目元以外を鎧の様に包んだ。
『さて…』
イノセンスを発動してアクマを攻撃し始めたブラックパールと、それを見て再び戦いだしたアレンを見てふうと息をついたアイリーンは、ボロボロになってになって戦い続ける操り人形と化したアクマの元に一瞬で移動すると、そっとその胸に影で出来た服の袖を突き刺した。
『頑張ってくれて有難う…御免なさいね』
そう小さく口にしたアイリーンが頬にキスを落とした瞬間に人形のアクマは消え去り、アイリーンは人形のアクマと対峙していたアクマをそのままその袖で斬り裂いた。
そして直ぐに方舟のゲートへと向かう。
あまり気は進まないが、方舟の中に入って卵を破壊しなくてはならない。
教団側に回るのもアレだが、ノア側に戻って直されても困る。
「“刻盤 ”発動」
『!』
聞き覚えのある声に反応して、方舟のゲートに飛び込み掛けていたアイリーンは空中で身体を止めた。
「対象空間を包囲、時間を吸い出します!」
振り返るとそこにはミランダとミランダを抱えたマリが居た。
私の影の様に広がっていた方舟のゲートからは、先程沈んだ筈の卵が勢い良く出て来る。
「方舟、なかなか良い乗り心地だったぜボーズ」
ミランダとマリ…そして古い白い方舟のゲートから出て来た元帥達を見て、アイリーンは困った様に笑った。
「さぁて…どうされたいか言ってみろ、アクマ共」
二回戦の開始だ。
『アレン達は良く食べるから、少し時間をずらしていらっしゃい』
朝食を作ってくれると言うアイリーンにそう言われて、後からマリと食堂へ向かったらそこにはもう皆は居なかった。
瞬間…放送が入り、本部内にアクマが侵入した事を知った。
静かな朝の風景は一転して、持ち場へ戻る人もいれば逃げる人もいた。
誰もが混乱していた。
誰も居なくなった食堂には、ただ今まで人が居た事を示す様に料理だけが残されていた。
一際料理が並べられたテーブルに近付くと、一切れ摘んで口へ運ぶ。
「美味しい…」
きっとコレがアイリーンの料理だろう。
こんなに食べるのはきっとアレンくんだけだから…
「ミランダ!!行くぞ!」
「…はい」
平穏とはかけ離れた生活だけど、コレでいい。コレでいいんだ。
前の私とは違う…私は人の役にたてる。
私は…
皆の力になれる──…
=魔女の刃=
『リーバー、駄目よ。刃を向けるのは私達の役目』
そう言ってリーバーに後ろから抱き付いたアイリーンは、ふふっと楽しそうに笑った。
『立ち向かう姿はとっても格好良かったけど』
背後から伸びた手が銃を構えた腕に絡まり、リーバーは腕を降ろした。
宙に浮いていたアイリーンは、そっと身体を離すと床へと立った。
「アイリーン!」
そう呼ばれて顔を上げると、研究室の二階部分からバクとジョニーと北米支部のレニーが顔を出していた。
『あらバク、蕁麻疹は出てないかしら?』
「出とらんわ!!」
奇声を上げながら突っ込んでくるアクマ達の中で、楽しそうに声を上げて笑ったアイリーンは、方舟からブックマンが飛び降りてきたのを確認すると…
『壊して』
そう二人に淡々と告げてアクマを足場にバク達の居る二階へと飛び上がった。
そして口早に話し始めた。
『バク、こちらの御嬢さんは信用に足る人物かしら』
「お嬢さ…私、貴女より年上だと思うわよ?」
「黙ってろ、レニー!…アイリーン、レニーは信用して良い」
『分かった。貴方を信じるわ、バク』
ニッコリと微笑んだアイリーンは、手始めにジョニーの腹部へと触れた。
「ッ、ア゛ァアアァア!!」
短く息を吐いたアイリーンは、目を閉じて暫く黙っていた。
そして目を開いた瞬間、声を上げたのはジョニーだった。
「あれ?」
「どうした、ジョニー!」
「疲労感はあるけど痛みが無い…」
アイリーンが手を引っ込める中、ジョニーの言葉に反応したレニーは、ジョニーの服を捲り上げると目を見開いた。
「血が…止まってる……というか傷はどうしたの?」
レニーの視線を無視して立ち上がったアイリーンは、一筋の汗を流した。
杞憂だと良い…
先程、怪我人が多過ぎる為医療班として家族を呼ぼうとしたが…何故か呼べなかった。
怪我人の多さに私が動揺しているから、家族の社と此の世界を繋ぐ事が出来無いんだと思いたい…思ってしまいたい。でもこれは…
「アイリーン…?」
『…ここにいてね、バク』
バクの頬を一撫でしたアイリーンは、二階から飛び降りると床に並べられた科学班達の真ん中まで歩いて行った。
『アレン、ブックマン!少し時間を稼いでくれる?』
「分かりました!」
アイリーンが“有難う”と口にした瞬間、アイリーンの足許の影が広がって平たいドームの様に膨れ上がり、科学班達とアイリーンを包み込んだ。
『科学班諸君、助かりたいか?』
闇夜に広がるアイリーンの声に、科学班達は口々に当たり前だと口にした。
『死した者は助けられないし、失った血や体力を戻す事も出来ない。唯、出血を止めてやろう』
この人数を一人で一気に見るのだから、傷を塞いでる余裕なんか無い。
勿論、疲労回復も…
『この闇が晴れた後…貴方達は疲労感で動けないだろう。しかし目の前は変わらずアクマの溢れる戦場だ』
“だから頼みがある”というアイリーンに、科学班は息をのんだ。
『エクソシスト達を信じて絶対に動こうとしないで』
無理に動かれて散り散りにでもなられたら、どこをアクマから護ったら良いか分からなくなる。
そうなるくらいなら、足場は悪くなってもこのまま床に寝ててもらった方が楽だ。
“それだけは約束して”というアイリーンに、科学班達は小さな声で口々に“分かった”と繰り返した。
影のドームは暫く何の変化も見せなかった。
しかし暫くすると、水から上がる様にアイリーンがドームの中から浮かび上がってきた。
そしてアイリーンの全身が抜け出た瞬間、ドームはパンッと弾けて消え去った。
ドームを足場にしていたアイリーンの身体が一瞬宙に浮いた後、コツンとヒールの音を立てて床に着地する。
『対アクマ武器“常闇ノ調”発動』
アイリーンの影が広がり、アイリーンの周りの足許を黒く染めた。
その影から次の瞬間、大小様々な…色々な種類の剣が突き出した。
その一つに触れたアイリーンが大剣を引き抜くと、他の剣は氷が一瞬で溶けた様に落ちて影へ戻った。
『さぁさ、御仕置きの時間よ』
大剣を片手にアクマへと突っ込んだアイリーンは、体術を操りながら次々とアクマを斬り付けると、リーバー達を襲おうとしているアクマに向かって大剣を投げつけた。
真っ直ぐに飛んだ大剣はアクマを貫き、溶けるように崩れて影へと沈んでいった。
アイリーンは再度影を広げると、今度は影から突き出た剣の内、細身の二本を両手で引き抜いた。
そして残りの剣を力で全て同時に引き抜くと、アクマ達に切っ先を向かって一斉に飛ばした。
アクマに命中した剣はアクマを貫いた後に、アクマに当たらなかった剣は障害物に当たった瞬間に崩れて床へと落ちていく。
アイリーンは両手の剣を構えると、再びアクマの大群へと突っ込んで行った。
「すごい…」
目の前でアイリーンの剣を受けて消滅したアクマを見た科学班員は、思わずへたり込みながらそうもらした。
「俺…正直、入団もしてなかった人が元帥な理由が分からなかったんです」
「ぁ…お、俺もっス」
“でも”と続けた科学班員は瞬間、顔色を真っ青に染めた。
「班長、後ろ!!!」
リーバーが振り向くよりも、リーバーの後ろへと現れたアクマが腕を振り上げる方が早かった。
「ッ…!!」
科学班員がリーバーに向かって手を伸ばした瞬間、アクマの両腕がゴトッと音を立てて床へと落ちた。
『あまり調子に乗っていると』
アクマの悲鳴の様な耳障りな叫び声が響く中、その声はやたらと綺麗に響いた。
両腕を失ったアクマの首を挟む様に細い剣が首の両脇に当てられ、アクマの首は一瞬で落とされた。
『怒るわよ』
長い銀髪を揺らしてそう口にしたアイリーンは、また直ぐに違うアクマへと突っ込んで行き、科学班員はハハッと困った様に笑った。
「あの人は…唯、綺麗で優しいだけじゃない。ちゃんと強いんですね、リーバー班長」
アイリーンはアクマを足場に飛び回り、壊し続け…同時に床に並ぶ科学班員にはアクマの攻撃も、アクマの死骸さえも当たらない様に気を配っている。
その姿は…
「ネイピア元帥は…やっぱり元帥スね」
その力は…
他の元帥達に劣るモノ等無い。
劣るとしたらそれは…
“元帥としての知識”だけだ。
「…手ぇ、動かせ。俺達に出来る事をするんだ」
小さく息をついたリーバーの言葉に科学班達は返事をすると、結界装置を造るべく黙々と作業を続けた。
一方…アレン、ブックマンと共にアクマと闘うアイリーンは、チッと舌打ちをすると、苦虫を噛み潰した様な顔をした。
アクマの数が多過ぎる。
壊しても壊しても方舟から溢れてくるから切りが無いし、壊したアクマのボディの所為で足場もどんどん悪くなっていく。
振り向き様に背後のアクマの目に右手の剣を突き刺したアイリーンは、斜め右に上体を捻りながらしゃがみ、飛び上がりながら次に正面にきたアクマを蹴り上げた。
そして左手に握った剣を逆手に持つと、背後のアクマの
腹へと勢い良く突き刺した。
運動不足だと思ってはいたが、この状況でこんなに一度に来られると少々厄介だ。
しかもイノセンス以外の力でアクマを破壊したら囚われた魂がどうなるか分からない為、術も魔法も使えない。
アイリーンは、足場にしていたアクマの頭を突き刺す様にヒールで蹴ると下へ飛び降り、科学班に手を出そうとしているスカルを蹴り飛ばした。
レイの家族だから傷付けたくは無いが……やはり新しい方舟に卵を回収しようとしているあのノアの女性を叩くしかないか…
そうは思ったが躊躇っていると、それどころではなくなった。
『ッ…ブックマン!?』
視界の端で、壁に叩き付けられたブックマンがどんどん石化していくのが見えたのだ。
ノアを諦めブックマンの元へ直ぐに向かいたかったが、アクマが一気に押し寄せてきた。
アイリーンが影を広げると、無数の黒い剣が浮かび上がってくる。
アイリーンは先程した様に剣を同時に引き抜くと、アクマに切っ先を向けて宙に浮かせた。
『穿て!!』
一斉に飛ばした剣はそれぞれがアクマを貫くが、それは全てのアクマに当たるわけではない。
大きさにもよるが、一本の剣では二・三体しか貫けない。
貫かれたアクマの後ろにいたアクマは勿論、他のアクマを盾にして助かったアクマ達が直ぐに襲ってくる。
『仕方無いか…』
そう呟いたアイリーンは、影を元の大きさに戻すと、アクマの攻撃を避けながら…
謳い出した。
謳いながら、舞う様に軽やかにアクマの攻撃を避け続けるアイリーンは、アクマを足場に飛び回った。
アイリーンを狙った攻撃は、その時足場にされたアクマに当たり、アクマ同士で小さな仲間割れが起きる中、アイリーンの詩が止んだ。
『“常闇ノ調”解放』
瞬間、足許から伸びた影が螺旋を描く様にアイリーンを包み込み、一瞬にして弾け飛んだ。
長い銀髪に団服を身に纏ったアイリーンは、もうそこにはいなかった。
緩く巻かれた長い漆黒の髪、スリットの入った黒いドレス、全身を這う黒い茨の痣…
首に付いた石造りの黒いチョーカーに赤い唇。
その姿はまるで…
『“永久ノ魔女”』
宙に浮くアイリーンの姿を見、方舟の出入り口に沈み行く卵に寄り添っていたノア…ルル=ベルは目を見開いた。
「お前、まさか…身元の割れなかった元帥二人の内の一人か!」
『あら、初対面の貴女にお前だなんて気安く呼んで欲しくないわ』
クスリと笑ったアイリーンが指を鳴らすと、浮いているアイリーンの直ぐ下に出来た影を中心に床が黒く染まり、アクマの死骸だけが床へと沈んでいった。
「何を…」
バキッ…グ、ゴキャ…メキ、ボキボキ…
「な…」
“ゴッ、グチャ”と奇妙な音を立てながら元の大きさへと戻っていく影を前に、ルル=ベルは表情を歪ませた。
「何をした」
“秘密”と言ってカツンとヒールの音を立てて着地したアイリーンは、ニコリと笑って長い袖をヒラヒラと振った。
『これ、久し振りなの』
アイリーンの微笑みが消えた瞬間、その緋色の瞳がルル=ベルを真っ直ぐ見据えた。
『手加減出来無いわ』
そう残してアイリーンは消えた。否、リーバー達には消えた様に見えた。
ルル=ベルの視線の先を追うと、アイリーンが飛び回っているのが確認できる。
アクマを足場に飛び回るアイリーンは、もう剣を持っていなかった。長く、鋭く伸びた黒い爪と体術のみでアクマを斬り裂き、粉砕してゆく。
アイリーンの圧倒的な強さにアクマが合体を始める中、アイリーンは戦いながら困った様に眉を寄せた。
『大き過ぎるわ…貴方達を倒したら科学班が潰れちゃうじゃない』
「動くな、元帥」
細切れにするか…そう考えていたら、声を掛けられた。
反射的にピタリと動きを止めて振り向くと、発動が消えた…完璧に気を失ったアレンが二体のアクマに支えられる様に捕まっていた。
隣には、アクマに抱えられたノアもいる。
『…何をしたの?』
「コイツの首をはねられたくなかったら大人しくしていろ」
困ったな…この距離だと私がアレンを確保するよりも、あのノアがアレンの首を落とす方が早い筈だ。
床から影を伸ばして不意打という手もあるが、彼女は方舟のゲートの上に浮いているアクマに座っている。方舟からは影は伸ばせない。
「もう時間だ」
ルル=ベルは方舟に九割程沈んだ卵をチラリと見ると、アイリーンに視線を戻した。
「14番目が奏者の資格を与えたアレン・ウォーカーは連れ帰って主の前に突き出す。邪魔立てするようなら首を叩き斬る」
『…手出しするな…と』
手を出せば首を落とされ、手を出さなければ拉致される。
随分と一方的な…
「“手が出せる”ならすれば良い」
ルル=ベルの声に合わせて、アイリーンの両手両足を四体のアクマがそれぞれ掴み、最後に五体目のアクマが後ろから羽交い締めにした。
五体のアクマに拘束されたアイリーンは、唯首を傾げた。
『五体…?』
「一応元帥だからな」
『これで私が抑えられるとでも?』
「首を落とすだけの時間は稼げる。やりたければやればいいだろう」
首を落とす時間ね…
力を解放すればそんな心配は皆無だが、こんな所で解放しては失う
今の様子じゃ、口車に乗ってくれる様なタイプじゃ無いだろうし…
“ふむ”と声を漏らしたアイリーンは、じっとルル=ベルを抱えるアクマを見据えた。
「卵は回収した、退くぞ」
ルル=ベルの言葉で焦ったスカル達に急かされ、スカルへと変えられた元科学班員の裸のスカルが一列に並んでのっそりのっそりと方舟のゲートを潜って行く。
「残った人間は殺せ」
ルル=ベルはそう残し、アクマの手を離れて方舟のゲートへと沈んでいった。
よし、アレンを…
「殺せってよ」
「よし、ミンチにしよう」
「綺麗に磔ようよ」
「違う、引き千切るんだ」
「だからその後に踏み潰してミンチにするんだ」
「せっかく綺麗な人間なんだ綺麗に仕上げなきゃ」
「引き千切るんだって」
「磔さ」
「ミンチだよ。肉片が無くなるくらい擦り潰すんだ」
「この目玉ほしいな」
「いっそ真っ二つにして…」
『御黙り』
口々に好きな事を話し出した自分を抑えるアクマ達に、アイリーンはそう冷たく言い放った。
『ミンチに磔に真っ二つ?誰が誰にヤられるっていうの』
好き勝手言いおって…
『私は殺せない』
アレンとアレンを抱えた二体のアクマが方舟に沈みきるまでにアレンを助けなくてはならない。
『私は…』
「連れて行かせるものか!」
「科学班をナメんじゃねぇぞ!」
『っ…!』
バクとリーバーの声と共に、視界の端でブックマンとリーバー達、そしてアレンとアレンを抱えたアクマに結界が張られるのが見えた。
「結界装置?」
「二台しかないのか?」
「ハハッ、バカな人間」
「小癪」
馬鹿にした様に笑うアクマ達の声と、リーバー達の結界を足蹴にして圧迫する様に胃がムカムカした。
「アイリーン!!」
『バク…』
「貴様はそいつ等如きに拘束される程弱くはないだろう!」
二階から降り注ぐバクの声がなんだか懐かしかった。いつかの…
「僕等は弱い…それでも少しくらいは頼れ!」
遠い遠い昔の…
「行け、アイリーン!!」
愛おしい仲間達のそれと被って…
酷く懐かしくて…
『いやね…』
何だか涙が出そうだった。
『皆、とっても格好良いわ』
アイリーンがそう口にした瞬間、リーバー達の結界を足蹴にしていたアクマを、一体のアクマが蹴り飛ばした。
先程までルル=ベルを抱えていたアクマだった。
「オマエ、何する!!」
「壊れたのか?こんなに人間がいるのにアクマを攻撃しやがって!」
次々と攻撃を繰り出すアクマに、応戦するアクマ達は困惑した。
『そのこにはもう何も響か無いわ』
ジョニーが気を失ったアレンを呼び続ける中、アイリーンがグッと手に力を入れると、アイリーンを拘束する五体のアクマは常闇ノ調によって斬り裂かれた。
バラバラとなったアクマのボディが床へと散らばる。
『私を拘束したいなら、身体は勿論…目と口も塞がないと駄目よ。じゃないと全く意味が無いわ』
身体が動かせないなら、指を鳴らして魔法を使えば良い。
指が使えないなら、魔法を詠唱すれば良い。
口が使えないなら…
『アクマにも攻撃以外の術が効くのね』
瞳の力を使えば良い。
ニコリと微笑んだアイリーンの緋色の瞳が一際赤く輝いた。
血の様に深く、同時に炎の様に明るい…不思議な瞳だった。
『そのこの心は私のモモノよ♪』
もうあのアクマは、術が切れない限り自分では動けない。
私の思う通りに動く私の人形だ。
操り人形と化したアクマが暴れ回る中、ふふっと悪戯っぽく笑ったアイリーンは、ジョニーの呼び声に反応して目覚めたアレンが自分を抱えている二体のアクマを斬り裂くのを見て指をパチンッと鳴らした。
『出なさい、リハビリよ』
瞬間、一滴の水を垂らした様に波紋が広がったアイリーンの影から黒い物体が飛び出した。
“それ”が空中で一回転して翼を広げた瞬間、アレンは目を見開いた。
「ブラックパール!」
黒い“それ”は烏であるブラックパールだった。
「行方不明だとばっかり…」
『私の影の中で休養してたのよ』
「休養?」
『パールったらレイを取り戻そうと過去に跳び過ぎて、身体を侵食されちゃってね…よって強制隔離』
“時間移動能力も封印した”というアイリーンに、バクは小さく“無茶苦茶な”と声をもらした。
「ウルサイ、ラチしやがって!ニドとするな、オマエはキライだオンナ!」
『おや、嫌われてしまったな』
楽しそうにクスクス笑うアイリーンに対し、不機嫌そうに舌打ちをしたブラックパールは、一際大きな声で鳴いた。
《イノセンス発動“
声に合わせる様に“バキン”という音と共にブラックパールの羽一本一本が厚みと硬度を増し、目元以外を鎧の様に包んだ。
『さて…』
イノセンスを発動してアクマを攻撃し始めたブラックパールと、それを見て再び戦いだしたアレンを見てふうと息をついたアイリーンは、ボロボロになってになって戦い続ける操り人形と化したアクマの元に一瞬で移動すると、そっとその胸に影で出来た服の袖を突き刺した。
『頑張ってくれて有難う…御免なさいね』
そう小さく口にしたアイリーンが頬にキスを落とした瞬間に人形のアクマは消え去り、アイリーンは人形のアクマと対峙していたアクマをそのままその袖で斬り裂いた。
そして直ぐに方舟のゲートへと向かう。
あまり気は進まないが、方舟の中に入って卵を破壊しなくてはならない。
教団側に回るのもアレだが、ノア側に戻って直されても困る。
「“
『!』
聞き覚えのある声に反応して、方舟のゲートに飛び込み掛けていたアイリーンは空中で身体を止めた。
「対象空間を包囲、時間を吸い出します!」
振り返るとそこにはミランダとミランダを抱えたマリが居た。
私の影の様に広がっていた方舟のゲートからは、先程沈んだ筈の卵が勢い良く出て来る。
「方舟、なかなか良い乗り心地だったぜボーズ」
ミランダとマリ…そして古い白い方舟のゲートから出て来た元帥達を見て、アイリーンは困った様に笑った。
「さぁて…どうされたいか言ってみろ、アクマ共」
二回戦の開始だ。