第4章 最後の元帥
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76
「レイ・アストレイ等どうでもいいのですよ」
円卓を囲む一人…ルベリエの言葉に、俺は自分の耳を疑った。
レイ等どうでもいいだと?
「どうでもいいとは何だ!」
「アイリーン・ネイピア元帥との関係性を知りたかっただけで、レイ・アストレイ元帥自体は我々の手を離れた今、どうしようもありません」
「レイはエクソシスト…元帥だぞ!!」
「バク支部ちょ」
「それが何か?」
「ッ…!?」
「…聞き捨てなりません、長官…レイ・アストレイ元帥は我々の大事な仲間です」
コムイの言葉に、ルベリエは困った様に溜め息を吐いた。
その表情が腹立たしい。
「確かにレイ・アストレイは元帥であり大切な戦力でした」
でした…?
「ですがそれ以外の何者でも無い」
「な…ッ!」
「連れ去られたから何ですか?まぁ、ノア達が裏切り者であるレイ・アストレイを殺さずに取り戻すとは…盲点でしたが」
気怠そうに頬杖をついたルベリエを前に、バクは歯を噛みしめると、ギュッと拳を握り締めた。
「ノアが直接教団に来るとは思っていませんでしたから、レイ・アストレイが“囚われていた人間”ではなくノアだとは…何より“姫君”だとは考えもしなかった。アクマを連れている時点でもっと疑うべきでしたね」
レイがノア…だと…?
「報告もありませんでしたからね」
そんな馬鹿な…上にレイがノアだという事は話していない筈だ。
コムイに目を向けたが、コムイもルベリエがそれを知る理由を知らなそうだった。
「人間であれノアであれ…やはり元帥になどさせず、幽閉しておけばよかったのです」
どこだ…どこから漏れた?
レイの情報を持っていて漏らす奴なんて…
「そうですね…次にレイ・アストレイと顔を合わす事があれば…」
まさか…
「迷わず殺して下さい」
何を言われたのか分からなかった。
レイを…家族であるノアと闘い続けたレイを…
レイを殺す…?
「ルベリエ、貴様!!!」
『バク、落ち着きなさい』
円卓を叩く大きな音と共に立ち上がったバクに、アイリーンはそう淡々と告げた。
「しかし…ッ、アイリーン!!」
『大丈夫だから』
何が大丈夫なのかさっぱり分からなかった。
でも“アイリーンが言うなら”とも思ってしまう…
「ルベリエ長官」
バクが黙って席につくと、コムイがそう声を上げた。
「何ですかな、室長」
「“音ノ鎖”はレイ・アストレイ元帥に適合しています」
「それが何か」
「生かして連れ戻し、再びエクソシストとするのが適切かと」
「記憶が無いのでは意味が無いでしょう」
「戻るかもしれません。戻りさえすれば、レイ・アストレイ元帥は決して僕らを攻撃したりはしない」
「戻らないかもしれません。或いは記憶が戻ったふりなんかをされてみなさい…下手をしたら教団は全滅しますよ」
『その点は私が保証するわ』
そう言ってアイリーンはニッコリと微笑んだ。
『私の能力でレイが嘘を吐いているかを判別出来るわ。能力を使用している間、他の事に手が回らなくなるのが厄介だが』
“それに”と続けたアイリーンは真剣な面持ちに戻り、真っ直ぐにルベリエを見据えた。
『“音ノ鎖”が存在する限り、レイ・アストレイは神に囚われた使徒 よ』
=それぞれの役割=
少し独特な香りを漂わせる紅茶の入ったティーカップをテーブルに置いたアイリーンは、長い銀髪を一つに結い上げると、部屋に備え付けられた小さなキッチンへと立った。
鍋二つさえ並ばないシンクに一口のコンロ、そしてまともにまな板さえ置けない狭いスペース…お茶を淹れるには十分だが、他は不便すぎる狭いキッチンで、アイリーンは手早く作業を始める。
一方紅茶を出された側は、ティーカップを手に、紅茶を一口口にした。
『で、リナリーの御願いを聞いて教団に戻って来ちゃった訳だけど…これからどうする気なの?』
「あんな可愛いの断れ無いだろ」
『……まあ、そうね』
クロスの言葉に、リナリーを思い浮かべたアイリーンは、そう小さく唸る様に返した。
あんな可愛い子に御願い等言われたら、私も恐らく承諾してしまうだろう。
『しかし、貴方の行動範囲が制限されてしまったのが痛手だわ』
レイとの関係性を“単なる知り合い”と誤魔化した私は自由に動けるが、問題のアレンとレイ、両方の師であるクロスは無理だ。
今も部屋の外でクロスの“世話役”の男達がクロスが出てくるのを持っている。
「…まぁ、何とかなるだろ」
『ならないと困るわ。状況は…どちらかと言えば悪いし』
レイの記憶喪失、アレンの異端審問、クロスの拘束…
それにアレンの目線を追う限り、アレンは見えてはいけないモノが見えてる様だが、私には見えず確認出来無いから害があるのか無いのかも判別がつかない。
霊や妖かしの類が見える私が見えないのだから存在さえも絞り込め無いし…
『レイ自身は確実にノア達が護るし、記憶は今後どうにかするとして…問題は貴方とアレンの接触禁止令と現在の教団の戦力よ。ラビとユウの武器は壊れてるし、リナリーの武器も…』
「どうした?」
『リナリーはもう…ある意味適合してないわ』
「…だろうな」
リナリーの対アクマ武器…あれはもう武器としては使いモノにならない。
『次に発動をする時は、イノセンスと同化して寄生型になるしかない。
選ぶのはリナリーだけど…イノセンスに命を犯される寄生型になるだなんてコムイが許さないわ』
寄生型はその身に宿しているイノセンスの力にあてられて長くは生きられない。
特別でも何でもない生身の身体に大き過ぎる力は毒としかならないのだ。
嘗ての私がそうであった様に…
『大き過ぎる力は仇となる』
ダンッと一際大きな音を立てたアイリーンの手元を見る様に目を動かしたクロスは、紅茶を口にした。
「で、お前はさっきから何をやってるんだ」
『料理』
「何でまた…」
『作る約束をしたのよ』
「誰に」
『ラビ達に“今度”って…でもいつになるか分からないから今日にしてしまおうかと思って』
いつ誰が任務に出掛けるか分からないし、いつ私が倒れるか分からない。
まぁ勿論、何が何でも倒れるつもりなんか無いけども。
『にしても、ここは狭過ぎるわね』
「そのスペースで馬鹿みたいに食うガキ共に飯作るなんて無理だぞ」
『やっぱりそう思う?』
この狭いキッチンでは、ラビやユウの分が精一杯でアレンの分なんてとてもじゃない…
『キッチンのバイトでもしようかしら』
「うげ、かったるそうだな」
『あら、楽しそうじゃない。使ってくれるかは分からないけど』
ふふっと笑ったアイリーンは、手早く片付けてエプロンを取ると、クロスの向かいの席の椅子の背凭れにエプロンを掛けた。
「なんだ、マジで行くのか?」
『戸締まりしておいてね』
「幻術解けよ、怪しまれるだろ」
『あぁ、そうね…』
言われて漸く思い出した。
そうだ…私、幻術使ってたんだっけ…
『幻術って嫌いよ、苦手だわ』
「うっかり忘れられるくらい自然にやってんのに苦手は無ぇだろ」
『地味に疲れるのよ…地味~にね』
アイリーンはパチンッと指を鳴らすと、ニッコリと微笑んだ。
『戸締まり頼むわね』
ジャケットを片手に自室を出たアイリーンは、ジャケットに袖を通しながら食堂へ向かって歩いた。
少し遠回りをして科学班が集まる第五研究室の前を通ると、相変わらず科学班は慌ただしく動き回っていた。
方舟の解析等、色々大変何だろう…
『後で差し入れでも持って行くか』
「奇遇ですな、アイリーン・ネイピア元帥」
そう声を掛けられて振り向いたアイリーンは、声の主を見ると、ニッコリと笑った。
『ルベリエ長官』
「科学班に用事ですかな」
元々科学班に用事があったわけでは無いんだけど…
『皆疲れているので、何か軽食でも運ぼうかと考えていた所よ』
「余計な事はしなくて結構ですよ」
『余計な事では無いわ』
余計な事…ルベリエが何故そう思ったかは知らないが、私にも何かを差し入れようとした理由がある。
『あの子達は一人一人が教団の要…行く末の為にも、彼ら自身の身体の為にも、倒れられては困るわ』
エクソシストのサポートするのは彼等だ。
彼等が居なければエクソシスト達は戦えない。特に装備型の対アクマ武器を持つエクソシスト達は…
彼等は常に闘っている。
狭い教団の中で…
それに彼等だっていざという時は、効かぬと知りながらも武器を手に身体をはって戦うだろう。
「会議の時にも言いましたが、我々は勝つ為にあるのだ。
エクソシストを守る為でも、科学班を労う為でも気遣う為でも無い…我々は」
『会議の時に言いそびれたんですが』
ルベリエの言葉を遮ってそう口にしたアイリーンは、笑うのを止めると真っ直ぐにルベリエを見据えた。
『勝つには全ての機関が必要だ。それに大小、特権、戦闘能力等は関係無く、一人一人が教団には必要なのだ。
ヴァチカンの名の下、教団に属している者達はそれぞれの役目を全うし、それぞれ闘っている…そんな団員の身を軽んじる事があっては絶対にならない筈だ』
“という事で”と続けたアイリーンは、先程の様にニッコリと微笑んだ。
『私は科学班に何か口にするモノを作って運ぼう』
「……」
『彼等が居るからこそ我等は闘えるのだ。ならば彼等がそうする様に、我等も彼等に最大限手を尽くさねばならない』
「……お好きにどうぞ」
溜め息混じりにそう口にしたルベリエはいったい何を思っているんだろう。
彼は口が悪い天の邪鬼に見えるんだがな…
『で、貴方はどうしてここに?』
「室長室に用が…あぁ、そうそう。私が作った新作ケーキです、よかったら召し上がりませんか」
そう言ってルベリエが手にしていた皿の蓋を取ると、アイリーンは目をキラキラと輝かせた。
『まぁ、素敵!』
そこには色々な種類の小さなケーキが積み上げられた可愛らしい塔が立っていた。
『綺麗で可愛くて凄く美味しそう…ルベリエ長官、お菓子作り御上手だったのね』
「えぇ、この通り」
『こんな素敵なケーキ見たの初めてだわ』
アイリーンが“御行儀悪くて御免なさいね”と口にした瞬間、アイリーンの影が細長く延び、ケーキの一つを突き刺すとアイリーンの口へと運んだ。
『ん~、美味しい!』
綺麗で可愛く、色々な種類もあって見目も楽しいし、味も甘過ぎない…上品な甘さで何個でも食べれそうだ。
「フォークですか」
頬を手で包む様にして幸せそうに笑っていたアイリーンはそう言われてルベリエの視線を追った。
そこには先程アイリーンの口にケーキを運んだ三つ叉の影があった。
「随分と器用にイノセンスを使いこなしてますね」
『えぇ、便利ですよ。御免なさいね、御行儀悪くて』
室長室での話に加わるわけにはいかないし…
「細かく動かせるのは良い事です」
『有難う…あぁ、長く引き留めて御免なさいね』
「いや、声を掛けたのは私だ」
ケーキの塔に蓋をしたルベリエと別れたアイリーンは、今度は真っ直ぐに食堂へと向かった。
そして注文カウンターに寄り掛かる様にして厨房を覗き込む。
『ジュリー!』
「あらん?アイリーンじゃないの、どうしたの」
ジュリーは奥で洗い物をしていた。シンクの隣には、洗い終わった食器が何塔にも別れて高く積まれている。
『ちょっと御願いがあって』
「おねがい?」
エプロンで手を拭きながら歩いてくるジュリーは、包丁に手を伸ばそうとしている。
何かを注文されると思っているのか、私を追い返そうとしているのか…
『アレン達にご飯作る約束したんだけど、部屋のキッチンじゃ狭くて…良かったら一回だけでも良いから私をキッチンで使ってくれないかしら?』
「は?」
“食事とる気になったんじゃないの?”と包丁を置くジュリーは、私に何かを作ってくれようとしている様だった。
だが残念ながらお腹は減っていないし、ここに来た理由も違う。
『駄目?』
「ダメじゃないけど…アンタの腕次第ね」
『じゃあ、私これから科学班に差し入れ作る予定なんだけど、ここで作っても良い?それを見て判断してくれればいいわ』
「まあ、今は空いてる時間だからいいわよ~アイツ等に何か食べさせなきゃとも思ってたし…科学班の食事が勝手にできて、上手くいきゃバイトが見つかるだなんて一石二鳥だわ」
“入ってらっしゃい”と言われ厨房に入ったアイリーンは、一つに結った長い銀髪を団子にして結い上げ、ジャケットを脱いだ。
「食材は何が必要?」
『豚肉、鶏肉、レタス、アボカド、トマト、玉葱、アスパラ、チーズと…』
アイリーンが言うものを次々と出していたジュリーは、全てを出し終えると、ふぅと溜め息を吐いた。
『後、パンとバター』
「随分作るわね」
『三種類のサンドイッチを人数分ね』
「お野菜たっぷりで素敵だわ」
楽しそうに笑ったアイリーンは直ぐに支度を始めた。
パンを焼きながら手際良く食材を切り、調理しながら挟んでジュリーの用意したワゴンに並べていく。
そして大量の珈琲と紅茶、炭酸ジュースの入ったタンクを積み込む。
全てが終わった頃にはワゴンは四つになっていた。
「四つになっちゃったわねぇ…運ぶの手伝うわ」
『大丈夫よ』
そうアイリーンが口にした瞬間、四つのワゴンは丸く広がったアイリーンの影へと沈んでいった。
「アラ、便利ね」
『えぇ、常に手ぶらでいられるわ』
アイリーンは捲った袖を戻し、ジャケットを着込むと第五研究室へと向かった。
そして部屋の真ん中へと向かう。
「あぁ、アイリーン元帥」
『アイリーンで結構よ、リーバー』
「じゃあ、アイリーン」
『あのねリーバー、私…』
「お~い、皆手ぇ止めろぉ!」
『ぇ…?』
影からワゴンを出していたアイリーンは、リーバーの言葉にそう間の抜けた声をもらした。
「え、差し入れ持ってきてくれたんだろ?」
影から出掛かったワゴンを指差してそう言うリーバーの言葉の意味が分からなかった。
『何で…』
何でリーバーが差し入れの事…
「研究室の真ん前でルベリエに喧嘩売ってりゃ、入り口近くを通った奴は誰でも気付くって」
“んで、聞き耳くらいたてるさ”と言われ、アイリーンは困った様に眉を寄せた。
『聞かれてたなんて…』
仄かに頬を赤らめたアイリーンを見て、科学班の面々は楽しそうに笑った。
「そんな事言うなよ、俺らは嬉しかったぜ…それにお前が絶対来るって分かったし」
『絶対…?』
「“彼等が居るからこそ我等は闘えるのだ。ならば彼等がそうする様に、我等も彼等に最大限手を尽くさねばならない”」
『何でそんなにはっきり…』
「嬉しかったからな、そりゃ覚えるさ」
溜め息を吐いたアイリーンは、四つのワゴンの上に掛けられた布を引っ張って退かした。
『サンドイッチと飲み物よ…』
恥ずかしいが、広まってしまったモノは仕方無い。
『ちゃんと食べて、御仕事頑張ってね』
アイリーンがそう言って微笑めば、科学班達は直ぐにワゴンに飛びかかった。
「お前ら、俺の分残しとけよー!!」
そう言いながらアイリーンの手を取って人混みの中を抜けたリーバーは、自分の席に向かうとアイリーンを自分の椅子へ座らせた。
『リーバー…』
「ほんと…お前はレイにやる事がそっくりだ」
私がレイに…
それはきっと逆だが、素直に嬉しかった。
「レイもよく差し入れしてくれた」
『そう』
レイは…元気かしら…
こんな事になってあの子には負担が掛かってる筈だけど…
「アイリーン」
『…なぁに』
「頼む…レイを助けてくれ」
私が“どういう意味?”と聞く前にリーバーは話し出した。
「連れ帰れって意味じゃないんだ…教団に帰ってきたらアイツは殺されちまうかもしれない」
確実に殺されるだろう。
レイはノアであり、千年伯爵の大切な姫だ。
「ただ記憶が戻ってほしいんだ」
『…どうなるか分かっているの?』
「レイが板挟みになっちまうのは分かってる。でも俺は……俺らは…」
リーバーが言う事は容易に想像がついた。
『「レイと戦いたくないんだ」』
綺麗に揃った声に、リーバーは顔を歪めた。
『皆、同じ事を考えている筈だ』
「…あぁ」
皆、同じ事を考えている。
そして何が必要なのか気付いている…
『リーバーはあれでしょう?』
分かっている。
私は優しいリーバーが考えてる事が…
『アレン達にやらせたくないのよね』
レイを取り戻す為にはレイと対峙する必要がある。
そして戦わなくてはならない可能性も…
もし何かの拍子にアレン達のイノセンスがレイに致命傷を与えてしまったら、レイは消滅する可能性がある。
アレン達は酷く傷付くだろう…優しいリーバーはそれを危惧している。
『優しいのね、リーバー』
「優しくない…アレン達を傷付けない為に俺は…お前に重荷を背負わそうとしてんだ」
『優しい子…』
そう小さく呟いたアイリーンは、リーバーの手を取ると、ニッコリと微笑んだ。
『大丈夫よ、リーバー』
「アイリーン…」
大丈夫…
大丈夫よ、リーバー…
『絶対に私がレイを救ってやろう』
私は終わらせる為に此処にいる──…
「レイ・アストレイ等どうでもいいのですよ」
円卓を囲む一人…ルベリエの言葉に、俺は自分の耳を疑った。
レイ等どうでもいいだと?
「どうでもいいとは何だ!」
「アイリーン・ネイピア元帥との関係性を知りたかっただけで、レイ・アストレイ元帥自体は我々の手を離れた今、どうしようもありません」
「レイはエクソシスト…元帥だぞ!!」
「バク支部ちょ」
「それが何か?」
「ッ…!?」
「…聞き捨てなりません、長官…レイ・アストレイ元帥は我々の大事な仲間です」
コムイの言葉に、ルベリエは困った様に溜め息を吐いた。
その表情が腹立たしい。
「確かにレイ・アストレイは元帥であり大切な戦力でした」
でした…?
「ですがそれ以外の何者でも無い」
「な…ッ!」
「連れ去られたから何ですか?まぁ、ノア達が裏切り者であるレイ・アストレイを殺さずに取り戻すとは…盲点でしたが」
気怠そうに頬杖をついたルベリエを前に、バクは歯を噛みしめると、ギュッと拳を握り締めた。
「ノアが直接教団に来るとは思っていませんでしたから、レイ・アストレイが“囚われていた人間”ではなくノアだとは…何より“姫君”だとは考えもしなかった。アクマを連れている時点でもっと疑うべきでしたね」
レイがノア…だと…?
「報告もありませんでしたからね」
そんな馬鹿な…上にレイがノアだという事は話していない筈だ。
コムイに目を向けたが、コムイもルベリエがそれを知る理由を知らなそうだった。
「人間であれノアであれ…やはり元帥になどさせず、幽閉しておけばよかったのです」
どこだ…どこから漏れた?
レイの情報を持っていて漏らす奴なんて…
「そうですね…次にレイ・アストレイと顔を合わす事があれば…」
まさか…
「迷わず殺して下さい」
何を言われたのか分からなかった。
レイを…家族であるノアと闘い続けたレイを…
レイを殺す…?
「ルベリエ、貴様!!!」
『バク、落ち着きなさい』
円卓を叩く大きな音と共に立ち上がったバクに、アイリーンはそう淡々と告げた。
「しかし…ッ、アイリーン!!」
『大丈夫だから』
何が大丈夫なのかさっぱり分からなかった。
でも“アイリーンが言うなら”とも思ってしまう…
「ルベリエ長官」
バクが黙って席につくと、コムイがそう声を上げた。
「何ですかな、室長」
「“音ノ鎖”はレイ・アストレイ元帥に適合しています」
「それが何か」
「生かして連れ戻し、再びエクソシストとするのが適切かと」
「記憶が無いのでは意味が無いでしょう」
「戻るかもしれません。戻りさえすれば、レイ・アストレイ元帥は決して僕らを攻撃したりはしない」
「戻らないかもしれません。或いは記憶が戻ったふりなんかをされてみなさい…下手をしたら教団は全滅しますよ」
『その点は私が保証するわ』
そう言ってアイリーンはニッコリと微笑んだ。
『私の能力でレイが嘘を吐いているかを判別出来るわ。能力を使用している間、他の事に手が回らなくなるのが厄介だが』
“それに”と続けたアイリーンは真剣な面持ちに戻り、真っ直ぐにルベリエを見据えた。
『“音ノ鎖”が存在する限り、レイ・アストレイは神に囚われた
=それぞれの役割=
少し独特な香りを漂わせる紅茶の入ったティーカップをテーブルに置いたアイリーンは、長い銀髪を一つに結い上げると、部屋に備え付けられた小さなキッチンへと立った。
鍋二つさえ並ばないシンクに一口のコンロ、そしてまともにまな板さえ置けない狭いスペース…お茶を淹れるには十分だが、他は不便すぎる狭いキッチンで、アイリーンは手早く作業を始める。
一方紅茶を出された側は、ティーカップを手に、紅茶を一口口にした。
『で、リナリーの御願いを聞いて教団に戻って来ちゃった訳だけど…これからどうする気なの?』
「あんな可愛いの断れ無いだろ」
『……まあ、そうね』
クロスの言葉に、リナリーを思い浮かべたアイリーンは、そう小さく唸る様に返した。
あんな可愛い子に御願い等言われたら、私も恐らく承諾してしまうだろう。
『しかし、貴方の行動範囲が制限されてしまったのが痛手だわ』
レイとの関係性を“単なる知り合い”と誤魔化した私は自由に動けるが、問題のアレンとレイ、両方の師であるクロスは無理だ。
今も部屋の外でクロスの“世話役”の男達がクロスが出てくるのを持っている。
「…まぁ、何とかなるだろ」
『ならないと困るわ。状況は…どちらかと言えば悪いし』
レイの記憶喪失、アレンの異端審問、クロスの拘束…
それにアレンの目線を追う限り、アレンは見えてはいけないモノが見えてる様だが、私には見えず確認出来無いから害があるのか無いのかも判別がつかない。
霊や妖かしの類が見える私が見えないのだから存在さえも絞り込め無いし…
『レイ自身は確実にノア達が護るし、記憶は今後どうにかするとして…問題は貴方とアレンの接触禁止令と現在の教団の戦力よ。ラビとユウの武器は壊れてるし、リナリーの武器も…』
「どうした?」
『リナリーはもう…ある意味適合してないわ』
「…だろうな」
リナリーの対アクマ武器…あれはもう武器としては使いモノにならない。
『次に発動をする時は、イノセンスと同化して寄生型になるしかない。
選ぶのはリナリーだけど…イノセンスに命を犯される寄生型になるだなんてコムイが許さないわ』
寄生型はその身に宿しているイノセンスの力にあてられて長くは生きられない。
特別でも何でもない生身の身体に大き過ぎる力は毒としかならないのだ。
嘗ての私がそうであった様に…
『大き過ぎる力は仇となる』
ダンッと一際大きな音を立てたアイリーンの手元を見る様に目を動かしたクロスは、紅茶を口にした。
「で、お前はさっきから何をやってるんだ」
『料理』
「何でまた…」
『作る約束をしたのよ』
「誰に」
『ラビ達に“今度”って…でもいつになるか分からないから今日にしてしまおうかと思って』
いつ誰が任務に出掛けるか分からないし、いつ私が倒れるか分からない。
まぁ勿論、何が何でも倒れるつもりなんか無いけども。
『にしても、ここは狭過ぎるわね』
「そのスペースで馬鹿みたいに食うガキ共に飯作るなんて無理だぞ」
『やっぱりそう思う?』
この狭いキッチンでは、ラビやユウの分が精一杯でアレンの分なんてとてもじゃない…
『キッチンのバイトでもしようかしら』
「うげ、かったるそうだな」
『あら、楽しそうじゃない。使ってくれるかは分からないけど』
ふふっと笑ったアイリーンは、手早く片付けてエプロンを取ると、クロスの向かいの席の椅子の背凭れにエプロンを掛けた。
「なんだ、マジで行くのか?」
『戸締まりしておいてね』
「幻術解けよ、怪しまれるだろ」
『あぁ、そうね…』
言われて漸く思い出した。
そうだ…私、幻術使ってたんだっけ…
『幻術って嫌いよ、苦手だわ』
「うっかり忘れられるくらい自然にやってんのに苦手は無ぇだろ」
『地味に疲れるのよ…地味~にね』
アイリーンはパチンッと指を鳴らすと、ニッコリと微笑んだ。
『戸締まり頼むわね』
ジャケットを片手に自室を出たアイリーンは、ジャケットに袖を通しながら食堂へ向かって歩いた。
少し遠回りをして科学班が集まる第五研究室の前を通ると、相変わらず科学班は慌ただしく動き回っていた。
方舟の解析等、色々大変何だろう…
『後で差し入れでも持って行くか』
「奇遇ですな、アイリーン・ネイピア元帥」
そう声を掛けられて振り向いたアイリーンは、声の主を見ると、ニッコリと笑った。
『ルベリエ長官』
「科学班に用事ですかな」
元々科学班に用事があったわけでは無いんだけど…
『皆疲れているので、何か軽食でも運ぼうかと考えていた所よ』
「余計な事はしなくて結構ですよ」
『余計な事では無いわ』
余計な事…ルベリエが何故そう思ったかは知らないが、私にも何かを差し入れようとした理由がある。
『あの子達は一人一人が教団の要…行く末の為にも、彼ら自身の身体の為にも、倒れられては困るわ』
エクソシストのサポートするのは彼等だ。
彼等が居なければエクソシスト達は戦えない。特に装備型の対アクマ武器を持つエクソシスト達は…
彼等は常に闘っている。
狭い教団の中で…
それに彼等だっていざという時は、効かぬと知りながらも武器を手に身体をはって戦うだろう。
「会議の時にも言いましたが、我々は勝つ為にあるのだ。
エクソシストを守る為でも、科学班を労う為でも気遣う為でも無い…我々は」
『会議の時に言いそびれたんですが』
ルベリエの言葉を遮ってそう口にしたアイリーンは、笑うのを止めると真っ直ぐにルベリエを見据えた。
『勝つには全ての機関が必要だ。それに大小、特権、戦闘能力等は関係無く、一人一人が教団には必要なのだ。
ヴァチカンの名の下、教団に属している者達はそれぞれの役目を全うし、それぞれ闘っている…そんな団員の身を軽んじる事があっては絶対にならない筈だ』
“という事で”と続けたアイリーンは、先程の様にニッコリと微笑んだ。
『私は科学班に何か口にするモノを作って運ぼう』
「……」
『彼等が居るからこそ我等は闘えるのだ。ならば彼等がそうする様に、我等も彼等に最大限手を尽くさねばならない』
「……お好きにどうぞ」
溜め息混じりにそう口にしたルベリエはいったい何を思っているんだろう。
彼は口が悪い天の邪鬼に見えるんだがな…
『で、貴方はどうしてここに?』
「室長室に用が…あぁ、そうそう。私が作った新作ケーキです、よかったら召し上がりませんか」
そう言ってルベリエが手にしていた皿の蓋を取ると、アイリーンは目をキラキラと輝かせた。
『まぁ、素敵!』
そこには色々な種類の小さなケーキが積み上げられた可愛らしい塔が立っていた。
『綺麗で可愛くて凄く美味しそう…ルベリエ長官、お菓子作り御上手だったのね』
「えぇ、この通り」
『こんな素敵なケーキ見たの初めてだわ』
アイリーンが“御行儀悪くて御免なさいね”と口にした瞬間、アイリーンの影が細長く延び、ケーキの一つを突き刺すとアイリーンの口へと運んだ。
『ん~、美味しい!』
綺麗で可愛く、色々な種類もあって見目も楽しいし、味も甘過ぎない…上品な甘さで何個でも食べれそうだ。
「フォークですか」
頬を手で包む様にして幸せそうに笑っていたアイリーンはそう言われてルベリエの視線を追った。
そこには先程アイリーンの口にケーキを運んだ三つ叉の影があった。
「随分と器用にイノセンスを使いこなしてますね」
『えぇ、便利ですよ。御免なさいね、御行儀悪くて』
室長室での話に加わるわけにはいかないし…
「細かく動かせるのは良い事です」
『有難う…あぁ、長く引き留めて御免なさいね』
「いや、声を掛けたのは私だ」
ケーキの塔に蓋をしたルベリエと別れたアイリーンは、今度は真っ直ぐに食堂へと向かった。
そして注文カウンターに寄り掛かる様にして厨房を覗き込む。
『ジュリー!』
「あらん?アイリーンじゃないの、どうしたの」
ジュリーは奥で洗い物をしていた。シンクの隣には、洗い終わった食器が何塔にも別れて高く積まれている。
『ちょっと御願いがあって』
「おねがい?」
エプロンで手を拭きながら歩いてくるジュリーは、包丁に手を伸ばそうとしている。
何かを注文されると思っているのか、私を追い返そうとしているのか…
『アレン達にご飯作る約束したんだけど、部屋のキッチンじゃ狭くて…良かったら一回だけでも良いから私をキッチンで使ってくれないかしら?』
「は?」
“食事とる気になったんじゃないの?”と包丁を置くジュリーは、私に何かを作ってくれようとしている様だった。
だが残念ながらお腹は減っていないし、ここに来た理由も違う。
『駄目?』
「ダメじゃないけど…アンタの腕次第ね」
『じゃあ、私これから科学班に差し入れ作る予定なんだけど、ここで作っても良い?それを見て判断してくれればいいわ』
「まあ、今は空いてる時間だからいいわよ~アイツ等に何か食べさせなきゃとも思ってたし…科学班の食事が勝手にできて、上手くいきゃバイトが見つかるだなんて一石二鳥だわ」
“入ってらっしゃい”と言われ厨房に入ったアイリーンは、一つに結った長い銀髪を団子にして結い上げ、ジャケットを脱いだ。
「食材は何が必要?」
『豚肉、鶏肉、レタス、アボカド、トマト、玉葱、アスパラ、チーズと…』
アイリーンが言うものを次々と出していたジュリーは、全てを出し終えると、ふぅと溜め息を吐いた。
『後、パンとバター』
「随分作るわね」
『三種類のサンドイッチを人数分ね』
「お野菜たっぷりで素敵だわ」
楽しそうに笑ったアイリーンは直ぐに支度を始めた。
パンを焼きながら手際良く食材を切り、調理しながら挟んでジュリーの用意したワゴンに並べていく。
そして大量の珈琲と紅茶、炭酸ジュースの入ったタンクを積み込む。
全てが終わった頃にはワゴンは四つになっていた。
「四つになっちゃったわねぇ…運ぶの手伝うわ」
『大丈夫よ』
そうアイリーンが口にした瞬間、四つのワゴンは丸く広がったアイリーンの影へと沈んでいった。
「アラ、便利ね」
『えぇ、常に手ぶらでいられるわ』
アイリーンは捲った袖を戻し、ジャケットを着込むと第五研究室へと向かった。
そして部屋の真ん中へと向かう。
「あぁ、アイリーン元帥」
『アイリーンで結構よ、リーバー』
「じゃあ、アイリーン」
『あのねリーバー、私…』
「お~い、皆手ぇ止めろぉ!」
『ぇ…?』
影からワゴンを出していたアイリーンは、リーバーの言葉にそう間の抜けた声をもらした。
「え、差し入れ持ってきてくれたんだろ?」
影から出掛かったワゴンを指差してそう言うリーバーの言葉の意味が分からなかった。
『何で…』
何でリーバーが差し入れの事…
「研究室の真ん前でルベリエに喧嘩売ってりゃ、入り口近くを通った奴は誰でも気付くって」
“んで、聞き耳くらいたてるさ”と言われ、アイリーンは困った様に眉を寄せた。
『聞かれてたなんて…』
仄かに頬を赤らめたアイリーンを見て、科学班の面々は楽しそうに笑った。
「そんな事言うなよ、俺らは嬉しかったぜ…それにお前が絶対来るって分かったし」
『絶対…?』
「“彼等が居るからこそ我等は闘えるのだ。ならば彼等がそうする様に、我等も彼等に最大限手を尽くさねばならない”」
『何でそんなにはっきり…』
「嬉しかったからな、そりゃ覚えるさ」
溜め息を吐いたアイリーンは、四つのワゴンの上に掛けられた布を引っ張って退かした。
『サンドイッチと飲み物よ…』
恥ずかしいが、広まってしまったモノは仕方無い。
『ちゃんと食べて、御仕事頑張ってね』
アイリーンがそう言って微笑めば、科学班達は直ぐにワゴンに飛びかかった。
「お前ら、俺の分残しとけよー!!」
そう言いながらアイリーンの手を取って人混みの中を抜けたリーバーは、自分の席に向かうとアイリーンを自分の椅子へ座らせた。
『リーバー…』
「ほんと…お前はレイにやる事がそっくりだ」
私がレイに…
それはきっと逆だが、素直に嬉しかった。
「レイもよく差し入れしてくれた」
『そう』
レイは…元気かしら…
こんな事になってあの子には負担が掛かってる筈だけど…
「アイリーン」
『…なぁに』
「頼む…レイを助けてくれ」
私が“どういう意味?”と聞く前にリーバーは話し出した。
「連れ帰れって意味じゃないんだ…教団に帰ってきたらアイツは殺されちまうかもしれない」
確実に殺されるだろう。
レイはノアであり、千年伯爵の大切な姫だ。
「ただ記憶が戻ってほしいんだ」
『…どうなるか分かっているの?』
「レイが板挟みになっちまうのは分かってる。でも俺は……俺らは…」
リーバーが言う事は容易に想像がついた。
『「レイと戦いたくないんだ」』
綺麗に揃った声に、リーバーは顔を歪めた。
『皆、同じ事を考えている筈だ』
「…あぁ」
皆、同じ事を考えている。
そして何が必要なのか気付いている…
『リーバーはあれでしょう?』
分かっている。
私は優しいリーバーが考えてる事が…
『アレン達にやらせたくないのよね』
レイを取り戻す為にはレイと対峙する必要がある。
そして戦わなくてはならない可能性も…
もし何かの拍子にアレン達のイノセンスがレイに致命傷を与えてしまったら、レイは消滅する可能性がある。
アレン達は酷く傷付くだろう…優しいリーバーはそれを危惧している。
『優しいのね、リーバー』
「優しくない…アレン達を傷付けない為に俺は…お前に重荷を背負わそうとしてんだ」
『優しい子…』
そう小さく呟いたアイリーンは、リーバーの手を取ると、ニッコリと微笑んだ。
『大丈夫よ、リーバー』
「アイリーン…」
大丈夫…
大丈夫よ、リーバー…
『絶対に私がレイを救ってやろう』
私は終わらせる為に此処にいる──…