第4章 最後の元帥
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「おや、誰だい?」
アイリーンを見て不思議そうに首を傾げたオセアニア支部長、アンドリュー・ナンセンの言葉に、数席隣の北米支部長、レニー・エプスタインはクスリと笑った。
「あら、今噂のお嬢さんでしょ」
巨大な円卓を囲む様に並んだ席には各支部の支部長と元帥達が着席していた。
空席はいくつかあるが、これは…
『どこに座ったら良いかしら?』
「あぁ、クロス元帥の隣でいいですよ」
コムイがアイリーンにそう話す中、バクは支部長達が並んで座っている所まで歩いて行き、空いた席へと腰を降ろした。
「で、どんな噂なのかね?」
ふいに隣から自分に向けて発せられた言葉に、バクは呆れた様に溜め息を吐いた。
「ルイジ・フェルミ、貴様はどこを歩いてきたんだ」
「廊下だが?」
「どこをどうやって歩いてきたら、あいつの噂が飛び交う教団内で噂を耳にせずにここまで来れたんだ」
「あぁ、確かに。でもまぁ、僕も“凄い美人が入団した”ってとこしか耳に入んなかったんだけどね」
「都合の良い耳だな」
一方アイリーンは、ふんっと鼻を鳴らして椅子に深々と腰を掛けたクロスが、円卓に足を乗せて組んだのを見て、隣の席の椅子を引きながら小声で話し掛けた。
『会議なんでしょう?そんなに不作法でも良いの?』
「あぁ、かまわねぇよ」
凄く嘘の様な気がする。
別にクロスを疑いたい訳じゃ無いんだが、これはちょっと…
『クロス、貴方それ…』
「長い間アナグラから出てこなかった臆病者が、こんな小娘だったとはな」
鉄仮面の男、ウィンターズ・ソカロの言葉にアイリーンはピタリと動きを止めた。
隣に座る女性、クラウド・ナインは興味が無さそうに目を閉じてじっと座っていたが、ふと口を開いた。
「臆病者かは知らないが、見た目は関係無いだろう」
「足手纏いの使えない奴ならごめんだ」
「あぁ、ならコイツは」
『私、争い事は嫌いなの』
クロスの言葉を遮る様にそう口にしたアイリーンは“でも”と呟いた瞬間、一瞬にしてソカロの背後に立つと、そっとその首筋に手を添えた。
『相手を叩きのめす力は自信があるわ』
「!?」
『“誰よりも”ね』
言いながら席に戻って腰を降ろしたアイリーンが“試してみる?”と言ってクスリと妖艶に笑った瞬間、アイリーンの腕から生える様に無数の黒い刃物が飛び出た。
クロスが抑える様にその手を取る。
「アイリーン、いい加減にしろ」
『手合わせくらい良いじゃないの…運動不足なのよ』
「大怪我した後だろ」
“知らないとでも思ったか”と言うクロスに、アイリーンは困った様に溜め息を吐いてイノセンスを仕舞った。
『…分かったわ』
まさか知られてるとは…
この間の怪我の所為で家族に手合わせをしてもらえないから丁度良いと思ったのに…
「お集まりいただけましたかな」
そう新たな声が響いた。
顔を上げると、部屋の入り口から二人…斬新な髪型に口髭の男性と、額の二つ縦に並んだ黒子が印象的な青年が歩いてきて、空いていた席へと腰を降ろした。
態度からするに上官であろう。
「どうも、中央庁特別監査役マルコム=C=ルベリエです。早速、この度の委細についてご報告頂きたい」
委細ねぇ…
レイについての審議も勿論あるだろうが、口を閉じておくか。
「いや、今日は実に楽しい時間が過ごせそうですな。何せビッグゲストが二人もいらっしゃる」
視線を感じて目を向けると、マルコム=C=ルベリエは目が合うとニッコリと愛想良く笑った。
「あなた方を諮問する日を実に心待ちにしていましたよ」
笑っていたルベリエはそう口にした次の瞬間、キッと私とクロスを睨み付けた。
「クロス・マリアン元帥、アイリーン・ネイピア元帥」
その目を見ていたら、ふと苦手な蛙を思い出した。
『…あら、出来たら遠慮したいわ』
「そんな事出来るわけがないでしょう。空席だった時間分全て聞かせていただきます……あぁ、勿論…」
『勿論?』
「レイ・アストレイ元元帥についてもね」
=監視の目=
「はぁ~、アンタが噂の元帥なのね」
オーダーカウンターに寄り掛かりながらそう言って上から下までまじまじと見てくる相手に、アイリーンは困った様に笑った。
『アイリーン・ネイピアよ、宜しく』
「ジュリーよ、何でも作ってあげるから遠慮せずに言いなさい!」
『何でも…』
「何でもよ」
それは嬉しい言葉だ。
他人が作った料理を食べるなんて何時振りだろう…
『じゃあ、クラムチャウダーを』
「クラムチャウダーね」
『えぇ』
「………で?」
『えっと…クラムチャウダーで』
「そうじゃなくて他は?」
『あぁ、クラムチャウダーだけで』
「何アンタ、それだけしか食べないの?」
『あまり食べる方じゃないから』
ジュリーの言葉に内心焦った。
何でも作ってくれるというのに、クラムチャウダーだけでは失礼だっただろうか…
「分かったわ…席ついてなさい、特別に持ってって上げるから」
『有難う』
調理に戻ったジュリーを見届けて辺りを見回すと、見覚えのある後ろ姿を見付けた。
『ら…』
「アイリーン・ネイピア元帥!」
『はい…?』
振り返った先には見知らぬ男達が立っていた。
この人達、探索部隊の…
「よかったら俺らと食べません?」
『ぇ…?あぁ、御免なさい…私、話をしたい人がいて』
「話なんか後でもいいじゃないっすか」
『えぇ、でも』
「あぁそうだ、後で教団内案内しますよ」
困ったな…確かに入団したばかりだけど、レイ越しに見てたから知らない事なんて無いんだけど…
「取り敢えず座りましょう!あっちに席取ってあるんで…」
「ダ〜メさ」
そう、声と共に手を取られた。
手を取った相手は、ギュッと私の手を握り締めると、そっと自分の口許に寄せた。
「俺が先約」
小さく舌打ちをした探索部隊達が散っていくのを確認したアイリーンは、自分の手を握った相手にだけに聞こえる様に小さく呟いた。
『有難う、ラビ』
「アイリーン、モテモテさ」
『そんな事無いわよ。長い間姿を現さなかった私が珍しいだけよ』
「うっわぁ…ボケボケだな」
『ボケボケ…?』
ラビは不思議そうな顔をしたアイリーンを連れて、アレンやリナリー、ミランダが並ぶ席に戻った。
「アイリーン!」
口許に食べカスを付けて食事を続けるアレンは愛らしいが…
『アレン…凄い食欲ね』
料理が乗っていただろう皿の山と、テーブルに並ぶ料理の量が尋常じゃ無い。
「僕、寄生型なんで」
「見てるだけでお腹いっぱいになるよね」
「えぇ、アレン君ったら凄く美味しそうに食べるから」
四六時中見ていたわけではないからな…知らなかった。
寄生型って力を消費する分食べるのね。
『アレン』
「はい」
アレンの向かいの席に腰掛けたアイリーンは、頬杖をつくとニッコリと微笑んだ。
『今度私が作った料理も食べてくれるかしら』
「ぇ…いいんですか?」
「狡いさぁ!アイリーン、俺も食べたい!!」
アイリーンは“喜んで”と言って嬉しそうに笑いながら、顔に掛かる長い銀髪を耳に掛けた。
『家族以外に作るなんて久し振り…』
最後に家族以外に料理を作ったのは何時だっただろうか…もうそれさえ覚えていない。
大事な記憶の筈なのに、誰に作ったかは覚えているが、それがどれ程前の事だったかは最早皆目見当もつかない。
「アイリーンの家族ってどんな人達なんですか?」
一瞬何を聞かれたか分からなかった。
『家族か…?』
「お子さんがいるって言ってましたよね」
「え、ママさんなの?!」
「とてもママさんには見えないけどな~」
『あぁ…』
別に良いかと思った。
家族は大好きだし、誇らしい。
アイリーンはパタンと指を鳴らして目に見えない障壁を張ると“秘密よ”と言って話し出した。
『子は私が産んだ子を合わせて六人いるわ』
「六人?!!」
驚く皆が面白くて思わず笑った。
『それに家族は砕覇や騎龍達も合わせると数え切れない程…
私の家族は凄く多くて、種族もバラバラで、歩んだ道もそれぞれで…もうどうやっても会えない子も多いけど』
強くて、優しくて、甘えん坊な子も多いけど、頼りになる家族で…
「アイリーン…」
『特別に素敵なの』
“ふふっ”と声のもれた口許を押さえたアイリーンは、パチンッと指を鳴らしながら一際嬉しそうに微笑んだ。
「な~に、話してるの?」
ふと顔を上げると、ジュリーが豚の丸焼きとスープ皿を手に立っていた。
「おまちど~ん」
『美味しそう』
テーブルに置かれたクラムチャウダーと豚の丸焼きからは凄く良い匂いが広がっている。
「あ、ジュリーさん、ありがとうございます!」
あ…やっぱり豚の丸焼きはアレンが食べるのね。
本当に凄い食欲…
「後アンタはこれも」
そう言ってクラムチャウダーの隣に置かれたパンが二切れ乗った皿に、アイリーンは首を傾げた。
『えっと…』
「アンタは食べなすぎよ」
“食べなさい”とジュリーに見張られる様に見られ、アイリーンは困った様に…しかし嬉しそうに微笑むと、そっと手を合わせた。
『いただきます』
一口口に運べば、クラムチャウダーの旨味と温かさが身体に染みた。
「どうかしら」
『凄く美味しいわ』
美味しそうに食べるアイリーンが全部食べるのを見届けたジュリーが食器を厨房に運んで行き、アイリーンはすっと立ち上がった。
『私そろそろ行くわね』
「え、もう行くの?」
「さっき、誰かに話しあるって言ってなかったか?」
『あぁ、もう必要無いわ』
アレンが心配だったんだけど…一応は大丈夫みたいだから。
それに皆の身体の具合も、必要であればこっそり治癒術を使おうと思ったけども大丈夫そうだ。
『ゆっくり良く噛んで食べなさいね』
そう残して歩き始めたアイリーンは、反対側の食堂の入り口に白い箱を持った青年…額の黒子が印象的なルベリエの部下の監査官、ハワード・リンクを見付けて小さく手を振った。
するとそれを見付けたリンクは無表情のまま小さく頭を下げた。
『礼儀正しい子…』
小さく笑ったアイリーンは、そのまま食堂を後にすると、直ぐに教団から与えられた自室へと向かった。
そして部屋に入ると同時に後ろ手で部屋の扉に鍵を掛けると、パチンッと指を鳴らした。
『もう良いわよ』
アイリーンがそう口にすると同時に何処からともなく姿を現した長い薄紫色の髪を複雑に結った女は、ベッドへと腰を降ろすと腰に付いた酒瓶を呷った。
『どうだった、蘭寿?』
「ぷはぁ~…う~、ダメらね。レイの奴、記憶を操作されれるんらか抜かれてるんらか…屋敷を出ら後の記憶ろ、──の記憶がさっぱり抜け落ちれる」
私の記憶が抜けてる?
どういう事だ…
「猫の姿で部屋に入ってもみたが駄目らった。猫の姿であれ、この痣見りゃ気付くと思ったんらけろ全く反応しやしない」
左目の目許のタトゥーの様な痣に触れながら、アイリーンを前に蘭寿は再び酒を呷った。
「んれ、酒臭いのを不信り思われたから適当に逃げれきら」
『酒の匂いで怪しまれるって…』
何て蘭寿らしい…
「後、──にも監視が付いてるらろう?」
『あぁ…こそこそと嗅ぎ回られてる様だよ』
“鬱陶しくてならん”と言って蘭寿の隣へと腰を降ろしたアイリーンは、クスリと笑った。
『まぁ、術や魔法がある限り私から秘密裏に情報を盗むなんて無理だが』
「あぁ、奴等には今も何ろ聞こえ無いらろ」
『しかし無音というのも怪しまれるからそろそろ術を解かないといけないわね』
「幻術を使えばいいらろう」
『面倒臭い』
「お前らしいら、──」
幻術は苦手だ…なるべく使いたくはない。
無駄に体力消耗してたらいざという時に更に面倒な事になる。
アイリーンは立ち上がると、長い銀髪を後ろへと流した。
『行ってくる。もう術を解くわよ、蘭寿』
「どこ行くら?」
『クロスの所…私は記憶に頼り過ぎたわ。本格的に手を出すと決めたにしては知らない事が多過ぎる』
「気を付けろろ、──…もう次は和らげる事も出来らい」
『えぇ、分かってるわ』
もう動けなくなる程の怪我は負えない…負った瞬間、私にとっての此の世界が終わる。
私は、家族とイアンに此の世界への干渉を禁止されるだろう。
『じゃあね、蘭寿』
そう言ってパチンッと指を鳴らしたアイリーンは、自室を後にしてクロスの元へと向かった。
慣れ親しんだクロスの気配を辿って教団の入り組んだ廊下を歩き続ける。
ふと、視界の先に白髪の少年を見付けた。
『あら、アレン?』
「アイリーン!」
小走りで駆けよってきたアレンは、何故か両手一杯に山積みの書類を抱えている。
『どうしたの、その書類?』
「あぁ、これは」
「アレン・ウォーカー!」
声のした方を見ると、アレンの後ろ…少し離れた所に、同じ様に山積みの書類を抱えたハワード・リンクが立っていた。
『あぁ…捕まったのね』
「はい…」
「そっちは書庫室ではありません!」
「え、あれ?そうでしたっけ?」
『…迷子なのね』
書庫室に行こうとしてこっちに来るだなんて極度の方向音痴ね…
『アレン、書庫室はそこを右に曲がって』
「なんだこのシケた酒はぁ──!!!」
自分の声を遮って響いた怒鳴り声にも近い、聞き覚えのある叫び声に、アイリーンは思わず口を閉じて声のした先…
扉の半分開いた当初の目的地だった部屋を見た。
「ですから長官から元帥にかかる経費は節制せよとキツく言われてまして…」
「こんな安モン飲めるか!てめぇら俺の世話係だろーが、ロマネ・コンティ自腹切ってでも買ってこいやっ!!」
「元帥…それは高すぎます」
「我々の給金ではちょっと…」
ゴーグルの様な眼鏡を掛けた数人のスキンヘッドの男を侍らせ、クラウド・ナイン元帥の肩に腕を回しながら酒を飲むクロスの姿に、アイリーンは思わず溜め息を吐いた。
大人しくされてても不気味だが、この状況下でここまで騒ぐとは…流石に思わなかった。
「なぜ私がお前と酒を飲まねばならんのだ」
不機嫌そうなクラウドがそう言えば、クロスはクラウドの髪に指を絡めてケラケラと笑った。
「俺が女と飲むのが大好きだから~四年ぶりだろ?相変わらずイイ女だな、クラウド」
「お前は相変わらずどうしようもない」
本当にどうしようもない。
そう思った瞬間、スタスタと室内に入って行ったアレンは、クロス達の座っているソファーの後ろに回り込むと、クロスの頭に待っていた書類の山を落とした。
潰れる様に体勢を崩したクロスと、固まるクラウドと男達を見ていたら思わず声を上げて笑いそうになった。
「おお、馬鹿弟子何してる」
「それはこっちのセリフですよ!やっと見付けたと思ったらこの飲んだくれ!!」
「なんか用かよ?」
“何か用かだぁ?”と怒るアレンを前に、小さく咳払いをして笑いを堪えたアイリーンは、静かにアレンに歩み寄ると、その肩に手を掛けた。
『それ以上からかうと怒るわよ、クロス』
「げ、アイリー…」
慌ててクラウドの肩に回した腕を退かしたクロスに、アイリーンはニッコリと微笑んだ。
そしてアレンの腰に手を回すと、エスコートする様にそっと押す。
『捨て置いて行くわよ、アレン』
「へ、な…アイリーン?」
頬を赤く染めたアレンは愛らしいが、この子の為にものんびりとしていられない。
『ここに居る事は許されないわ』
「どういう事ですか?」
「キミとマリアン元帥の面会は禁止されました」
「はあ?!」
男の言葉にそう声を上げたアレンを連れた私はそっとクロスを盗み見た。
クロスの頭に直接話し掛けようとしたが、クロスは何に動揺しているのか…意識が乱れてて念話の類は使えなかった。
まったく…
「アイリーン・ネイピア元帥、ありがとうございました」
部屋の外でハワード・リンクは待っていた。
きっちりと姿勢を正した彼に、アイリーンはニッコリと微笑んだ。
『アイリーンで結構よ。ねぇ、お願いがあるんだけど』
「何ですか、アイリーン元帥」
『ハワードって呼んでも良いかしら?』
「…承知しました」
『あら…引っかかる言い方ね』
「ぁ…済みません、その」
「ッ、あの!」
二人の会話を遮って叫ぶ様に声を上げたアレンが動揺しているのは、明らかだった。
「どういう事ですか、これは」
「これは教団命令です」
「そんな、なんだよそれ…っ」
「キミは今、教団から疑われているのですよ」
人は必ず疑う…
自分以外の全てのモノを。
「14番目の関係者として」
大切な何かを救う為に──…
「おや、誰だい?」
アイリーンを見て不思議そうに首を傾げたオセアニア支部長、アンドリュー・ナンセンの言葉に、数席隣の北米支部長、レニー・エプスタインはクスリと笑った。
「あら、今噂のお嬢さんでしょ」
巨大な円卓を囲む様に並んだ席には各支部の支部長と元帥達が着席していた。
空席はいくつかあるが、これは…
『どこに座ったら良いかしら?』
「あぁ、クロス元帥の隣でいいですよ」
コムイがアイリーンにそう話す中、バクは支部長達が並んで座っている所まで歩いて行き、空いた席へと腰を降ろした。
「で、どんな噂なのかね?」
ふいに隣から自分に向けて発せられた言葉に、バクは呆れた様に溜め息を吐いた。
「ルイジ・フェルミ、貴様はどこを歩いてきたんだ」
「廊下だが?」
「どこをどうやって歩いてきたら、あいつの噂が飛び交う教団内で噂を耳にせずにここまで来れたんだ」
「あぁ、確かに。でもまぁ、僕も“凄い美人が入団した”ってとこしか耳に入んなかったんだけどね」
「都合の良い耳だな」
一方アイリーンは、ふんっと鼻を鳴らして椅子に深々と腰を掛けたクロスが、円卓に足を乗せて組んだのを見て、隣の席の椅子を引きながら小声で話し掛けた。
『会議なんでしょう?そんなに不作法でも良いの?』
「あぁ、かまわねぇよ」
凄く嘘の様な気がする。
別にクロスを疑いたい訳じゃ無いんだが、これはちょっと…
『クロス、貴方それ…』
「長い間アナグラから出てこなかった臆病者が、こんな小娘だったとはな」
鉄仮面の男、ウィンターズ・ソカロの言葉にアイリーンはピタリと動きを止めた。
隣に座る女性、クラウド・ナインは興味が無さそうに目を閉じてじっと座っていたが、ふと口を開いた。
「臆病者かは知らないが、見た目は関係無いだろう」
「足手纏いの使えない奴ならごめんだ」
「あぁ、ならコイツは」
『私、争い事は嫌いなの』
クロスの言葉を遮る様にそう口にしたアイリーンは“でも”と呟いた瞬間、一瞬にしてソカロの背後に立つと、そっとその首筋に手を添えた。
『相手を叩きのめす力は自信があるわ』
「!?」
『“誰よりも”ね』
言いながら席に戻って腰を降ろしたアイリーンが“試してみる?”と言ってクスリと妖艶に笑った瞬間、アイリーンの腕から生える様に無数の黒い刃物が飛び出た。
クロスが抑える様にその手を取る。
「アイリーン、いい加減にしろ」
『手合わせくらい良いじゃないの…運動不足なのよ』
「大怪我した後だろ」
“知らないとでも思ったか”と言うクロスに、アイリーンは困った様に溜め息を吐いてイノセンスを仕舞った。
『…分かったわ』
まさか知られてるとは…
この間の怪我の所為で家族に手合わせをしてもらえないから丁度良いと思ったのに…
「お集まりいただけましたかな」
そう新たな声が響いた。
顔を上げると、部屋の入り口から二人…斬新な髪型に口髭の男性と、額の二つ縦に並んだ黒子が印象的な青年が歩いてきて、空いていた席へと腰を降ろした。
態度からするに上官であろう。
「どうも、中央庁特別監査役マルコム=C=ルベリエです。早速、この度の委細についてご報告頂きたい」
委細ねぇ…
レイについての審議も勿論あるだろうが、口を閉じておくか。
「いや、今日は実に楽しい時間が過ごせそうですな。何せビッグゲストが二人もいらっしゃる」
視線を感じて目を向けると、マルコム=C=ルベリエは目が合うとニッコリと愛想良く笑った。
「あなた方を諮問する日を実に心待ちにしていましたよ」
笑っていたルベリエはそう口にした次の瞬間、キッと私とクロスを睨み付けた。
「クロス・マリアン元帥、アイリーン・ネイピア元帥」
その目を見ていたら、ふと苦手な蛙を思い出した。
『…あら、出来たら遠慮したいわ』
「そんな事出来るわけがないでしょう。空席だった時間分全て聞かせていただきます……あぁ、勿論…」
『勿論?』
「レイ・アストレイ元元帥についてもね」
=監視の目=
「はぁ~、アンタが噂の元帥なのね」
オーダーカウンターに寄り掛かりながらそう言って上から下までまじまじと見てくる相手に、アイリーンは困った様に笑った。
『アイリーン・ネイピアよ、宜しく』
「ジュリーよ、何でも作ってあげるから遠慮せずに言いなさい!」
『何でも…』
「何でもよ」
それは嬉しい言葉だ。
他人が作った料理を食べるなんて何時振りだろう…
『じゃあ、クラムチャウダーを』
「クラムチャウダーね」
『えぇ』
「………で?」
『えっと…クラムチャウダーで』
「そうじゃなくて他は?」
『あぁ、クラムチャウダーだけで』
「何アンタ、それだけしか食べないの?」
『あまり食べる方じゃないから』
ジュリーの言葉に内心焦った。
何でも作ってくれるというのに、クラムチャウダーだけでは失礼だっただろうか…
「分かったわ…席ついてなさい、特別に持ってって上げるから」
『有難う』
調理に戻ったジュリーを見届けて辺りを見回すと、見覚えのある後ろ姿を見付けた。
『ら…』
「アイリーン・ネイピア元帥!」
『はい…?』
振り返った先には見知らぬ男達が立っていた。
この人達、探索部隊の…
「よかったら俺らと食べません?」
『ぇ…?あぁ、御免なさい…私、話をしたい人がいて』
「話なんか後でもいいじゃないっすか」
『えぇ、でも』
「あぁそうだ、後で教団内案内しますよ」
困ったな…確かに入団したばかりだけど、レイ越しに見てたから知らない事なんて無いんだけど…
「取り敢えず座りましょう!あっちに席取ってあるんで…」
「ダ〜メさ」
そう、声と共に手を取られた。
手を取った相手は、ギュッと私の手を握り締めると、そっと自分の口許に寄せた。
「俺が先約」
小さく舌打ちをした探索部隊達が散っていくのを確認したアイリーンは、自分の手を握った相手にだけに聞こえる様に小さく呟いた。
『有難う、ラビ』
「アイリーン、モテモテさ」
『そんな事無いわよ。長い間姿を現さなかった私が珍しいだけよ』
「うっわぁ…ボケボケだな」
『ボケボケ…?』
ラビは不思議そうな顔をしたアイリーンを連れて、アレンやリナリー、ミランダが並ぶ席に戻った。
「アイリーン!」
口許に食べカスを付けて食事を続けるアレンは愛らしいが…
『アレン…凄い食欲ね』
料理が乗っていただろう皿の山と、テーブルに並ぶ料理の量が尋常じゃ無い。
「僕、寄生型なんで」
「見てるだけでお腹いっぱいになるよね」
「えぇ、アレン君ったら凄く美味しそうに食べるから」
四六時中見ていたわけではないからな…知らなかった。
寄生型って力を消費する分食べるのね。
『アレン』
「はい」
アレンの向かいの席に腰掛けたアイリーンは、頬杖をつくとニッコリと微笑んだ。
『今度私が作った料理も食べてくれるかしら』
「ぇ…いいんですか?」
「狡いさぁ!アイリーン、俺も食べたい!!」
アイリーンは“喜んで”と言って嬉しそうに笑いながら、顔に掛かる長い銀髪を耳に掛けた。
『家族以外に作るなんて久し振り…』
最後に家族以外に料理を作ったのは何時だっただろうか…もうそれさえ覚えていない。
大事な記憶の筈なのに、誰に作ったかは覚えているが、それがどれ程前の事だったかは最早皆目見当もつかない。
「アイリーンの家族ってどんな人達なんですか?」
一瞬何を聞かれたか分からなかった。
『家族か…?』
「お子さんがいるって言ってましたよね」
「え、ママさんなの?!」
「とてもママさんには見えないけどな~」
『あぁ…』
別に良いかと思った。
家族は大好きだし、誇らしい。
アイリーンはパタンと指を鳴らして目に見えない障壁を張ると“秘密よ”と言って話し出した。
『子は私が産んだ子を合わせて六人いるわ』
「六人?!!」
驚く皆が面白くて思わず笑った。
『それに家族は砕覇や騎龍達も合わせると数え切れない程…
私の家族は凄く多くて、種族もバラバラで、歩んだ道もそれぞれで…もうどうやっても会えない子も多いけど』
強くて、優しくて、甘えん坊な子も多いけど、頼りになる家族で…
「アイリーン…」
『特別に素敵なの』
“ふふっ”と声のもれた口許を押さえたアイリーンは、パチンッと指を鳴らしながら一際嬉しそうに微笑んだ。
「な~に、話してるの?」
ふと顔を上げると、ジュリーが豚の丸焼きとスープ皿を手に立っていた。
「おまちど~ん」
『美味しそう』
テーブルに置かれたクラムチャウダーと豚の丸焼きからは凄く良い匂いが広がっている。
「あ、ジュリーさん、ありがとうございます!」
あ…やっぱり豚の丸焼きはアレンが食べるのね。
本当に凄い食欲…
「後アンタはこれも」
そう言ってクラムチャウダーの隣に置かれたパンが二切れ乗った皿に、アイリーンは首を傾げた。
『えっと…』
「アンタは食べなすぎよ」
“食べなさい”とジュリーに見張られる様に見られ、アイリーンは困った様に…しかし嬉しそうに微笑むと、そっと手を合わせた。
『いただきます』
一口口に運べば、クラムチャウダーの旨味と温かさが身体に染みた。
「どうかしら」
『凄く美味しいわ』
美味しそうに食べるアイリーンが全部食べるのを見届けたジュリーが食器を厨房に運んで行き、アイリーンはすっと立ち上がった。
『私そろそろ行くわね』
「え、もう行くの?」
「さっき、誰かに話しあるって言ってなかったか?」
『あぁ、もう必要無いわ』
アレンが心配だったんだけど…一応は大丈夫みたいだから。
それに皆の身体の具合も、必要であればこっそり治癒術を使おうと思ったけども大丈夫そうだ。
『ゆっくり良く噛んで食べなさいね』
そう残して歩き始めたアイリーンは、反対側の食堂の入り口に白い箱を持った青年…額の黒子が印象的なルベリエの部下の監査官、ハワード・リンクを見付けて小さく手を振った。
するとそれを見付けたリンクは無表情のまま小さく頭を下げた。
『礼儀正しい子…』
小さく笑ったアイリーンは、そのまま食堂を後にすると、直ぐに教団から与えられた自室へと向かった。
そして部屋に入ると同時に後ろ手で部屋の扉に鍵を掛けると、パチンッと指を鳴らした。
『もう良いわよ』
アイリーンがそう口にすると同時に何処からともなく姿を現した長い薄紫色の髪を複雑に結った女は、ベッドへと腰を降ろすと腰に付いた酒瓶を呷った。
『どうだった、蘭寿?』
「ぷはぁ~…う~、ダメらね。レイの奴、記憶を操作されれるんらか抜かれてるんらか…屋敷を出ら後の記憶ろ、──の記憶がさっぱり抜け落ちれる」
私の記憶が抜けてる?
どういう事だ…
「猫の姿で部屋に入ってもみたが駄目らった。猫の姿であれ、この痣見りゃ気付くと思ったんらけろ全く反応しやしない」
左目の目許のタトゥーの様な痣に触れながら、アイリーンを前に蘭寿は再び酒を呷った。
「んれ、酒臭いのを不信り思われたから適当に逃げれきら」
『酒の匂いで怪しまれるって…』
何て蘭寿らしい…
「後、──にも監視が付いてるらろう?」
『あぁ…こそこそと嗅ぎ回られてる様だよ』
“鬱陶しくてならん”と言って蘭寿の隣へと腰を降ろしたアイリーンは、クスリと笑った。
『まぁ、術や魔法がある限り私から秘密裏に情報を盗むなんて無理だが』
「あぁ、奴等には今も何ろ聞こえ無いらろ」
『しかし無音というのも怪しまれるからそろそろ術を解かないといけないわね』
「幻術を使えばいいらろう」
『面倒臭い』
「お前らしいら、──」
幻術は苦手だ…なるべく使いたくはない。
無駄に体力消耗してたらいざという時に更に面倒な事になる。
アイリーンは立ち上がると、長い銀髪を後ろへと流した。
『行ってくる。もう術を解くわよ、蘭寿』
「どこ行くら?」
『クロスの所…私は記憶に頼り過ぎたわ。本格的に手を出すと決めたにしては知らない事が多過ぎる』
「気を付けろろ、──…もう次は和らげる事も出来らい」
『えぇ、分かってるわ』
もう動けなくなる程の怪我は負えない…負った瞬間、私にとっての此の世界が終わる。
私は、家族とイアンに此の世界への干渉を禁止されるだろう。
『じゃあね、蘭寿』
そう言ってパチンッと指を鳴らしたアイリーンは、自室を後にしてクロスの元へと向かった。
慣れ親しんだクロスの気配を辿って教団の入り組んだ廊下を歩き続ける。
ふと、視界の先に白髪の少年を見付けた。
『あら、アレン?』
「アイリーン!」
小走りで駆けよってきたアレンは、何故か両手一杯に山積みの書類を抱えている。
『どうしたの、その書類?』
「あぁ、これは」
「アレン・ウォーカー!」
声のした方を見ると、アレンの後ろ…少し離れた所に、同じ様に山積みの書類を抱えたハワード・リンクが立っていた。
『あぁ…捕まったのね』
「はい…」
「そっちは書庫室ではありません!」
「え、あれ?そうでしたっけ?」
『…迷子なのね』
書庫室に行こうとしてこっちに来るだなんて極度の方向音痴ね…
『アレン、書庫室はそこを右に曲がって』
「なんだこのシケた酒はぁ──!!!」
自分の声を遮って響いた怒鳴り声にも近い、聞き覚えのある叫び声に、アイリーンは思わず口を閉じて声のした先…
扉の半分開いた当初の目的地だった部屋を見た。
「ですから長官から元帥にかかる経費は節制せよとキツく言われてまして…」
「こんな安モン飲めるか!てめぇら俺の世話係だろーが、ロマネ・コンティ自腹切ってでも買ってこいやっ!!」
「元帥…それは高すぎます」
「我々の給金ではちょっと…」
ゴーグルの様な眼鏡を掛けた数人のスキンヘッドの男を侍らせ、クラウド・ナイン元帥の肩に腕を回しながら酒を飲むクロスの姿に、アイリーンは思わず溜め息を吐いた。
大人しくされてても不気味だが、この状況下でここまで騒ぐとは…流石に思わなかった。
「なぜ私がお前と酒を飲まねばならんのだ」
不機嫌そうなクラウドがそう言えば、クロスはクラウドの髪に指を絡めてケラケラと笑った。
「俺が女と飲むのが大好きだから~四年ぶりだろ?相変わらずイイ女だな、クラウド」
「お前は相変わらずどうしようもない」
本当にどうしようもない。
そう思った瞬間、スタスタと室内に入って行ったアレンは、クロス達の座っているソファーの後ろに回り込むと、クロスの頭に待っていた書類の山を落とした。
潰れる様に体勢を崩したクロスと、固まるクラウドと男達を見ていたら思わず声を上げて笑いそうになった。
「おお、馬鹿弟子何してる」
「それはこっちのセリフですよ!やっと見付けたと思ったらこの飲んだくれ!!」
「なんか用かよ?」
“何か用かだぁ?”と怒るアレンを前に、小さく咳払いをして笑いを堪えたアイリーンは、静かにアレンに歩み寄ると、その肩に手を掛けた。
『それ以上からかうと怒るわよ、クロス』
「げ、アイリー…」
慌ててクラウドの肩に回した腕を退かしたクロスに、アイリーンはニッコリと微笑んだ。
そしてアレンの腰に手を回すと、エスコートする様にそっと押す。
『捨て置いて行くわよ、アレン』
「へ、な…アイリーン?」
頬を赤く染めたアレンは愛らしいが、この子の為にものんびりとしていられない。
『ここに居る事は許されないわ』
「どういう事ですか?」
「キミとマリアン元帥の面会は禁止されました」
「はあ?!」
男の言葉にそう声を上げたアレンを連れた私はそっとクロスを盗み見た。
クロスの頭に直接話し掛けようとしたが、クロスは何に動揺しているのか…意識が乱れてて念話の類は使えなかった。
まったく…
「アイリーン・ネイピア元帥、ありがとうございました」
部屋の外でハワード・リンクは待っていた。
きっちりと姿勢を正した彼に、アイリーンはニッコリと微笑んだ。
『アイリーンで結構よ。ねぇ、お願いがあるんだけど』
「何ですか、アイリーン元帥」
『ハワードって呼んでも良いかしら?』
「…承知しました」
『あら…引っかかる言い方ね』
「ぁ…済みません、その」
「ッ、あの!」
二人の会話を遮って叫ぶ様に声を上げたアレンが動揺しているのは、明らかだった。
「どういう事ですか、これは」
「これは教団命令です」
「そんな、なんだよそれ…っ」
「キミは今、教団から疑われているのですよ」
人は必ず疑う…
自分以外の全てのモノを。
「14番目の関係者として」
大切な何かを救う為に──…