第3章 封印された箱
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「ラビ、どうしたんですか?!」
意識を失っていたラビが目覚めた途端に僕を襲ってきた。そんな現実を…
僕は受け入れられなかった。
「ラビ!!」
いくら呼びかけてもラビは全く反応せず、アレンはひたすらラビの攻撃を避け続けた。
「やめてください、ラビ!!」
うそだ、ラビが僕を本気で攻撃してくるなんて…
何かに取り憑かれているとしか考えられないが、ラビに退魔の剣は効かなかった。
「殺さずの退魔の剣じゃ効かないよ~!ラビは“心”を失っただけで魔が憑いたワケじゃないからね?攻撃するならッ爪 の左手にしなきゃ、アレン!」
左手を使ったら確かに退魔の剣の様に“通過”はしないと思うが、ラビを傷付けてしまう…かといって退魔の剣じゃ楯にしか使えない。
このままじゃ…
「ッ…!」
ラビの手によって壁に叩き付けられたアレンは、逃がさない様にラビを抱き締める様にして掴んだ。
「ラ…ビ…」
ラビ…
「僕の…こえ……聞こえ…ません…か……?」
=不幸せな夢=
『ラ〜ビ、どうしたの?』
「何か呼ばれた様な気が…」
確かに呼ばれた様な気がしたが、振り返った先には見知った顔はなかった。
見知らぬ通行人の中で、数人が数個の大きな箱を片手に立ち止まった俺を不思議そうに見ていた。
『ぇ、誰だろう?!私の知ってる人かなぁ?』
辺りをキョロキョロと見渡すレイは、小動物の様で可愛かった。
「きっと気のせいさ」
『え~…本当にぃ?』
そう言うレイは誰を期待していたんだろうか?
ユウとかリーバーとかだったら嫌さ…邪魔されるに決まってるもん。
『嫌だよ、私“あたしのラビ唆してんじゃないわよ、小娘!”って後ろからナイフで刺されるの』
…………は?
「誰さ、それ!」
意味分からないさ!
『とある港町でラビが口説き落とした人妻、メアリー(26)』
「いや、誰だし!年齢設定が生々しい…つか俺そんな事してねぇさ!」
とんだ濡れ衣だ。
そんな過ちおかしてねぇし。
『メアリーが可哀相だよ、ラビ!』
「いや、だから誰だよメアリー!」
『だからぁ~、とある港町で…』
「その設定もういいから!!」
楽しそうに笑うレイは、久々の休日が嬉しくてたまらない様だった。
……仕方無いか…
丸一日休みなんて久々だし、誰かと休みがかぶるなんて滅多に無い。
俺等は休みだってだけで嬉しいんだから、俺等以上に遊んだ経験の無いレイはもっと嬉しいに決まってる。
休みがかぶる度に毎回連れ出されるのだから…
レイの頭の中にはきっと“休み=休む日”なんて考えは全くと言って良い程無い。
絶対に“休み=遊ぶ日”が大半をしめてる。
『次はどこ行こっか?』
「買い物はもういいの?」
『うん!付き合ってくれてありがとう、ラビ』
「おやすいごようさ」
別に買い物は嫌いじゃないし、レイに俺好みの服を選べんのもまぁ、また良い。
ユウじゃこういうの出来ねぇからな…
…そういや、ユウって休みかぶった日何してんだろ?
「レイ、ユウとかぶった日は何してるんさ?」
『何って……ん~…森に散歩に行ったり、どっちかの部屋でのんびりしてるかなぁ~』
何だそれ。
何か熟年カップルみたいさ…
「今日みたいに町には来ないん?」
『ユウって買い物とか…町に連れ出したりしても、ただ黙って付いてくるだけだと思うし』
確かに。
『“これ可愛いね”とか“綺麗だよね”とか聞いても“あぁ”としか言わなそうだし』
何だろう…簡単に想像が付く。
ユウの事だからレイに誘われたから付いてっただけで、絶対に物に興味は無くって…
女の子の好きな可愛さとか絶対に分かってないさ。
「ユウって女心分かってなさそうさ」
『だからのんびりしながら他愛ない話をするの』
そう言って楽しそうに笑うレイを見て、何だか胸が少しだけチクリとした。
『ラビ、こっちこっち!』
そう言ってラビを人気の無い裏路地に引っ張り込んだレイは、しゃがみ込むと地面の影をツンと指で突ついた。
『荷物持ってくれてありがと、姫に投げて良いよ』
ラビが持っていた荷物から手を離すと、地に落ちた荷物は地面にぶつかる事無く影に沈む様に呑まれた。
「……それにしても、久々のデートだってぇのに何で買ったもんが半分以上シャールの洋服なんさ」
持っていた荷物の半分以上がレイがシャールにと買った物だった。
『ぇ、だってシャール可愛いんだもん』
「可愛いったって…」
俺、会った事ねぇしな…
『シャールったら何着ても可愛いんだから♪』
そんな嬉しそうな笑顔で言われても…まぁ可愛いから良いか。
「…シャールってヤツ、メイド服何パターン持ってるんさ」
『えっと…』
指を折って数えだしたレイは、暫くすると困った様にアハハと笑った。
『分かんない』
そんなにあるんか。
レイに失礼だけど、絶対に無駄な経費だと思うさ…
『この後どこ行くぅ?』
「あ──…じゃあサーカスでも見に行く?」
楽しそうに俺の腕を引きながら通りに戻ったレイにそう言えば、レイはキラキラと目を輝かせた。
『サーカス!私、観た事無いの!この町に来てるの?』
「いんや、隣町。でも近いから今からでも行けるさ」
今から行くと帰りが遅くなってしまうが、帰りは最悪槌で飛んでも良いし、レイの姫で飛んでも良い。
暗闇に乗じれば人には見られないし、俺達には関係の無い距離だ。
だから直ぐに向かった。
テンションが上がりすぎて、まだ日が出てるのに姫で飛ぼうとするレイを言いくるめて馬車に乗せ隣町へ。
馬車の中でウズウズと落ち着きのないレイも、サーカスを前に目をキラキラと輝かせて前のめりになって観るレイも、小さな子供みたいで可愛かった。
『着いたぁ~』
黒の教団地下水路…
舟から飛び降りたレイは、そう言って伸びをしながらクルリと一回転した。
「腹減ったさぁ~」
『死にそう…お腹減りすぎて気持ち悪い!』
「だ~から、町で食べてこようって言ったんさ」
『だって~』
「“皆で”だろ?」
『うん』
レイはフランス…
俺はジジィとドイツ…
明日からまた別々に任務だ。
また暫く、お互いと…皆と会えなくなる。
次に帰ってきた時も“皆と”生きて会えるか分からない。
「皆、もう食堂にいる頃さ…急がねぇと人気なやつ無くなるさ!」
『今日はい~ぱい、食べれそうな気がする!』
「いっぱいって…レイが食べられる量なんか、アレンに比べたら雀の涙さ」
“誰にも負けないよ”と言って楽しそうに階段を駈け上がるレイに、俺は思わずそう言った。
レイが食べる量なんか、精々アレンの数十分の一程度だ。
誰にも負けないだなんて言って無理して具合悪くなったら困…
『アレンって誰?』
「……え?」
『だから~“アレン”って誰?新入りの子でもいるのぉ?』
誰って…アレンはアレンだ。
他なんていない。
「アレン・ウォーカーさ!」
『アレン・ウォーカー?』
「白髪で左目呪われてて、ちょっと黒い紳士で、大食いの!」
『呪い…黒紳士?私がホーム出てる間に入団したのかな?』
「…知らないん…か?」
『うん、ホーム戻るの半年振りだし。その間に入った人なら会った事の無い人居ても不思議じゃないよ。
元帥っていったってガキンチョの私の所に新人の師匠要請なんてくるわけ無いし』
ぁ…そっか、この時はまだアレン入団してないんだっけか…
「…なら知らないかもしれないさ」
そっか、この後の任務の帰り道でレイとアレンは…
「……ッ」
『どうしたの、ラビ?』
“この時はまだアレン入団してない”ってどういう事だ。
“この後の任務の帰り道”でレイとアレンが何なんさ…
『ラビ?』
「ぁ…何さ?」
『早く行こうよ』
そもそも “アレン”って誰さ?何で俺は“アレン”を知ってるんだ?
『ラビ』
俺は何なんだ…?
知らない筈の事を知っている。
知っている事を知っている?
俺は何なんだ…俺は…
『ラビ』
「ごめん、行けないさ」
『どういう事?ご飯食べないの?』
「……」
『ラビ、疲れてるの?取り敢えず上、上がろ?』
心配そうにラビの腕に腕を絡めたレイの腕を、ラビはそっと離した。
「ごめん、行けないさ」
そう口にすると、レイは困った様に笑うと俺に背を向けた。
『気付いたのね?』
「……あぁ」
レイはゆっくり歩き出すと、一歩一歩階段を上り始めた。
『私は貴方の記憶の中のレイ…私が貴方の言う“アレン”に出会う前の』
ラビと視線が合う高さまで階段を上ったレイは、そっとラビを振り返った。
『“ラビ”の精神と体は別れたわ。ここに居ればこれ以上誰も死なないし、貴方が傷付く事も無い』
“貴方の記憶のループが貴方を護る”そう言ってレイはそっと左手をラビに差し出した。
『ここに居て…ラビ』
少しの間レイを見据えていたラビは、水路ギリギリまで後退った。
『……行くのね』
「やる事あるんさ」
『人は憎み合い争いを繰り返す…いつまで歩き続けるの?その旅に終わりなんて無いわ。
ログは増え続け、いくら記録しても尽きる事は無い…待ってるのはきっと冷え切った世界よ』
争いの無い世界なんか有り得ない。
だから裏歴史は増え続ける…
「確かに戦争は尽きないし、記録も終わる事なんかないだろうさ」
ここに居れば幸せでいられる。
少なくとも、今の世界程酷くはならない…
「でもそれでも」
俺はここに居られない。
「未来のレイを護ってやんねぇとさ」
伯爵に連れ去られた…
連れ帰られたレイを取り戻さなくてはならない。
強くて弱くて寂しがりなレイの側に…居てやらなきゃならない。
「俺が逝っちゃったら、レイが泣くさ」
そう悪戯っぽく笑ったラビを見て、レイは困った様に微笑むと、一段一段階段を降りてラビに歩み寄った。
『ロードに勝つのは大変よ』
「だろ~な」
『また心が砕けちゃうかもしれない』
「そうだな」
“でもそうしたら”と口にすると、レイは勢いを付けてラビに抱き付いた。
『また拾ってあげるね』
困った様に笑うレイの顔を見ながら、俺は背後の水路へと落ちた。
そして、レイに抱き付かれたまま底へと沈んでいく…
──目を閉じて、ラビ…
無音の世界…
不思議と息苦しくない水の中で、レイの声だけが響いき、俺は素直に従った。
──あの声が聞こえる、ラビ…?
声…?
………あぁ、聞こえる…
俺を呼んでるさ…
──次に目を開けたら、貴方は戦場に戻っているわ…
戦場…争いを繰り返すくだらない世界。
俺の大嫌いな世界さね…
──傷だらけの体が悲鳴を上げるわ…
そうさね…
あっちこっち怪我したから、ミランダの力が切れたら相当痛いだろうさ…
──見たくない物を見るわ…
それを見ない様にするのが俺の実力の見せ所さ…
──それでも行くのね…?
行く。俺はレイに最後まで付き合うって決めたんだ。
ブックマンであろうとなかろうと俺はレイの進む道を見届ける。
それが出来なくても…アイツ等がレイの所に行ける様に護ってやんねぇとな。
──…馬鹿ラビ……
そう優しい音色の声で呟いたレイは、そっとラビのバンダナの上からキスを落とした。
──いってらっしゃい…ラビ……
「悪いな‥レイ…」
本物のレイを助けられない俺が、記憶のレイに助けられるなんて…
冗談じゃない──…
「ラビ、どうしたんですか?!」
意識を失っていたラビが目覚めた途端に僕を襲ってきた。そんな現実を…
僕は受け入れられなかった。
「ラビ!!」
いくら呼びかけてもラビは全く反応せず、アレンはひたすらラビの攻撃を避け続けた。
「やめてください、ラビ!!」
うそだ、ラビが僕を本気で攻撃してくるなんて…
何かに取り憑かれているとしか考えられないが、ラビに退魔の剣は効かなかった。
「殺さずの退魔の剣じゃ効かないよ~!ラビは“心”を失っただけで魔が憑いたワケじゃないからね?攻撃するならッ
左手を使ったら確かに退魔の剣の様に“通過”はしないと思うが、ラビを傷付けてしまう…かといって退魔の剣じゃ楯にしか使えない。
このままじゃ…
「ッ…!」
ラビの手によって壁に叩き付けられたアレンは、逃がさない様にラビを抱き締める様にして掴んだ。
「ラ…ビ…」
ラビ…
「僕の…こえ……聞こえ…ません…か……?」
=不幸せな夢=
『ラ〜ビ、どうしたの?』
「何か呼ばれた様な気が…」
確かに呼ばれた様な気がしたが、振り返った先には見知った顔はなかった。
見知らぬ通行人の中で、数人が数個の大きな箱を片手に立ち止まった俺を不思議そうに見ていた。
『ぇ、誰だろう?!私の知ってる人かなぁ?』
辺りをキョロキョロと見渡すレイは、小動物の様で可愛かった。
「きっと気のせいさ」
『え~…本当にぃ?』
そう言うレイは誰を期待していたんだろうか?
ユウとかリーバーとかだったら嫌さ…邪魔されるに決まってるもん。
『嫌だよ、私“あたしのラビ唆してんじゃないわよ、小娘!”って後ろからナイフで刺されるの』
…………は?
「誰さ、それ!」
意味分からないさ!
『とある港町でラビが口説き落とした人妻、メアリー(26)』
「いや、誰だし!年齢設定が生々しい…つか俺そんな事してねぇさ!」
とんだ濡れ衣だ。
そんな過ちおかしてねぇし。
『メアリーが可哀相だよ、ラビ!』
「いや、だから誰だよメアリー!」
『だからぁ~、とある港町で…』
「その設定もういいから!!」
楽しそうに笑うレイは、久々の休日が嬉しくてたまらない様だった。
……仕方無いか…
丸一日休みなんて久々だし、誰かと休みがかぶるなんて滅多に無い。
俺等は休みだってだけで嬉しいんだから、俺等以上に遊んだ経験の無いレイはもっと嬉しいに決まってる。
休みがかぶる度に毎回連れ出されるのだから…
レイの頭の中にはきっと“休み=休む日”なんて考えは全くと言って良い程無い。
絶対に“休み=遊ぶ日”が大半をしめてる。
『次はどこ行こっか?』
「買い物はもういいの?」
『うん!付き合ってくれてありがとう、ラビ』
「おやすいごようさ」
別に買い物は嫌いじゃないし、レイに俺好みの服を選べんのもまぁ、また良い。
ユウじゃこういうの出来ねぇからな…
…そういや、ユウって休みかぶった日何してんだろ?
「レイ、ユウとかぶった日は何してるんさ?」
『何って……ん~…森に散歩に行ったり、どっちかの部屋でのんびりしてるかなぁ~』
何だそれ。
何か熟年カップルみたいさ…
「今日みたいに町には来ないん?」
『ユウって買い物とか…町に連れ出したりしても、ただ黙って付いてくるだけだと思うし』
確かに。
『“これ可愛いね”とか“綺麗だよね”とか聞いても“あぁ”としか言わなそうだし』
何だろう…簡単に想像が付く。
ユウの事だからレイに誘われたから付いてっただけで、絶対に物に興味は無くって…
女の子の好きな可愛さとか絶対に分かってないさ。
「ユウって女心分かってなさそうさ」
『だからのんびりしながら他愛ない話をするの』
そう言って楽しそうに笑うレイを見て、何だか胸が少しだけチクリとした。
『ラビ、こっちこっち!』
そう言ってラビを人気の無い裏路地に引っ張り込んだレイは、しゃがみ込むと地面の影をツンと指で突ついた。
『荷物持ってくれてありがと、姫に投げて良いよ』
ラビが持っていた荷物から手を離すと、地に落ちた荷物は地面にぶつかる事無く影に沈む様に呑まれた。
「……それにしても、久々のデートだってぇのに何で買ったもんが半分以上シャールの洋服なんさ」
持っていた荷物の半分以上がレイがシャールにと買った物だった。
『ぇ、だってシャール可愛いんだもん』
「可愛いったって…」
俺、会った事ねぇしな…
『シャールったら何着ても可愛いんだから♪』
そんな嬉しそうな笑顔で言われても…まぁ可愛いから良いか。
「…シャールってヤツ、メイド服何パターン持ってるんさ」
『えっと…』
指を折って数えだしたレイは、暫くすると困った様にアハハと笑った。
『分かんない』
そんなにあるんか。
レイに失礼だけど、絶対に無駄な経費だと思うさ…
『この後どこ行くぅ?』
「あ──…じゃあサーカスでも見に行く?」
楽しそうに俺の腕を引きながら通りに戻ったレイにそう言えば、レイはキラキラと目を輝かせた。
『サーカス!私、観た事無いの!この町に来てるの?』
「いんや、隣町。でも近いから今からでも行けるさ」
今から行くと帰りが遅くなってしまうが、帰りは最悪槌で飛んでも良いし、レイの姫で飛んでも良い。
暗闇に乗じれば人には見られないし、俺達には関係の無い距離だ。
だから直ぐに向かった。
テンションが上がりすぎて、まだ日が出てるのに姫で飛ぼうとするレイを言いくるめて馬車に乗せ隣町へ。
馬車の中でウズウズと落ち着きのないレイも、サーカスを前に目をキラキラと輝かせて前のめりになって観るレイも、小さな子供みたいで可愛かった。
『着いたぁ~』
黒の教団地下水路…
舟から飛び降りたレイは、そう言って伸びをしながらクルリと一回転した。
「腹減ったさぁ~」
『死にそう…お腹減りすぎて気持ち悪い!』
「だ~から、町で食べてこようって言ったんさ」
『だって~』
「“皆で”だろ?」
『うん』
レイはフランス…
俺はジジィとドイツ…
明日からまた別々に任務だ。
また暫く、お互いと…皆と会えなくなる。
次に帰ってきた時も“皆と”生きて会えるか分からない。
「皆、もう食堂にいる頃さ…急がねぇと人気なやつ無くなるさ!」
『今日はい~ぱい、食べれそうな気がする!』
「いっぱいって…レイが食べられる量なんか、アレンに比べたら雀の涙さ」
“誰にも負けないよ”と言って楽しそうに階段を駈け上がるレイに、俺は思わずそう言った。
レイが食べる量なんか、精々アレンの数十分の一程度だ。
誰にも負けないだなんて言って無理して具合悪くなったら困…
『アレンって誰?』
「……え?」
『だから~“アレン”って誰?新入りの子でもいるのぉ?』
誰って…アレンはアレンだ。
他なんていない。
「アレン・ウォーカーさ!」
『アレン・ウォーカー?』
「白髪で左目呪われてて、ちょっと黒い紳士で、大食いの!」
『呪い…黒紳士?私がホーム出てる間に入団したのかな?』
「…知らないん…か?」
『うん、ホーム戻るの半年振りだし。その間に入った人なら会った事の無い人居ても不思議じゃないよ。
元帥っていったってガキンチョの私の所に新人の師匠要請なんてくるわけ無いし』
ぁ…そっか、この時はまだアレン入団してないんだっけか…
「…なら知らないかもしれないさ」
そっか、この後の任務の帰り道でレイとアレンは…
「……ッ」
『どうしたの、ラビ?』
“この時はまだアレン入団してない”ってどういう事だ。
“この後の任務の帰り道”でレイとアレンが何なんさ…
『ラビ?』
「ぁ…何さ?」
『早く行こうよ』
そもそも “アレン”って誰さ?何で俺は“アレン”を知ってるんだ?
『ラビ』
俺は何なんだ…?
知らない筈の事を知っている。
知っている事を知っている?
俺は何なんだ…俺は…
『ラビ』
「ごめん、行けないさ」
『どういう事?ご飯食べないの?』
「……」
『ラビ、疲れてるの?取り敢えず上、上がろ?』
心配そうにラビの腕に腕を絡めたレイの腕を、ラビはそっと離した。
「ごめん、行けないさ」
そう口にすると、レイは困った様に笑うと俺に背を向けた。
『気付いたのね?』
「……あぁ」
レイはゆっくり歩き出すと、一歩一歩階段を上り始めた。
『私は貴方の記憶の中のレイ…私が貴方の言う“アレン”に出会う前の』
ラビと視線が合う高さまで階段を上ったレイは、そっとラビを振り返った。
『“ラビ”の精神と体は別れたわ。ここに居ればこれ以上誰も死なないし、貴方が傷付く事も無い』
“貴方の記憶のループが貴方を護る”そう言ってレイはそっと左手をラビに差し出した。
『ここに居て…ラビ』
少しの間レイを見据えていたラビは、水路ギリギリまで後退った。
『……行くのね』
「やる事あるんさ」
『人は憎み合い争いを繰り返す…いつまで歩き続けるの?その旅に終わりなんて無いわ。
ログは増え続け、いくら記録しても尽きる事は無い…待ってるのはきっと冷え切った世界よ』
争いの無い世界なんか有り得ない。
だから裏歴史は増え続ける…
「確かに戦争は尽きないし、記録も終わる事なんかないだろうさ」
ここに居れば幸せでいられる。
少なくとも、今の世界程酷くはならない…
「でもそれでも」
俺はここに居られない。
「未来のレイを護ってやんねぇとさ」
伯爵に連れ去られた…
連れ帰られたレイを取り戻さなくてはならない。
強くて弱くて寂しがりなレイの側に…居てやらなきゃならない。
「俺が逝っちゃったら、レイが泣くさ」
そう悪戯っぽく笑ったラビを見て、レイは困った様に微笑むと、一段一段階段を降りてラビに歩み寄った。
『ロードに勝つのは大変よ』
「だろ~な」
『また心が砕けちゃうかもしれない』
「そうだな」
“でもそうしたら”と口にすると、レイは勢いを付けてラビに抱き付いた。
『また拾ってあげるね』
困った様に笑うレイの顔を見ながら、俺は背後の水路へと落ちた。
そして、レイに抱き付かれたまま底へと沈んでいく…
──目を閉じて、ラビ…
無音の世界…
不思議と息苦しくない水の中で、レイの声だけが響いき、俺は素直に従った。
──あの声が聞こえる、ラビ…?
声…?
………あぁ、聞こえる…
俺を呼んでるさ…
──次に目を開けたら、貴方は戦場に戻っているわ…
戦場…争いを繰り返すくだらない世界。
俺の大嫌いな世界さね…
──傷だらけの体が悲鳴を上げるわ…
そうさね…
あっちこっち怪我したから、ミランダの力が切れたら相当痛いだろうさ…
──見たくない物を見るわ…
それを見ない様にするのが俺の実力の見せ所さ…
──それでも行くのね…?
行く。俺はレイに最後まで付き合うって決めたんだ。
ブックマンであろうとなかろうと俺はレイの進む道を見届ける。
それが出来なくても…アイツ等がレイの所に行ける様に護ってやんねぇとな。
──…馬鹿ラビ……
そう優しい音色の声で呟いたレイは、そっとラビのバンダナの上からキスを落とした。
──いってらっしゃい…ラビ……
「悪いな‥レイ…」
本物のレイを助けられない俺が、記憶のレイに助けられるなんて…
冗談じゃない──…