第3章 封印された箱
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
53
「…行くのか」
治癒用の水の球体から出してもらってから直ぐに支度を始めた私に、イアンはそう不機嫌そうに問い掛けた。
『勿論』
着ていた着物を脱ぎ捨て、袖の無い着物と袴で身を包む。
『怒る理由をつくったのは私…ならば謝るのは私」
当たり散らしてる子達がいる…
閉じ籠もってる子もいる…
皆を何とかしようと頑張ってくれている子達もいる。
優しい皆は私の身を案じて怒っているのだから…
『宥めるのも私よ』
=病=
石畳の道を跨ぐ様にして並ぶ数え切れない赤い鳥居…
周りは森に囲まれていて、そこは既に此の先にある社の一族の領地だ。
鳥居が始まった所からが領地で、此の長い石畳の道が続く先には、道と同じ様に鳥居に囲まれた石段があり、そこを上ると月の紋章の入った一際大きい鳥居がある。
そこからがその一族の社だ。
『これは…』
石段を上り終えた私は、その酷い惨状に思わず言葉を失った。
血塗れの石畳に屋敷…所々が破損していて、辺りには点々と人型や大きな獣の狼達が倒れていた。
砕覇は部下に当たり散らしてるし、騎龍は社ぶっ壊したってさ……他の皆も…
『ここまでとは…』
最初に向かった先は狼族の長である砕覇の社だった。
仲間に当たり散らしているというから真っ先に来たが…正直な話、ここまでとは想像して無かった。
これではまるで昔の…
「姫…御子さ…ま」
ふとそう呼ばれた方を見ると、頭から血を流した白髪に青い瞳のボロボロの青年が本殿に上がる階段に凭れて座っていた。
酷い怪我だ…直ぐに駆け寄って彼の頭に触れ様としたら、手で遮って止められた。
「触っては駄目です…姫御子様に俺のニオイが付いたら頭 が余計に暴れます」
確かにその通りかもしれない…
ニオイが付くのは回避出来無い事だが、私に付いてるニオイの中で彼のニオイが異様に濃いと拙い。変に勘ぐられる。
『……済まない…皆に迷惑を掛けてしまった…』
「大丈夫です…姫御子様の所為じゃない」
『私がしくじった故に砕覇は暴れている……私の所為だ…」
「大丈夫です。傷はそれぞれ度合いが違いますが…皆消えちゃいませんよ」
妖かしは死なない。
しかし“消滅”する事はある。
死体も何も残らない…残るのは身体以外で他人に贈与された物と思い出だけだ。
「俺等は丈夫だから…大丈夫」
彼は微笑むと、ゆっくりとふらつきながら立ち上がった。
「誰一人…一匹も消えちゃいません」
『…有難う』
彼の優しさに少し救われた様な気がした。
もう誰も消したくなかった…
『砕覇を早く止めねばな』
「頭は杜です」
『森に?』
「チビ達が…」
そこまで話すと、彼は指を加えて口笛を吹いた。
すると数秒おいて、三匹の普通の狼が森から駆けて出て来た。
内の二匹は見覚えのある拳銃を加えている。砕覇の二挺拳銃“蒼天”だ。
「蒼天を持たせて杜に逃がしたんですけど…頭が後を追ってったんで」
狼達は、私に擦り寄りながら悲しそうな声で鳴いた。
その口から蒼天を受け取ると、優しく狼達の頭を撫でた。
『砕覇は追って来ないな』
「兄貴と双子が頭の後を追ったんで…恐らくは兄貴と双子が止めてるかと…」
『風都 は兎も角、皐悸と楼季が砕覇とやり合ってるの?!』
二人をよりにもよって砕覇と戦わせるなんて…私は最低だ。
「姫御子様…姫御子様には酷な話ですが、頼りになるのは…双子です」
『二人が…?』
「兄貴は頭が暴れてるから止めに入ってますが…兄貴自身も相当頭に血がいっちゃってますから、いつキレて暴走するか分かりません」
冷静な風都もだなんて…これは同じタイプの紅が怒ってるというのも頷ける。
手にしていた蒼天を彼に手渡して、狼達を順番に撫でると、ゆっくりと立ち上がった。
もう行かなくてはならない…
『蒼天は任せる』
“しっかり護りなさい”そう残して、私は森へ駆け出した。
体躯が大きい子を捜して背に乗せてもらった方が速いとは思ったが、その子に迷惑を掛けてしまうのは目に見えていた。
だから我武者羅に走り続けた。
それぞれの領地内では気を感じ取る事が出来無いから…
そして見付けた瞬間、一気に血の気が引いた。それと同時に頭にきた。
『懐かしい…かな』
声や爆音や煙が聞こえなかったり見えなかったりしたのは、結界が張ってあったからだった。
風都がキレそうな今、皐悸の配慮だろう。
人差し指に術を纏い、ひっかく様にして結界を斬ると結界の中に足を踏み入れた。
『止めなさい!!』
「「ッ…母さん!!」」
張り上げた声に反応したのは皐悸楼季と風都だけだった。
合図をすれば、皐悸と楼季は駆け寄って来たが、風都は砕覇の攻撃を受け流したり避けたりするのに必死だ。
『後は私がやるから貴方達は此処にいなさい』
「でもさ、母さん」
「駄目だよ、母さん」
「「完璧にキレてるんだ」」
『大丈夫だから待ってなさい』
そう言えば、皐悸と楼季はもう何も言わなかった。
大人しくなった二人の頬をそっと撫でる。
『二人もボロボロ…私は悲しくて仕方無いわ』
「…御免」
「御免なさい…」
背伸びをして触れていた頬にそっとキスを落とすと、二人を置いて木々の枝を足場に戦い続ける風都と砕覇の元へと飛び上がった。
風都がピクリと反応したが、砕覇は風都しか見えていない様でひたすら風都への攻撃を繰り返している。
『風都、退いて!』
そう言って風都と砕覇の間に飛び出せば、風都は後ろに飛び退いて避けてくれた。
瞬間見えた風都は目の色が変わっていて“いつキレて暴走するか分かりません”と言われた意味が漸くはっきりと分かった。
『砕覇!!』
そう言って砕覇の前に両腕を広げて立ち塞がると、砕覇は私の前でピタリと動きを止めた。
「ッ…──?」
漸く私を認識してはくれたが、未だに砕覇の金色の筈の瞳は深紅に染まっていた。
『何をしてるの、砕覇』
「ッ…」
『何をしてるの、砕覇…皆に当たって…傷付けて」
「煩い!!!」
『砕覇…』
悲しそうに表情を歪めた砕覇は一瞬目を瞑ると、キッと──を睨み付けた。
「自分は何なんだ…関係無い事に首突っ込んで、巻き込まれて!終いには他人を護る為に自分が傷付いて…今回はそれの“最悪”だ!他人を傷付けるな…?」
砕覇は、──の両肩を掴むと、叩き付ける様に──の身体を木の幹に押し付けた。
「じゃあ、お前は…自分を傷付けんじゃねぇよ!」
心臓を鷲掴みにされた様な気分だった。
「──、砕覇は…俺達はお前を護れなかった挙げ句、管理者の所為で傷付いたお前の側にいる事さえ叶わない…」
“護れなかった”風都はそう言うが、決して護って欲しい訳ではない。
寧ろ危険にさらしたくないから本来は極力やって欲しくない行動の一つだ。
特に今回みたいな…
「…母さんは心配」
「いつも冷や冷やする」
突然の想像もしていたかった言葉に、思わず目を見開いた──は、砕覇に抑え付けられたまま皐悸と楼季を見下ろした。
「母さんは他人には“危ないから止めろ”って言うけど」
「自分に対してはそういう概念が全くと言って良い程無い」
「自分から飛び込む」
「自ら危険の中へ…」
「俺達は恐いよ」
「何時だって恐い」
「「“何時の日か、母さんが急に死んじゃったらどうしょう”」」
何時だって…?
「澪 に言われただろう“こっちの身にもなれ”って…避けられぬ戦いで傷付いたんじゃなくて、お前自ら身を犠牲にしたが為に付いた傷は…俺達には耐え難い」
──にとっては長い間、他にとっては数秒間黙って俯いた──は、そっと目を伏せた。
『二人がそんなに心配してくれてるなんて知らなかった…でも皆の怒る理由は分かってる』
もし逆の立場だったら…
もし私を庇って誰かが怪我をしたら…
『あの瞬間、全てを忘れて飛び出したのは私の過ちだ…』
どんな理由があろうと私は悲しむし、怒る。
今の砕覇達の様に…
『私が悪いのは分かってる…でもね、砕覇』
目を瞑って俯いていた──は、顔を上げると真っ直ぐに砕覇を見据えた。
『貴方を頼ったり信用したり慕ってたり…そんな一族の皆を傷付けるのは可笑しいわ。傷付けるなら私でしょ?
結界がどうの言うなら結界から出た後の…そうね、正に今の私を傷付けるべきよ。私の不祥事なのだから狼族の皆は関係ないわ。それに一番頭にくるのは…』
そう言って肩を掴む砕覇の腕を叩いて払った──は、右手で砕覇の胸倉を掴んだ。
「──、お前…」
『私の子に手を挙げないで』
身勝手な話…狼族の皆を巻き込んだ事よりこの事がずっと頭にきていた。
『貴方と契約した事によって生まれた狼族の力…器である私の所為で行き場の無かったその力で、貴方は皐悸と楼季を創ってくれた…二人は私にとっては大切な子供なの』
“だから”と続けた──は、少し睨み付ける様に再度、真っ直ぐに砕覇を見据えた。
『傷付けたら許さないわ』
はぁ…と息を吐いた砕覇は瞬間、困った様に小さく笑った。
「そうだな…いや‥“そうやな”」
そう言った砕覇の深紅の瞳が金に戻り、──はそっと胸倉から手を離した。
「どうかしとったわ…確かに頭にくる事ばっかりやったけど、それは──と管理者にやからアイツ等や風都は俺の苛々には関係無いしな……皐悸と楼季に手ぇ上げたんも…どうかしとったわ」
“昔みたいに殺らんで良かったわ”と言う砕覇に、今度は──が困った様に小さく笑った。
『そうよ…だからね、次からは私に直接当たりなさい!』
「はぁ?!無理やろ、それ…今更どないしろっつぅの」
『あら、出逢った時みたいに本気で掛かってくれば良いのよ』
“受けて立つわ”と胸を張る──に、砕覇は困った様に“あかん”と繰り返した。
「堪忍してや~」
『あら、何で?』
“絶対無理だ”と言って砕覇は小さく笑う。
笑顔が戻ってきた砕覇の首に腕を回すとぎゅっと抱き付いた。
『……砕覇…御免ね』
「…喧嘩する度に割と直ぐに許してまうんは悪い癖やろか?」
『……そうかも』
「あー…やっぱり?」
『私に甘いわね、狼さん』
「そりゃもう、赤ずきんを拐かすのに必死やからな」
笑い合う二人を見ながら、風都はぎゅっと拳を握りしめた。
『さぁ、皆…社に帰りましょ』
「傷だらけらね~」
──が人間に土地を奪われた某 達の為に異空間に創った社以外の唯一の物であり、同時に唯一皆が集う場所でもある“屋敷”そこに──が帰って来たのは、──が世界の境を出てから多分随分経ってからだった。
というのも…自棄酒を飲み過ぎて時間感覚が無いので、実際の所はどうか正直分からない。
『迷惑掛けたわね、蘭寿』
「ほんとらよ~皆、某 の言うころ聞からいんらから!」
“特に砕覇”と愚痴りながら宥めに行った時に攻撃されたのを思い出した。
気持ちは分からなくも無いが…
あ゙ぁ────…頭にくる。
「……その傷…砕覇にやられたんらろ?」
──はあっちこっちに切った後や痣があって血だらけだ。
まさか此処まで暴れるなんて、あの獰猛な獣は…
『紅だよ』
「……紅?」
耳を疑った。あの紅が…?
そりゃあ気が動転していただろうが、それにしても……紅が──を攻撃した…?
「某 が行っら時は笑って怒ってて…気味が悪いらけらった」
『手に負えないかと思ったよ…紅は完璧に自分を見失っていた。私の顔を見ても私とは判別出来無い程に』
「乱心…紅が?」
『この傷は紅が私を敵だと認識して攻撃してきたものだ』
そう言われて改めて──を見ると、──は困った様に笑った。
「…相当混乱しれたんらね」
誰よりも──が怪我をするのを嫌う紅が、自ら…しかもここまで──を傷付けるなんて…
『あの子は弱いのね…自分を見失う程弱いのは西煌 と霹麗 だけかと思ってた』
「今回はどうらった?」
『西煌と霹麗は力が渦巻いてて近付くのに凄く苦労したわ』
「…庵 は?」
暴れるといえば…家族の中で一番短気で手が早くて乱暴で口が悪い庵だ。庵が一番危ない。
『庵は落ち着いてたわ。庵の所には最後に行ったけど“血だらけなのもまた良い”ってこの姿にも動じなかったし』
「うわ~…何らそれ。ヤン……ヤンドレ…ヤンコレ…ヤンソレ?」
『ヤン?』
「この間こっそり様子見に“あの世界”に戻っら時に人間の童女達が言っれらんよ…“病んでる”って意味ら」
何て言ってたっけなぁ…
ヤントレ、ヤンジレ、ヤンデレ、ヤンアレ…確か“レ”で終わった気がするんだけど…
『病気なの?』
「“病的”って事れ病気では無いらろ…多分」
ヤン何レであろうとも意味は変わらないし、意味は確かコレで合っている…多分。
『病的…ね…』
そう呟いた──はきっと…
某 が言った意味を分かってはいないだろう。
「そう…病的なんらよ」
なぁ、──…
それぞれ形は違うけど、皆…
お前を愛しているんだよ。
「庵が暴れなくれ良かったら」
一応は唯の人間であるお前に雁首 揃えて従う程に…
『本当に……舞白 も大人しく目を瞑ってくれたわ』
某 達の感覚でも永いと感じる時を歩む程…
そうだ…
皆、病的なまでにお前に依存している。
「管理者に結界は控えろと言っろけ…もう宥め役は嫌ら」
某 はお前の破滅的な鈍さに感謝している。
『済まなかったな、蘭寿…伝えておくし、私自身も今後はこれまで以上に気を付けるよ』
お前を愛している奴等に決して気付くな、──…
「賢明な判断らな」
そして決して消滅するな…
『あら、貴女にしては手厳しい物言いね』
じゃないと…
「本当に疲れたんらよ~」
総てが滅ぶ事になる…
『じゃあ総てが終わったら…』
あの世界も…
レイ達がいる世界も他も…
総て…
総てが崩される…
『レイ達を見届けたら、榊の神酒を持って来て上げるわ』
「本当か?!」
だから…
『本当よ。久々に皆で酒盛りしましょ』
だから気付くな、──…
「楽しみらな~酒盛りなんれ何時ぶりらろう」
某 達の安息の為に。
『呑み過ぎないでね、蘭寿』
「飲み過ぎなきゃ酒盛りじゃないらろ~呑む!呑むぞ!」
決して死ぬな…
『はいはい、程々にね』
狂う程に離れられない…
お前と某達の幸せの為に──…
「…行くのか」
治癒用の水の球体から出してもらってから直ぐに支度を始めた私に、イアンはそう不機嫌そうに問い掛けた。
『勿論』
着ていた着物を脱ぎ捨て、袖の無い着物と袴で身を包む。
『怒る理由をつくったのは私…ならば謝るのは私」
当たり散らしてる子達がいる…
閉じ籠もってる子もいる…
皆を何とかしようと頑張ってくれている子達もいる。
優しい皆は私の身を案じて怒っているのだから…
『宥めるのも私よ』
=病=
石畳の道を跨ぐ様にして並ぶ数え切れない赤い鳥居…
周りは森に囲まれていて、そこは既に此の先にある社の一族の領地だ。
鳥居が始まった所からが領地で、此の長い石畳の道が続く先には、道と同じ様に鳥居に囲まれた石段があり、そこを上ると月の紋章の入った一際大きい鳥居がある。
そこからがその一族の社だ。
『これは…』
石段を上り終えた私は、その酷い惨状に思わず言葉を失った。
血塗れの石畳に屋敷…所々が破損していて、辺りには点々と人型や大きな獣の狼達が倒れていた。
砕覇は部下に当たり散らしてるし、騎龍は社ぶっ壊したってさ……他の皆も…
『ここまでとは…』
最初に向かった先は狼族の長である砕覇の社だった。
仲間に当たり散らしているというから真っ先に来たが…正直な話、ここまでとは想像して無かった。
これではまるで昔の…
「姫…御子さ…ま」
ふとそう呼ばれた方を見ると、頭から血を流した白髪に青い瞳のボロボロの青年が本殿に上がる階段に凭れて座っていた。
酷い怪我だ…直ぐに駆け寄って彼の頭に触れ様としたら、手で遮って止められた。
「触っては駄目です…姫御子様に俺のニオイが付いたら
確かにその通りかもしれない…
ニオイが付くのは回避出来無い事だが、私に付いてるニオイの中で彼のニオイが異様に濃いと拙い。変に勘ぐられる。
『……済まない…皆に迷惑を掛けてしまった…』
「大丈夫です…姫御子様の所為じゃない」
『私がしくじった故に砕覇は暴れている……私の所為だ…」
「大丈夫です。傷はそれぞれ度合いが違いますが…皆消えちゃいませんよ」
妖かしは死なない。
しかし“消滅”する事はある。
死体も何も残らない…残るのは身体以外で他人に贈与された物と思い出だけだ。
「俺等は丈夫だから…大丈夫」
彼は微笑むと、ゆっくりとふらつきながら立ち上がった。
「誰一人…一匹も消えちゃいません」
『…有難う』
彼の優しさに少し救われた様な気がした。
もう誰も消したくなかった…
『砕覇を早く止めねばな』
「頭は杜です」
『森に?』
「チビ達が…」
そこまで話すと、彼は指を加えて口笛を吹いた。
すると数秒おいて、三匹の普通の狼が森から駆けて出て来た。
内の二匹は見覚えのある拳銃を加えている。砕覇の二挺拳銃“蒼天”だ。
「蒼天を持たせて杜に逃がしたんですけど…頭が後を追ってったんで」
狼達は、私に擦り寄りながら悲しそうな声で鳴いた。
その口から蒼天を受け取ると、優しく狼達の頭を撫でた。
『砕覇は追って来ないな』
「兄貴と双子が頭の後を追ったんで…恐らくは兄貴と双子が止めてるかと…」
『
二人をよりにもよって砕覇と戦わせるなんて…私は最低だ。
「姫御子様…姫御子様には酷な話ですが、頼りになるのは…双子です」
『二人が…?』
「兄貴は頭が暴れてるから止めに入ってますが…兄貴自身も相当頭に血がいっちゃってますから、いつキレて暴走するか分かりません」
冷静な風都もだなんて…これは同じタイプの紅が怒ってるというのも頷ける。
手にしていた蒼天を彼に手渡して、狼達を順番に撫でると、ゆっくりと立ち上がった。
もう行かなくてはならない…
『蒼天は任せる』
“しっかり護りなさい”そう残して、私は森へ駆け出した。
体躯が大きい子を捜して背に乗せてもらった方が速いとは思ったが、その子に迷惑を掛けてしまうのは目に見えていた。
だから我武者羅に走り続けた。
それぞれの領地内では気を感じ取る事が出来無いから…
そして見付けた瞬間、一気に血の気が引いた。それと同時に頭にきた。
『懐かしい…かな』
声や爆音や煙が聞こえなかったり見えなかったりしたのは、結界が張ってあったからだった。
風都がキレそうな今、皐悸の配慮だろう。
人差し指に術を纏い、ひっかく様にして結界を斬ると結界の中に足を踏み入れた。
『止めなさい!!』
「「ッ…母さん!!」」
張り上げた声に反応したのは皐悸楼季と風都だけだった。
合図をすれば、皐悸と楼季は駆け寄って来たが、風都は砕覇の攻撃を受け流したり避けたりするのに必死だ。
『後は私がやるから貴方達は此処にいなさい』
「でもさ、母さん」
「駄目だよ、母さん」
「「完璧にキレてるんだ」」
『大丈夫だから待ってなさい』
そう言えば、皐悸と楼季はもう何も言わなかった。
大人しくなった二人の頬をそっと撫でる。
『二人もボロボロ…私は悲しくて仕方無いわ』
「…御免」
「御免なさい…」
背伸びをして触れていた頬にそっとキスを落とすと、二人を置いて木々の枝を足場に戦い続ける風都と砕覇の元へと飛び上がった。
風都がピクリと反応したが、砕覇は風都しか見えていない様でひたすら風都への攻撃を繰り返している。
『風都、退いて!』
そう言って風都と砕覇の間に飛び出せば、風都は後ろに飛び退いて避けてくれた。
瞬間見えた風都は目の色が変わっていて“いつキレて暴走するか分かりません”と言われた意味が漸くはっきりと分かった。
『砕覇!!』
そう言って砕覇の前に両腕を広げて立ち塞がると、砕覇は私の前でピタリと動きを止めた。
「ッ…──?」
漸く私を認識してはくれたが、未だに砕覇の金色の筈の瞳は深紅に染まっていた。
『何をしてるの、砕覇』
「ッ…」
『何をしてるの、砕覇…皆に当たって…傷付けて」
「煩い!!!」
『砕覇…』
悲しそうに表情を歪めた砕覇は一瞬目を瞑ると、キッと──を睨み付けた。
「自分は何なんだ…関係無い事に首突っ込んで、巻き込まれて!終いには他人を護る為に自分が傷付いて…今回はそれの“最悪”だ!他人を傷付けるな…?」
砕覇は、──の両肩を掴むと、叩き付ける様に──の身体を木の幹に押し付けた。
「じゃあ、お前は…自分を傷付けんじゃねぇよ!」
心臓を鷲掴みにされた様な気分だった。
「──、砕覇は…俺達はお前を護れなかった挙げ句、管理者の所為で傷付いたお前の側にいる事さえ叶わない…」
“護れなかった”風都はそう言うが、決して護って欲しい訳ではない。
寧ろ危険にさらしたくないから本来は極力やって欲しくない行動の一つだ。
特に今回みたいな…
「…母さんは心配」
「いつも冷や冷やする」
突然の想像もしていたかった言葉に、思わず目を見開いた──は、砕覇に抑え付けられたまま皐悸と楼季を見下ろした。
「母さんは他人には“危ないから止めろ”って言うけど」
「自分に対してはそういう概念が全くと言って良い程無い」
「自分から飛び込む」
「自ら危険の中へ…」
「俺達は恐いよ」
「何時だって恐い」
「「“何時の日か、母さんが急に死んじゃったらどうしょう”」」
何時だって…?
「
──にとっては長い間、他にとっては数秒間黙って俯いた──は、そっと目を伏せた。
『二人がそんなに心配してくれてるなんて知らなかった…でも皆の怒る理由は分かってる』
もし逆の立場だったら…
もし私を庇って誰かが怪我をしたら…
『あの瞬間、全てを忘れて飛び出したのは私の過ちだ…』
どんな理由があろうと私は悲しむし、怒る。
今の砕覇達の様に…
『私が悪いのは分かってる…でもね、砕覇』
目を瞑って俯いていた──は、顔を上げると真っ直ぐに砕覇を見据えた。
『貴方を頼ったり信用したり慕ってたり…そんな一族の皆を傷付けるのは可笑しいわ。傷付けるなら私でしょ?
結界がどうの言うなら結界から出た後の…そうね、正に今の私を傷付けるべきよ。私の不祥事なのだから狼族の皆は関係ないわ。それに一番頭にくるのは…』
そう言って肩を掴む砕覇の腕を叩いて払った──は、右手で砕覇の胸倉を掴んだ。
「──、お前…」
『私の子に手を挙げないで』
身勝手な話…狼族の皆を巻き込んだ事よりこの事がずっと頭にきていた。
『貴方と契約した事によって生まれた狼族の力…器である私の所為で行き場の無かったその力で、貴方は皐悸と楼季を創ってくれた…二人は私にとっては大切な子供なの』
“だから”と続けた──は、少し睨み付ける様に再度、真っ直ぐに砕覇を見据えた。
『傷付けたら許さないわ』
はぁ…と息を吐いた砕覇は瞬間、困った様に小さく笑った。
「そうだな…いや‥“そうやな”」
そう言った砕覇の深紅の瞳が金に戻り、──はそっと胸倉から手を離した。
「どうかしとったわ…確かに頭にくる事ばっかりやったけど、それは──と管理者にやからアイツ等や風都は俺の苛々には関係無いしな……皐悸と楼季に手ぇ上げたんも…どうかしとったわ」
“昔みたいに殺らんで良かったわ”と言う砕覇に、今度は──が困った様に小さく笑った。
『そうよ…だからね、次からは私に直接当たりなさい!』
「はぁ?!無理やろ、それ…今更どないしろっつぅの」
『あら、出逢った時みたいに本気で掛かってくれば良いのよ』
“受けて立つわ”と胸を張る──に、砕覇は困った様に“あかん”と繰り返した。
「堪忍してや~」
『あら、何で?』
“絶対無理だ”と言って砕覇は小さく笑う。
笑顔が戻ってきた砕覇の首に腕を回すとぎゅっと抱き付いた。
『……砕覇…御免ね』
「…喧嘩する度に割と直ぐに許してまうんは悪い癖やろか?」
『……そうかも』
「あー…やっぱり?」
『私に甘いわね、狼さん』
「そりゃもう、赤ずきんを拐かすのに必死やからな」
笑い合う二人を見ながら、風都はぎゅっと拳を握りしめた。
『さぁ、皆…社に帰りましょ』
「傷だらけらね~」
──が人間に土地を奪われた
というのも…自棄酒を飲み過ぎて時間感覚が無いので、実際の所はどうか正直分からない。
『迷惑掛けたわね、蘭寿』
「ほんとらよ~皆、
“特に砕覇”と愚痴りながら宥めに行った時に攻撃されたのを思い出した。
気持ちは分からなくも無いが…
あ゙ぁ────…頭にくる。
「……その傷…砕覇にやられたんらろ?」
──はあっちこっちに切った後や痣があって血だらけだ。
まさか此処まで暴れるなんて、あの獰猛な獣は…
『紅だよ』
「……紅?」
耳を疑った。あの紅が…?
そりゃあ気が動転していただろうが、それにしても……紅が──を攻撃した…?
「
『手に負えないかと思ったよ…紅は完璧に自分を見失っていた。私の顔を見ても私とは判別出来無い程に』
「乱心…紅が?」
『この傷は紅が私を敵だと認識して攻撃してきたものだ』
そう言われて改めて──を見ると、──は困った様に笑った。
「…相当混乱しれたんらね」
誰よりも──が怪我をするのを嫌う紅が、自ら…しかもここまで──を傷付けるなんて…
『あの子は弱いのね…自分を見失う程弱いのは
「今回はどうらった?」
『西煌と霹麗は力が渦巻いてて近付くのに凄く苦労したわ』
「…
暴れるといえば…家族の中で一番短気で手が早くて乱暴で口が悪い庵だ。庵が一番危ない。
『庵は落ち着いてたわ。庵の所には最後に行ったけど“血だらけなのもまた良い”ってこの姿にも動じなかったし』
「うわ~…何らそれ。ヤン……ヤンドレ…ヤンコレ…ヤンソレ?」
『ヤン?』
「この間こっそり様子見に“あの世界”に戻っら時に人間の童女達が言っれらんよ…“病んでる”って意味ら」
何て言ってたっけなぁ…
ヤントレ、ヤンジレ、ヤンデレ、ヤンアレ…確か“レ”で終わった気がするんだけど…
『病気なの?』
「“病的”って事れ病気では無いらろ…多分」
ヤン何レであろうとも意味は変わらないし、意味は確かコレで合っている…多分。
『病的…ね…』
そう呟いた──はきっと…
「そう…病的なんらよ」
なぁ、──…
それぞれ形は違うけど、皆…
お前を愛しているんだよ。
「庵が暴れなくれ良かったら」
一応は唯の人間であるお前に
『本当に……
そうだ…
皆、病的なまでにお前に依存している。
「管理者に結界は控えろと言っろけ…もう宥め役は嫌ら」
『済まなかったな、蘭寿…伝えておくし、私自身も今後はこれまで以上に気を付けるよ』
お前を愛している奴等に決して気付くな、──…
「賢明な判断らな」
そして決して消滅するな…
『あら、貴女にしては手厳しい物言いね』
じゃないと…
「本当に疲れたんらよ~」
総てが滅ぶ事になる…
『じゃあ総てが終わったら…』
あの世界も…
レイ達がいる世界も他も…
総て…
総てが崩される…
『レイ達を見届けたら、榊の神酒を持って来て上げるわ』
「本当か?!」
だから…
『本当よ。久々に皆で酒盛りしましょ』
だから気付くな、──…
「楽しみらな~酒盛りなんれ何時ぶりらろう」
『呑み過ぎないでね、蘭寿』
「飲み過ぎなきゃ酒盛りじゃないらろ~呑む!呑むぞ!」
決して死ぬな…
『はいはい、程々にね』
狂う程に離れられない…
お前と某達の幸せの為に──…