第3章 封印された箱
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『何で…何でこんな事になったの…』
シャールの屍を前に小さくそう口にしたレイに、俺は何も言ってやる事が出来無かった。
真実を語るも…嘘を吐こうも…
どちらにしろ結果的にレイが傷付く事に変わりないのは分かりきった事だったから…
だから口を噤んだ。
変えようのない真実も…
真実を隠す為の陳腐な嘘も…
砂糖菓子の様に甘い慰めも…
レイを思うなら使うべきでは無いのだから。
『…何で……』
何度も何度も…
そう壊れた様に繰り返しそう呟くレイを俺は…
そっと抱き締めた──…
=盲目の女=
“その女”は伯爵様と共に現れた。
シャールの屍を前に動こうとしなかったレイが、自分の部屋の奥にある俺達、護衛アクマの部屋から漸く戻り、ベッドに腰掛けて窓の外をジッと見だしてから小一時間が経っていた。
シャールを想っているのか…それともジャスデビ様の許可の無い訪問を待っているのか…
どちらかは分からなかったが取り敢えずそっとしておいた。
“どうしたら良いか分からなかった”と言った方が正しいかもしれない。
そんな中、軽やかなノックと共に部屋へ入って来た伯爵様の声で、漸くレイは窓から視線を外した。
「レイ、レイの新しい護衛を連れてきましたヨ♡」
『あたら…しい…?』
レイの声に伯爵様が“ウフフ♡”と笑うと、伯爵様の後ろで静かに立っていた女がドレスの裾を手に綺麗に挨拶をした。
長いブランドの髪に小麦色の肌の女だった。
閉じられた目は開く気配は無く、瞳の色は分からない。
「初めまして、姫様。新しく姫様の護衛アクマにと仰せ付かりました“アグスティナ”です」
『……ティナ…?』
「えぇ、皆はそう呼びます。好きにお呼び下さいな、姫様」
ニッコリと微笑んだアグスティナがそう言えば、レイは小さく頷いた。
「……何故新しい護衛を」
「丁度良いんデスヨ♡」
「丁度良い?」
「……お恥ずかしい話、私…エクソシストとの戦闘の際に目を負傷しまして…カメラ機能に支障を来してしまったんです」
「機能シテようとシテ無かろうと…どちらにしろレイのアクマの映像は我輩には届きませんからネ」
レイの能力の影響で、レイの護衛となったアクマの視覚映像は伯爵様に届か無い。
だから機能が故障したアクマのレベルが高ければ、確かにレイの護衛に丁度良いといえば丁度良い。
しかし…上位アクマのシャールが死に、そこに目を負傷した中々のレベルのアクマが現れるとは…話が上手くいき過ぎている様な気がする。
『チィ、シャールは…』
「アレの事は忘れなさイ」
『でも…』
「シャールは壊れたんデスヨ」
そう言われて小さく俯いたレイを見たアグスティナは伯爵様に一礼をしてからレイに歩み寄ると、片膝を付いてそっとその手を取った。
「姫様…シャール様になる事は出来ませんが、このアグスティナがシャール様の分も姫様のお供を致します」
アグスティナはレイの手の甲にそっと口付けると、優雅に立ち上がってその場でクルリと回って見せた。
「私、こう見えても丈夫ですから任せてくださいな」
『目ぇとられたのに?』
「あら、目は死に逝くエクソシストにに呉れて遣ったんですよ」
唇に人差し指を当てて“そういう事にしておいて下さい”と言って笑ったアグスティナは、伯爵様に向き合って綺麗に頭を下げた。
「今この時から私は姫様のモノです…姫様を全力で護り抜きますし、もう私は私を誰にも…」
瞬間、アグスティナはそっと胸元に右手を添えた。
「何一つやりはしません」
「我輩のモノだったアグスティナは目をとられましたけどネ♡」
伯爵様の言葉に、アグスティナはクスクスと笑いながら身を起こした。
「嫌ですわ、伯爵様。伯爵様は沢山のポーンをお持ちじゃないですか」
ポーン…チェスか?
「伯爵様の元では私は唯の…数え切れない兵士 の一つに過ぎませんけど、姫様の元では私は僧侶 であり戦車 ですもの」
“騎士 は無理ですけど”と言うアグスティナは、ふと俺の方を向いてニコリと微笑んだ。
「騎士 はユエ様にお任せします」
「駄目ですヨ♡騎士 は我輩デスから♡」
「あら、伯爵様ったら」
楽しそうに笑うアグスティナを前に、俺は不信感を抱かずにはいられなかった。
コイツ…何か引っ掛かる。
何故唯のアクマがこんなにも…
『…ユエ、私は?』
「…は?」
考え中に袖口を引かれながらそう問い掛けられ、俺は思わずそう間抜けな声を漏らした。
『ユエは騎士 …なら私は?』
「あぁ…」
一介のアクマが兵士 で、レイの護衛となったアグスティナが僧侶 か戦車 、俺が騎士 なら…
「レイは王 であり女王 だろう」
兵士 、僧侶 、戦車 、騎士 …残る駒は二つ。
そして俺が優先すべき唯一人のレイは、意味を考慮しても二つ共当て嵌る。
『王 …女王 …』
そう小さく呟いたレイは、アグスティナを見ると微かに微笑んだ。
「いらっしゃい、レイ♡」
伯爵様が、ふとそう言って両手を広げると、レイは躊躇う事無く伯爵様に抱き付いて気持ちよさそうに目を閉じた。
「どうですかレイ、アグスティナは気に入りましたカ?」
そう問われ、閉じていた目を開いたレイは、真っ直ぐにアグスティナを見据えた。
『アグスティナ』
「はい、姫様」
『私に従うの?』
「勿論です」
抱き上げられる様にして伯爵様の腕へと腰掛けたレイは“じゃあ”とアグスティナを見下ろした。
『約束して、アグスティナ』
一瞬冷たい目をしたレイは瞬間、屋敷を飛び出す前のあの頃の様に無邪気に微笑んだ。
『絶対に破壊されないで』
『そう…じゃあアナタは首尾良く進んでるのね』
先が見えないくらい背が高く横長な本棚が四方に広がる真白の世界“世界の境”の中心に浮かんだ巨大な水の球体。
その中で目を閉じて横になっている長い銀髪の美女は、そう言うと小さく笑った。
『私は八方塞がりだけど』
術の所為で全てが回復しない限り、私は此処から出られない。
世界の境の管理者であるイアンの忌々しくも優しい術だ。
「笑い事じゃない…」
球体の外から宙に浮く私を見上げる相手は、そう口にすると困った様に溜め息を吐いた。
「“皆、かんかんで手に負えやしない”と蘭寿が面倒臭そうにぼやいていた…桜華がいないから止めるのは蘭寿だから」
『……それに関しては申し訳無いと思ってるわ』
あの瞬間…全てを受ける瞬間、レイで頭がいっぱいで“受け止める”事以外に頭がいかなかった。
結界を張るなり相殺するなり…
手はいくらでもあったのに、身を犠牲にして立ちふさがるレイが酷く自分にそっくりで…
心が乱れた。
受けた後に家族達やイアンが頭を過ぎって“失敗 った”と思った。
『紅はどうしたの…あの子は冷静でしょう?』
「怒ってる」
『……紅が?』
「砕覇は部下に当たり散らしてるし、騎龍は社ぶっ壊したってさ……他の皆も…」
手に負えないというのは“相当”らしい。
そこまでとは…
「管理者が結界を張ってるから皆、来れなくて余計怒ってる」
『結界?アナタは許可でも貰ったの?』
「術の裏をかいて誤魔化した…けど次はきっと無理」
確かに…イアンの事だから結界を通った事に気付くだろうし、同じ手は食わないだろう。
『埋め合わせするわ』
こうなってしまっては、此処から出た後に一人ずつに会いにいかねばならない。
皆、相当怒っている…どうしたものか。
『それにしても…アナタがそんなにあの世界に入れ込むとは思って無かったわ』
「気が向いたんさ~アレだ…気紛れだよ、気紛れ」
『そう?まぁ、得意分野ではあるから大丈夫だとは思ってたけど』
「勿論、本業の応用だからね」
『…アレが本業だと許した覚えは無いが?』
「何さ今更~誰もが認めてる事さ」
その言葉が他の何よりも引っ掛かった。
閉じていた目をそこで初めて開くと、相手を見下ろした。
『それは一体誰だ。我が家族にそなたの命を軽んじる様な愚か者は居ない』
からからと笑っていた相手は、ピタリと笑うのを止めると、真っ直ぐに私を見た。
『決して無理はするな。そなたの行動が皆の生死を分けるやもしれん今、安易な行動は控え選択は慎重に』
ゆっくりと横になっていた身体を起こすと、宙に浮いた形でその場に立つ。
あぁ…イアンに見付かったら怒られそうだな…
ふとそう思った。
『どんな状況であれ…自ら命を捨てる事は許さない』
そろそろ動くか──…
『何で…何でこんな事になったの…』
シャールの屍を前に小さくそう口にしたレイに、俺は何も言ってやる事が出来無かった。
真実を語るも…嘘を吐こうも…
どちらにしろ結果的にレイが傷付く事に変わりないのは分かりきった事だったから…
だから口を噤んだ。
変えようのない真実も…
真実を隠す為の陳腐な嘘も…
砂糖菓子の様に甘い慰めも…
レイを思うなら使うべきでは無いのだから。
『…何で……』
何度も何度も…
そう壊れた様に繰り返しそう呟くレイを俺は…
そっと抱き締めた──…
=盲目の女=
“その女”は伯爵様と共に現れた。
シャールの屍を前に動こうとしなかったレイが、自分の部屋の奥にある俺達、護衛アクマの部屋から漸く戻り、ベッドに腰掛けて窓の外をジッと見だしてから小一時間が経っていた。
シャールを想っているのか…それともジャスデビ様の許可の無い訪問を待っているのか…
どちらかは分からなかったが取り敢えずそっとしておいた。
“どうしたら良いか分からなかった”と言った方が正しいかもしれない。
そんな中、軽やかなノックと共に部屋へ入って来た伯爵様の声で、漸くレイは窓から視線を外した。
「レイ、レイの新しい護衛を連れてきましたヨ♡」
『あたら…しい…?』
レイの声に伯爵様が“ウフフ♡”と笑うと、伯爵様の後ろで静かに立っていた女がドレスの裾を手に綺麗に挨拶をした。
長いブランドの髪に小麦色の肌の女だった。
閉じられた目は開く気配は無く、瞳の色は分からない。
「初めまして、姫様。新しく姫様の護衛アクマにと仰せ付かりました“アグスティナ”です」
『……ティナ…?』
「えぇ、皆はそう呼びます。好きにお呼び下さいな、姫様」
ニッコリと微笑んだアグスティナがそう言えば、レイは小さく頷いた。
「……何故新しい護衛を」
「丁度良いんデスヨ♡」
「丁度良い?」
「……お恥ずかしい話、私…エクソシストとの戦闘の際に目を負傷しまして…カメラ機能に支障を来してしまったんです」
「機能シテようとシテ無かろうと…どちらにしろレイのアクマの映像は我輩には届きませんからネ」
レイの能力の影響で、レイの護衛となったアクマの視覚映像は伯爵様に届か無い。
だから機能が故障したアクマのレベルが高ければ、確かにレイの護衛に丁度良いといえば丁度良い。
しかし…上位アクマのシャールが死に、そこに目を負傷した中々のレベルのアクマが現れるとは…話が上手くいき過ぎている様な気がする。
『チィ、シャールは…』
「アレの事は忘れなさイ」
『でも…』
「シャールは壊れたんデスヨ」
そう言われて小さく俯いたレイを見たアグスティナは伯爵様に一礼をしてからレイに歩み寄ると、片膝を付いてそっとその手を取った。
「姫様…シャール様になる事は出来ませんが、このアグスティナがシャール様の分も姫様のお供を致します」
アグスティナはレイの手の甲にそっと口付けると、優雅に立ち上がってその場でクルリと回って見せた。
「私、こう見えても丈夫ですから任せてくださいな」
『目ぇとられたのに?』
「あら、目は死に逝くエクソシストにに呉れて遣ったんですよ」
唇に人差し指を当てて“そういう事にしておいて下さい”と言って笑ったアグスティナは、伯爵様に向き合って綺麗に頭を下げた。
「今この時から私は姫様のモノです…姫様を全力で護り抜きますし、もう私は私を誰にも…」
瞬間、アグスティナはそっと胸元に右手を添えた。
「何一つやりはしません」
「我輩のモノだったアグスティナは目をとられましたけどネ♡」
伯爵様の言葉に、アグスティナはクスクスと笑いながら身を起こした。
「嫌ですわ、伯爵様。伯爵様は沢山のポーンをお持ちじゃないですか」
ポーン…チェスか?
「伯爵様の元では私は唯の…数え切れない
“
「
「駄目ですヨ♡
「あら、伯爵様ったら」
楽しそうに笑うアグスティナを前に、俺は不信感を抱かずにはいられなかった。
コイツ…何か引っ掛かる。
何故唯のアクマがこんなにも…
『…ユエ、私は?』
「…は?」
考え中に袖口を引かれながらそう問い掛けられ、俺は思わずそう間抜けな声を漏らした。
『ユエは
「あぁ…」
一介のアクマが
「レイは
そして俺が優先すべき唯一人のレイは、意味を考慮しても二つ共当て嵌る。
『
そう小さく呟いたレイは、アグスティナを見ると微かに微笑んだ。
「いらっしゃい、レイ♡」
伯爵様が、ふとそう言って両手を広げると、レイは躊躇う事無く伯爵様に抱き付いて気持ちよさそうに目を閉じた。
「どうですかレイ、アグスティナは気に入りましたカ?」
そう問われ、閉じていた目を開いたレイは、真っ直ぐにアグスティナを見据えた。
『アグスティナ』
「はい、姫様」
『私に従うの?』
「勿論です」
抱き上げられる様にして伯爵様の腕へと腰掛けたレイは“じゃあ”とアグスティナを見下ろした。
『約束して、アグスティナ』
一瞬冷たい目をしたレイは瞬間、屋敷を飛び出す前のあの頃の様に無邪気に微笑んだ。
『絶対に破壊されないで』
『そう…じゃあアナタは首尾良く進んでるのね』
先が見えないくらい背が高く横長な本棚が四方に広がる真白の世界“世界の境”の中心に浮かんだ巨大な水の球体。
その中で目を閉じて横になっている長い銀髪の美女は、そう言うと小さく笑った。
『私は八方塞がりだけど』
術の所為で全てが回復しない限り、私は此処から出られない。
世界の境の管理者であるイアンの忌々しくも優しい術だ。
「笑い事じゃない…」
球体の外から宙に浮く私を見上げる相手は、そう口にすると困った様に溜め息を吐いた。
「“皆、かんかんで手に負えやしない”と蘭寿が面倒臭そうにぼやいていた…桜華がいないから止めるのは蘭寿だから」
『……それに関しては申し訳無いと思ってるわ』
あの瞬間…全てを受ける瞬間、レイで頭がいっぱいで“受け止める”事以外に頭がいかなかった。
結界を張るなり相殺するなり…
手はいくらでもあったのに、身を犠牲にして立ちふさがるレイが酷く自分にそっくりで…
心が乱れた。
受けた後に家族達やイアンが頭を過ぎって“
『紅はどうしたの…あの子は冷静でしょう?』
「怒ってる」
『……紅が?』
「砕覇は部下に当たり散らしてるし、騎龍は社ぶっ壊したってさ……他の皆も…」
手に負えないというのは“相当”らしい。
そこまでとは…
「管理者が結界を張ってるから皆、来れなくて余計怒ってる」
『結界?アナタは許可でも貰ったの?』
「術の裏をかいて誤魔化した…けど次はきっと無理」
確かに…イアンの事だから結界を通った事に気付くだろうし、同じ手は食わないだろう。
『埋め合わせするわ』
こうなってしまっては、此処から出た後に一人ずつに会いにいかねばならない。
皆、相当怒っている…どうしたものか。
『それにしても…アナタがそんなにあの世界に入れ込むとは思って無かったわ』
「気が向いたんさ~アレだ…気紛れだよ、気紛れ」
『そう?まぁ、得意分野ではあるから大丈夫だとは思ってたけど』
「勿論、本業の応用だからね」
『…アレが本業だと許した覚えは無いが?』
「何さ今更~誰もが認めてる事さ」
その言葉が他の何よりも引っ掛かった。
閉じていた目をそこで初めて開くと、相手を見下ろした。
『それは一体誰だ。我が家族にそなたの命を軽んじる様な愚か者は居ない』
からからと笑っていた相手は、ピタリと笑うのを止めると、真っ直ぐに私を見た。
『決して無理はするな。そなたの行動が皆の生死を分けるやもしれん今、安易な行動は控え選択は慎重に』
ゆっくりと横になっていた身体を起こすと、宙に浮いた形でその場に立つ。
あぁ…イアンに見付かったら怒られそうだな…
ふとそう思った。
『どんな状況であれ…自ら命を捨てる事は許さない』
そろそろ動くか──…