第2章 出会いと別れ
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36
『ア゛ァアアァア゛…ッグ!』
そう苦しそうに叫ぶ童女…レイの姿は酷く……酷く…遠い昔の何時かの──にとても良く似ていた。
「……どうした、レイ」
そう声を掛けてやれば、レイは弾かれた様に青い顔を上げた。
『ッ…ガガッピー蘭寿様ザ、ザ…修行中なのは分か…ています!
私ガまだ未熟なヴゥのも分かってズ…います…
でもどうか…ガッ…ピー…
どう…か行かせて下さい!』
「音割れが酷いな…」
『は?』
レイの声に“いや…最近耳が悪くていかん”と応えた蘭寿は、指を鳴らすと鳥居に空間の歪みを作った。
「行ってこい、レイ」
『はい、蘭寿様!』
嬉しいそうに笑ったレイは“いってきます”と言って鳥居を潜って消え去り、それを見た蘭寿は直ぐに指を鳴らして鳥居を元に戻した。
そして直ぐにその場に崩れる様に倒れた。
「あ゙ぁ──…疲れらぁ」
“ゔ〜”と呻りながらゴロゴロと地を転がっていた蘭寿は、ピタリと転がるのを止めた。
「…ちゃんろ喋り続けらろ何年振りらろ…?」
ちゃんと喋り続けたの何てきっと…きっと…
「あぁぁ…ヒック…らしく無いころしちゃっら」
『らしく無い事?』
聞き覚えのある声に反応して顔を上げると、長い銀髪の女がニッコリと微笑んで某 を見下ろしていた…某 と目を合わせる様にちょこんとしゃがみ込んで頬杖をつく姿が愛らしい。
『優しい蘭寿らしいよ』
「は?」
『度胸試ししたり、言葉遣いを直したり…全部優しい蘭寿らしかったわ。やっぱり貴女の悪い所は優し過ぎる所よね、蘭寿』
そう言うからには…
レイを某の社に送り込んでからずっと…きっと全てを見ていたんだろう。
あぁ…酒で火照った顔に更に熱が集まる…クラクラして眩暈がしそうだ。
「…恥ずかしいころ言うら」
=二つの家族=
「玩具達♡我輩のコエが聴こえますカ?」
江戸城の屋根に立った千年公がそう問えば、空に敷き詰まる日本地区内全土から集まったアクマ達はそれぞれ、ボディの一部を光らせてそれに応えた。
千年公で影を作る様にして屋根に腰掛けると、眩しすぎるそれに目を閉じて黙って煙草を吹かす。
ラゼルとイカサマ少年と…
考え事を続ける頭には、騒ぐ双子の声が少し煩かった。
あぁ…ラゼルに会いたい。
「ティキぽん」
ふと、そう頭上から降り注いだ声に俺は煙を吐くついでに溜め息を洩らした。
「千年公、好い加減その呼び方止め…」
「イノセンスをナメちゃいけませんヨ」
「……」
「アイツは…我輩達を倒すためなら何だってする悪魔なんですからネ♡」
千年公を見上げたティキは、上に向けた頭を元に戻すと、一番近くのアクマを指差した。
「そこの奴…今直ぐ“箱”で中国飛んで」
そう言ってイカサマ少年の特徴を教えると、アクマは直ぐに飛び立っていった。
「さて…今回はお手伝いしてあげますが、ジャスデビとスキンくんもいつまでも元帥にやられてちゃダメですヨ……ハート探しはまだまだこれからなんですかラ♡」
「千ね…」
「ちゃんと仕事なさイ♡」
「「「す…すんません…」」」
恐ッ!!
語尾のハートが尚、恐怖を煽る。
「我輩が居合わせたのも運命ですかねェ、クロス・マリアン…♡
でもあまり構ってる暇は無いんですヨ…早くレイを探さねばなりまセン♡」
千年公がそう言う中一瞬、双子が悲しそうな顔をしたのは気の所為だろうか…?
「行きなさいアクマたチ♡全軍で元帥共を討ち破れェ♡♡♡」
そう命令を下した瞬間だった。
“ドンッ”という音と共に民家の中から屋根を突き破って巨大な蛇が現れた。
「なに?!」
「ヘビだぜ…?」
空をとぐろを巻く様に泳ぐ大蛇は、どう見ても生きてはいない……あれは…火…エクソシストか?
「喰らえ」
のんびりととぐろを巻いていた大蛇はその言葉を聞いた瞬間、大口を開けて一気に突っ込んできた。
「ヤベ…」
呑気に見物してる場合では無かった。
慌てて城の屋根から飛び降りた俺達に対し、千年公は一歩も動かなかった様だ。
「ギャハ!千年公が喰われたー!」
そう言うデビットの声に反応して振り返ると、蛇が内側から破裂する様に無数の欠片になって消え去る瞬間だった。
そして欠片が降り注ぐ中に立っていたのは千年公だけでは無かった。
千年公に背を向ける様に、長い黒髪に褐色の肌の…黒いドレスを纏った少女が立っていた。
「「ッ…レイ?!」」
「レイ!♡♡♡」
俯いていて顔が見えないが…
あれが……姫…?
籠の中の鳥…
千年公の入室禁止の部屋 の中身──…
「「レイ!!」」
俺とスキンが落下線上に居たアクマに着地する中、双子は着地すると同時にアクマを台に飛び上がり、屋根へと戻った。
「何でここにいるんだ!」
「ヒヒッ、デロ達ビックリだよ!」
「フフ♡聞きたい事は山ほどありますけど…後にしまショウ♡」
駆け寄った双子にも千年公にも、少女は顔を上げなかった。
少女は身動き一つとらない…
唯、長い黒髪が夜風に靡いてるだけだった。
そんな少女の肩が…
「出て来なさイ…ネズミ共♡」
そう千年公が口にした瞬間だけピクリと微かに動いた。
不思議に思って千年公の視線を追えば、半壊した民家の煙の中から姿を現したのは、八人の人間と一体のアクマだった。
「元帥の元へは行かせんぞ、伯爵!!」
「キャ──♡♡♡勝ち目があると思ってるんですカ~?♡」
アクマが人間を殺さずに一緒に居るだなんて…面白い。
そう思った次の瞬間、こちらに向かって突っ込んできた二人に見覚えがあって…俺は思わず飛び出した。
「千年公、俺が行く」
突っ込んでくる二人を止める様に突っ込見返し、攻撃同士をぶつけ合う。
「お前…ッ!」
「あん時のダンナと眼帯くんじゃねぇか」
互いにぶつかった勢いで軽く飛び退き、直ぐ下の民家の屋根に着地した。
「忘れねぇぞ、そのツラ…アレンを殺したノア…!」
あぁ、面白い。
今コイツは…きっと、後ろに居る仲間の声さえ届かないだろう。
「今ちょっと暇だからさ…また相手してよ」
「上等だ…このホクロは俺がやる!誰も手ぇだすなさ!!ボコボコにしてやらねぇと気がおさまんねぇ」
イカサマ少年と友達だったのか。
分かる、分かるよ…俺にも友達がいる。
悲しいんだよな。
分かる、分かるよ…俺にも友達がいるから。
分かる、分かるよ…分カル…
「うるせぇ!!!」
全部に“うるせぇ”で返された挙げ句、最後に怒鳴られた。
それが何か面白くて、俺は小さく吹き出した。
「んな怒んなって…奴は生きてる。もうじき来るかもしれないよ…会いたい?」
驚いちゃってまぁ…コイツ等、敵の言葉を簡単に信じちゃってるよ。
可愛いなぁ、全く…
でもまぁ…
「ただしお前等が“それまで生きてれば”だけど」
簡単には…
会わせてやんないけどな──…
蘭寿様との修行中に感じた苦しい様な嫌な感覚…
“何が理由か”は分からなかったが、私の体が取り敢えずは“嫌な部類のもの”だと教えてくれた。
頭が忘れているだけなのか、反射的に体が反応したのか…どちらか定かではなかったが、確かに私の体は拒絶した。
だから嫌な予感がして飛んだ。
皆が居る筈の日本へ…
そして後悔した。
日本の…江戸に集まった空を覆う数え切れない程のアクマとチィと数人のノア達…
それを見て後悔した。
日本になんか行かせなければ良かったと…
アクマの数は兎も角、チィ達が居るだなんて…こんな国のどこかに皆が居ると思ったら身の毛がよだち、冷や汗が止まらなくなった。
早く…
早く探し出して隠さなければ…
そう思った瞬間だった。
見慣れた蛇が民家の屋根を突き破って空に飛び出たのは…
『ひ…火判…?』
もうここまで来ていたなんて…
ここへ潜り込んでいたなんて…
『ラ…ビ……』
瞬間、火判がチィ達目掛けて大口を開けて突っ込み、私は思わずノアの姿になって飛び出した。
『チィ!!』
そう叫んで火判とチィの間にチィに背を向けて立つと、後ろから顔の横を通ってチィの腕が突き出された。
「ダメですヨ、危ないでショウ?♡」
懐かしい声と共にチィの掌から攻撃が発せられ、私の目の前まで迫っていた火判は内側から砕け散った。
「「ッ…レイ?!」」
砕けた火判が降り注ぐ中で、そうジャスデビの声がして思わず顔を伏せた。
どうしよう…どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう……
「「レイ!!」」
お願い…
「何でここにいるんだ!」
逃げて…
「ヒヒッ、デロ達ビックリだよ!」
皆、一旦退くのよ…
「フフ♡聞きたい事は山ほどありますけど…後にしまショウ♡」
身動き一つとれない…
何も動いてない…心臓さえも…
唯一脳だけが動き、思考だけがグルグルと頭の中を廻る中…唯、長い黒髪が夜風に靡いて頬をくすぐった。
「出て来なさイ…ネズミ共♡」
『ッ……』
逃げて…お願い皆、逃げて!
この感覚だとまだクロスは一緒に居ないんでしょ?
一旦退いて、クロスと合流して…
一旦退いて…
退くのよ……一旦…直ぐに…
直ぐに逃げて!!!
「元帥の元へは行かせんぞ、伯爵!!」
「キャ──♡♡♡勝ち目があると思ってるんですカ~?♡」
煙の中から現れたのはラビ、ミランダ、リナリー、ブックマン、アレイスターのエクソシスト五人と人間三人…そしてティムキャンピーと一体のアクマだった。
レイは更に顔を伏せた。
どうしよう…
どうしよう…どうしよう…
何とか戦闘を避けなきゃ…
何とか引き離さなきゃ…
「千年公、俺が行く」
そう声が響いたと思って顔を上げたら、一人のノアとラビ達に突っ込んでいく後ろ姿が見えた。
『待っ…て……ッ』
どうしよう…口に出したらチィ達にバレちゃう。
でも止めなきゃ…直ぐに止めなきゃ。
『ぁ…イ…ヤ……ッ』
こんなの嫌だ…
でも…でも駄目だよ…
「レイ…?♡」
もう止められない…
もう止められないよ。
もう…
もう無理だ。
『チィ…デビット、ジャスデロ…』
それぞれ返事をする三人に…特に今まで私を捕まえないでいてくれたデビットとジャスデロに、酷く申し訳無かった。
ごめん…ごめんね…
黙ってて…
『ごめんね』
そう口にして屋根を蹴ったレイは、三人の元を離れて、ミランダの所へ飛んだ。
急に目の前に現れたレイにミランダはビクリと肩を震わせ、三人の人間が護る様にミランダを囲った。
『ミランダ!!』
「ッ……ぁ…レイ…ちゃん?」
「元帥様?!」
私の名前を知っているという事は…どうやら人間達はアニタの船の乗組員の様だ。
レイは長い髪とドレスはそのままに、聖痕を消し、肌の色を戻した。
『ミランダ、理由は後で話すからコレ預かってて!』
「え…?コレ…ッ、レイちゃん?!」
ミランダに止められる前にと、預け物をミランダに押し付けて直ぐにその場を発った。
そしてラビと戦うノアの間に飛び込み、ノアに背を向ける様にラビの目の前へと立った。
「…レイ……?」
『ラビ』
私を見て呆然とするラビにそう言って微笑めば、ラビは泣きそうに表情を歪めて私を抱き締めた。
「レイ…良かった…すんげぇ沢山心配したさ」
ラビの気持ちが嬉しくて、背に腕を回して抱き締め返した。
『ラビ…いっぱい怪我してる』
「ちょっと痛いだけでちゃんと動くから大丈夫さ」
アジア支部で意識が戻った後…直ぐに船に戻っていれば……
「レイは怪我無いか?」
『大丈夫だよ』
大丈夫…
もう誰も傷つかない様に…
「おいおい、どういう事だ?エクソシストと姫さんが仲良しだなんて一大事だろ」
誰も傷つけない様に…
私が囮になる。
『別に変じゃないわ』
ドレスを団服に変え、そう言ってノアを振り返った瞬間、レイは目を見開いた。
スラリと高い背…
クルクルの黒髪…
肌の色は違えどその姿は…
『キ…ラ……?』
私に名前をくれた人──…
『ア゛ァアアァア゛…ッグ!』
そう苦しそうに叫ぶ童女…レイの姿は酷く……酷く…遠い昔の何時かの──にとても良く似ていた。
「……どうした、レイ」
そう声を掛けてやれば、レイは弾かれた様に青い顔を上げた。
『ッ…ガガッピー蘭寿様ザ、ザ…修行中なのは分か…ています!
私ガまだ未熟なヴゥのも分かってズ…います…
でもどうか…ガッ…ピー…
どう…か行かせて下さい!』
「音割れが酷いな…」
『は?』
レイの声に“いや…最近耳が悪くていかん”と応えた蘭寿は、指を鳴らすと鳥居に空間の歪みを作った。
「行ってこい、レイ」
『はい、蘭寿様!』
嬉しいそうに笑ったレイは“いってきます”と言って鳥居を潜って消え去り、それを見た蘭寿は直ぐに指を鳴らして鳥居を元に戻した。
そして直ぐにその場に崩れる様に倒れた。
「あ゙ぁ──…疲れらぁ」
“ゔ〜”と呻りながらゴロゴロと地を転がっていた蘭寿は、ピタリと転がるのを止めた。
「…ちゃんろ喋り続けらろ何年振りらろ…?」
ちゃんと喋り続けたの何てきっと…きっと…
「あぁぁ…ヒック…らしく無いころしちゃっら」
『らしく無い事?』
聞き覚えのある声に反応して顔を上げると、長い銀髪の女がニッコリと微笑んで
『優しい蘭寿らしいよ』
「は?」
『度胸試ししたり、言葉遣いを直したり…全部優しい蘭寿らしかったわ。やっぱり貴女の悪い所は優し過ぎる所よね、蘭寿』
そう言うからには…
レイを某の社に送り込んでからずっと…きっと全てを見ていたんだろう。
あぁ…酒で火照った顔に更に熱が集まる…クラクラして眩暈がしそうだ。
「…恥ずかしいころ言うら」
=二つの家族=
「玩具達♡我輩のコエが聴こえますカ?」
江戸城の屋根に立った千年公がそう問えば、空に敷き詰まる日本地区内全土から集まったアクマ達はそれぞれ、ボディの一部を光らせてそれに応えた。
千年公で影を作る様にして屋根に腰掛けると、眩しすぎるそれに目を閉じて黙って煙草を吹かす。
ラゼルとイカサマ少年と…
考え事を続ける頭には、騒ぐ双子の声が少し煩かった。
あぁ…ラゼルに会いたい。
「ティキぽん」
ふと、そう頭上から降り注いだ声に俺は煙を吐くついでに溜め息を洩らした。
「千年公、好い加減その呼び方止め…」
「イノセンスをナメちゃいけませんヨ」
「……」
「アイツは…我輩達を倒すためなら何だってする悪魔なんですからネ♡」
千年公を見上げたティキは、上に向けた頭を元に戻すと、一番近くのアクマを指差した。
「そこの奴…今直ぐ“箱”で中国飛んで」
そう言ってイカサマ少年の特徴を教えると、アクマは直ぐに飛び立っていった。
「さて…今回はお手伝いしてあげますが、ジャスデビとスキンくんもいつまでも元帥にやられてちゃダメですヨ……ハート探しはまだまだこれからなんですかラ♡」
「千ね…」
「ちゃんと仕事なさイ♡」
「「「す…すんません…」」」
恐ッ!!
語尾のハートが尚、恐怖を煽る。
「我輩が居合わせたのも運命ですかねェ、クロス・マリアン…♡
でもあまり構ってる暇は無いんですヨ…早くレイを探さねばなりまセン♡」
千年公がそう言う中一瞬、双子が悲しそうな顔をしたのは気の所為だろうか…?
「行きなさいアクマたチ♡全軍で元帥共を討ち破れェ♡♡♡」
そう命令を下した瞬間だった。
“ドンッ”という音と共に民家の中から屋根を突き破って巨大な蛇が現れた。
「なに?!」
「ヘビだぜ…?」
空をとぐろを巻く様に泳ぐ大蛇は、どう見ても生きてはいない……あれは…火…エクソシストか?
「喰らえ」
のんびりととぐろを巻いていた大蛇はその言葉を聞いた瞬間、大口を開けて一気に突っ込んできた。
「ヤベ…」
呑気に見物してる場合では無かった。
慌てて城の屋根から飛び降りた俺達に対し、千年公は一歩も動かなかった様だ。
「ギャハ!千年公が喰われたー!」
そう言うデビットの声に反応して振り返ると、蛇が内側から破裂する様に無数の欠片になって消え去る瞬間だった。
そして欠片が降り注ぐ中に立っていたのは千年公だけでは無かった。
千年公に背を向ける様に、長い黒髪に褐色の肌の…黒いドレスを纏った少女が立っていた。
「「ッ…レイ?!」」
「レイ!♡♡♡」
俯いていて顔が見えないが…
あれが……姫…?
籠の中の鳥…
千年公の
「「レイ!!」」
俺とスキンが落下線上に居たアクマに着地する中、双子は着地すると同時にアクマを台に飛び上がり、屋根へと戻った。
「何でここにいるんだ!」
「ヒヒッ、デロ達ビックリだよ!」
「フフ♡聞きたい事は山ほどありますけど…後にしまショウ♡」
駆け寄った双子にも千年公にも、少女は顔を上げなかった。
少女は身動き一つとらない…
唯、長い黒髪が夜風に靡いてるだけだった。
そんな少女の肩が…
「出て来なさイ…ネズミ共♡」
そう千年公が口にした瞬間だけピクリと微かに動いた。
不思議に思って千年公の視線を追えば、半壊した民家の煙の中から姿を現したのは、八人の人間と一体のアクマだった。
「元帥の元へは行かせんぞ、伯爵!!」
「キャ──♡♡♡勝ち目があると思ってるんですカ~?♡」
アクマが人間を殺さずに一緒に居るだなんて…面白い。
そう思った次の瞬間、こちらに向かって突っ込んできた二人に見覚えがあって…俺は思わず飛び出した。
「千年公、俺が行く」
突っ込んでくる二人を止める様に突っ込見返し、攻撃同士をぶつけ合う。
「お前…ッ!」
「あん時のダンナと眼帯くんじゃねぇか」
互いにぶつかった勢いで軽く飛び退き、直ぐ下の民家の屋根に着地した。
「忘れねぇぞ、そのツラ…アレンを殺したノア…!」
あぁ、面白い。
今コイツは…きっと、後ろに居る仲間の声さえ届かないだろう。
「今ちょっと暇だからさ…また相手してよ」
「上等だ…このホクロは俺がやる!誰も手ぇだすなさ!!ボコボコにしてやらねぇと気がおさまんねぇ」
イカサマ少年と友達だったのか。
分かる、分かるよ…俺にも友達がいる。
悲しいんだよな。
分かる、分かるよ…俺にも友達がいるから。
分かる、分かるよ…分カル…
「うるせぇ!!!」
全部に“うるせぇ”で返された挙げ句、最後に怒鳴られた。
それが何か面白くて、俺は小さく吹き出した。
「んな怒んなって…奴は生きてる。もうじき来るかもしれないよ…会いたい?」
驚いちゃってまぁ…コイツ等、敵の言葉を簡単に信じちゃってるよ。
可愛いなぁ、全く…
でもまぁ…
「ただしお前等が“それまで生きてれば”だけど」
簡単には…
会わせてやんないけどな──…
蘭寿様との修行中に感じた苦しい様な嫌な感覚…
“何が理由か”は分からなかったが、私の体が取り敢えずは“嫌な部類のもの”だと教えてくれた。
頭が忘れているだけなのか、反射的に体が反応したのか…どちらか定かではなかったが、確かに私の体は拒絶した。
だから嫌な予感がして飛んだ。
皆が居る筈の日本へ…
そして後悔した。
日本の…江戸に集まった空を覆う数え切れない程のアクマとチィと数人のノア達…
それを見て後悔した。
日本になんか行かせなければ良かったと…
アクマの数は兎も角、チィ達が居るだなんて…こんな国のどこかに皆が居ると思ったら身の毛がよだち、冷や汗が止まらなくなった。
早く…
早く探し出して隠さなければ…
そう思った瞬間だった。
見慣れた蛇が民家の屋根を突き破って空に飛び出たのは…
『ひ…火判…?』
もうここまで来ていたなんて…
ここへ潜り込んでいたなんて…
『ラ…ビ……』
瞬間、火判がチィ達目掛けて大口を開けて突っ込み、私は思わずノアの姿になって飛び出した。
『チィ!!』
そう叫んで火判とチィの間にチィに背を向けて立つと、後ろから顔の横を通ってチィの腕が突き出された。
「ダメですヨ、危ないでショウ?♡」
懐かしい声と共にチィの掌から攻撃が発せられ、私の目の前まで迫っていた火判は内側から砕け散った。
「「ッ…レイ?!」」
砕けた火判が降り注ぐ中で、そうジャスデビの声がして思わず顔を伏せた。
どうしよう…どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう……
「「レイ!!」」
お願い…
「何でここにいるんだ!」
逃げて…
「ヒヒッ、デロ達ビックリだよ!」
皆、一旦退くのよ…
「フフ♡聞きたい事は山ほどありますけど…後にしまショウ♡」
身動き一つとれない…
何も動いてない…心臓さえも…
唯一脳だけが動き、思考だけがグルグルと頭の中を廻る中…唯、長い黒髪が夜風に靡いて頬をくすぐった。
「出て来なさイ…ネズミ共♡」
『ッ……』
逃げて…お願い皆、逃げて!
この感覚だとまだクロスは一緒に居ないんでしょ?
一旦退いて、クロスと合流して…
一旦退いて…
退くのよ……一旦…直ぐに…
直ぐに逃げて!!!
「元帥の元へは行かせんぞ、伯爵!!」
「キャ──♡♡♡勝ち目があると思ってるんですカ~?♡」
煙の中から現れたのはラビ、ミランダ、リナリー、ブックマン、アレイスターのエクソシスト五人と人間三人…そしてティムキャンピーと一体のアクマだった。
レイは更に顔を伏せた。
どうしよう…
どうしよう…どうしよう…
何とか戦闘を避けなきゃ…
何とか引き離さなきゃ…
「千年公、俺が行く」
そう声が響いたと思って顔を上げたら、一人のノアとラビ達に突っ込んでいく後ろ姿が見えた。
『待っ…て……ッ』
どうしよう…口に出したらチィ達にバレちゃう。
でも止めなきゃ…直ぐに止めなきゃ。
『ぁ…イ…ヤ……ッ』
こんなの嫌だ…
でも…でも駄目だよ…
「レイ…?♡」
もう止められない…
もう止められないよ。
もう…
もう無理だ。
『チィ…デビット、ジャスデロ…』
それぞれ返事をする三人に…特に今まで私を捕まえないでいてくれたデビットとジャスデロに、酷く申し訳無かった。
ごめん…ごめんね…
黙ってて…
『ごめんね』
そう口にして屋根を蹴ったレイは、三人の元を離れて、ミランダの所へ飛んだ。
急に目の前に現れたレイにミランダはビクリと肩を震わせ、三人の人間が護る様にミランダを囲った。
『ミランダ!!』
「ッ……ぁ…レイ…ちゃん?」
「元帥様?!」
私の名前を知っているという事は…どうやら人間達はアニタの船の乗組員の様だ。
レイは長い髪とドレスはそのままに、聖痕を消し、肌の色を戻した。
『ミランダ、理由は後で話すからコレ預かってて!』
「え…?コレ…ッ、レイちゃん?!」
ミランダに止められる前にと、預け物をミランダに押し付けて直ぐにその場を発った。
そしてラビと戦うノアの間に飛び込み、ノアに背を向ける様にラビの目の前へと立った。
「…レイ……?」
『ラビ』
私を見て呆然とするラビにそう言って微笑めば、ラビは泣きそうに表情を歪めて私を抱き締めた。
「レイ…良かった…すんげぇ沢山心配したさ」
ラビの気持ちが嬉しくて、背に腕を回して抱き締め返した。
『ラビ…いっぱい怪我してる』
「ちょっと痛いだけでちゃんと動くから大丈夫さ」
アジア支部で意識が戻った後…直ぐに船に戻っていれば……
「レイは怪我無いか?」
『大丈夫だよ』
大丈夫…
もう誰も傷つかない様に…
「おいおい、どういう事だ?エクソシストと姫さんが仲良しだなんて一大事だろ」
誰も傷つけない様に…
私が囮になる。
『別に変じゃないわ』
ドレスを団服に変え、そう言ってノアを振り返った瞬間、レイは目を見開いた。
スラリと高い背…
クルクルの黒髪…
肌の色は違えどその姿は…
『キ…ラ……?』
私に名前をくれた人──…