第2章 出会いと別れ
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32
海上から差し込む月の光…
遠のく意識の中、私の青の世界に流れる“それ”は夜空の星の様だった。
血の様に深い星が二つ…
並んで私を…
私達を見ている。
「…月……さ…ん」
そう、長い白銀の髪を海の流れに靡かせていたのは…
二人の獣の様な男を携えた、天空の戦士の様な彼女だった。
『誘 おう』
そう言って美しく微笑んだ彼女は、私達に両手を差し出した。
本当に彼女は神なんだろうか?
我等が主であり希望であり、憎むべき…
神なんだろうか…
『復讐に身を染めたそなた達を誘 おう』
クロス様……クロス様…クロス…さま──…
『黄泉へと続く真白の道を』
=子供の笑顔=
「ではお前は神みたいな存在なんだな、月!」
子供の様に目をキラキラさせながらそう問うバクを前に小さく笑った月は、手にしていた茶器を置くと優しく微笑んだ。
『私はそんな大それたモノではないよ、バク』
「いきなり現れたり消えたり!その様な事は普通は出来ん!」
『まぁ、確かにな…しかし私は術が使えるだけだ。術の系統は違うが、クロスと同じだよ』
アレンとフォーの修業を見ていたらバクにお茶に誘われた。
正確に言えばウォンに“バク様がお茶は如何かと…”と誘われた。
ウォンに連れられてバクの部屋に行くと、新しいおもちゃを前にお預けをくらった子供の様にうずうずと落ち着きの無いバクが、窓際の椅子に座って待っていた。
可愛い。
子供の様なバクを見てそう思ったのは確かだが……今思うと誘いを受けなかった方が良かったかもしれない…と少し思う。
バクの向かいの椅子に座った瞬間、質問責めが始まったのだ。もうかれこれ二時間程これが続いている。
「月殿、杏仁豆腐をどうぞ」
『ぁ…有難う、ウォン』
本場の杏仁豆腐…長い時を過ごしてきたが、初めて食べる。
『頂きます…』
そう口にしてスプーンを手に取ると、一掬いして口に運んだ。
さっぱりした甘さの、喉越しの良い杏仁豆腐だった。
『美味しい…素敵な腕前ね、ウォン』
そう口にしたと同時に、月の表情が自然と綻び、それを見たウォンは嬉しそうに微笑んだ。
「…ありがとうございます」
「何だ…ちゃんと可愛らしく笑えるじゃないか」
『え…』
「バ、バク様!」
先程までの子供の様なバクはどこへ行ったんだろうか…
少しそう思えたくらい、私を見据えるバクは大人しかった。
「お前は装った様に綺麗に笑うか、相手を包み込む様な…子を見守る母の様な顔で笑ってた」
月は手にしていたスプーンをそっと置いた。
「杏仁豆腐で子供みたいに笑うなんてまだまだ子供だな、月」
『…確かにそうね』
そう返す月を見て“だが”と続けたバクは、ニカッと悪戯っぽく笑った。
「そっちの方が月らしさが出てる気がして好きだぞ」
『有難う、バク』
家族とイアン以外にああやって笑ったのは酷く久し振りだった気がした。
──、気なんか遣わなくて良いんだよ…
君は俺達の…
『……‥有難う…』
杏仁豆腐でだなんて…バクの言う通り、まだまだ子供だな。
こんなに長い時を歩んでいるに…私はまだ……
「それで月、さっきの話の続きなんだが…」
再び目をキラキラと輝かせたバクが、そう切り出した瞬間だった。
『月!!』
蹴破る様な勢いで扉を押し開いて部屋に入って来たレイが、月に飛び付いた。
その顔は具合が悪そうに青くなっている。
「ど、どうしたんだ、レイ?!」
「何があったんですか?!」
月はレイを見て慌てふためく二人を二人に向かって手を上げる事で抑え、自分に抱き付いているレイを引き離した。
『行儀が悪いぞ、レイ…入室する前にノック、扉の開閉は静かに…後、お茶の最中の人間に飛び付いたら危ないでしょ』
『御免なさい…』
「月、今は説教じゃなくレイの」
『大丈夫…この子、具合が悪い訳じゃないわ』
「……え?」
月は小さく溜め息を吐くとレイを見据えた。
『話して御覧‥何を仕出かしたんだい?』
「相変わらずだな、ここは」
長々と永遠に縦横に続く沢山の白い本棚。
そこに敷き詰めきれなかった真っ白い本が床のあちらこちらに山を作っている。
そんな真っ白い世界を見渡した黒髪緋眼の青年は、此の世界の中心へ向かって歩きながらそう淡々と言った。
「お前か…トール」
四方八方に続く本棚の始まりであり、世界の中心である広場から黒髪の青年を振り返った長い蒼髪に蒼眼の青年は、呆れた様にそう口にした。
「何だよ、その言い方」
「暇だなお前も」
少し嫌味混じりにそう言ったイアンは、直ぐに手にした本に視線を戻した。
そしてパラパラとページを捲ると、ふとその本を高々と天に向かって投げ上げた。
すると空中で本がパンッと弾け飛び、本棚の始まりを繋ぐ様に…イアンとトールを囲む様に、帯状にいくつもの映像を映し出す。
「随分歪んでるな」
「あぁ、今入ってる」
そう言って見渡せば、斜め後ろのに映像に困った様に白銀の髪を掻き上げているアイツの姿が映っていた。
腹部にはあの小娘が抱き付いている。
「相変わらず美しいな」
「あの小娘…また泣きついてやがる」
「……それにしても姿を現すとはな…これは直すの大変だろ。手伝ってやらないのか?」
「此の世界はアイツが気に入ってるからな…好きにしろと言ってやった」
「やったって…上げて良いものでは無いだろ」
「元々殺す以外では手に負えないくらい歪み過ぎていた挙げ句、アイツも気に掛け過ぎてたからな……直すよりはリスクが少ないからアイツにやった」
「殺すってまさか…」
「異端者が勝手に生まれた。境に漂う魔力が倍になったからな…勝手に生まれても不思議じゃ無い。可能性に気付かず制御しなかった俺達が悪いからな」
だから殺さず見逃してやった。
いや、違うな…殺さなかったんじゃない。
殺せなかったんだ…
「見付けたら直ぐ殺してやる所だが…アイツの所為でアイツが先に見付けちまった」
イアンがそう言って懐から出した黒い手帳を受け取ったトールは、手帳を見ると眉を顰めた。
「これ…」
「どうした?」
「どっかで見た」
「何だと…?」
此の手帳は回収してから誰にも見せていない。
だったら何時トールの目に…
「調べてみる…分かったら直ぐ連絡する」
「あぁ…頼む」
トールが消え去ったのを確認すると、イアンは終わりの無い天を睨み付けた。
──、お前が笑える為に……
『「それはレイが悪いな」』
月を求めて飛び込んだバクの部屋で、蘭寿が怒って帰ってしまうまでの経緯話したら、月とバクに声を揃えてそう言われた。
『わ…分かってるよ』
「レイ殿…」
そう言って、床に正座する私の肩にそっとウォンが手を置いた。
『気を遣わなくて良い、ウォン…蘭寿の言葉の意味を汲む事が出来無かったレイが悪いのだから』
そっと伏せていた顔を上げると、目を閉じた月は困った様に長い銀髪を掻き上げていた。
『どうせ私に怒られた事ばかり気にしてたんだろう』
“雑念を払えなかったんだな”という月にレイは再度顔を伏せた。
『十樽も何をすると思ったんだ…理由が分からないのならば、ちゃんと聞けば良かったのだ。単純に飲みたいだけだと解釈して怒られたのは自業自得だな。
そもそも貴女の稽古をやりたくないのならば、最初から今の様に帰ってしまっているさ』
『はい…』
『レイ…蘭寿は酒樽を買いに行かせた理由を言ったか?』
『…うん』
『蘭寿は面倒事が嫌いだ…そんな蘭寿が時間を割いて酒瓶を運ばせ様としたのは、稽古の他にお前に頭を冷やす時間を作ってやろうとしたからだろう。
彼女の腰に提げてある酒瓶はあれ一つでかなりの重量を誇る。買いに行かせる必要等無かったんだよ』
月の言葉が重く押し掛かった。
蘭寿様…そこまで考えていてくれたなんて…
「い…意外とキツい言い方をするんだな、月」
『私は優しく見える?』
「あぁ…甘過ぎるくらいな」
可笑しそうにクスクス笑った月は、ニッコリと微笑んだ。
『怒る時はちゃんと怒るわよ。こんなの序の口ね』
「御立派です」
『有難う、ウォン』
月は茶を一口口にすると“さて”と声を洩らしてレイに向き合った。
『何をしに来たんだ、レイ?まさか見限られた事を報告しに来た訳じゃ無いだろう』
『月に…』
『私に?』
『月に頼みがあるの』
そう言えば月は口角を上げてニヤリと笑った。
『言ってみなさい』
月にそう言われ、レイは真っ直ぐに月の目を見据えた。
『蘭寿様に会わせて』
『蘭寿にな…』
『会って謝りたいの…でもどこにいるか分からなくて』
私がへまをして月に怒られたから蘭寿様は私に稽古をつける事になったのに、私は月に怒られた事ばかり考えていた。
そんな私に蘭寿様は気を遣ってくれたのに…私はそれを無碍にした。
『お願い、月!』
そう叫んだ瞬間“シャン…”と鈴の音が聞こえた。
鈴の音が聞こえたのは月の影からだった。
月の影が生き物の様に動き、床に丸く広がる。まるで床に丸い穴が空いた様だった。
『蘭寿の社に繋げてある』
“行ってこい”という月の言葉に、レイは“ありがとう”と洩らすと嬉しそうに笑った。
『行ってきます!』
迷い無く影の中に飛び込んだ…飛び降りたレイにバクが悲鳴を上げた。
「な、きききき消えたぞ!!」
『術で空間を歪めた。心配無用、絶対に安全だ』
「そ…そうか」
バクを見て可笑しそうに笑った月は、元の普通の影に戻った自分の影を見て優しく微笑んだ。
『行ってらっしゃい、レイ』
そんな月を見てウォンと顔を合わせたバクは小さく溜め息を吐いた。
「月…」
『何、バク?』
「お前はやっぱり甘いよ」
私…強くなりたい──…
海上から差し込む月の光…
遠のく意識の中、私の青の世界に流れる“それ”は夜空の星の様だった。
血の様に深い星が二つ…
並んで私を…
私達を見ている。
「…月……さ…ん」
そう、長い白銀の髪を海の流れに靡かせていたのは…
二人の獣の様な男を携えた、天空の戦士の様な彼女だった。
『
そう言って美しく微笑んだ彼女は、私達に両手を差し出した。
本当に彼女は神なんだろうか?
我等が主であり希望であり、憎むべき…
神なんだろうか…
『復讐に身を染めたそなた達を
クロス様……クロス様…クロス…さま──…
『黄泉へと続く真白の道を』
=子供の笑顔=
「ではお前は神みたいな存在なんだな、月!」
子供の様に目をキラキラさせながらそう問うバクを前に小さく笑った月は、手にしていた茶器を置くと優しく微笑んだ。
『私はそんな大それたモノではないよ、バク』
「いきなり現れたり消えたり!その様な事は普通は出来ん!」
『まぁ、確かにな…しかし私は術が使えるだけだ。術の系統は違うが、クロスと同じだよ』
アレンとフォーの修業を見ていたらバクにお茶に誘われた。
正確に言えばウォンに“バク様がお茶は如何かと…”と誘われた。
ウォンに連れられてバクの部屋に行くと、新しいおもちゃを前にお預けをくらった子供の様にうずうずと落ち着きの無いバクが、窓際の椅子に座って待っていた。
可愛い。
子供の様なバクを見てそう思ったのは確かだが……今思うと誘いを受けなかった方が良かったかもしれない…と少し思う。
バクの向かいの椅子に座った瞬間、質問責めが始まったのだ。もうかれこれ二時間程これが続いている。
「月殿、杏仁豆腐をどうぞ」
『ぁ…有難う、ウォン』
本場の杏仁豆腐…長い時を過ごしてきたが、初めて食べる。
『頂きます…』
そう口にしてスプーンを手に取ると、一掬いして口に運んだ。
さっぱりした甘さの、喉越しの良い杏仁豆腐だった。
『美味しい…素敵な腕前ね、ウォン』
そう口にしたと同時に、月の表情が自然と綻び、それを見たウォンは嬉しそうに微笑んだ。
「…ありがとうございます」
「何だ…ちゃんと可愛らしく笑えるじゃないか」
『え…』
「バ、バク様!」
先程までの子供の様なバクはどこへ行ったんだろうか…
少しそう思えたくらい、私を見据えるバクは大人しかった。
「お前は装った様に綺麗に笑うか、相手を包み込む様な…子を見守る母の様な顔で笑ってた」
月は手にしていたスプーンをそっと置いた。
「杏仁豆腐で子供みたいに笑うなんてまだまだ子供だな、月」
『…確かにそうね』
そう返す月を見て“だが”と続けたバクは、ニカッと悪戯っぽく笑った。
「そっちの方が月らしさが出てる気がして好きだぞ」
『有難う、バク』
家族とイアン以外にああやって笑ったのは酷く久し振りだった気がした。
──、気なんか遣わなくて良いんだよ…
君は俺達の…
『……‥有難う…』
杏仁豆腐でだなんて…バクの言う通り、まだまだ子供だな。
こんなに長い時を歩んでいるに…私はまだ……
「それで月、さっきの話の続きなんだが…」
再び目をキラキラと輝かせたバクが、そう切り出した瞬間だった。
『月!!』
蹴破る様な勢いで扉を押し開いて部屋に入って来たレイが、月に飛び付いた。
その顔は具合が悪そうに青くなっている。
「ど、どうしたんだ、レイ?!」
「何があったんですか?!」
月はレイを見て慌てふためく二人を二人に向かって手を上げる事で抑え、自分に抱き付いているレイを引き離した。
『行儀が悪いぞ、レイ…入室する前にノック、扉の開閉は静かに…後、お茶の最中の人間に飛び付いたら危ないでしょ』
『御免なさい…』
「月、今は説教じゃなくレイの」
『大丈夫…この子、具合が悪い訳じゃないわ』
「……え?」
月は小さく溜め息を吐くとレイを見据えた。
『話して御覧‥何を仕出かしたんだい?』
「相変わらずだな、ここは」
長々と永遠に縦横に続く沢山の白い本棚。
そこに敷き詰めきれなかった真っ白い本が床のあちらこちらに山を作っている。
そんな真っ白い世界を見渡した黒髪緋眼の青年は、此の世界の中心へ向かって歩きながらそう淡々と言った。
「お前か…トール」
四方八方に続く本棚の始まりであり、世界の中心である広場から黒髪の青年を振り返った長い蒼髪に蒼眼の青年は、呆れた様にそう口にした。
「何だよ、その言い方」
「暇だなお前も」
少し嫌味混じりにそう言ったイアンは、直ぐに手にした本に視線を戻した。
そしてパラパラとページを捲ると、ふとその本を高々と天に向かって投げ上げた。
すると空中で本がパンッと弾け飛び、本棚の始まりを繋ぐ様に…イアンとトールを囲む様に、帯状にいくつもの映像を映し出す。
「随分歪んでるな」
「あぁ、今入ってる」
そう言って見渡せば、斜め後ろのに映像に困った様に白銀の髪を掻き上げているアイツの姿が映っていた。
腹部にはあの小娘が抱き付いている。
「相変わらず美しいな」
「あの小娘…また泣きついてやがる」
「……それにしても姿を現すとはな…これは直すの大変だろ。手伝ってやらないのか?」
「此の世界はアイツが気に入ってるからな…好きにしろと言ってやった」
「やったって…上げて良いものでは無いだろ」
「元々殺す以外では手に負えないくらい歪み過ぎていた挙げ句、アイツも気に掛け過ぎてたからな……直すよりはリスクが少ないからアイツにやった」
「殺すってまさか…」
「異端者が勝手に生まれた。境に漂う魔力が倍になったからな…勝手に生まれても不思議じゃ無い。可能性に気付かず制御しなかった俺達が悪いからな」
だから殺さず見逃してやった。
いや、違うな…殺さなかったんじゃない。
殺せなかったんだ…
「見付けたら直ぐ殺してやる所だが…アイツの所為でアイツが先に見付けちまった」
イアンがそう言って懐から出した黒い手帳を受け取ったトールは、手帳を見ると眉を顰めた。
「これ…」
「どうした?」
「どっかで見た」
「何だと…?」
此の手帳は回収してから誰にも見せていない。
だったら何時トールの目に…
「調べてみる…分かったら直ぐ連絡する」
「あぁ…頼む」
トールが消え去ったのを確認すると、イアンは終わりの無い天を睨み付けた。
──、お前が笑える為に……
『「それはレイが悪いな」』
月を求めて飛び込んだバクの部屋で、蘭寿が怒って帰ってしまうまでの経緯話したら、月とバクに声を揃えてそう言われた。
『わ…分かってるよ』
「レイ殿…」
そう言って、床に正座する私の肩にそっとウォンが手を置いた。
『気を遣わなくて良い、ウォン…蘭寿の言葉の意味を汲む事が出来無かったレイが悪いのだから』
そっと伏せていた顔を上げると、目を閉じた月は困った様に長い銀髪を掻き上げていた。
『どうせ私に怒られた事ばかり気にしてたんだろう』
“雑念を払えなかったんだな”という月にレイは再度顔を伏せた。
『十樽も何をすると思ったんだ…理由が分からないのならば、ちゃんと聞けば良かったのだ。単純に飲みたいだけだと解釈して怒られたのは自業自得だな。
そもそも貴女の稽古をやりたくないのならば、最初から今の様に帰ってしまっているさ』
『はい…』
『レイ…蘭寿は酒樽を買いに行かせた理由を言ったか?』
『…うん』
『蘭寿は面倒事が嫌いだ…そんな蘭寿が時間を割いて酒瓶を運ばせ様としたのは、稽古の他にお前に頭を冷やす時間を作ってやろうとしたからだろう。
彼女の腰に提げてある酒瓶はあれ一つでかなりの重量を誇る。買いに行かせる必要等無かったんだよ』
月の言葉が重く押し掛かった。
蘭寿様…そこまで考えていてくれたなんて…
「い…意外とキツい言い方をするんだな、月」
『私は優しく見える?』
「あぁ…甘過ぎるくらいな」
可笑しそうにクスクス笑った月は、ニッコリと微笑んだ。
『怒る時はちゃんと怒るわよ。こんなの序の口ね』
「御立派です」
『有難う、ウォン』
月は茶を一口口にすると“さて”と声を洩らしてレイに向き合った。
『何をしに来たんだ、レイ?まさか見限られた事を報告しに来た訳じゃ無いだろう』
『月に…』
『私に?』
『月に頼みがあるの』
そう言えば月は口角を上げてニヤリと笑った。
『言ってみなさい』
月にそう言われ、レイは真っ直ぐに月の目を見据えた。
『蘭寿様に会わせて』
『蘭寿にな…』
『会って謝りたいの…でもどこにいるか分からなくて』
私がへまをして月に怒られたから蘭寿様は私に稽古をつける事になったのに、私は月に怒られた事ばかり考えていた。
そんな私に蘭寿様は気を遣ってくれたのに…私はそれを無碍にした。
『お願い、月!』
そう叫んだ瞬間“シャン…”と鈴の音が聞こえた。
鈴の音が聞こえたのは月の影からだった。
月の影が生き物の様に動き、床に丸く広がる。まるで床に丸い穴が空いた様だった。
『蘭寿の社に繋げてある』
“行ってこい”という月の言葉に、レイは“ありがとう”と洩らすと嬉しそうに笑った。
『行ってきます!』
迷い無く影の中に飛び込んだ…飛び降りたレイにバクが悲鳴を上げた。
「な、きききき消えたぞ!!」
『術で空間を歪めた。心配無用、絶対に安全だ』
「そ…そうか」
バクを見て可笑しそうに笑った月は、元の普通の影に戻った自分の影を見て優しく微笑んだ。
『行ってらっしゃい、レイ』
そんな月を見てウォンと顔を合わせたバクは小さく溜め息を吐いた。
「月…」
『何、バク?』
「お前はやっぱり甘いよ」
私…強くなりたい──…