第2章 出会いと別れ
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「何をしてる」
仕事をしながら作業を進めていると、そう声を掛けられた。顔を上げた先には青が眩しい見慣れた男が立っている。
『創ってるのよ』
「見れば分かる」
男…イアンは溜め息混じりにそう言うと、宙に腰掛けた私の隣に同じ様に腰掛けた。
「“何を創っているか”が問題なんだ」
そう言うイアンの指がすっと私の銀髪に絡み付く。
イアンはいつもこうする…私の髪を気に入ってくれてるんだろうか?
『もう一杯なの』
そう言って胸に手を当ててみればイアンは不機嫌そうに眉を寄せた。
「溜め込むからだ」
小さく笑って“そうね”と返してみたが、止める気等毛頭無かった。
『その内張り裂けてしまいそうよ…色んな意味でね』
止める事は出来無い。かといって有り余った力とはいえ、他者に力を喰わせ続けるのは酷く疲れる。そろそろ限界だった。
まだ増える予定もあるし…
『だから創るのよ』
「…何を……創ってるんだ…」
貴方が心配するのは分かっている…でも結果的には現状よりずっと良いものが待っているのだから納得して欲しい。
だから私は微笑った。
『新しい世界』
=酒の味=
何やってんだろ…私。
「一口に酒と言われてもねぇ…酒には色んな種類と銘柄があるんだよ、お嬢ちゃん」
そう訪れた酒屋の店主に言われ、黒い華風の服を身に纏ったレイは溜め息を吐いた。
『じゃあ…在庫が一番多い無色透明なのを十樽下さい』
蘭寿様は絶対に零しそうだから、無色を選んだ。あの白い服が汚れたら悲惨だ。
「はいはい、十樽ね…って、じゅ、十樽?!」
『はい、十樽……あの、出来たら荷車を貸していただけると…』
「荷車無しで来たんかい?!どうやって運ぶ気だったんだ」
荷車なんて使う気が無かったから考えて無かったのだ。でも荷車を使わなかったら人間が不思議がるし…仕方無い。
『えっと…』
「裏にあるのを好きに使いな。全く…十樽もどうするんだ」
美人の酒豪さんが一人で全部飲み干すんですよ。
なんて言っても信じてもらえないだろうから笑って誤魔化した。
裏から持ってきた荷車に酒樽を十樽積んで貰うと、店内に戻ってお会計を済ませた。
「お嬢ちゃん…もしかして荷車を引く馬もいないのかい?」
『いや…い、家の者が馬を連れてきてくれる予定なのでお気遣いなく』
「そうかい、なら良かった」
店主に丁寧にお礼を言って店を出たレイは、誰も見ていない事を確認すると自分の影を見据えた。
『姫、繋げて』
声に応える様に影は見る見るうちに大きく広がり、荷車はそこに溶ける様に沈んでいった。
荷車を見送ったレイは、直ぐに歩き出して酒屋から離れた。手ぶらを見られたら厄介だ。
『暫く時間潰して…それから荷車返しにまた来よ』
面倒臭いなぁ…適当に誤魔化して、荷車なんか借りなきゃ良かったな。
月の空間に戻ってしまったら直ぐに出してもらえるか分からないし、かといってこうやって時間を潰してると帰るのがどんどん遅くなってしまう。
『面倒臭…』
やっぱり荷車なんか借りなきゃ良かった。
レイは溜め息を吐くと、大通りに出てとぼとぼと歩き続けた。
蘭寿さん…このお使いが済んだら稽古始めてくれるかな?
………やらないで飲みだしちゃったりなんか…
『やりかねない』
どうしよう…お酒持ち帰りたくなくなってきた。
蘭寿さんのあの感じなら、飲み続けて飲み続けて…酔いつぶれて……寝る。だなんて普通にやりそうだ。
月に聞いた方がいいかな…でも月も忙しいだろうし…
それに何より…
何より会い辛かった。
基本的な事を怠って怒られた後だから仕方無いといえば仕方無い。
月を怒らせるなんて…
『馬鹿みたい…』
そう小さく呟いたレイは、顔を上げた瞬間にぴたりと動きを止めた。
菓子店が目に入ったからだった。甘い香りがレイを包んだ。
『…アレンに買って行こうかな』
アレンは良く食べるし、甘いものが好きだし…稽古で疲労が溜まってるだろうから甘い物は丁度良い筈だ。何よりアレンは喜んでくれる…
どれくらい買えるか、財布の中身を頭で計算しながら菓子店の扉に手を掛けた…その時だった。
「ラゼル!」
そう聞き慣れた声が響いた。
声のした方を振り返れば、やっぱり見知った青年が立っていた。
クルクル跳ねたボサボサの黒髪に瓶底眼鏡…私がどちらの“レイ”でいなくても良い相手だった。
『キラ…』
そう小さく漏らしたレイは、駆け出すと、キラに飛び付く様に抱き付いた。
「っ……どうした、ラゼル?」
私を抱き止めてくれたキラの声がそう微かに上擦った。急に抱き付いたから驚かせてしまったんだろう。
そっと優しく頭を撫でてくれる感覚が心地好い。
「…どうしたんだ?」
優しい声が身に染みる…
『月を…怒らせちゃった…』
「月を?」
小さく頷いたレイは、キラの胸元に埋めていた顔を上げた。
その顔は決して泣いてはいなかったが、顔色が悪かった。
『言い付けを護らなかったの』
「言い付け?」
そう、言い付けだ。
『月は私の母であり姉であり師でもある…』
やりたい事は何でもやらせてくれる母だった、優しく支えて遊んでくれる姉だった、何でも教えてくれる師だった…
そんな彼女の数少ない“駄目”の一つだったのに…
『そんな月に“命に関わる事だから絶対に駄目”って言われたのに…』
私は戦いに夢中になってそれを怠った。
絶対に護らなきゃいけない事だったのに…
基礎を怠ってはならない。
戦いに呑まれてはならない。
力に呑まれてはならない。
恐れに負けてはならない。
戦いに快楽を見てはならない。
信じる心を失ってはならない。
『私は護れなかった』
思い出せもしなかった。
きっと“自分なら出来る、出来てる”と心のどこかで過信していたんだろう。
「次、頑張れば良いじゃん」
『…え?』
慰める様に私の頭を撫でる手がピタリと止まった。
「人間誰でも失敗すんだから次頑張れば良いんだよ」
自分に抱き付くレイの肩を持って押す様に距離をとったキラは、レイと目を合わせるとニカッと歯を見せて笑った。
「失敗して…何かを学んで次に繋げれば、月もきっと笑ってくれるだろ」
失敗したならやり直せば良い。
間違えた事を蔑ろにしないで…
“もう一度”を恐れないで、過ちを土台に突き進めば…
『そうだね…ありがとう、キラ』
そう言って微笑んだレイは、キラの手を離れた。
「もう行くのか?」
『やらなきゃいけない事を頑張ってくる!』
そう言って走り出したレイに、キラは慌てて声を掛けた。
「ラゼル!次はどこに行くんだ?!」
“次はいつ会えるかな”というキラに、レイは立ち止まると嬉しそうに微笑んだ。
『大丈夫、また会えるよ…』
大丈夫…
大丈夫だよ、キラ。
『私達ならきっと!』
私は自分がこれからどこに向かうか分からない。勿論、貴方がどこへ向かうかも私には分からない。
けど、何故だろう…
不思議とはっきり言える。
ねぇ、キラ…
私達ならきっと…
また奇跡を起こせるよ──…
『只今戻りました!』
“スパンッ”と障子を開くいい音と共に、レイは月の作り出した世界へと帰って来た。
『お待たせしました、蘭寿様』
「酒ら、酒ら~やっろ飲めるろぉ」
レイは社から出ると、賽銭箱の上にだらしなく…良く言えば妖艶に腰掛けた蘭寿の前へと回り込む。
「…酒はどこら?」
『ここに』
レイがそう言うと、レイの影が丸く広がり、そしてそこからは浮き上がる様に十個の酒樽が姿を現した。
瞬間、それを見た蘭寿の顔が不快そうに歪んだ。
「愚か者めが…」
『え…?』
「某 は何と言った?」
いつもと違い呂律がちゃんとしている声が、蘭寿様が怒っているのではないかと私に気付かせた。
でも一体何で…
十樽きっかりを何往復しれも良いから一人れ買っれ来い──…
「“何往復しても良いから一人で”と言った筈だがな」
『ッ…』
まさか…
「わざわざ“何往復しても良い”と言ったのに力を使って一気に運ぶとはな…酒樽を運ぶのが主の修行だと思わなんだか?
某も鬼じゃない。無意味に何樽も買いに行かせたりせんわ」
『それは…ッ』
レイを一瞥した蘭寿は、呆れた様に溜め息を吐くと腰掛けた賽銭箱から降り、レイを見下す様に見据えた。
「興醒めだな、某は帰る」
なぁ、蘭寿──…
「何をしてる」
仕事をしながら作業を進めていると、そう声を掛けられた。顔を上げた先には青が眩しい見慣れた男が立っている。
『創ってるのよ』
「見れば分かる」
男…イアンは溜め息混じりにそう言うと、宙に腰掛けた私の隣に同じ様に腰掛けた。
「“何を創っているか”が問題なんだ」
そう言うイアンの指がすっと私の銀髪に絡み付く。
イアンはいつもこうする…私の髪を気に入ってくれてるんだろうか?
『もう一杯なの』
そう言って胸に手を当ててみればイアンは不機嫌そうに眉を寄せた。
「溜め込むからだ」
小さく笑って“そうね”と返してみたが、止める気等毛頭無かった。
『その内張り裂けてしまいそうよ…色んな意味でね』
止める事は出来無い。かといって有り余った力とはいえ、他者に力を喰わせ続けるのは酷く疲れる。そろそろ限界だった。
まだ増える予定もあるし…
『だから創るのよ』
「…何を……創ってるんだ…」
貴方が心配するのは分かっている…でも結果的には現状よりずっと良いものが待っているのだから納得して欲しい。
だから私は微笑った。
『新しい世界』
=酒の味=
何やってんだろ…私。
「一口に酒と言われてもねぇ…酒には色んな種類と銘柄があるんだよ、お嬢ちゃん」
そう訪れた酒屋の店主に言われ、黒い華風の服を身に纏ったレイは溜め息を吐いた。
『じゃあ…在庫が一番多い無色透明なのを十樽下さい』
蘭寿様は絶対に零しそうだから、無色を選んだ。あの白い服が汚れたら悲惨だ。
「はいはい、十樽ね…って、じゅ、十樽?!」
『はい、十樽……あの、出来たら荷車を貸していただけると…』
「荷車無しで来たんかい?!どうやって運ぶ気だったんだ」
荷車なんて使う気が無かったから考えて無かったのだ。でも荷車を使わなかったら人間が不思議がるし…仕方無い。
『えっと…』
「裏にあるのを好きに使いな。全く…十樽もどうするんだ」
美人の酒豪さんが一人で全部飲み干すんですよ。
なんて言っても信じてもらえないだろうから笑って誤魔化した。
裏から持ってきた荷車に酒樽を十樽積んで貰うと、店内に戻ってお会計を済ませた。
「お嬢ちゃん…もしかして荷車を引く馬もいないのかい?」
『いや…い、家の者が馬を連れてきてくれる予定なのでお気遣いなく』
「そうかい、なら良かった」
店主に丁寧にお礼を言って店を出たレイは、誰も見ていない事を確認すると自分の影を見据えた。
『姫、繋げて』
声に応える様に影は見る見るうちに大きく広がり、荷車はそこに溶ける様に沈んでいった。
荷車を見送ったレイは、直ぐに歩き出して酒屋から離れた。手ぶらを見られたら厄介だ。
『暫く時間潰して…それから荷車返しにまた来よ』
面倒臭いなぁ…適当に誤魔化して、荷車なんか借りなきゃ良かったな。
月の空間に戻ってしまったら直ぐに出してもらえるか分からないし、かといってこうやって時間を潰してると帰るのがどんどん遅くなってしまう。
『面倒臭…』
やっぱり荷車なんか借りなきゃ良かった。
レイは溜め息を吐くと、大通りに出てとぼとぼと歩き続けた。
蘭寿さん…このお使いが済んだら稽古始めてくれるかな?
………やらないで飲みだしちゃったりなんか…
『やりかねない』
どうしよう…お酒持ち帰りたくなくなってきた。
蘭寿さんのあの感じなら、飲み続けて飲み続けて…酔いつぶれて……寝る。だなんて普通にやりそうだ。
月に聞いた方がいいかな…でも月も忙しいだろうし…
それに何より…
何より会い辛かった。
基本的な事を怠って怒られた後だから仕方無いといえば仕方無い。
月を怒らせるなんて…
『馬鹿みたい…』
そう小さく呟いたレイは、顔を上げた瞬間にぴたりと動きを止めた。
菓子店が目に入ったからだった。甘い香りがレイを包んだ。
『…アレンに買って行こうかな』
アレンは良く食べるし、甘いものが好きだし…稽古で疲労が溜まってるだろうから甘い物は丁度良い筈だ。何よりアレンは喜んでくれる…
どれくらい買えるか、財布の中身を頭で計算しながら菓子店の扉に手を掛けた…その時だった。
「ラゼル!」
そう聞き慣れた声が響いた。
声のした方を振り返れば、やっぱり見知った青年が立っていた。
クルクル跳ねたボサボサの黒髪に瓶底眼鏡…私がどちらの“レイ”でいなくても良い相手だった。
『キラ…』
そう小さく漏らしたレイは、駆け出すと、キラに飛び付く様に抱き付いた。
「っ……どうした、ラゼル?」
私を抱き止めてくれたキラの声がそう微かに上擦った。急に抱き付いたから驚かせてしまったんだろう。
そっと優しく頭を撫でてくれる感覚が心地好い。
「…どうしたんだ?」
優しい声が身に染みる…
『月を…怒らせちゃった…』
「月を?」
小さく頷いたレイは、キラの胸元に埋めていた顔を上げた。
その顔は決して泣いてはいなかったが、顔色が悪かった。
『言い付けを護らなかったの』
「言い付け?」
そう、言い付けだ。
『月は私の母であり姉であり師でもある…』
やりたい事は何でもやらせてくれる母だった、優しく支えて遊んでくれる姉だった、何でも教えてくれる師だった…
そんな彼女の数少ない“駄目”の一つだったのに…
『そんな月に“命に関わる事だから絶対に駄目”って言われたのに…』
私は戦いに夢中になってそれを怠った。
絶対に護らなきゃいけない事だったのに…
基礎を怠ってはならない。
戦いに呑まれてはならない。
力に呑まれてはならない。
恐れに負けてはならない。
戦いに快楽を見てはならない。
信じる心を失ってはならない。
『私は護れなかった』
思い出せもしなかった。
きっと“自分なら出来る、出来てる”と心のどこかで過信していたんだろう。
「次、頑張れば良いじゃん」
『…え?』
慰める様に私の頭を撫でる手がピタリと止まった。
「人間誰でも失敗すんだから次頑張れば良いんだよ」
自分に抱き付くレイの肩を持って押す様に距離をとったキラは、レイと目を合わせるとニカッと歯を見せて笑った。
「失敗して…何かを学んで次に繋げれば、月もきっと笑ってくれるだろ」
失敗したならやり直せば良い。
間違えた事を蔑ろにしないで…
“もう一度”を恐れないで、過ちを土台に突き進めば…
『そうだね…ありがとう、キラ』
そう言って微笑んだレイは、キラの手を離れた。
「もう行くのか?」
『やらなきゃいけない事を頑張ってくる!』
そう言って走り出したレイに、キラは慌てて声を掛けた。
「ラゼル!次はどこに行くんだ?!」
“次はいつ会えるかな”というキラに、レイは立ち止まると嬉しそうに微笑んだ。
『大丈夫、また会えるよ…』
大丈夫…
大丈夫だよ、キラ。
『私達ならきっと!』
私は自分がこれからどこに向かうか分からない。勿論、貴方がどこへ向かうかも私には分からない。
けど、何故だろう…
不思議とはっきり言える。
ねぇ、キラ…
私達ならきっと…
また奇跡を起こせるよ──…
『只今戻りました!』
“スパンッ”と障子を開くいい音と共に、レイは月の作り出した世界へと帰って来た。
『お待たせしました、蘭寿様』
「酒ら、酒ら~やっろ飲めるろぉ」
レイは社から出ると、賽銭箱の上にだらしなく…良く言えば妖艶に腰掛けた蘭寿の前へと回り込む。
「…酒はどこら?」
『ここに』
レイがそう言うと、レイの影が丸く広がり、そしてそこからは浮き上がる様に十個の酒樽が姿を現した。
瞬間、それを見た蘭寿の顔が不快そうに歪んだ。
「愚か者めが…」
『え…?』
「
いつもと違い呂律がちゃんとしている声が、蘭寿様が怒っているのではないかと私に気付かせた。
でも一体何で…
十樽きっかりを何往復しれも良いから一人れ買っれ来い──…
「“何往復しても良いから一人で”と言った筈だがな」
『ッ…』
まさか…
「わざわざ“何往復しても良い”と言ったのに力を使って一気に運ぶとはな…酒樽を運ぶのが主の修行だと思わなんだか?
某も鬼じゃない。無意味に何樽も買いに行かせたりせんわ」
『それは…ッ』
レイを一瞥した蘭寿は、呆れた様に溜め息を吐くと腰掛けた賽銭箱から降り、レイを見下す様に見据えた。
「興醒めだな、某は帰る」
なぁ、蘭寿──…