第2章 出会いと別れ
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28
私の道は…
本当にここなのだろうか…
=歩む道=
アレンが生きてる事に安心して、スーマンを助けられなかった事に絶望して…せめて最期に会うことも叶わなくて。
結局気を失ってアレンと二人、揃ってフォーに担がれて黒の教団アジア支部に運ばれた。
目が覚めて、どこも悪くないのにウォンに止められて。振り払ってアレンの病室に向かうと、丁度部屋からアレンが出て来た。
何となく声を掛けられなくてそっとアレンの後を付いて行った。
アレンは支部中をあても無く彷徨い、最後に支部を護る封印の扉へと辿り着いた。
命は取り止めたが、左腕を失った。
それが何を示すのか…
エクソシストとして生きて来て、あの目でアクマの魂を見続けたアレンは、もう救う術を持たぬ傍観者だ。
封印の扉に居合わせたアジア支部室長バクの“君はもうエクソシストでは無い”という話を聞いたアレンは…
「僕が生きていられるのは…この道だけなんだ」
そう言った。そう言って残された右腕を扉に打ち付けた。
そんなアレンを私は抱き締める事しか出来なかった…扉にこびり付いた血の跡と、アレンの体に巻かれた包帯がとても痛々しい。
やっぱりアレンも…ユウの様に無茶をするタイプだった。
「…レイ……僕は…」
アレンの声が少し震えていて、泣いているのが良く分かった。
涙の出ない私は…アレンの目にはどう写ってるんだろう…
『なぁに…アレン』
「皆と戦いたい。皆を……皆を、護りたい…」
皆を護る様に言ったのは私だった。
アレンにはその力があるから…
アレンはアクマを救い、人間を護る事が出来るから…
『じゃあ…私と一緒に頑張ろ?』
レイはアレンから体を離すと、不思議そうにしているアレンと向き合った。
「君のイノセンスは死んで無い」
バクの言葉に、アレンは目を見開いた。
当然だろう。あの状況では破壊されたと思っていても仕方無いし、先程バクはアレンに“君はもうエクソシストでは無い”と言った。
『新たな咎落ちを防ぐ為に、バクとコムイにはアレンの気持ちを知る必要があったの』
勿論、私も…だから破壊されていない事を言わないでアレンを試した。
「君は大丈夫だ、アレン・ウォーカー…イノセンスとレイが君を助けた。何より君の気持ちは強い。包帯を取り替えたら左腕の話をしよう」
バクの言葉にアレンが嬉しそうに笑い、レイは思わずアレンを正面から抱き締めた。
戦争に戻る事は…
嬉しい事なんかじゃないのに……
「あ───ッ!!!見付けたぞ、テメェ!!」
そう叫びながら走って来たフォーが飛び蹴りを繰り出した。
何故かバクに。
“ゴッ”という音と共にバクが吹っ飛び、レイは慌ててアレンを離してバクに駆け寄った。
『フォー、蹴飛ばすならもっと加減しなくちゃ駄目だよ』
「そ、そういう問題では無いだろう!」
「勝手に病室抜け出すな!!起きたんなら普通、先ずアタシに挨拶だろ…エクソシストだろうが、ウチにいる以上勝手な行動は慎みな!!」
レイはバクの額から溢れる血を拭いながら、フォーに怒鳴られるアレンに声を掛けた。
『私とアレンを竹林から運んでくれたのはフォーなんだよ』
「俺様を蹴飛ばす意味が分からんぞ!」
頭から血を流しながら怒り狂うバクの腰に抱き付いて何とか止める。
『バク、怒るともっと血が…』
しかし確かに蹴られるならアレンだった筈だ。可哀相なバク。
「ほらテメェ、挨拶しろよ」
「貴様、無視か!!」
挨拶を交すアレン達をよそに、レイは無理矢理バクを抑え込むと手当てを続けた。頭は血が沢山出るから厄介だ。
「ありがとうございます」
急にその言葉が耳に入った。
手を止めてアレンの方を向くと、自然と騒いでたバクもそちらを向く。
「僕を助けてくれて本当に…ありがとう」
「礼ならレイに言いな」
フォーの言葉に、私は慌てた。だって私は何もしてないのだ。
何を礼を言われる必要がある?
「あたしが見付けるまで“此の世の終り”みたいな顔して必死にお前を蘇生させてたんだ」
レイが僕を助ける為に…?
イノセンスとレイが僕を助けたのか…
「最初は“何、竹林でキスしてやがんだ”とか思ったけどな」
フォーの言葉に、顔に熱が集まるのが良く分かった。心臓が早く脈打つ。
ふとレイを見ると、レイの頬も赤く染まっていた。何となく嬉しさが込み上げて、咄嗟に緩む口許を手で押えた。
『ぁ…アレン……ごめん…』
「い、いえ…あの、ありがとう…レイ」
僕を助けてくれてありがとう…
僕の大切な人…
アレンのイノセンスは粒子化している。
いくら発動してみても、戻るのは一瞬で、直ぐに粒子に戻ってしまう。アレンは全く発展しない状況に溜め息を吐く。
バクが科学班の新人と考察する中、紅茶を飲みながら見学をしていたレイは席を立った。
発動を持続させる…イノセンスを定着させるには、手伝える事は無い。
荒療治なら手伝えるけど…それは最終手段だ。
『姫、本部に』
レイは部屋に戻るとそう口にした。床から伸びた影が右耳に纏わり付く。
《よぉ、レイ》
『リーバー』
《おう!お前の兄貴、リーバー班長だぞ》
数日前に聞いた筈なのに、凄く懐かしく感じた。リーバーは本部の中で一番私を分かってくれている人だ。
リーバーの声を聞くと一気に本部に帰りたくなってしまう…
《連絡貰えて安心したよ…大丈夫か?》
『うん、大丈夫』
《ちゃんと飯食ってるか?夜はちゃんと寝てるな?》
本当に心配掛けてるんだな…元帥なんて名前ばっかり。私はまだまだ子供だ…
『食べてるし寝てるよ!』
《変な虫は付いて無いだろうな?》
『虫?』
虫が付くって何?
ちゃんと答えられないでいると、リーバーは“シャール達が付いてりゃ平気か”と洩らした。
『リーバー、コムイは?』
《室長か?室長は…寝ちまってるな》
『じゃあまた後で掛け直』
《いや、今起こす。後で“何で起こさなかったんだい、リーバー班長のバカぁ!!”って泣きつかれそうだからな》
それはリーバーが可哀想だ。
レイは可笑しそうにクスクス笑うと、口を開いた。
『じゃあ、お願い』
“任せろ”と言ったリーバーは、直ぐにコムイを起こしに掛かった。遠くにリーバーの声が聞こえる。
《室長…室長、起きて下さい!!》
やっぱりちょっとやそっとじゃ起きない様だ。コムイらしいと言えばコムイらしい。
《………リナリーが嫁に行くってよ》
でた…リーバーの必殺技。
《うわぁぁぁ、嫌だぁ!!リ~ナリー帰って来てぇえぇ!!》
うわぁ…相変わらず何か嫌だ。
リーバーとコムイの揉める声が聞こえたと思うと、駆け寄って来る足音が聞こえた。
《やぁ、お待たせ!この間ぶりだね、レイ》
『うん』
何も無かったかの如く話すコムイの声は、私に本部に帰った様な感覚を与えるから落ち着く。
《で、どうしたんだい?アジア支部に居るのに自分の“黒キ舞姫”を使うだなんて珍しいじゃないか》
『あのね…』
《なんだい?》
『私のイノセンス』
《ん?》
『ヘブに渡した方が良いと思う』
《レイが保管しているイノセンスをかい?》
『うん』
《君は新しいエクソシストを探さなくてはならない。その為に持ち主がいないイノセンスは必要だろ?》
私は沢山のイノセンスを所持している。
だけど違う…
『違うよコムイ……渡したいのはそれだけじゃ無い。私のイノセンス“音ノ鎖 ”もだよ』
音ノ鎖を渡すという事は、元帥でなくなるという事。イノセンスを無くすという事は、エクソシストでなくなるという事。
あぁ…皆に怒られそう……
《どういう事だい?》
『いつチィに見付かっても…捕まっても可笑しく無いなって思ったの』
《それで?》
いつもよりも低いコムイの声が私に現実を叩き付けた気がした。
『見付かった時にイノセンスを持っていたら…大変な事になる』
チィに見付かったら…所持しているイノセンスは全て破壊されてしまう。
『私は持っていない方が良い』
それが私の決断。
イノセンスを持たないで戦おうという、私の最善の…
《駄目だ》
『コムイ…』
《話は分かったけど、最低でも“音ノ鎖”は持っていてくれ》
コムイは“それに”と言うと続けた。
《ボク等は君を…奴等に渡すつもりはさらさら無いよ》
『…ありがとう』
そうお礼を言いながら、それが本当に叶うと良いと思った。
そう願い続けた…
ふと部屋にノック音が響き、レイは“はい、ちょっと待って”と返事をした。
《どうしたんだい?》
『誰か来たみたい』
《そうか…じゃあイノセンスは》
『後で安全な方法で届けるよ』
アクマやノアに盗られ無い様に…
《分かった。じゃあ、レイ…どうか無事で》
『必ず帰るから』
そう言って無線を切ったレイは、立ち上がるとゆっくりと部屋の扉を開けた。
『ユエ、シャール…』
扉を開けた先には、ユエとシャールが立っていた。直ぐにシャールがレイに抱き付く。
「無事か、レイ」
「会いたかった!」
『大丈夫だよ、ユエ…シャール、私も会いたかった……でも何で二人がここに?』
『私が連れて来たんだ』
そう背後から声がして振り向くと、今まで自分がしていた様に、月がベッドに腰掛けていた。
『月…』
レイはシャールを離して月に駆け寄ると、飛び付く様に月に抱き付いた。
勢い良く抱き付いて来たレイを支えきれ無かった月は、レイに抱き付かれたまま、背中からベッドに沈んだ。
『おやおや…』
「月、ずーるーい~!!」
頬を膨らましたシャールが飛び付く様に二人の上に飛び乗り、二人にギューッと抱き付き、二人は楽しそうに笑った。
一方ユエは、呆れた様に溜め息を吐きながら部屋に入った。
『で?どうしたの、レイは』
月が優しく頭を撫でてやると、レイは更に月に抱き付く腕に力を込めた。
『黙っていては何も分からぬよ…私はお前の心を読みたくは無い』
震える身体を月に擦り付ける様に甘えながら、レイは漸く口を開いた。
『…怖かった』
違う…まだ怖い。
『スーマンが死んで…アレンも死んじゃうんじゃないかって』
死というものが纏わり付く…誰にも死んで欲しく無い。だけど…
『人は何れ死ぬモノだ』
月の凜とした声は揺らぐ事が無かった。
『そんな事は誰もが知っているのに…誰も大切な者の死は何度経験しても受け入れる事が出来無い』
それはきっと月も同じ筈だ。
私達の中で、月が一番…死というものを嫌っている。
『人は恐れ…悔いて、悲しんで…それでも前へと進んで行く』
誰も逆らう事が出来無い死…
逆らう事が出来無いからこそ、私達はもがいてもがいて…
頑張り続ける。だから‥
『だから人は…愚かでも美しいんだ』
月の胸元に顔を埋めていたレイは、顔を上げると小さく頷いた。
『私、頑張るよ。教団側の味方も、ノア側の味方も出来無いけど……私、頑張るよ』
皆が笑っていられる様に…
月が心配しなくて良い様に…
ねぇ、コムイ…
『あぁ…頑張れ、レイ』
私、頑張るよ。
必ず…必ず皆で帰るから。
私達の家 に……
「少し荒療治だが…」
そう言ったバクさんに連れてこられたのは封印の扉の間だった。
「君にはこれから本気の戦闘をしてもらう」
バクがフォーの名を呼ぶと、一瞬舌打ちが聞こえた様な気がした。
「アタシは小僧のお守り役じゃねぇんだぞ」
バチッと音を立てながら封印の扉からすり抜ける様に現れたフォーがそう言った瞬間だった。
『フォー、狡い!!アレンの相手は私がするよ!』
そう声が響き渡り、声のした方を振り向くと、封印の扉の間の入り口にはレイと…何故か月が立っていた。
『いやいや、アレン・ウォーカーの相手は私がしよう』
「レイ…と、誰だ?」
「さぁ…」
月を知らないバクがウォンにそう問い掛け、ウォンは首を傾げた。
様子から察するに、フォーは月を知ってる様だ。
「バクさん、あの人は…」
『え──!!月はユエとシャールの師範するって言ってたじゃん!』
レイの声がアレンの言葉を遮って響いた。
月は真っ直ぐにレイを見据える。
『そなたこそブラックパールはどうするんだ?そろそろ戻さねばならぬまい』
『ゔ…』
『それに二人の相手は私の家族がしても良いし…最悪、三対一でも私は一向に構わん。どうだ、アレン…私は強いぞ』
ニッコリ微笑んだ月は綺麗だったが、どこか可愛らしさも持っていた。
どうしたものかと困っていると、隣に立っていたバクさんが肘で小突いてきた。
「変なモテ方をしてるが…どうするんだ、ウォーカー」
どうしよう…正直、人物的にはレイが良いが、レイは向かないと思う。
レイにお願いした場合、レイは優しいから本気を出さない…
月にお願いした場合、彼女は僕を殺そうと本気を出すだろうか?
彼女を良く知らない僕にはそこら辺が分からないが、彼女の技術を多少なりとも得られるだろう…
フォーにお願いした場合、遠慮がなさそうなフォーは僕に危機感を覚えさせる筈だ。
「フォーにお願いします」
『え──…』
『おや、振られてしまったな』
アレンの答えにレイは拗ねた様に頬を膨らませ、月は唯クスクスと笑った。
「済みません…」
『謝る事は無い。それが貴方の答えでしょう?』
月はそう言うと、レイの頭を優しく撫でた。
『私達も始めようか』
優しく凜と響くその音色は、レイを優しく包み込んだ様に見えた。
『はい、母様』
「「「………母様?!!」」」
レイがあまりにもサラッと言うものだから、思わず反応が遅れてしまった。
「どういう事ですか?」
『嫌だなもぅ…血が繋がってる訳じゃ無いよ』
レイや月が笑うのを見て、僕はなんだか少し恥ずかしくなった。
『私が月を姉や母親の様に慕ってるだけだよ』
なるほど…そういう事か。
『おや、私も娘が増えた様で嬉しいと言ったではないか』
「月、娘さんいらっしゃるんですか?」
子供がいるとは思わなかった。
神にも子供はいるものなのか…
『あぁ、遠い昔に死んでしまったがな』
しまったと思った…
月はいつもの様に笑っているが、月が自分よりも先に子が死んで悲しまない親な訳無い。
瞬間、フォーとバクさんに同時に頭を叩かれた。
考え無しに聞くだなんて…
「済みません…月…」
月はアレンに歩み寄ると、俯いたアレンの頬を優しく撫でた。
『貴方は何も悪い事等していない…謝る必要は無いでしょう?』
月はそう言うとゆっくりとアレンの顔を上げさせた。
『人は何れ死ぬモノだ』
そっと月の額が僕の額に触れ、僕の頭の中には直接月の声が響いた。
《私の子は私が…普通の人では無かったとはいえ、取り敢えずは人間だった頃に産んだ子だ。人間の子なのだから寿命というモノがある…例え私が後の長らえる者であってもな、子等には関係無いのだよ》
額が離れた瞬間の月の微笑みはどこか寂しげなものの様に僕には見えた…
人は何れ死ぬモノだ──…
それは月の…
仄苦く…甘い麻酔──…
私の道は…
本当にここなのだろうか…
=歩む道=
アレンが生きてる事に安心して、スーマンを助けられなかった事に絶望して…せめて最期に会うことも叶わなくて。
結局気を失ってアレンと二人、揃ってフォーに担がれて黒の教団アジア支部に運ばれた。
目が覚めて、どこも悪くないのにウォンに止められて。振り払ってアレンの病室に向かうと、丁度部屋からアレンが出て来た。
何となく声を掛けられなくてそっとアレンの後を付いて行った。
アレンは支部中をあても無く彷徨い、最後に支部を護る封印の扉へと辿り着いた。
命は取り止めたが、左腕を失った。
それが何を示すのか…
エクソシストとして生きて来て、あの目でアクマの魂を見続けたアレンは、もう救う術を持たぬ傍観者だ。
封印の扉に居合わせたアジア支部室長バクの“君はもうエクソシストでは無い”という話を聞いたアレンは…
「僕が生きていられるのは…この道だけなんだ」
そう言った。そう言って残された右腕を扉に打ち付けた。
そんなアレンを私は抱き締める事しか出来なかった…扉にこびり付いた血の跡と、アレンの体に巻かれた包帯がとても痛々しい。
やっぱりアレンも…ユウの様に無茶をするタイプだった。
「…レイ……僕は…」
アレンの声が少し震えていて、泣いているのが良く分かった。
涙の出ない私は…アレンの目にはどう写ってるんだろう…
『なぁに…アレン』
「皆と戦いたい。皆を……皆を、護りたい…」
皆を護る様に言ったのは私だった。
アレンにはその力があるから…
アレンはアクマを救い、人間を護る事が出来るから…
『じゃあ…私と一緒に頑張ろ?』
レイはアレンから体を離すと、不思議そうにしているアレンと向き合った。
「君のイノセンスは死んで無い」
バクの言葉に、アレンは目を見開いた。
当然だろう。あの状況では破壊されたと思っていても仕方無いし、先程バクはアレンに“君はもうエクソシストでは無い”と言った。
『新たな咎落ちを防ぐ為に、バクとコムイにはアレンの気持ちを知る必要があったの』
勿論、私も…だから破壊されていない事を言わないでアレンを試した。
「君は大丈夫だ、アレン・ウォーカー…イノセンスとレイが君を助けた。何より君の気持ちは強い。包帯を取り替えたら左腕の話をしよう」
バクの言葉にアレンが嬉しそうに笑い、レイは思わずアレンを正面から抱き締めた。
戦争に戻る事は…
嬉しい事なんかじゃないのに……
「あ───ッ!!!見付けたぞ、テメェ!!」
そう叫びながら走って来たフォーが飛び蹴りを繰り出した。
何故かバクに。
“ゴッ”という音と共にバクが吹っ飛び、レイは慌ててアレンを離してバクに駆け寄った。
『フォー、蹴飛ばすならもっと加減しなくちゃ駄目だよ』
「そ、そういう問題では無いだろう!」
「勝手に病室抜け出すな!!起きたんなら普通、先ずアタシに挨拶だろ…エクソシストだろうが、ウチにいる以上勝手な行動は慎みな!!」
レイはバクの額から溢れる血を拭いながら、フォーに怒鳴られるアレンに声を掛けた。
『私とアレンを竹林から運んでくれたのはフォーなんだよ』
「俺様を蹴飛ばす意味が分からんぞ!」
頭から血を流しながら怒り狂うバクの腰に抱き付いて何とか止める。
『バク、怒るともっと血が…』
しかし確かに蹴られるならアレンだった筈だ。可哀相なバク。
「ほらテメェ、挨拶しろよ」
「貴様、無視か!!」
挨拶を交すアレン達をよそに、レイは無理矢理バクを抑え込むと手当てを続けた。頭は血が沢山出るから厄介だ。
「ありがとうございます」
急にその言葉が耳に入った。
手を止めてアレンの方を向くと、自然と騒いでたバクもそちらを向く。
「僕を助けてくれて本当に…ありがとう」
「礼ならレイに言いな」
フォーの言葉に、私は慌てた。だって私は何もしてないのだ。
何を礼を言われる必要がある?
「あたしが見付けるまで“此の世の終り”みたいな顔して必死にお前を蘇生させてたんだ」
レイが僕を助ける為に…?
イノセンスとレイが僕を助けたのか…
「最初は“何、竹林でキスしてやがんだ”とか思ったけどな」
フォーの言葉に、顔に熱が集まるのが良く分かった。心臓が早く脈打つ。
ふとレイを見ると、レイの頬も赤く染まっていた。何となく嬉しさが込み上げて、咄嗟に緩む口許を手で押えた。
『ぁ…アレン……ごめん…』
「い、いえ…あの、ありがとう…レイ」
僕を助けてくれてありがとう…
僕の大切な人…
アレンのイノセンスは粒子化している。
いくら発動してみても、戻るのは一瞬で、直ぐに粒子に戻ってしまう。アレンは全く発展しない状況に溜め息を吐く。
バクが科学班の新人と考察する中、紅茶を飲みながら見学をしていたレイは席を立った。
発動を持続させる…イノセンスを定着させるには、手伝える事は無い。
荒療治なら手伝えるけど…それは最終手段だ。
『姫、本部に』
レイは部屋に戻るとそう口にした。床から伸びた影が右耳に纏わり付く。
《よぉ、レイ》
『リーバー』
《おう!お前の兄貴、リーバー班長だぞ》
数日前に聞いた筈なのに、凄く懐かしく感じた。リーバーは本部の中で一番私を分かってくれている人だ。
リーバーの声を聞くと一気に本部に帰りたくなってしまう…
《連絡貰えて安心したよ…大丈夫か?》
『うん、大丈夫』
《ちゃんと飯食ってるか?夜はちゃんと寝てるな?》
本当に心配掛けてるんだな…元帥なんて名前ばっかり。私はまだまだ子供だ…
『食べてるし寝てるよ!』
《変な虫は付いて無いだろうな?》
『虫?』
虫が付くって何?
ちゃんと答えられないでいると、リーバーは“シャール達が付いてりゃ平気か”と洩らした。
『リーバー、コムイは?』
《室長か?室長は…寝ちまってるな》
『じゃあまた後で掛け直』
《いや、今起こす。後で“何で起こさなかったんだい、リーバー班長のバカぁ!!”って泣きつかれそうだからな》
それはリーバーが可哀想だ。
レイは可笑しそうにクスクス笑うと、口を開いた。
『じゃあ、お願い』
“任せろ”と言ったリーバーは、直ぐにコムイを起こしに掛かった。遠くにリーバーの声が聞こえる。
《室長…室長、起きて下さい!!》
やっぱりちょっとやそっとじゃ起きない様だ。コムイらしいと言えばコムイらしい。
《………リナリーが嫁に行くってよ》
でた…リーバーの必殺技。
《うわぁぁぁ、嫌だぁ!!リ~ナリー帰って来てぇえぇ!!》
うわぁ…相変わらず何か嫌だ。
リーバーとコムイの揉める声が聞こえたと思うと、駆け寄って来る足音が聞こえた。
《やぁ、お待たせ!この間ぶりだね、レイ》
『うん』
何も無かったかの如く話すコムイの声は、私に本部に帰った様な感覚を与えるから落ち着く。
《で、どうしたんだい?アジア支部に居るのに自分の“黒キ舞姫”を使うだなんて珍しいじゃないか》
『あのね…』
《なんだい?》
『私のイノセンス』
《ん?》
『ヘブに渡した方が良いと思う』
《レイが保管しているイノセンスをかい?》
『うん』
《君は新しいエクソシストを探さなくてはならない。その為に持ち主がいないイノセンスは必要だろ?》
私は沢山のイノセンスを所持している。
だけど違う…
『違うよコムイ……渡したいのはそれだけじゃ無い。私のイノセンス“
音ノ鎖を渡すという事は、元帥でなくなるという事。イノセンスを無くすという事は、エクソシストでなくなるという事。
あぁ…皆に怒られそう……
《どういう事だい?》
『いつチィに見付かっても…捕まっても可笑しく無いなって思ったの』
《それで?》
いつもよりも低いコムイの声が私に現実を叩き付けた気がした。
『見付かった時にイノセンスを持っていたら…大変な事になる』
チィに見付かったら…所持しているイノセンスは全て破壊されてしまう。
『私は持っていない方が良い』
それが私の決断。
イノセンスを持たないで戦おうという、私の最善の…
《駄目だ》
『コムイ…』
《話は分かったけど、最低でも“音ノ鎖”は持っていてくれ》
コムイは“それに”と言うと続けた。
《ボク等は君を…奴等に渡すつもりはさらさら無いよ》
『…ありがとう』
そうお礼を言いながら、それが本当に叶うと良いと思った。
そう願い続けた…
ふと部屋にノック音が響き、レイは“はい、ちょっと待って”と返事をした。
《どうしたんだい?》
『誰か来たみたい』
《そうか…じゃあイノセンスは》
『後で安全な方法で届けるよ』
アクマやノアに盗られ無い様に…
《分かった。じゃあ、レイ…どうか無事で》
『必ず帰るから』
そう言って無線を切ったレイは、立ち上がるとゆっくりと部屋の扉を開けた。
『ユエ、シャール…』
扉を開けた先には、ユエとシャールが立っていた。直ぐにシャールがレイに抱き付く。
「無事か、レイ」
「会いたかった!」
『大丈夫だよ、ユエ…シャール、私も会いたかった……でも何で二人がここに?』
『私が連れて来たんだ』
そう背後から声がして振り向くと、今まで自分がしていた様に、月がベッドに腰掛けていた。
『月…』
レイはシャールを離して月に駆け寄ると、飛び付く様に月に抱き付いた。
勢い良く抱き付いて来たレイを支えきれ無かった月は、レイに抱き付かれたまま、背中からベッドに沈んだ。
『おやおや…』
「月、ずーるーい~!!」
頬を膨らましたシャールが飛び付く様に二人の上に飛び乗り、二人にギューッと抱き付き、二人は楽しそうに笑った。
一方ユエは、呆れた様に溜め息を吐きながら部屋に入った。
『で?どうしたの、レイは』
月が優しく頭を撫でてやると、レイは更に月に抱き付く腕に力を込めた。
『黙っていては何も分からぬよ…私はお前の心を読みたくは無い』
震える身体を月に擦り付ける様に甘えながら、レイは漸く口を開いた。
『…怖かった』
違う…まだ怖い。
『スーマンが死んで…アレンも死んじゃうんじゃないかって』
死というものが纏わり付く…誰にも死んで欲しく無い。だけど…
『人は何れ死ぬモノだ』
月の凜とした声は揺らぐ事が無かった。
『そんな事は誰もが知っているのに…誰も大切な者の死は何度経験しても受け入れる事が出来無い』
それはきっと月も同じ筈だ。
私達の中で、月が一番…死というものを嫌っている。
『人は恐れ…悔いて、悲しんで…それでも前へと進んで行く』
誰も逆らう事が出来無い死…
逆らう事が出来無いからこそ、私達はもがいてもがいて…
頑張り続ける。だから‥
『だから人は…愚かでも美しいんだ』
月の胸元に顔を埋めていたレイは、顔を上げると小さく頷いた。
『私、頑張るよ。教団側の味方も、ノア側の味方も出来無いけど……私、頑張るよ』
皆が笑っていられる様に…
月が心配しなくて良い様に…
ねぇ、コムイ…
『あぁ…頑張れ、レイ』
私、頑張るよ。
必ず…必ず皆で帰るから。
私達の
「少し荒療治だが…」
そう言ったバクさんに連れてこられたのは封印の扉の間だった。
「君にはこれから本気の戦闘をしてもらう」
バクがフォーの名を呼ぶと、一瞬舌打ちが聞こえた様な気がした。
「アタシは小僧のお守り役じゃねぇんだぞ」
バチッと音を立てながら封印の扉からすり抜ける様に現れたフォーがそう言った瞬間だった。
『フォー、狡い!!アレンの相手は私がするよ!』
そう声が響き渡り、声のした方を振り向くと、封印の扉の間の入り口にはレイと…何故か月が立っていた。
『いやいや、アレン・ウォーカーの相手は私がしよう』
「レイ…と、誰だ?」
「さぁ…」
月を知らないバクがウォンにそう問い掛け、ウォンは首を傾げた。
様子から察するに、フォーは月を知ってる様だ。
「バクさん、あの人は…」
『え──!!月はユエとシャールの師範するって言ってたじゃん!』
レイの声がアレンの言葉を遮って響いた。
月は真っ直ぐにレイを見据える。
『そなたこそブラックパールはどうするんだ?そろそろ戻さねばならぬまい』
『ゔ…』
『それに二人の相手は私の家族がしても良いし…最悪、三対一でも私は一向に構わん。どうだ、アレン…私は強いぞ』
ニッコリ微笑んだ月は綺麗だったが、どこか可愛らしさも持っていた。
どうしたものかと困っていると、隣に立っていたバクさんが肘で小突いてきた。
「変なモテ方をしてるが…どうするんだ、ウォーカー」
どうしよう…正直、人物的にはレイが良いが、レイは向かないと思う。
レイにお願いした場合、レイは優しいから本気を出さない…
月にお願いした場合、彼女は僕を殺そうと本気を出すだろうか?
彼女を良く知らない僕にはそこら辺が分からないが、彼女の技術を多少なりとも得られるだろう…
フォーにお願いした場合、遠慮がなさそうなフォーは僕に危機感を覚えさせる筈だ。
「フォーにお願いします」
『え──…』
『おや、振られてしまったな』
アレンの答えにレイは拗ねた様に頬を膨らませ、月は唯クスクスと笑った。
「済みません…」
『謝る事は無い。それが貴方の答えでしょう?』
月はそう言うと、レイの頭を優しく撫でた。
『私達も始めようか』
優しく凜と響くその音色は、レイを優しく包み込んだ様に見えた。
『はい、母様』
「「「………母様?!!」」」
レイがあまりにもサラッと言うものだから、思わず反応が遅れてしまった。
「どういう事ですか?」
『嫌だなもぅ…血が繋がってる訳じゃ無いよ』
レイや月が笑うのを見て、僕はなんだか少し恥ずかしくなった。
『私が月を姉や母親の様に慕ってるだけだよ』
なるほど…そういう事か。
『おや、私も娘が増えた様で嬉しいと言ったではないか』
「月、娘さんいらっしゃるんですか?」
子供がいるとは思わなかった。
神にも子供はいるものなのか…
『あぁ、遠い昔に死んでしまったがな』
しまったと思った…
月はいつもの様に笑っているが、月が自分よりも先に子が死んで悲しまない親な訳無い。
瞬間、フォーとバクさんに同時に頭を叩かれた。
考え無しに聞くだなんて…
「済みません…月…」
月はアレンに歩み寄ると、俯いたアレンの頬を優しく撫でた。
『貴方は何も悪い事等していない…謝る必要は無いでしょう?』
月はそう言うとゆっくりとアレンの顔を上げさせた。
『人は何れ死ぬモノだ』
そっと月の額が僕の額に触れ、僕の頭の中には直接月の声が響いた。
《私の子は私が…普通の人では無かったとはいえ、取り敢えずは人間だった頃に産んだ子だ。人間の子なのだから寿命というモノがある…例え私が後の長らえる者であってもな、子等には関係無いのだよ》
額が離れた瞬間の月の微笑みはどこか寂しげなものの様に僕には見えた…
人は何れ死ぬモノだ──…
それは月の…
仄苦く…甘い麻酔──…