第2章 出会いと別れ
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26
スーマン・ダークは…
娘想いの良き父親で、私とリナリーを自分の娘の様に扱ってくれた。
彼は負けず嫌いで…とても優しく温かい人だった。
いや、違う。
“だった”じゃない…
優しくて温かい人なのだ。
=咎落ち=
嫌な予感がした。
身体に痺れが走り、心臓が重く脈打った。気がした。
「月…アレンは……本当に大丈夫?」
行かなければいけない。
行かなければ後悔する。
何故か…そう感じたのだ…
《行くのならば…私は止めはしない》
レイはヴァイオリンを元の大きさに戻すと、近くのアクマの背に飛び乗った。そしてヴァイオリンを奏でて操り、アレンとリナリーが消えた方の空へと向かった。
音ノ鎖を発動させながらレイは服の肩口で汗を拭った。
アクマが渦巻いている。
あの大量のアクマは、私達の足留めでもなければ…況してや私達を殺す為でも無い。
元帥に対しあの量のアクマを送り込むのは分かるが、正体が割れていない挙げ句、一応は姫である私の場所を捕捉するだなんてチィでも無理だ。
ならば他に目的があり、私達はその道筋に偶然居たに過ぎない。
『姫、本部に』
足元から伸びた影が右耳に纏わり付くとレイは曲のテンポを下げた。
『リーバー』
《おぉレイ、何だ?》
確かめる事がある。
杞憂であってほしい。
杞憂であってほしいが…
『今現在、咎落ちの可能性のある者は?』
信じたく無い。
この嫌な感覚が…考えが…全て杞憂であってほしい。
家族 から咎落ちの者が。
哀しみに負けた者が出た何て…
《……スーマン・ダーク》
『…スー…マン……』
リーバーの言葉に、レイは思わずヴァイオリンを弾くのを止めそうになった。
教団に“スーマン・ダーク”という名の者は一人しかいない。レイは胸が締め付けられる様な感覚を覚えた。
《他の皆はそれぞれ連絡が取れたり…遺体が見つかってる》
『……スーマン』
スーマン・ダークは病気の娘の為に教団に入り、私とリナリーに会えない娘の面影を重ねていた。
だからとても優しく…とても温かいのだ。
だが、私に優しかったのは…真実を知らなかったからかもしれない。
『ごめんなさい…家族の所為かもしれない』
私は現在、教団に“ノアに囚われていた哀れな人間の子”として認識されている。
私をノアだと知っている教団の人間はコムイ、リーバー、リナリー、ユウ、アレン、アレイスター、ミランダ、ラビ、ブックマン、信用のできる数人の科学班…そしてアジア支部の三人だけだ。
皆は戦争に勝つ為に…私という切札を護る為に、私を護る為に口を閉じている。
黒の教団は宗教の名の元に造られたものだ。
私がノアだと知れれば……知れなくとも、教団内にノアが居るだなんて事…
反乱が起きるのは分かりきった事だ。
だからスーマンは“可哀相な私”を娘に見立てた。
兄が出来た様で私は楽しかったが、スーマンは…
娘に会いたくて、家に帰りたくて、哀しくて…仕方無かったみたいだ。
『スーマンは仲間を裏切るような人じゃない。ならば命が危険にさらされた可能性がある……むしろそうに違いない』
命の危険があったから…
仲間を売って家に帰ろうとしたに違いない。
スーマンはきっと、家族に会いたかったのだ。
私が家族に会いたい様に、きっとスーマンも…
《お前の所為じゃないだろ》
『……』
それでも…家族がやった事に変わりない。
《…行くんだな》
『行くしかない』
《もし咎落ちだったら…エクソシストでは対応出来ない。辛い役目を負わせて悪いな…レイ》
『大丈夫。私、元帥だもん』
《……レイ…気を付けろよ》
『うん』
アクマから飛び降りたレイは、曲調を変えた。
体を捻って苦しむアクマは、粉々に砕けた。小さなキラキラした欠片に地に降り注ぐ。
『おやすみぃ…』
レイはヴァイオリンを影に落とした…が、ヴァイオリンはいつもの様に影に溶け込まずに、地へと転がった。
『ぁ……そっか…』
レイがヴァイオリンを拾うと、空中に空いた黒い穴の様なものにヴァイオリンを投げ入れ、森の中を歩き出した。
「つまらへ──ん!!」
空中で戦っている三人のうちの一人、砕覇はアクマを蹴り飛ばし、一つに結った銀の髪を振り乱すとそう叫んだ。
『砕覇…』
月はアクマを薙ぎ倒しながら砕覇に目を向けた。砕覇は文句を言いながらも一応は戦い続けている。
「やってコイツ等、数が多いだけで雑魚以下のヘボなんやもん!殺 っても殺 っても詰まらへん!!」
黙って戦っていた騎龍は、突っ込んで来たアクマを捕まえると、砕覇に向けて投げ付けた。
「痛ぁぁぁあ〜…何すんねん、蛇!」
「ごちゃごちゃ煩ぇんだよ、黙って片付けろ糞狼!!俺様だってつまらねぇのを我慢してんだ。
第一、俺様達の仕事は“護る”事だ!文句言ってねぇで手ぇ動かせ!!」
「せやな…てか俺は足技のが好きやから手ぇ違うて足やわ」
「……うぜぇ…」
月は溜め息を吐くと、船の一番高い帆柱の天辺へと降り立った。
月の両手足についた無数の金と銀のブレスレットがぶつかり合う音が小さく響いた。
『仕方無い…謳うよ』
「それやったら直ぐに終るで!何より聴くんは久しぶりや」
「眠たくなるから夜想曲は止めてくれよ?」
月は、砕覇には二挺の拳銃を、騎龍には長い槍をどこからともなく取り出し、投げ渡した。
『分かっているよ』
二人に向かって微笑んだ月は飛び退いてアクマ達から離れると、両腕を前へ緩く伸ばした。
『ラビ、アレイスター、ブックマン』
「何さ、月?」
戦いながら月に投げキスをするラビにブックマンが蹴りを入れた。
『私の力を貸してやる。迷わず敵を討ちなさい』
可笑しそうにクスクス笑う月は、ラビ達にそう告げると目を閉じて…
謳い出した。
月に投げキスをしていたラビは、月が歌い出すと言葉を…全てを失った。
綺麗な旋律、聴いた事の無い言葉…
此の世に存在しない言葉に。何より月の美しい歌声に…
全てを失った。
今まで自分が口ずさんでいたのは…自分が今まで聴いてきたものは本当に歌なのかと疑いたくなる程、美しいものだった。
ふと我に返ったブックマンはラビにまた蹴りを入れた。
「さっさと動かんか!」
俺に蹴りを入れたパンダは、未だ放心状態のクロちゃんを正気に戻すと、またアクマと戦い出した。
「…パンダ?」
その力はいつものジジィとは違っていた。早さが増し、攻撃の重みも…何より攻撃範囲が広まっていた。
空を見上げ、月が呼び出した二人を見てみると、攻撃範囲が増しているのが更に良く分かった。
試しに空に向かって火判を使ってみる。
「おぉ~」
天に向かって昇った炎は、通常の倍以上の数のアクマを一気に燃やし尽くし、それを見たラビは笑顔で感嘆の声を漏らした。これなら直ぐに終りそうだ。
月の歌声は響き続ける…
俺達を包み込む様に。
そこへ着いたのは血を零した様な暁の中だった。
アクマに乗ってアレンがいるであろう辺りに着陸したは良いが、大量のアクマに出くわしてしまって時間を取られてしまった。
それでも私はアレンを探して進み続けた。
だってアレンが…
もしかしたらスーマンが危ない気がしたから。
船にいる皆は月が護ってくれる。
そう信じていたし、実際に月は人を見殺しに出来無いタイプだ。
それに月は自ら出て来た。助ける気が無いなら出て来ない筈だ。
だから私は走り続けた。森を抜け、竹林の中を突き抜ける。
ふと血の香りがした。
レイは進行方向を変えると、血の香りのする方へ向かって加速した。胸のモヤモヤが強まった。
血の香りが増す中で、レイはアレンとスーマンの事を考えていた。
頭の中が二人で一杯で、他の事を考えられなかった。
世界が闇から解放され、日が差し込む中…
私は深い霧の中で倒れたアレンを見付けた。
辺りに散らばったトランプを踏み付けてアレンに近付く…
無くなった左腕と血だらけの右腕を投げる様にして、青白くなったアレンはぼんやりと目を開いたまま眠っていた。
レイはアレンの横に膝を付くと、前へと屈み込んでアレンへと口付けた。
『アレン…』
唇を離したレイはそう呟くと、アレンの胸に両手を添えて蘇生を繰返した。
『ア…レン……アレン…』
何回だっけ?何回押して、何回息を吹き込むんだっけ…
頭が混乱していて回数を数えられなかったし、何回やるのかも分からなくなっていた。
『…アレ…ン』
何度も何度もアレンの胸を押し続けて…
何度も何度もアレンに口付けて息を送り続けた。
『アレン…アレン、アレン…!』
もう息何かして無かった。息が出来なかった。
口内に溜まった唾液を飲み込んで、流れる汗に反射的に目を閉じる事はあったが、呼吸だけは完璧に止まっていた。
目の前では未だに目を開けたまま眠りに付いているアレンの身体が、レイの心臓マッサージに合わせて動いているだけだった。
『アレン…ッ』
アレンの身体は自分では動こうとしない。
『死んじゃ嫌だ!!』
何でこうなったの?
何で…
何で…
何で……
何で…何で…何で…
「レイ?レイ・アストレイか?」
ふと近くから掛った声に、レイは汗だくになった顔を上げた。
『…フォー…?』
そこに立っていたのはアジア支部の番人の“フォー”だった。
「何やってんだ?」
そう問い掛けるフォーに、レイはひたすら“アレンが…アレンが…”と繰返した。
フォーはアレンの横に膝を付くと、アレンの胸に耳を寄せた。
フォーがやったのだろうか?
いつの間にかアレンの目は閉じていた。
「大丈夫だ、レイ」
『ぇ…』
起き上がったフォーは、レイを見ると歯を見せて笑い、レイの頭を優しく撫でた。
「良く頑張ったな」
フォーに言われてアレンの胸に耳を付けると、ゆっくり…か細くだが、心臓の動く音がした。
『……アレン…生きてる…』
「お前が頑張った御陰だぞ」
再度フォーがレイの頭を優しく撫で、レイは嬉しそうに緩やかに微笑んだ。
『アレン…』
緩やかに微笑み、アレンの胸に耳を当てたまま、レイは眠りについた…
アレン──…
スーマンが死んだのは…
血の香りの量で分かっていた。
出血の少ないアレンしかいない割りには、血の香りが濃かった。
助けられなくて…
駆けつけられなくて…
ごめんね、スーマン。
ごめん…
ごめんなさい──…
スーマン・ダークは…
娘想いの良き父親で、私とリナリーを自分の娘の様に扱ってくれた。
彼は負けず嫌いで…とても優しく温かい人だった。
いや、違う。
“だった”じゃない…
優しくて温かい人なのだ。
=咎落ち=
嫌な予感がした。
身体に痺れが走り、心臓が重く脈打った。気がした。
「月…アレンは……本当に大丈夫?」
行かなければいけない。
行かなければ後悔する。
何故か…そう感じたのだ…
《行くのならば…私は止めはしない》
レイはヴァイオリンを元の大きさに戻すと、近くのアクマの背に飛び乗った。そしてヴァイオリンを奏でて操り、アレンとリナリーが消えた方の空へと向かった。
音ノ鎖を発動させながらレイは服の肩口で汗を拭った。
アクマが渦巻いている。
あの大量のアクマは、私達の足留めでもなければ…況してや私達を殺す為でも無い。
元帥に対しあの量のアクマを送り込むのは分かるが、正体が割れていない挙げ句、一応は姫である私の場所を捕捉するだなんてチィでも無理だ。
ならば他に目的があり、私達はその道筋に偶然居たに過ぎない。
『姫、本部に』
足元から伸びた影が右耳に纏わり付くとレイは曲のテンポを下げた。
『リーバー』
《おぉレイ、何だ?》
確かめる事がある。
杞憂であってほしい。
杞憂であってほしいが…
『今現在、咎落ちの可能性のある者は?』
信じたく無い。
この嫌な感覚が…考えが…全て杞憂であってほしい。
哀しみに負けた者が出た何て…
《……スーマン・ダーク》
『…スー…マン……』
リーバーの言葉に、レイは思わずヴァイオリンを弾くのを止めそうになった。
教団に“スーマン・ダーク”という名の者は一人しかいない。レイは胸が締め付けられる様な感覚を覚えた。
《他の皆はそれぞれ連絡が取れたり…遺体が見つかってる》
『……スーマン』
スーマン・ダークは病気の娘の為に教団に入り、私とリナリーに会えない娘の面影を重ねていた。
だからとても優しく…とても温かいのだ。
だが、私に優しかったのは…真実を知らなかったからかもしれない。
『ごめんなさい…家族の所為かもしれない』
私は現在、教団に“ノアに囚われていた哀れな人間の子”として認識されている。
私をノアだと知っている教団の人間はコムイ、リーバー、リナリー、ユウ、アレン、アレイスター、ミランダ、ラビ、ブックマン、信用のできる数人の科学班…そしてアジア支部の三人だけだ。
皆は戦争に勝つ為に…私という切札を護る為に、私を護る為に口を閉じている。
黒の教団は宗教の名の元に造られたものだ。
私がノアだと知れれば……知れなくとも、教団内にノアが居るだなんて事…
反乱が起きるのは分かりきった事だ。
だからスーマンは“可哀相な私”を娘に見立てた。
兄が出来た様で私は楽しかったが、スーマンは…
娘に会いたくて、家に帰りたくて、哀しくて…仕方無かったみたいだ。
『スーマンは仲間を裏切るような人じゃない。ならば命が危険にさらされた可能性がある……むしろそうに違いない』
命の危険があったから…
仲間を売って家に帰ろうとしたに違いない。
スーマンはきっと、家族に会いたかったのだ。
私が家族に会いたい様に、きっとスーマンも…
《お前の所為じゃないだろ》
『……』
それでも…家族がやった事に変わりない。
《…行くんだな》
『行くしかない』
《もし咎落ちだったら…エクソシストでは対応出来ない。辛い役目を負わせて悪いな…レイ》
『大丈夫。私、元帥だもん』
《……レイ…気を付けろよ》
『うん』
アクマから飛び降りたレイは、曲調を変えた。
体を捻って苦しむアクマは、粉々に砕けた。小さなキラキラした欠片に地に降り注ぐ。
『おやすみぃ…』
レイはヴァイオリンを影に落とした…が、ヴァイオリンはいつもの様に影に溶け込まずに、地へと転がった。
『ぁ……そっか…』
レイがヴァイオリンを拾うと、空中に空いた黒い穴の様なものにヴァイオリンを投げ入れ、森の中を歩き出した。
「つまらへ──ん!!」
空中で戦っている三人のうちの一人、砕覇はアクマを蹴り飛ばし、一つに結った銀の髪を振り乱すとそう叫んだ。
『砕覇…』
月はアクマを薙ぎ倒しながら砕覇に目を向けた。砕覇は文句を言いながらも一応は戦い続けている。
「やってコイツ等、数が多いだけで雑魚以下のヘボなんやもん!
黙って戦っていた騎龍は、突っ込んで来たアクマを捕まえると、砕覇に向けて投げ付けた。
「痛ぁぁぁあ〜…何すんねん、蛇!」
「ごちゃごちゃ煩ぇんだよ、黙って片付けろ糞狼!!俺様だってつまらねぇのを我慢してんだ。
第一、俺様達の仕事は“護る”事だ!文句言ってねぇで手ぇ動かせ!!」
「せやな…てか俺は足技のが好きやから手ぇ違うて足やわ」
「……うぜぇ…」
月は溜め息を吐くと、船の一番高い帆柱の天辺へと降り立った。
月の両手足についた無数の金と銀のブレスレットがぶつかり合う音が小さく響いた。
『仕方無い…謳うよ』
「それやったら直ぐに終るで!何より聴くんは久しぶりや」
「眠たくなるから夜想曲は止めてくれよ?」
月は、砕覇には二挺の拳銃を、騎龍には長い槍をどこからともなく取り出し、投げ渡した。
『分かっているよ』
二人に向かって微笑んだ月は飛び退いてアクマ達から離れると、両腕を前へ緩く伸ばした。
『ラビ、アレイスター、ブックマン』
「何さ、月?」
戦いながら月に投げキスをするラビにブックマンが蹴りを入れた。
『私の力を貸してやる。迷わず敵を討ちなさい』
可笑しそうにクスクス笑う月は、ラビ達にそう告げると目を閉じて…
謳い出した。
月に投げキスをしていたラビは、月が歌い出すと言葉を…全てを失った。
綺麗な旋律、聴いた事の無い言葉…
此の世に存在しない言葉に。何より月の美しい歌声に…
全てを失った。
今まで自分が口ずさんでいたのは…自分が今まで聴いてきたものは本当に歌なのかと疑いたくなる程、美しいものだった。
ふと我に返ったブックマンはラビにまた蹴りを入れた。
「さっさと動かんか!」
俺に蹴りを入れたパンダは、未だ放心状態のクロちゃんを正気に戻すと、またアクマと戦い出した。
「…パンダ?」
その力はいつものジジィとは違っていた。早さが増し、攻撃の重みも…何より攻撃範囲が広まっていた。
空を見上げ、月が呼び出した二人を見てみると、攻撃範囲が増しているのが更に良く分かった。
試しに空に向かって火判を使ってみる。
「おぉ~」
天に向かって昇った炎は、通常の倍以上の数のアクマを一気に燃やし尽くし、それを見たラビは笑顔で感嘆の声を漏らした。これなら直ぐに終りそうだ。
月の歌声は響き続ける…
俺達を包み込む様に。
そこへ着いたのは血を零した様な暁の中だった。
アクマに乗ってアレンがいるであろう辺りに着陸したは良いが、大量のアクマに出くわしてしまって時間を取られてしまった。
それでも私はアレンを探して進み続けた。
だってアレンが…
もしかしたらスーマンが危ない気がしたから。
船にいる皆は月が護ってくれる。
そう信じていたし、実際に月は人を見殺しに出来無いタイプだ。
それに月は自ら出て来た。助ける気が無いなら出て来ない筈だ。
だから私は走り続けた。森を抜け、竹林の中を突き抜ける。
ふと血の香りがした。
レイは進行方向を変えると、血の香りのする方へ向かって加速した。胸のモヤモヤが強まった。
血の香りが増す中で、レイはアレンとスーマンの事を考えていた。
頭の中が二人で一杯で、他の事を考えられなかった。
世界が闇から解放され、日が差し込む中…
私は深い霧の中で倒れたアレンを見付けた。
辺りに散らばったトランプを踏み付けてアレンに近付く…
無くなった左腕と血だらけの右腕を投げる様にして、青白くなったアレンはぼんやりと目を開いたまま眠っていた。
レイはアレンの横に膝を付くと、前へと屈み込んでアレンへと口付けた。
『アレン…』
唇を離したレイはそう呟くと、アレンの胸に両手を添えて蘇生を繰返した。
『ア…レン……アレン…』
何回だっけ?何回押して、何回息を吹き込むんだっけ…
頭が混乱していて回数を数えられなかったし、何回やるのかも分からなくなっていた。
『…アレ…ン』
何度も何度もアレンの胸を押し続けて…
何度も何度もアレンに口付けて息を送り続けた。
『アレン…アレン、アレン…!』
もう息何かして無かった。息が出来なかった。
口内に溜まった唾液を飲み込んで、流れる汗に反射的に目を閉じる事はあったが、呼吸だけは完璧に止まっていた。
目の前では未だに目を開けたまま眠りに付いているアレンの身体が、レイの心臓マッサージに合わせて動いているだけだった。
『アレン…ッ』
アレンの身体は自分では動こうとしない。
『死んじゃ嫌だ!!』
何でこうなったの?
何で…
何で…
何で……
何で…何で…何で…
「レイ?レイ・アストレイか?」
ふと近くから掛った声に、レイは汗だくになった顔を上げた。
『…フォー…?』
そこに立っていたのはアジア支部の番人の“フォー”だった。
「何やってんだ?」
そう問い掛けるフォーに、レイはひたすら“アレンが…アレンが…”と繰返した。
フォーはアレンの横に膝を付くと、アレンの胸に耳を寄せた。
フォーがやったのだろうか?
いつの間にかアレンの目は閉じていた。
「大丈夫だ、レイ」
『ぇ…』
起き上がったフォーは、レイを見ると歯を見せて笑い、レイの頭を優しく撫でた。
「良く頑張ったな」
フォーに言われてアレンの胸に耳を付けると、ゆっくり…か細くだが、心臓の動く音がした。
『……アレン…生きてる…』
「お前が頑張った御陰だぞ」
再度フォーがレイの頭を優しく撫で、レイは嬉しそうに緩やかに微笑んだ。
『アレン…』
緩やかに微笑み、アレンの胸に耳を当てたまま、レイは眠りについた…
アレン──…
スーマンが死んだのは…
血の香りの量で分かっていた。
出血の少ないアレンしかいない割りには、血の香りが濃かった。
助けられなくて…
駆けつけられなくて…
ごめんね、スーマン。
ごめん…
ごめんなさい──…