第6章 EGOIST
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122
『ごめん…ね、みんな……』
眠る様に地に横になったマナと剣で縫い付けられる様に、マナの上に横になったレイはそう言って眉を寄せた。
夜のロンドンの様な街並みだった方舟は変化し、吹き飛び、全てを消して無になっていた。
真っ白の世界…
そこには人だけが残っていた。
『上手くやるつもりだったんだよねぇ…残った力で何とかする。つもりだったのに、全然ダメダメだ』
そう、レイの口と表情だけが動いていた。
“そんな事無い、よく頑張ったよ”って言って抱き締めたいのに…頭を撫でてやりたいのに、体は動かないし、声も出なかった。
目を動かして周りを見回すと、皆も同じ状況の様だった。
『皆を人間に戻すつもりだった…ノアの皆の力を抜いて』
体が…石の様に重くて動かないのは、きっとアイリーンかレイの所為なんだろう。
『アレン、リナリー、アレイスター…寄生型と結晶型である三人とラウ・シーミン以外は武器を壊せばただの人間に出来るから…三人とラウ・シーミンとマナと私以外は逃がす予定だったんだけど……ごめん、ごめんね…限界…』
あんなに見たかったレイの顔。
泣けない彼女の…顔を歪めてボロボロと涙を流すその姿。
ずっと見たかったのに、キリキリと…ギュッと胸が締め付けられて苦しくて仕方なかった。
『退魔の剣ってここまで凄いのね…皆を方舟の外に出す力が戻らない…戻る前に…』
視界がどんどん明るくなっていく…白くなっていく。
意識の闇に呑まれながらレイの声が小さく聞こえた。
『方舟が消える』
=終焉を与える者/未来を紡ぐ者=
『嫌だな…もぅ……』
意識を失って倒れる皆を私はただ見る事しか出来ない。
私とマナを地に縫い付けるアレンの剣は、私の力をどんどん吸っていく。破壊していく。
『何、で…こうなっちゃったの゙かなぁ』
正直、千年伯爵の力を破壊したとしても、方舟の力を完璧に破壊出来るとは思って無かった。
イノセンスを甘く見たものだ。
ここまでこの剣が強いとは思わなかった。
『傷付ぐみんなも゙、っみ、見たく無かったのにぃ…ぅ』
皆を壊れゆく方舟から逃がして…
マナと…アレン、リナリー、アレイスター、ラウ・シーミンを道連れにして消滅するつもりだった。
『何一づ…上手く、いかなかった…』
アレン達には悪いけど、寄生型と結晶型のイノセンスの破壊の仕方なんて…適合者共々殺すしか方法を知らないし、可哀想だからって争いの元となるイノセンスの力を持たせたまま帰す訳にもいかない。
全部終わらせるって決めたんだから。
『私がぁ、傷付けた…私、がぁぁ…35年前も、今も゙…皆を傷付けた』
眠るマナに抱き付く腕に力を少ない入れたが、もう返ってくる事も無い。
『ごめ、ね…』
私の手で終わらせる。
ノアの一族も今代で最後だ。
メモリーを全て破壊して、方舟のデータも…
『私が殺したんだ』
もうこんな事…
繰り返させやしない。
これでいい。これでいいんだ。
神に逆らおうが知った事では無い。全部丸投げにした神様なんか知ったこっちゃない。
『……』
そうだ…知ったこっちゃない。
『会った事は無いけど私は神様 を知っている。私が代えのきかない物 だという事も』
なら……ならば…
『私が壊れれば終わりだ』
私がいなければ最悪は防げる。
それに…
私の神様は女神様だけだ。月だけだ。
“私は神では無いよ”って絶対言うだろうけど、あんなに強くて優しくて全てを愛してくれる人なんていない。
月が神様だったらこんな争いなんか起きなかった。
月が神様だったら世界は幸せだったのに…
『いやだ…』
考えだしたら切りがない。
想い出したら切りがない。
運命を選択したのは自分なのに、神の所為にして…
月に多くを望んで…
『っ……月、助けて…』
我が儘を言う。
何てくだらないんだろう。
でも口にするくらいと思ってしまう。
だって…
『こんなの嫌だ…私はただ皆に幸せでいて欲しかっただけなのに!!』
それが一番難しい事だって分かってるのに。それが…
一番愚かな事だって分かってるのに。
『私、は…どうなってもいいのにぃ…っ、月ぃぃぃっあぁあぁぁぁぁ』
何の犠牲も無しに世界を救うだなんて馬鹿馬鹿しい事…
『まぁ、泣き虫ね』
そう私の嗚咽に混じって聞こえた綺麗な声と共に、体を突き抜ける剣が引き抜かれた。
『私も人の事は言えないけどね』
ずるっと抜ける剣…不思議とそれに痛みは無かった。
泣きはらした顔を上げてフラフラの体を起こすと、そこには思っていた通りの人が立っていた。
『まぁ、酷い顔』
『っ…』
『ねぇ、泣き虫さん“それ”は貴女のエゴだって私、前に言ったわよね』
確かに言われた。
エリアーデが死んだ時に…
『…口にしてみただけだよ…私くらいの犠牲で何かを得ようだなんて無理だって分かってる』
『そう』
『でも、月なら出来るとも思ってる』
私は狡いから…そうも思ってる。
『…そう』
『それにエゴじゃない…皆、生きたいって思ってるもん』
『……』
『このままじゃ皆、死んじゃう…月はそれでも良いって思ってるの?』
思って無い筈だ。
だって月は誰よりも自分以外が大事だから…
『だから私とマナ以外を外に…』
『例えば』
『たとえば…?』
『世界を救う為にお前が死んだとして、残された者はどうなる?』
きっと優しい皆は泣いてくれるだろう。お葬式もしてくれる筈だ。
もしかしたら生きてるって信じて待っててくれるかもしれない。
ユウやラビなんかは特に…でも、そんな事は私が許さない。
『だったら皆の記憶を消して。月だったらそのくらい出来るでしょ?それならエゴじゃない。だって皆、私を知らないんだもん』
『覚えているかいないかの差であってエゴに変わり無いだろうに』
“まったく”といって月は困った様に溜め息を吐いた。
『困った子だ…誰に似たんだか』
『貴女でしょ、ねぇ…ママ』
そう口にすると、少し驚いた顔をした月は瞬間、ふわりと笑った。
『仕方の無い子…でもそうね、私のレイ』
優しく頭を撫でられて凄く心地良かった。
そしてそれと同時に、自分がどんなに酷い事を言っているかを実感する。
月は私達を助ける為に既にボロボロになっている。
その上で手を貸せって言ってるんだから、私も酷いものだ。
一緒に犠牲になってくれと言っている様なものなのだから。
『大丈夫よ…私が丈夫なのは知ってるでしょう?何せ貴女の言うところの神様なのだから』
『ずるいよ、こんな時だけ神様だって認めるの?』
『フフ、心配する事無いわよ…力がある事に変わりは無いわ』
『ん…信じてる』
『あぁ…そうだ』
『?』
『貴女に名前を教えて無かった』
『名…前……月の?』
“えぇ”と月は笑った。
『私の名前は麗よ…麗・S・ブラック・R・アン=クロニクル』
『ライ…?』
『そうよ。麗と書いてライ』
頭を撫でていた手がそっと私の頬に触れる。
『もう…貴女に会えないのね、レイ』
『しょうがないよ…私を対価に…出来るだけでいい。皆をお願いします、麗』
『引き受けたわ』
『本当に?本当にいいの?』
『娘の願いだもの…私にはどうやっても断れないわ。その代りね、私も御願いがあるのよ』
『お願い?』
『覚えてる?“何があっても笑ってなさい”』
『っ…』
覚えてる。
記憶が戻る前に月に…麗に言われた言葉だった。
私の目元の涙を指で拭って、麗は笑った。
『笑って、レイ』
『大好きよ、ママ』
“ママ”
そう呼ばれて涙が溢れそうになった。
どうしてこう…私の子供は辛い目に合うのだろうか。
『さぁ、目を閉じて…』
右手で頬に触れたまま、左手で頭をそっと撫で、閉じていく瞼の先…綺麗な青い瞳を最後まで見ていた。
『……私も…大好きよ』
小さくもれる様に零れた言葉は、レイに聞こえているかどうかも分からない。
一雫溢れた涙が眠るレイの頰に落ちて流れた。
『…さて、仕事の時間だ』
レイの頰を指の腹で拭って立ち上がる。
レイの願いを叶えれば、イアンや家族達に酷く怒られる…泣かせてしまう子もいるだろう。
あぁ…私は何て愚かなんだろう。
そうは思うが、今ここで力を使い切ってしまっても、死ぬわけでは無い。だったらこの使い道の無い膨大な力を使って娘の願いくらい叶えてやる。
甘い甘いお菓子を…買ってやろうじゃないか。
『皆、聞こえているかしら…』
麗は立ち上がって目を閉じると、両腕を広げた。
『許して頂戴ね…もう少しで貴方達の元に帰るから』
長い銀髪がふわりと浮かび上がり、団服が黒と白のドレスへと変わる。
何も無い真っ白の世界…眠りへと落ちた者達が沈んで消えて行く中、麗はウタい出した。
足元に青白く浮かぶ魔法陣。それに照らされて、麗はウタう。
が、不意に腕を引かれて麗のウタはピタリと止んだ。
ギュッと包まれて締め付けられる。直ぐに抱き締められているのだと分かった。
視界に広がる緋色が私を抱き締めている人物を物語っている。
「帰さねぇつっただろうが」
一度ぎゅっと目を閉じた麗は、目を開くと自分を抱き締めている人物を見上げた。
『貴方は眠く無いの、クロス?』
「眠くねぇ」
『嘘ばっかり』
思わず笑ってしまった。
眠く無い筈等無いのだ…だって私がずっと皆の意識を奪う為に魔法を使っていたのだから。
『無理しても…っ』
最後まで言い終わらないうちに口を塞がれた。
少し乱暴に押し付けられた唇が角度を変える度に小さく息が漏れる音がした。
「っ…謳わせねぇ」
“絶対に”と、またキスが降って来る。
激しく…それでいて優しく。
『ふ…っ、ねぇ…クロス』
「あ?」
『レイの夢、覚えてる?』
出来たなら…レイとユエとシャール…そしてクロスと私で一緒に暮らしたい。
そういうレイの夢…
『私…心のどこかでそうなればって…そうなれば良いって思ってた』
「そうすればいいだろ。叶えりゃいいだけの話だ」
フフッと笑った麗の口をクロスはまた塞いだ。
何度も何度も重なり合い、離れる。
「麗…」
クロスに名前を呼ばれ、麗はクロスに自分から口付けた。
瞬間、地の魔法陣が一際光を放ち、クロスは目を見開いた。
「っ、お前!」
『私はレイの為に歌っていただけよ』
レイの為に歌っていただけで、術を発動させる為に歌っていたわけでは無い。
口を塞いでも、術の発動を止められるわけでは無い。
『リーバーに支えられながら…ただ寝てたんじゃないのよ。傷を塞いで…それが済んでからはずっと術を完成させるのに集中してた』
足元から順に身体が沈んで行き、クロスは麗を睨み付けた。
『怖い顔しても駄目よ』
「させているのはお前だ」
逃がさまいとギュッと掴まれた腕が痛む。
そっと手を添えて退かそうとしたが、やはりそれは叶わなかった。
『……ねぇ、クロス…私ね』
「何だ」
『貴方が好きよ』
驚いたクロスを見て、麗は笑った。
『貴方、何度も私を口説くんだもの…』
時に激しく、時に甘く…
『鈍い私でも流石に分かるし、無視しても繰り返すものだから…ほだされもするわ』
「っ、だったら尚更…俺と居ろ」
『あら、駄目よ。私はこの世界に居てはいけない者なのだから』
喋り出そうとしたクロスの唇に指を当て制すると、麗は微笑んだ。
『行って、クロス…貴方には未来が待ってる』
「…お前がいない」
『私はこの世界の者では無い、世界が元に戻るだけだよ』
「俺を連れて行け」
無理な話だ。
私の居るべき世界にはクロスの居場所等無い。第一にイアンがクロスを受け入れる筈等無いのだから。
『……それは…叶わない願いね……でも』
「でも?」
『どんな形であれ、いつか会いに行くわ。貴方が私を私だと分からなかったとしても』
私という存在に気付かなかったとしても。
絶対に、絶対に、会いに行くから…
『行って』
皆と一緒に…
新しい世界へ──…
『ごめん…ね、みんな……』
眠る様に地に横になったマナと剣で縫い付けられる様に、マナの上に横になったレイはそう言って眉を寄せた。
夜のロンドンの様な街並みだった方舟は変化し、吹き飛び、全てを消して無になっていた。
真っ白の世界…
そこには人だけが残っていた。
『上手くやるつもりだったんだよねぇ…残った力で何とかする。つもりだったのに、全然ダメダメだ』
そう、レイの口と表情だけが動いていた。
“そんな事無い、よく頑張ったよ”って言って抱き締めたいのに…頭を撫でてやりたいのに、体は動かないし、声も出なかった。
目を動かして周りを見回すと、皆も同じ状況の様だった。
『皆を人間に戻すつもりだった…ノアの皆の力を抜いて』
体が…石の様に重くて動かないのは、きっとアイリーンかレイの所為なんだろう。
『アレン、リナリー、アレイスター…寄生型と結晶型である三人とラウ・シーミン以外は武器を壊せばただの人間に出来るから…三人とラウ・シーミンとマナと私以外は逃がす予定だったんだけど……ごめん、ごめんね…限界…』
あんなに見たかったレイの顔。
泣けない彼女の…顔を歪めてボロボロと涙を流すその姿。
ずっと見たかったのに、キリキリと…ギュッと胸が締め付けられて苦しくて仕方なかった。
『退魔の剣ってここまで凄いのね…皆を方舟の外に出す力が戻らない…戻る前に…』
視界がどんどん明るくなっていく…白くなっていく。
意識の闇に呑まれながらレイの声が小さく聞こえた。
『方舟が消える』
=終焉を与える者/未来を紡ぐ者=
『嫌だな…もぅ……』
意識を失って倒れる皆を私はただ見る事しか出来ない。
私とマナを地に縫い付けるアレンの剣は、私の力をどんどん吸っていく。破壊していく。
『何、で…こうなっちゃったの゙かなぁ』
正直、千年伯爵の力を破壊したとしても、方舟の力を完璧に破壊出来るとは思って無かった。
イノセンスを甘く見たものだ。
ここまでこの剣が強いとは思わなかった。
『傷付ぐみんなも゙、っみ、見たく無かったのにぃ…ぅ』
皆を壊れゆく方舟から逃がして…
マナと…アレン、リナリー、アレイスター、ラウ・シーミンを道連れにして消滅するつもりだった。
『何一づ…上手く、いかなかった…』
アレン達には悪いけど、寄生型と結晶型のイノセンスの破壊の仕方なんて…適合者共々殺すしか方法を知らないし、可哀想だからって争いの元となるイノセンスの力を持たせたまま帰す訳にもいかない。
全部終わらせるって決めたんだから。
『私がぁ、傷付けた…私、がぁぁ…35年前も、今も゙…皆を傷付けた』
眠るマナに抱き付く腕に力を少ない入れたが、もう返ってくる事も無い。
『ごめ、ね…』
私の手で終わらせる。
ノアの一族も今代で最後だ。
メモリーを全て破壊して、方舟のデータも…
『私が殺したんだ』
もうこんな事…
繰り返させやしない。
これでいい。これでいいんだ。
神に逆らおうが知った事では無い。全部丸投げにした神様なんか知ったこっちゃない。
『……』
そうだ…知ったこっちゃない。
『会った事は無いけど私は
なら……ならば…
『私が壊れれば終わりだ』
私がいなければ最悪は防げる。
それに…
私の神様は女神様だけだ。月だけだ。
“私は神では無いよ”って絶対言うだろうけど、あんなに強くて優しくて全てを愛してくれる人なんていない。
月が神様だったらこんな争いなんか起きなかった。
月が神様だったら世界は幸せだったのに…
『いやだ…』
考えだしたら切りがない。
想い出したら切りがない。
運命を選択したのは自分なのに、神の所為にして…
月に多くを望んで…
『っ……月、助けて…』
我が儘を言う。
何てくだらないんだろう。
でも口にするくらいと思ってしまう。
だって…
『こんなの嫌だ…私はただ皆に幸せでいて欲しかっただけなのに!!』
それが一番難しい事だって分かってるのに。それが…
一番愚かな事だって分かってるのに。
『私、は…どうなってもいいのにぃ…っ、月ぃぃぃっあぁあぁぁぁぁ』
何の犠牲も無しに世界を救うだなんて馬鹿馬鹿しい事…
『まぁ、泣き虫ね』
そう私の嗚咽に混じって聞こえた綺麗な声と共に、体を突き抜ける剣が引き抜かれた。
『私も人の事は言えないけどね』
ずるっと抜ける剣…不思議とそれに痛みは無かった。
泣きはらした顔を上げてフラフラの体を起こすと、そこには思っていた通りの人が立っていた。
『まぁ、酷い顔』
『っ…』
『ねぇ、泣き虫さん“それ”は貴女のエゴだって私、前に言ったわよね』
確かに言われた。
エリアーデが死んだ時に…
『…口にしてみただけだよ…私くらいの犠牲で何かを得ようだなんて無理だって分かってる』
『そう』
『でも、月なら出来るとも思ってる』
私は狡いから…そうも思ってる。
『…そう』
『それにエゴじゃない…皆、生きたいって思ってるもん』
『……』
『このままじゃ皆、死んじゃう…月はそれでも良いって思ってるの?』
思って無い筈だ。
だって月は誰よりも自分以外が大事だから…
『だから私とマナ以外を外に…』
『例えば』
『たとえば…?』
『世界を救う為にお前が死んだとして、残された者はどうなる?』
きっと優しい皆は泣いてくれるだろう。お葬式もしてくれる筈だ。
もしかしたら生きてるって信じて待っててくれるかもしれない。
ユウやラビなんかは特に…でも、そんな事は私が許さない。
『だったら皆の記憶を消して。月だったらそのくらい出来るでしょ?それならエゴじゃない。だって皆、私を知らないんだもん』
『覚えているかいないかの差であってエゴに変わり無いだろうに』
“まったく”といって月は困った様に溜め息を吐いた。
『困った子だ…誰に似たんだか』
『貴女でしょ、ねぇ…ママ』
そう口にすると、少し驚いた顔をした月は瞬間、ふわりと笑った。
『仕方の無い子…でもそうね、私のレイ』
優しく頭を撫でられて凄く心地良かった。
そしてそれと同時に、自分がどんなに酷い事を言っているかを実感する。
月は私達を助ける為に既にボロボロになっている。
その上で手を貸せって言ってるんだから、私も酷いものだ。
一緒に犠牲になってくれと言っている様なものなのだから。
『大丈夫よ…私が丈夫なのは知ってるでしょう?何せ貴女の言うところの神様なのだから』
『ずるいよ、こんな時だけ神様だって認めるの?』
『フフ、心配する事無いわよ…力がある事に変わりは無いわ』
『ん…信じてる』
『あぁ…そうだ』
『?』
『貴女に名前を教えて無かった』
『名…前……月の?』
“えぇ”と月は笑った。
『私の名前は麗よ…麗・S・ブラック・R・アン=クロニクル』
『ライ…?』
『そうよ。麗と書いてライ』
頭を撫でていた手がそっと私の頬に触れる。
『もう…貴女に会えないのね、レイ』
『しょうがないよ…私を対価に…出来るだけでいい。皆をお願いします、麗』
『引き受けたわ』
『本当に?本当にいいの?』
『娘の願いだもの…私にはどうやっても断れないわ。その代りね、私も御願いがあるのよ』
『お願い?』
『覚えてる?“何があっても笑ってなさい”』
『っ…』
覚えてる。
記憶が戻る前に月に…麗に言われた言葉だった。
私の目元の涙を指で拭って、麗は笑った。
『笑って、レイ』
『大好きよ、ママ』
“ママ”
そう呼ばれて涙が溢れそうになった。
どうしてこう…私の子供は辛い目に合うのだろうか。
『さぁ、目を閉じて…』
右手で頬に触れたまま、左手で頭をそっと撫で、閉じていく瞼の先…綺麗な青い瞳を最後まで見ていた。
『……私も…大好きよ』
小さくもれる様に零れた言葉は、レイに聞こえているかどうかも分からない。
一雫溢れた涙が眠るレイの頰に落ちて流れた。
『…さて、仕事の時間だ』
レイの頰を指の腹で拭って立ち上がる。
レイの願いを叶えれば、イアンや家族達に酷く怒られる…泣かせてしまう子もいるだろう。
あぁ…私は何て愚かなんだろう。
そうは思うが、今ここで力を使い切ってしまっても、死ぬわけでは無い。だったらこの使い道の無い膨大な力を使って娘の願いくらい叶えてやる。
甘い甘いお菓子を…買ってやろうじゃないか。
『皆、聞こえているかしら…』
麗は立ち上がって目を閉じると、両腕を広げた。
『許して頂戴ね…もう少しで貴方達の元に帰るから』
長い銀髪がふわりと浮かび上がり、団服が黒と白のドレスへと変わる。
何も無い真っ白の世界…眠りへと落ちた者達が沈んで消えて行く中、麗はウタい出した。
足元に青白く浮かぶ魔法陣。それに照らされて、麗はウタう。
が、不意に腕を引かれて麗のウタはピタリと止んだ。
ギュッと包まれて締め付けられる。直ぐに抱き締められているのだと分かった。
視界に広がる緋色が私を抱き締めている人物を物語っている。
「帰さねぇつっただろうが」
一度ぎゅっと目を閉じた麗は、目を開くと自分を抱き締めている人物を見上げた。
『貴方は眠く無いの、クロス?』
「眠くねぇ」
『嘘ばっかり』
思わず笑ってしまった。
眠く無い筈等無いのだ…だって私がずっと皆の意識を奪う為に魔法を使っていたのだから。
『無理しても…っ』
最後まで言い終わらないうちに口を塞がれた。
少し乱暴に押し付けられた唇が角度を変える度に小さく息が漏れる音がした。
「っ…謳わせねぇ」
“絶対に”と、またキスが降って来る。
激しく…それでいて優しく。
『ふ…っ、ねぇ…クロス』
「あ?」
『レイの夢、覚えてる?』
出来たなら…レイとユエとシャール…そしてクロスと私で一緒に暮らしたい。
そういうレイの夢…
『私…心のどこかでそうなればって…そうなれば良いって思ってた』
「そうすればいいだろ。叶えりゃいいだけの話だ」
フフッと笑った麗の口をクロスはまた塞いだ。
何度も何度も重なり合い、離れる。
「麗…」
クロスに名前を呼ばれ、麗はクロスに自分から口付けた。
瞬間、地の魔法陣が一際光を放ち、クロスは目を見開いた。
「っ、お前!」
『私はレイの為に歌っていただけよ』
レイの為に歌っていただけで、術を発動させる為に歌っていたわけでは無い。
口を塞いでも、術の発動を止められるわけでは無い。
『リーバーに支えられながら…ただ寝てたんじゃないのよ。傷を塞いで…それが済んでからはずっと術を完成させるのに集中してた』
足元から順に身体が沈んで行き、クロスは麗を睨み付けた。
『怖い顔しても駄目よ』
「させているのはお前だ」
逃がさまいとギュッと掴まれた腕が痛む。
そっと手を添えて退かそうとしたが、やはりそれは叶わなかった。
『……ねぇ、クロス…私ね』
「何だ」
『貴方が好きよ』
驚いたクロスを見て、麗は笑った。
『貴方、何度も私を口説くんだもの…』
時に激しく、時に甘く…
『鈍い私でも流石に分かるし、無視しても繰り返すものだから…ほだされもするわ』
「っ、だったら尚更…俺と居ろ」
『あら、駄目よ。私はこの世界に居てはいけない者なのだから』
喋り出そうとしたクロスの唇に指を当て制すると、麗は微笑んだ。
『行って、クロス…貴方には未来が待ってる』
「…お前がいない」
『私はこの世界の者では無い、世界が元に戻るだけだよ』
「俺を連れて行け」
無理な話だ。
私の居るべき世界にはクロスの居場所等無い。第一にイアンがクロスを受け入れる筈等無いのだから。
『……それは…叶わない願いね……でも』
「でも?」
『どんな形であれ、いつか会いに行くわ。貴方が私を私だと分からなかったとしても』
私という存在に気付かなかったとしても。
絶対に、絶対に、会いに行くから…
『行って』
皆と一緒に…
新しい世界へ──…