第6章 EGOIST
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『その前に私が貴方に終焉を与えるわ』
そう言うと同時にレイは千年伯爵の懐に飛び込み、千年伯爵は剣を盾にした。
後方に吹き飛ばされた体を捻って着地したと同時にレイに襲いかかる。
「オノレ、14番目!!またレイに呪いを残したカ!!」
怒りに歪んだレイを攻撃し続けていた千年伯爵は瞬間、ニッコリと笑った。
「待っていて下さイネ、レイ♡今、我輩ガ元に戻してアゲマス♡
あぁ、ソウダ!もう14番目の事ナド忘れてしまいマショウ♡」
千年伯爵の攻撃を防ぎ続けながら、レイは悲しそうに眉を寄せた。
『私、呪われてなんか無いよ。ネアはそんな事しない…これは私が決めた事だもん』
「……呪いデハ無イ?自分の意思デ…レイを苦シメテ泣カセタあの男の為ニ我輩を殺スと言うんデスカ」
『ネアの為じゃ』
「許シマセン」
『私、ネアの為じゃ…!』
「貴女ノ心ニ他人ガ住ミ着クナンテ許シマセン!!!」
=永遠=
怒りに囚われた顔で自分を攻撃し続ける千年伯爵を見て、レイは攻撃を受け止めながらグッと唇を噛んだ。
「レイ…ッ!!」
「アレン・ウォーカー!!」
起き上がろうとして崩れたアレンを見てバクは思わずそう声を上げた。
しかし自分に出来る事など無い。
バクは建物の屋根に辛うじて引っ掛かって気を失っているボロボロのフォーを見上げてぐっと拳を握った。
「ッ、アイリーン!!無理を承知で頼む…助けてくれ!!!」
「バク支部長!」
「バクちゃん、無理だよアイリーンも…」
「黙ってろ、コムイイ!」
「……」
「身勝手な願いだ…俺は何も出来無いし何もしていない、見ていられないと目を瞑りたくなる様な臆病者だ…護ってもらうばかりで、皆を傷付けてばかりだ!いつも力があればと願っている、力があっても実際に戦えるかも分からぬ臆病者なのに!
お願いだ…お前には誰にも負けない力がある、誰にも負けない心がある」
“お願いだ、助けてくれ…”ボロボロと涙を流すバクの鼻をすする音と共に微かに聞こえるのは“クスクス”と笑う声だった。
うつ伏せに地に倒れているアイリーンの頭が動き、顔がバク達の方を向く。
『貴方やっぱりかっこよくて可愛いわ、バク』
笑って“鼻水出てるわよ”と言われ、次々と溢れそうになる涙をぐっと堪えて鼻をすする。
「からかうな、馬鹿者め!」
『まぁ、素直な感想を述べたまでよ』
「あ、アイリーン、大丈夫なのか?!」
『大丈夫とは言えないわね…でも心配無いわよ、リーバー』
「アイリーン元帥、結界を解いて頂ければ私が…」
『そこで大人しくしてなさい』
「しかし!」
『もう、貴方に手出しは出来無いわ。殺される貴方を見たくないもの…そこに居て頂戴、ハワード』
“それとね”と、アイリーンは続けた。
『貴方の事…私は臆病者だなんて思わないわよ、バク』
「俺は…頼る事しか出来無い」
『貴方は一生懸命皆をサポートをし続けたじゃない。貴方は科学班としても支部長としても頑張ってた…それを私は知ってるわ。
勿論、アジア支部の皆もコムイやリーバー達本部の科学班も、エクソシスト達も探索部隊もジュリー達調理班もヘブラスカも…何を考えてるか分からないけど、ルベリエだって勿論そうね。その下で働くハワードも。
ねぇ、バク…皆、戦えても戦えなくても、自分に出来る事を皆の為に頑張ってるのよ。私は一生懸命な貴方を…仲間を思って自分の事を責める貴方を臆病者だなんて思わないわ』
“とっても素敵よ”と言って、アイリーンはニッコリと笑った。
『大丈夫、きっと何とかなるから』
アイリーンが何の保証も無い…
慰めの様な、直ぐに溶けてしまう甘い飴の様な…そんな言葉を口にしたその時、レイがふわっと浮かび上がり、ドレスの腹部を赤く染めていた血とそこに空いた穴が消え去った。
両腕と首に巻かれた黒いリボンが真っ白に染まる。
レイは何もなかった様に追撃してくる千年伯爵の攻撃を避け続けた。
「レイ、コチラ二来ナサイ!我輩ガ14番目ノ呪イカラ救ッテアゲマスカラ♡」
『……』
「ッ…何故、我輩ノ腕ヲ擦リ抜ケルノデスカ!!」
『無理だよ…私は捕まらない…それにね、それはもう“攻撃”だよ』
「コッチニ来イィィィィイィィ!!!!」
『無理だよ…私には勝てない』
街並みが変わる。
建物が路地を埋める様に密着し、噴水を中心に四角く辺りを囲む。
唯一の出口を塞ぐ様に高く高く上へ伸びる建物、地から伸びた無数の黒いリボンの様な帯が千年伯爵を襲う中、レイは宙に佇んでそれを見ていた。
『記憶が戻った。方舟の使い方を思い出したの』
過去の私全てを持つレイが私の中に戻り、記憶が戻った。
だから正しい力の使い方も思い出した。
『方舟は多くの情報を収容する生きる図書館…私は館長であり図書館自身。司書の貴方より全てを分かっているし、私が望めば貴方は立ち入る事さえ許されない。
貴方がどう動くか分かる…貴方の弱点が分かる。知っている』
でもだからといって、全てを上手く収める事は出来無い。
私にはこの力を操る力がもう無い。無いに等しい。
傷は塞がり、敗れたドレスも元通り。
それは見た目だけだ。
傷は塞がった…くっ付けただけだ。失った血は戻らない。
血を失い、イノセンスに犯されて消耗した体は今、見栄だけで立っている。
『終わりにしよう』
もう止めよう。
事実から目を背ける事を。
もう止めよう。
これ以上傷付く人が現れる前に。
『私は千年伯爵を殺す』
ネアの代わりに…
私が終わらせるんだ。
ネアとは違う方法で……
「嘘ダ!!!レイガソンナ事言ウ筈ガ無イ!!」
『愛 の代わりに方舟 が手を下す』
「ソノ名前ヲ口ニスルナ!!」
『ネアが望んだ形では無いし…』
「止メロ、レイハ我輩ノ方舟ダ!!14番目ノ物ジャナイ!!!」
『本当は35年前にしなきゃいけない事だった』
「レイハ我輩ノモノダ!!千年伯爵デアル我輩ノ…」
絡み付いて来る黒いリボンを、滅茶苦茶に振り回した剣で斬りながら千年伯爵は叫んだ。
「レイハ僕ノモノダ!!ズットズット永遠二!!!」
瞬間、アレンの目の前に膝を抱えて現れたレイは、アレンの剣を手に取るとニッコリと笑った。
『借りるね、アレン』
「ぇ…」
剣を持って立ち上がったレイが歩き出すと、背後で何かが崩れる音がした。
レイが振り返ると、神田が地に倒れる様に座り込んで、レイのドレスの裾を掴んでいた。
『ユウ…』
「…く…な……」
『馬鹿ね…無理しちゃ駄目じゃない』
どうやって倒れてた所からここまで来たんだろ……ホント、しょうがない人…
「…な……」
『ん…?』
「行くな」
『………約束、護ってね』
レイはグッとドレスを引いて神田の手を振り払うと、困った様に笑った。
『“無茶しないで、ユウ”』
“トンッ”とレイは飛び上がった。
そしてアレンの剣を空に向かって大きく振り上げ…手放した。
自分を拘束しようとする黒いそれを振り払う様に斬り続ける千年伯爵の所まで飛んで行くと、抱き付く。
「レイ…」
『ごめんね』
グッと地を蹴って、レイは千年伯爵を押し倒した。
円を描いて宙に放られた剣。
『大丈夫だから』
勢いを失った剣は刃を下に向けて落ち…
レイと千年伯爵を貫いた。
レイの背を貫き、千年伯爵の腹部を貫いた剣は、二人を地に縫い付ける様に地に突き刺さる。
静寂の中、私の名前を口にしたアレンの小さな声が耳に届いた。
“レイ”たったそれだけの言葉だったのに“何でそんな事をしてるの?”と問われた気分だった。
いや…問われたのだろう。
少ししてリナリーの悲鳴の様な唸り声がした。
あぁ、もっと上手くやるつもりだったのに、リナリー達に変なもの見せちゃったな…
「レイ…何デ、コンナ」
『私は貴方を殺すって決めたんだもん』
“でもね”と言ってレイはニッコリと笑った。
『貴方を一人にはしない』
貴方を殺すなら、私も一緒に死ぬ。
私は“千年伯爵”とずっと一緒だった…永い時をずっとずっと……
『これからも一緒に居てあげる。だから…ねぇ、思い出して?』
「君ハ…君ハ僕ノモノダ」
『……』
「ズットズット…」
そっとレイの頬に触れていた千年伯爵の顔が、服が…ボロボロと崩れだす。
“千年伯爵”が崩れだす。
「ズット君が欲しかっタ…」
千年伯爵の中から現れたのは、一人の男だった。
少し情けない顔の優しそうな男だ。
「僕は君を愛してる」
男の頬を伝う涙を、レイはそっと指で拭った。
『うん…知ってるよ』
「君は方舟 だ…僕のものだ」
『う~ん…それは違うかな』
「ネアにとられるだなんて許せなかった」
『だからって兄弟喧嘩で殺し合いなんて最低よ。ネアも貴方もノアの皆を巻き込んだ』
「それ程に、僕は君を愛してた。ネアと喧嘩した事も皆を巻き込んだ事も悔やんで無い。僕は君を今も愛してる」
“うん”と言って、レイは自分の頬に触れる男の手を包む様に自分の手を重ねた。
『ありがとう、マナ』
「……マ…ナ?」
“マナ”という名前に反応したのはアレンだった。
レイはそっと男…マナの頬に触れると、アレンの方を向かせた。
その顔を見て、アレンは目を見開いた。
『マナ、覚えてる?』
「……アレン?」
『そう、アレンだよ。昔は私達の友達だった…今は』
「僕の息子です」
『うん…そうだね』
何もかも思い出した様だった。
自分とネアが兄弟だった事も、自分がノアになって後を追う様にネアもノアになった事も。
自分を見失って千年伯爵のメモリーに呑み込まれた事も…
「マナが…千年伯爵?」
『そうだよ』
「そんな…嘘だ!マナは、マナは人間だった!!」
『私は兎も角…マナも含めてノアの皆は人間だよ。能力を持っているだけで、人間である事に変わりは無い』
「でも、でも…ッ!!」
『マナは憎しみに負けて千年伯爵というメモリーに自我を渡しちゃったの』
でも完璧には呑まれなかった。
壊れたマナは自分がノアである事とノアの家族を忘却し、ネアを思いながらアレンを育てた。
壊れたマナは自分がマナだという事を忘却し、世界に終焉を与える千年伯爵という役と私に異様に執着する様になった。
『二つの人格が、お互いの記憶を忘却しながら二重生活送った結果、マナはアレンと親子になったんだよ』
そして記憶を失った私は、屋敷の自室に閉じ込められた。
「でも、ダークマターは…!」
『アレンの元に千年伯爵が現れた瞬間、二つの人格がお互いを。他人としてだけど認識した。だから“異変”が起きたの。
マナの魂を持ったつもりのダークマターがアレンを殺す事に抵抗した。結果、アレンの目にその姿が映る様になった』
「マ…ナ……」
「アレン…」
『最初はぼんやりしてたけど、マナの記憶は戻ってる。このマナはね、千年伯爵である前に、貴方と一緒に時を過ごした、貴方の大好きなマナなんだよ』
複雑に歪んだアレンの表情を見て、マナは困った様に眉を寄せた。
「……ごめんなさい、アレン…辛い思いを…させてしまいました」
「マ…」
「でも気持ちはあの時と変わってませんよ」
「マナ…」
「愛してますよ、アレン。君は僕の大事な息子です」
「ッ……うっせ、マナのバーカ!」
涙を浮かべて真っ赤になるアレンが可愛くて、思わずアハハと声を上げて笑った。
ふう…と息を吐いて力を抜くと“千年伯爵が消えた分”空いていたマナとの距離を埋める為に体を突き抜ける剣を押し進める様に体をマナに近付ける。
ズズ…と進む剣の何故か鈍い痛みに耐えながらマナの首に腕を回して抱き付く。
そっと背に回ったマナの腕が、ぎゅっと私を抱き締めた。
『もう…限界だわ……』
ゆっくりと…地下で爆発が起きたかの様に浮かび上がる石畳。
「僕も…もう限界ですかね」
『アレンの剣は退魔の剣だもん』
建物も、噴水も、あの時計塔も…全てが消し飛ぶ様に消えて行き、世界が白に染まっていく。
『大丈夫だよ、マナ』
「…はい」
『私も一緒にいくから』
「……」
『もう、寂しくないよ』
マナの頰に頰を寄せると、ギュッと抱き締められる腕に少し力が入った。
もう力が入らないのだろう…マナの力は弱い。
「…レイ、愛してます」
『うん』
「そんな貴女に沢山辛い思いをさせてしまった」
『うん』
「大切なネアを憎む程、好きでした」
『うん』
「家族を巻き込む程、好きでした」
『うん』
「メモリーに呑まれる程、好きでした」
『うん』
「壊れる程、好きでした」
『うん』
「初めて会った時から好きでした」
『…フフ、そんなに?』
「えぇ、一目惚れでしたよ」
『ありがとう』
「今までもこれからもずっとずっと好きです」
『うん』
「ずっとずっと…貴女を永遠に愛してます」
『うん…ありがとう』
ありがとう…
気付けなくて…ごめんね──…
『その前に私が貴方に終焉を与えるわ』
そう言うと同時にレイは千年伯爵の懐に飛び込み、千年伯爵は剣を盾にした。
後方に吹き飛ばされた体を捻って着地したと同時にレイに襲いかかる。
「オノレ、14番目!!またレイに呪いを残したカ!!」
怒りに歪んだレイを攻撃し続けていた千年伯爵は瞬間、ニッコリと笑った。
「待っていて下さイネ、レイ♡今、我輩ガ元に戻してアゲマス♡
あぁ、ソウダ!もう14番目の事ナド忘れてしまいマショウ♡」
千年伯爵の攻撃を防ぎ続けながら、レイは悲しそうに眉を寄せた。
『私、呪われてなんか無いよ。ネアはそんな事しない…これは私が決めた事だもん』
「……呪いデハ無イ?自分の意思デ…レイを苦シメテ泣カセタあの男の為ニ我輩を殺スと言うんデスカ」
『ネアの為じゃ』
「許シマセン」
『私、ネアの為じゃ…!』
「貴女ノ心ニ他人ガ住ミ着クナンテ許シマセン!!!」
=永遠=
怒りに囚われた顔で自分を攻撃し続ける千年伯爵を見て、レイは攻撃を受け止めながらグッと唇を噛んだ。
「レイ…ッ!!」
「アレン・ウォーカー!!」
起き上がろうとして崩れたアレンを見てバクは思わずそう声を上げた。
しかし自分に出来る事など無い。
バクは建物の屋根に辛うじて引っ掛かって気を失っているボロボロのフォーを見上げてぐっと拳を握った。
「ッ、アイリーン!!無理を承知で頼む…助けてくれ!!!」
「バク支部長!」
「バクちゃん、無理だよアイリーンも…」
「黙ってろ、コムイイ!」
「……」
「身勝手な願いだ…俺は何も出来無いし何もしていない、見ていられないと目を瞑りたくなる様な臆病者だ…護ってもらうばかりで、皆を傷付けてばかりだ!いつも力があればと願っている、力があっても実際に戦えるかも分からぬ臆病者なのに!
お願いだ…お前には誰にも負けない力がある、誰にも負けない心がある」
“お願いだ、助けてくれ…”ボロボロと涙を流すバクの鼻をすする音と共に微かに聞こえるのは“クスクス”と笑う声だった。
うつ伏せに地に倒れているアイリーンの頭が動き、顔がバク達の方を向く。
『貴方やっぱりかっこよくて可愛いわ、バク』
笑って“鼻水出てるわよ”と言われ、次々と溢れそうになる涙をぐっと堪えて鼻をすする。
「からかうな、馬鹿者め!」
『まぁ、素直な感想を述べたまでよ』
「あ、アイリーン、大丈夫なのか?!」
『大丈夫とは言えないわね…でも心配無いわよ、リーバー』
「アイリーン元帥、結界を解いて頂ければ私が…」
『そこで大人しくしてなさい』
「しかし!」
『もう、貴方に手出しは出来無いわ。殺される貴方を見たくないもの…そこに居て頂戴、ハワード』
“それとね”と、アイリーンは続けた。
『貴方の事…私は臆病者だなんて思わないわよ、バク』
「俺は…頼る事しか出来無い」
『貴方は一生懸命皆をサポートをし続けたじゃない。貴方は科学班としても支部長としても頑張ってた…それを私は知ってるわ。
勿論、アジア支部の皆もコムイやリーバー達本部の科学班も、エクソシスト達も探索部隊もジュリー達調理班もヘブラスカも…何を考えてるか分からないけど、ルベリエだって勿論そうね。その下で働くハワードも。
ねぇ、バク…皆、戦えても戦えなくても、自分に出来る事を皆の為に頑張ってるのよ。私は一生懸命な貴方を…仲間を思って自分の事を責める貴方を臆病者だなんて思わないわ』
“とっても素敵よ”と言って、アイリーンはニッコリと笑った。
『大丈夫、きっと何とかなるから』
アイリーンが何の保証も無い…
慰めの様な、直ぐに溶けてしまう甘い飴の様な…そんな言葉を口にしたその時、レイがふわっと浮かび上がり、ドレスの腹部を赤く染めていた血とそこに空いた穴が消え去った。
両腕と首に巻かれた黒いリボンが真っ白に染まる。
レイは何もなかった様に追撃してくる千年伯爵の攻撃を避け続けた。
「レイ、コチラ二来ナサイ!我輩ガ14番目ノ呪イカラ救ッテアゲマスカラ♡」
『……』
「ッ…何故、我輩ノ腕ヲ擦リ抜ケルノデスカ!!」
『無理だよ…私は捕まらない…それにね、それはもう“攻撃”だよ』
「コッチニ来イィィィィイィィ!!!!」
『無理だよ…私には勝てない』
街並みが変わる。
建物が路地を埋める様に密着し、噴水を中心に四角く辺りを囲む。
唯一の出口を塞ぐ様に高く高く上へ伸びる建物、地から伸びた無数の黒いリボンの様な帯が千年伯爵を襲う中、レイは宙に佇んでそれを見ていた。
『記憶が戻った。方舟の使い方を思い出したの』
過去の私全てを持つレイが私の中に戻り、記憶が戻った。
だから正しい力の使い方も思い出した。
『方舟は多くの情報を収容する生きる図書館…私は館長であり図書館自身。司書の貴方より全てを分かっているし、私が望めば貴方は立ち入る事さえ許されない。
貴方がどう動くか分かる…貴方の弱点が分かる。知っている』
でもだからといって、全てを上手く収める事は出来無い。
私にはこの力を操る力がもう無い。無いに等しい。
傷は塞がり、敗れたドレスも元通り。
それは見た目だけだ。
傷は塞がった…くっ付けただけだ。失った血は戻らない。
血を失い、イノセンスに犯されて消耗した体は今、見栄だけで立っている。
『終わりにしよう』
もう止めよう。
事実から目を背ける事を。
もう止めよう。
これ以上傷付く人が現れる前に。
『私は千年伯爵を殺す』
ネアの代わりに…
私が終わらせるんだ。
ネアとは違う方法で……
「嘘ダ!!!レイガソンナ事言ウ筈ガ無イ!!」
『
「ソノ名前ヲ口ニスルナ!!」
『ネアが望んだ形では無いし…』
「止メロ、レイハ我輩ノ方舟ダ!!14番目ノ物ジャナイ!!!」
『本当は35年前にしなきゃいけない事だった』
「レイハ我輩ノモノダ!!千年伯爵デアル我輩ノ…」
絡み付いて来る黒いリボンを、滅茶苦茶に振り回した剣で斬りながら千年伯爵は叫んだ。
「レイハ僕ノモノダ!!ズットズット永遠二!!!」
瞬間、アレンの目の前に膝を抱えて現れたレイは、アレンの剣を手に取るとニッコリと笑った。
『借りるね、アレン』
「ぇ…」
剣を持って立ち上がったレイが歩き出すと、背後で何かが崩れる音がした。
レイが振り返ると、神田が地に倒れる様に座り込んで、レイのドレスの裾を掴んでいた。
『ユウ…』
「…く…な……」
『馬鹿ね…無理しちゃ駄目じゃない』
どうやって倒れてた所からここまで来たんだろ……ホント、しょうがない人…
「…な……」
『ん…?』
「行くな」
『………約束、護ってね』
レイはグッとドレスを引いて神田の手を振り払うと、困った様に笑った。
『“無茶しないで、ユウ”』
“トンッ”とレイは飛び上がった。
そしてアレンの剣を空に向かって大きく振り上げ…手放した。
自分を拘束しようとする黒いそれを振り払う様に斬り続ける千年伯爵の所まで飛んで行くと、抱き付く。
「レイ…」
『ごめんね』
グッと地を蹴って、レイは千年伯爵を押し倒した。
円を描いて宙に放られた剣。
『大丈夫だから』
勢いを失った剣は刃を下に向けて落ち…
レイと千年伯爵を貫いた。
レイの背を貫き、千年伯爵の腹部を貫いた剣は、二人を地に縫い付ける様に地に突き刺さる。
静寂の中、私の名前を口にしたアレンの小さな声が耳に届いた。
“レイ”たったそれだけの言葉だったのに“何でそんな事をしてるの?”と問われた気分だった。
いや…問われたのだろう。
少ししてリナリーの悲鳴の様な唸り声がした。
あぁ、もっと上手くやるつもりだったのに、リナリー達に変なもの見せちゃったな…
「レイ…何デ、コンナ」
『私は貴方を殺すって決めたんだもん』
“でもね”と言ってレイはニッコリと笑った。
『貴方を一人にはしない』
貴方を殺すなら、私も一緒に死ぬ。
私は“千年伯爵”とずっと一緒だった…永い時をずっとずっと……
『これからも一緒に居てあげる。だから…ねぇ、思い出して?』
「君ハ…君ハ僕ノモノダ」
『……』
「ズットズット…」
そっとレイの頬に触れていた千年伯爵の顔が、服が…ボロボロと崩れだす。
“千年伯爵”が崩れだす。
「ズット君が欲しかっタ…」
千年伯爵の中から現れたのは、一人の男だった。
少し情けない顔の優しそうな男だ。
「僕は君を愛してる」
男の頬を伝う涙を、レイはそっと指で拭った。
『うん…知ってるよ』
「君は
『う~ん…それは違うかな』
「ネアにとられるだなんて許せなかった」
『だからって兄弟喧嘩で殺し合いなんて最低よ。ネアも貴方もノアの皆を巻き込んだ』
「それ程に、僕は君を愛してた。ネアと喧嘩した事も皆を巻き込んだ事も悔やんで無い。僕は君を今も愛してる」
“うん”と言って、レイは自分の頬に触れる男の手を包む様に自分の手を重ねた。
『ありがとう、マナ』
「……マ…ナ?」
“マナ”という名前に反応したのはアレンだった。
レイはそっと男…マナの頬に触れると、アレンの方を向かせた。
その顔を見て、アレンは目を見開いた。
『マナ、覚えてる?』
「……アレン?」
『そう、アレンだよ。昔は私達の友達だった…今は』
「僕の息子です」
『うん…そうだね』
何もかも思い出した様だった。
自分とネアが兄弟だった事も、自分がノアになって後を追う様にネアもノアになった事も。
自分を見失って千年伯爵のメモリーに呑み込まれた事も…
「マナが…千年伯爵?」
『そうだよ』
「そんな…嘘だ!マナは、マナは人間だった!!」
『私は兎も角…マナも含めてノアの皆は人間だよ。能力を持っているだけで、人間である事に変わりは無い』
「でも、でも…ッ!!」
『マナは憎しみに負けて千年伯爵というメモリーに自我を渡しちゃったの』
でも完璧には呑まれなかった。
壊れたマナは自分がノアである事とノアの家族を忘却し、ネアを思いながらアレンを育てた。
壊れたマナは自分がマナだという事を忘却し、世界に終焉を与える千年伯爵という役と私に異様に執着する様になった。
『二つの人格が、お互いの記憶を忘却しながら二重生活送った結果、マナはアレンと親子になったんだよ』
そして記憶を失った私は、屋敷の自室に閉じ込められた。
「でも、ダークマターは…!」
『アレンの元に千年伯爵が現れた瞬間、二つの人格がお互いを。他人としてだけど認識した。だから“異変”が起きたの。
マナの魂を持ったつもりのダークマターがアレンを殺す事に抵抗した。結果、アレンの目にその姿が映る様になった』
「マ…ナ……」
「アレン…」
『最初はぼんやりしてたけど、マナの記憶は戻ってる。このマナはね、千年伯爵である前に、貴方と一緒に時を過ごした、貴方の大好きなマナなんだよ』
複雑に歪んだアレンの表情を見て、マナは困った様に眉を寄せた。
「……ごめんなさい、アレン…辛い思いを…させてしまいました」
「マ…」
「でも気持ちはあの時と変わってませんよ」
「マナ…」
「愛してますよ、アレン。君は僕の大事な息子です」
「ッ……うっせ、マナのバーカ!」
涙を浮かべて真っ赤になるアレンが可愛くて、思わずアハハと声を上げて笑った。
ふう…と息を吐いて力を抜くと“千年伯爵が消えた分”空いていたマナとの距離を埋める為に体を突き抜ける剣を押し進める様に体をマナに近付ける。
ズズ…と進む剣の何故か鈍い痛みに耐えながらマナの首に腕を回して抱き付く。
そっと背に回ったマナの腕が、ぎゅっと私を抱き締めた。
『もう…限界だわ……』
ゆっくりと…地下で爆発が起きたかの様に浮かび上がる石畳。
「僕も…もう限界ですかね」
『アレンの剣は退魔の剣だもん』
建物も、噴水も、あの時計塔も…全てが消し飛ぶ様に消えて行き、世界が白に染まっていく。
『大丈夫だよ、マナ』
「…はい」
『私も一緒にいくから』
「……」
『もう、寂しくないよ』
マナの頰に頰を寄せると、ギュッと抱き締められる腕に少し力が入った。
もう力が入らないのだろう…マナの力は弱い。
「…レイ、愛してます」
『うん』
「そんな貴女に沢山辛い思いをさせてしまった」
『うん』
「大切なネアを憎む程、好きでした」
『うん』
「家族を巻き込む程、好きでした」
『うん』
「メモリーに呑まれる程、好きでした」
『うん』
「壊れる程、好きでした」
『うん』
「初めて会った時から好きでした」
『…フフ、そんなに?』
「えぇ、一目惚れでしたよ」
『ありがとう』
「今までもこれからもずっとずっと好きです」
『うん』
「ずっとずっと…貴女を永遠に愛してます」
『うん…ありがとう』
ありがとう…
気付けなくて…ごめんね──…