第6章 EGOIST
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118
神様ってなんだろう。
僕の左腕をこんなにして…
両親を奪って。
マナと出会わせてマナを奪って。
伯爵と出会わせて、こんな目を与えた。
それに僕が14番目の記録を持っている宿主だなんて…
フザケテル。
僕だけじゃない…
ノアであるレイにイノセンスを渡し、アイリーンや師匠と出会わせて、エクソシストにして。
家族と戦わせて。
僕等を護らせて…
イノセンスを使って操るだなんて…
神様はクズだ。
ただ家族を大好きな…
どっちの家族も譲れない。
皆を大好きだと…大事だと言った女の子をたった一人で聖戦のど真ん中に立たせて…
悩ませて、裏切らせて、傷付けさせて、苦しめて…泣かせるなんて。
最低じゃないか…
それを助けられない僕も──…
…………無力だ。
レイを止める方法が分からない。
レイを抑える力が無い。
レイを斬る事も出来ない。
ただ…
レイを悲しませるだけ。
「だったら黙って見てろよ」
=夢の中の君=
眉間にランスが刺さったフランソワーズがグラリと揺れる。
崩れるフランソワーズを抱きとめる様に上に向かって両腕を伸ばすと次の瞬間、飛び付く様に抱き締められた。
勢いのまま数メートル飛び、抱き締められたまま地に崩れるフランソワーズを見ていた。
「何してるんさ!」
「お兄ちゃん…」
“危ないだろ”と眼帯の男、ラビに怒られて、何だか嬉しくなった。
怒られたのは…一体いつ振りだろうか。
「大丈夫だよ、私強いから」
そう言って笑った白いワンピースに金色の髪の昔のレイは、ラビの腕から抜けると、地に横たわるフランソワーズに歩み寄った。
長い金髪を耳にかけると、大きな額に触れて優しく撫でる。
「二回も壊しちゃった…ご苦労様、もう呼ばないわフラン」
クロくんに壊された最初のフフランソワーズも、この姿になった後の私が作り直したこのフランソワーズも、どちらも壊れされてしまった。壊してしまった。
私の唯一のアクマ、従順なお人形…
「おやすみぃ、フラン」
パリンッと音を立てて砕けたフランソワーズの居た所から目線を上げて見ると、ボンドムがレイを抱き締めていた。
長く綺麗なボンドムの金髪が、二人を貫く。
「レイ?!!」
「わぉ」
白いレイは、駆け出したラビの腕を掴んで制した。
「何するんさ!!」
「大丈夫だよ」
「どこがさ?!アイツ、髪でレイを」
「大丈夫、あれはイノセンスを壊す為にやってるんだよ」
エクソシストである自分を殺してるんだ。
「大丈夫…」
…しかし荒技を使ったものだ。
イノセンスを破壊する為に自分ごと貫かせるなんて……人知を超えた能力を持っているノアでも、出血が多かったり急所に当たれば勿論死ぬのに。
「方舟 はこんなんじゃ死なないよ」
白いレイは、ラビを落ち着かせる様にそう言った。
そんな保障、どこにも無いのに。
『『ぃやあ゙あぁぁァぁぁ!!!』』
レイとアイリーン。
二人の悲鳴の様な叫び声が辺りに響く…
ジャスデビがレイを、リーバーがアイリーンを抱き締める腕に力を入れた瞬間、白いレイは目を閉じた。
毛先から徐々に、綺麗な金髪が黒く染まっていく。
「っ、おい、大丈夫か?!」
「大丈夫だから…少し黙っててお兄ちゃん」
白いレイの額にじわりと汗が浮かぶ。
これは少々マズイかもしれない…
あの二人がイノセンスに対して悪足掻きをした様に、今度はイノセンスがあの二人を逃がさない様に悪足掻きをしているのだ。
レイのイノセンスが新しい方舟にダメージを与えている。
その影響が少しずつ私の方舟にきているのだ。
私とレイ、二人は完璧な別物ではないのだから。
瞬間、私の苦痛に歪む声が…頭に響いた。
と思ったが…良く似た声だが、これは私のものでは無い。
これは…
「クロくんと自分…どっちをとるかって事なのね」
「…何て言ったさ」
「ん。何でも無いよ、お兄ちゃん」
“ふぅ”と息を吐いた。
そもそも方舟を使うのがクロくんと別れて以来…ダウンロードを止めた時が久しぶりだった。そこから何回繋げただろうか。
「無茶言うなぁ…」
「え…?」
「………」
少しズレるかと思ったが…案外上手くいくものだ。
手に馴染んだと言うかなんと言うか…
白い扉が九つ並んで現れ、崩壊した噴水を挟む様に、反対側に黒い扉が五つ現れた。向こうも成功した様だ。
ギギ…と音を立てて開かれた扉。
そこから現れた者達を見て、自分に巻き付く布からスポンッと顔を出した千年伯爵は“何で”と声をもらした。
「これは…」
「あれ?結局同じ場所に繋がってたっス」
「マリ!」
「リナリーか」
「ど、どこかしら、ここ…キャッ」
「ミ、ミランダ、足許に気を付けるである」
「ジジィ?!それに皆も…何でここに!」
白い扉…私が作ったゲートから出て来た仲間を見て、ラビはそう声を上げた。
一方、黒い扉…
「なんだ?随分暴れたようじゃないか」
「ヒュ~♪」
「何の呼び出しかと思ったが…こりゃ、完了か?救援要請か?退却か?」
「……」
「主、御無事ですか?!」
レイのゲートから出て来たノア達は、それぞれ不思議そうな顔をし、一人、即座に状況に気付いたラストルが黒豹の姿で千年伯爵に駆け寄った。
辺りを見回したソカロが不気味に笑って舌舐めずりをした。
「おやおや、凄いねこりゃ」
「なんだ?ノアがうじゃうじゃ居るじゃねぇか、罠か?」
「罠だとしても、お前にとっては餌場だろ。…レイ・アストレイも居る様だ」
“状況が分からんが”と言うクラウドの目線を追ったミランダは、顔を引き攣らせて“ヒッ…”と声をもらした。
ジャスデビに抱き締められて宙に浮くレイ、足許に浮き出た陣、二人を貫く金の槍の様な刃物。
経過を知らない者からすれば、勿論全てが異様だ。
『やっほぅ、ミランダ』
弱々しくそう口にして“皆も久しぶり”と続けて笑うレイを見て、ミランダはボロボロと涙を流した。
レイの痛々しい姿を見て。何より、レイが自分を思い出してくれた事が、ミランダは嬉しかった。
「待って、今時間を!」
『ごめんね』
瞬間、黒い何かがエクソシスト達の視界を横切った。
視線を下ろすと、石畳から先の尖った黒い棒状の物が飛び出ている。
「なん…で……?」
真っ二つに割れた刻盤 を手に、ミランダはそう洩らした。
それはアレン、リナリー、クロウリー、クラウド以外のエクソシスト達の対アクマ武器を貫いていた。
石畳から浮き出た蔦がそれぞれの対アクマ武器に絡み付き、絡め取り、包み込む。
パリン…と小さな音がしたと同時にソカロの雄叫びが響き渡った。
「ッ、発動!」
チャンスとばかりに地を蹴ったノア達に少し遅れて、クラウドが鞭を振るう。
「寄生型対アクマ獣“ラウ・シーミン”GO!!!」
『させない』
石畳から伸びる帯の様な黒いそれがソカロ、ラウ・シーミン、クロウリー、リナリーを捕らえ、口を塞ぐ。
それと同時にクラウドの前に飛び出したのはアイリーンだった。
巻かれた長い黒髪はサラサラの銀髪に…
黒いドレスは黒の教団の団服に…
体を締め付ける様に白い肌に浮き出ていた黒い茨の痣は消えているが、その緋色の瞳はまだ漆黒に覆われている。
未だ顔色の悪いアイリーンは、ぐっと服の袖で赤い口紅を拭うと、エクソシスト達に襲い掛かるノア達に突っ込んで行った。
アイリーンの手元に淡く光る掌大の魔法陣が現れた瞬間、アイリーンは能 の目と鼻の先に飛び、両手をマイトラの頭を掴む様に翳した。
マイトラがぐらりと崩れた瞬間、自分の頭部目掛けて飛んで来た拳を避けたアイリーンは、攻撃を続ける恤 の顎に拳を打ち込むと、横を擦り抜けて裁 の持つ武器を殴り付けた。
パキンッ…と刃が割れた武器を持つ手に体を捻って振り上げた脚を下ろす。
トライドに武器を離させたアイリーンは、蝕 の口から槍の様に伸びて来た舌を掴むとグッと引き寄せてトライドに向けて投げつけた。
二人が激突した壁に向かって魔法陣の浮かぶ手を翳すと、圧を掛けられた様に壁がバコッと凹み、二人は力無く地に崩れた。
シュルシュルと音を立ててアイリーンの両手に現れる無数の糸。
アイリーンが両手を振るえば、その無数の糸が意識を失ったノア達を拘束した。
「おのれ!!」
怒りを露わに走り出した黒豹、色 が走り出し、アイリーンはラストルの上に飛ぶと、その背に脚を振り下ろした。
“ガッ…”と息が漏れる音と共に膝を折って地に滑る様に崩れたラストルにシュルシュルと糸が絡み付く。
その一部始終を千年伯爵は黙って見ていた。
カツ…と小さく音を立てて着地したアイリーンがふらりとよろめき、クロスがその体を抱きとめた。
飽きれた様に息を吐いて小さく震える体を横抱きにする。
「…無茶するなよ」
『ふふ…少し疲れちゃった』
「やり過ぎだろ」
「何なんデスか、貴女は…」
『…私?』
「他にイナイデショ」
千年伯爵はアイリーンを見ていなかった。
ただ、拘束された家族達を真っ直ぐに見ている。
『私は…ただの御節介なおばさんよ』
「タダの御節介な淑女 ハそんなバカみたいに強くありまセンヨ♡」
可笑しそうに笑ったアイリーンは“そうね”と口にした。
『でも、私はただの御節介よ』
“フフフ”と笑った千年伯爵が、自分を拘束していた帯を破ると同時に、クロスは後方に跳んだ。
アイリーンの長い銀髪がさらりと揺れる。
「貴女に話す気ガ無いなら仕方アリませんシ、我輩はレイがいれバそれでイイ♡」
レイとジャスデビ、二人を貫くジャスデビの髪がゆっくりと抜かれる。
その様子を見上げながら、千年伯爵は再び口を開いた。
「レイ、悪魔 から解放された様で良かったデス♡我輩は心底安心しました♡」
『チィ…』
「デ?どういうつもりなんデスカ?」
何故、装備型のイノセンスだけ破壊したのか。
チィと教団の男…特にルベリエがそう問いかけると思ったが、ルベリエが口を開く事は無く、チィのその質問には続きがあった。
「過去のレイと淑女に手を借リましたネ?」
確かにその通りだった。
さっき頭の中に響いた声…
あの子は私にエクソシスト達を新しい方舟に集める様に頼み、アイリーンという…あの女性にはもしもの時は全員を止める様に頼んだ。
『ヤダな…チィにはみんなお見通しだ…ね…ぇ…』
力を無くしたジャスデビの腕がレイを離す。
意識を失ったジャスデビの体と、意識を失った挙句支えも失ったレイの体がずるりと崩れ、地に落ちていく。
レイの体が地に着くよりも早く、意識を失っていた筈のアレンがレイを受け止め、白いレイは、地を蹴ってジャスデビを抱きとめた。
それと同時に駆け出したラビは、イノセンスに侵食されて爛れた腕を押さえる神田を支える。
レイの白いドレスの腹部を赤く汚す血が、アレンをも汚す…
それを見てたアレンが顔を上げた瞬間、白いレイは目を見開いた。
「まさか…」
「随分想像と違うな」
そう口にすると、アレンは崩壊した噴水の一部にレイを寝かせた。
アレンの白髪がうねうねとうねり、黒に染まっていく。
白い肌が染まり、額には聖痕が浮き出る。
細いアレンが、がっちりとした別の男に変わるのを見て、白いレイの頬を一筋の涙が濡らした。
「っ…」
ジャスデビを地に置いて駆け出したレイの体は、アレンだった男の元に辿り着くまでに小さな少女のものへと戻っていた。
「クロくん!!!」
小さな体が地を蹴る。
レイは肩までの金髪と白いワンピースの裾を揺らして男の首に飛びついた。
そして離れない様にギュッと抱き付く。
「よぉ、シロ」
「ほ、本物?」
「あぁ、本物だ」
「やっと…やっと迎えに来てくれた」
背に回された腕が優しく私を包む。
懐かしい体温だった。
「なんだ?さっきの色っぽいのにはもうならないのか?」
「…バッカじゃないの」
レイはクスクス笑うと男の首筋に顔を埋めた。
ぬくもりも、くだらない会話も…何もかもが懐かしい。
「離レナサイ」
いきなりヌッと目の前に現れた千年伯爵を避ける様に、男はレイを抱いたまま後方へ跳んだ。
落ち着かせる様に、男の手がレイの頭を撫でる。
「やはりアレン・ウォーカーの中に潜んでいましたネ♡」
「久し振りだな」
「えェ、久し振りデスね」
当たり前だが…
“ウフフ”と笑うチィは全く楽しそうじゃなかった。
「14番目…コーネリア・D・キャンベル」
「14番目…?」
そう声をもらしたのは何人だろうか。
あちこちからもれる声に、レイは顔を上げた。
「第14使徒“愛 ”だよ」
「なんだ、お姫様?俺が恋しかったのか?」
「…見ての通り。自意識過剰のタラシだよ」
ちゅう、と頬に落ちる口付けに、レイは反射的に目を閉じて14番目…ネアから顔を離した。
「離れなさイ、ネア」
チィの声が静かに響く。
でもクロくんは私を離さなかった。
「お帰りなさイ、14番目♡貴方の事は好きデスし、貴方は確かにレイと仲が良かった。でも、そんな事をしてイイと許した覚えはアりませんヨ♡」
「許し?そんな事関係無いな」
「何デスッテ…」
「こうすると決めたのは俺、こうされるのを拒否しないのはレイ。当人達の決めた事だ、そこにお前は必要無い」
「クロく」
「今も昔もレイは俺のモンだ」
「離レロ!!」
一気に間合いを詰める千年伯爵の攻撃を避けながら、ネアは声を上げた。
「クロス!!」
クロスが千年伯爵の目の前に飛び出し、千年伯爵の視界が緋色に染まる。
瞬間、地に横になったアイリーンは自分の影に手を突っ込んだ。
『砕覇、御免…ッ、クロス!!』
影から引き抜いた二挺の拳銃が宙を舞う。
クロスはそれを受け取ると、二つの銃口を千年伯爵に向けた。
「俺が相手してやる、デブ」
「退いてなさイ、生臭坊主♡」
クロスと千年伯爵がやり合う中、レイは体を起こしてネアと目を合わせた。
「シロ、待たせちまったな」
「本当にね…まさかアレンに協力してもらってると思わなかった」
「あぁ、俺も…まさかアレンが若返ってるとは思わなかったさ」
「それは私も一緒だよ。最初はこのアレンがアレンだとは思わなかった」
「何もかもが予想と違う」
「クロくんの勝手な想像でしょ。人とは思い通りにならないものだよ」
“それもそうだな”と言って笑うクロくんは何も変わっていない様に見えた。
見えたけど、私は敢えて聞いた。
「クロくん、気持ちは変わってないの?」
あの日、私を方舟に置き去りにしてから…
その気持ちに、その覚悟に変わりは…
「変わってないよ」
「…そう」
「全てを忘却し破壊人形に成り果てたアイツをあのままには出来無い…何があっても」
「…そう」
「千年公を殺して、俺が千年伯爵になる」
「…分かったよ、クロくん」
私はクロくんに付き合うと決めた。
決めたからこそ、クロくんが迎えに来るまでずっと方舟の中で待ってたんだ。
「アイリーン、大丈夫か?!」
ふと耳に届いた声はティキの声だった。
アイリーンの影から戻って来たのだから、きっとアイリーンのイノセンスを壊す事に成功したんだろう。
まぁ、アイリーンに何らかの代償はあるだろうけど…
アイリーンの体を揺すっていたティキが、ふと視線を感じて顔を上げた。
その目はクロくんを見ると驚いた様に見開かれた。当然だろう。
「クロくん、今代の快楽 だよ」
「…俺にそっくりじゃねぇか」
“気味悪いな”と言うネアをレイは笑った。
「だよね、私も思った!だからレイも彼に惹かれたのかも」
「凄いなお前の執念。そんなに俺が好きか、おい」
「レディーに何言ってるの、最低」
「照れるなよ」
「照れてない。それにレイと私は別物だもん…たぶん」
「…引っ掛かる言い方だな」
レイと私は別物だ。そう言い切れる。
言い切れるけど…このままではいけない気がした。
このままクロくんの望み通り、アレンを殺して、チィを殺して、皆を悲しませて…
最後にレイの記憶を悲しませて…
それで本当にいいんだろうか。
「…言ってみろよ、シロ。散々待たせたんだからお前の望みくらい聞いてやる」
「……」
「…シロ」
「アレンを…」
「ん?」
「アレンを助けてあげて」
「…俺に復活するなって事か」
「生き返ってほしい、一緒に居たい…でもその為にアレンや皆を傷付けるのは嫌だ」
「俺の復活がアレンの望みでもか?」
「それは“今のアレン”の望みじゃない」
「……」
「それにね、私も戦えない」
“お願い、クロくん”そう小さく口にしたレイの額にネアの唇がそっと押し付けられた。
「俺の望みは千年公を殺す事と…お前だ」
「分かったよ、クロくん」
レイの唇がネアの唇に重なり、ネアはそっと目を閉じた。
「クロくん、大好き」
そう、小さな私の声がした。
クロくん。クロくんって結局誰だったんだろ?
そう思って重たい瞼を押し開くと、小さな私が笑ってた。
「私ね、新しい方舟の侵食が始まっちゃってて、もうほとんど力が無いんだ」
侵食…
「だからね、後は任せるよ」
何を…
任せるって何を…
「大丈夫、怖くないよ」
あぁ…
そうだ、私は──…
神様ってなんだろう。
僕の左腕をこんなにして…
両親を奪って。
マナと出会わせてマナを奪って。
伯爵と出会わせて、こんな目を与えた。
それに僕が14番目の記録を持っている宿主だなんて…
フザケテル。
僕だけじゃない…
ノアであるレイにイノセンスを渡し、アイリーンや師匠と出会わせて、エクソシストにして。
家族と戦わせて。
僕等を護らせて…
イノセンスを使って操るだなんて…
神様はクズだ。
ただ家族を大好きな…
どっちの家族も譲れない。
皆を大好きだと…大事だと言った女の子をたった一人で聖戦のど真ん中に立たせて…
悩ませて、裏切らせて、傷付けさせて、苦しめて…泣かせるなんて。
最低じゃないか…
それを助けられない僕も──…
…………無力だ。
レイを止める方法が分からない。
レイを抑える力が無い。
レイを斬る事も出来ない。
ただ…
レイを悲しませるだけ。
「だったら黙って見てろよ」
=夢の中の君=
眉間にランスが刺さったフランソワーズがグラリと揺れる。
崩れるフランソワーズを抱きとめる様に上に向かって両腕を伸ばすと次の瞬間、飛び付く様に抱き締められた。
勢いのまま数メートル飛び、抱き締められたまま地に崩れるフランソワーズを見ていた。
「何してるんさ!」
「お兄ちゃん…」
“危ないだろ”と眼帯の男、ラビに怒られて、何だか嬉しくなった。
怒られたのは…一体いつ振りだろうか。
「大丈夫だよ、私強いから」
そう言って笑った白いワンピースに金色の髪の昔のレイは、ラビの腕から抜けると、地に横たわるフランソワーズに歩み寄った。
長い金髪を耳にかけると、大きな額に触れて優しく撫でる。
「二回も壊しちゃった…ご苦労様、もう呼ばないわフラン」
クロくんに壊された最初のフフランソワーズも、この姿になった後の私が作り直したこのフランソワーズも、どちらも壊れされてしまった。壊してしまった。
私の唯一のアクマ、従順なお人形…
「おやすみぃ、フラン」
パリンッと音を立てて砕けたフランソワーズの居た所から目線を上げて見ると、ボンドムがレイを抱き締めていた。
長く綺麗なボンドムの金髪が、二人を貫く。
「レイ?!!」
「わぉ」
白いレイは、駆け出したラビの腕を掴んで制した。
「何するんさ!!」
「大丈夫だよ」
「どこがさ?!アイツ、髪でレイを」
「大丈夫、あれはイノセンスを壊す為にやってるんだよ」
エクソシストである自分を殺してるんだ。
「大丈夫…」
…しかし荒技を使ったものだ。
イノセンスを破壊する為に自分ごと貫かせるなんて……人知を超えた能力を持っているノアでも、出血が多かったり急所に当たれば勿論死ぬのに。
「
白いレイは、ラビを落ち着かせる様にそう言った。
そんな保障、どこにも無いのに。
『『ぃやあ゙あぁぁァぁぁ!!!』』
レイとアイリーン。
二人の悲鳴の様な叫び声が辺りに響く…
ジャスデビがレイを、リーバーがアイリーンを抱き締める腕に力を入れた瞬間、白いレイは目を閉じた。
毛先から徐々に、綺麗な金髪が黒く染まっていく。
「っ、おい、大丈夫か?!」
「大丈夫だから…少し黙っててお兄ちゃん」
白いレイの額にじわりと汗が浮かぶ。
これは少々マズイかもしれない…
あの二人がイノセンスに対して悪足掻きをした様に、今度はイノセンスがあの二人を逃がさない様に悪足掻きをしているのだ。
レイのイノセンスが新しい方舟にダメージを与えている。
その影響が少しずつ私の方舟にきているのだ。
私とレイ、二人は完璧な別物ではないのだから。
瞬間、私の苦痛に歪む声が…頭に響いた。
と思ったが…良く似た声だが、これは私のものでは無い。
これは…
「クロくんと自分…どっちをとるかって事なのね」
「…何て言ったさ」
「ん。何でも無いよ、お兄ちゃん」
“ふぅ”と息を吐いた。
そもそも方舟を使うのがクロくんと別れて以来…ダウンロードを止めた時が久しぶりだった。そこから何回繋げただろうか。
「無茶言うなぁ…」
「え…?」
「………」
少しズレるかと思ったが…案外上手くいくものだ。
手に馴染んだと言うかなんと言うか…
白い扉が九つ並んで現れ、崩壊した噴水を挟む様に、反対側に黒い扉が五つ現れた。向こうも成功した様だ。
ギギ…と音を立てて開かれた扉。
そこから現れた者達を見て、自分に巻き付く布からスポンッと顔を出した千年伯爵は“何で”と声をもらした。
「これは…」
「あれ?結局同じ場所に繋がってたっス」
「マリ!」
「リナリーか」
「ど、どこかしら、ここ…キャッ」
「ミ、ミランダ、足許に気を付けるである」
「ジジィ?!それに皆も…何でここに!」
白い扉…私が作ったゲートから出て来た仲間を見て、ラビはそう声を上げた。
一方、黒い扉…
「なんだ?随分暴れたようじゃないか」
「ヒュ~♪」
「何の呼び出しかと思ったが…こりゃ、完了か?救援要請か?退却か?」
「……」
「主、御無事ですか?!」
レイのゲートから出て来たノア達は、それぞれ不思議そうな顔をし、一人、即座に状況に気付いたラストルが黒豹の姿で千年伯爵に駆け寄った。
辺りを見回したソカロが不気味に笑って舌舐めずりをした。
「おやおや、凄いねこりゃ」
「なんだ?ノアがうじゃうじゃ居るじゃねぇか、罠か?」
「罠だとしても、お前にとっては餌場だろ。…レイ・アストレイも居る様だ」
“状況が分からんが”と言うクラウドの目線を追ったミランダは、顔を引き攣らせて“ヒッ…”と声をもらした。
ジャスデビに抱き締められて宙に浮くレイ、足許に浮き出た陣、二人を貫く金の槍の様な刃物。
経過を知らない者からすれば、勿論全てが異様だ。
『やっほぅ、ミランダ』
弱々しくそう口にして“皆も久しぶり”と続けて笑うレイを見て、ミランダはボロボロと涙を流した。
レイの痛々しい姿を見て。何より、レイが自分を思い出してくれた事が、ミランダは嬉しかった。
「待って、今時間を!」
『ごめんね』
瞬間、黒い何かがエクソシスト達の視界を横切った。
視線を下ろすと、石畳から先の尖った黒い棒状の物が飛び出ている。
「なん…で……?」
真っ二つに割れた
それはアレン、リナリー、クロウリー、クラウド以外のエクソシスト達の対アクマ武器を貫いていた。
石畳から浮き出た蔦がそれぞれの対アクマ武器に絡み付き、絡め取り、包み込む。
パリン…と小さな音がしたと同時にソカロの雄叫びが響き渡った。
「ッ、発動!」
チャンスとばかりに地を蹴ったノア達に少し遅れて、クラウドが鞭を振るう。
「寄生型対アクマ獣“ラウ・シーミン”GO!!!」
『させない』
石畳から伸びる帯の様な黒いそれがソカロ、ラウ・シーミン、クロウリー、リナリーを捕らえ、口を塞ぐ。
それと同時にクラウドの前に飛び出したのはアイリーンだった。
巻かれた長い黒髪はサラサラの銀髪に…
黒いドレスは黒の教団の団服に…
体を締め付ける様に白い肌に浮き出ていた黒い茨の痣は消えているが、その緋色の瞳はまだ漆黒に覆われている。
未だ顔色の悪いアイリーンは、ぐっと服の袖で赤い口紅を拭うと、エクソシスト達に襲い掛かるノア達に突っ込んで行った。
アイリーンの手元に淡く光る掌大の魔法陣が現れた瞬間、アイリーンは
マイトラがぐらりと崩れた瞬間、自分の頭部目掛けて飛んで来た拳を避けたアイリーンは、攻撃を続ける
パキンッ…と刃が割れた武器を持つ手に体を捻って振り上げた脚を下ろす。
トライドに武器を離させたアイリーンは、
二人が激突した壁に向かって魔法陣の浮かぶ手を翳すと、圧を掛けられた様に壁がバコッと凹み、二人は力無く地に崩れた。
シュルシュルと音を立ててアイリーンの両手に現れる無数の糸。
アイリーンが両手を振るえば、その無数の糸が意識を失ったノア達を拘束した。
「おのれ!!」
怒りを露わに走り出した黒豹、
“ガッ…”と息が漏れる音と共に膝を折って地に滑る様に崩れたラストルにシュルシュルと糸が絡み付く。
その一部始終を千年伯爵は黙って見ていた。
カツ…と小さく音を立てて着地したアイリーンがふらりとよろめき、クロスがその体を抱きとめた。
飽きれた様に息を吐いて小さく震える体を横抱きにする。
「…無茶するなよ」
『ふふ…少し疲れちゃった』
「やり過ぎだろ」
「何なんデスか、貴女は…」
『…私?』
「他にイナイデショ」
千年伯爵はアイリーンを見ていなかった。
ただ、拘束された家族達を真っ直ぐに見ている。
『私は…ただの御節介なおばさんよ』
「タダの御節介な
可笑しそうに笑ったアイリーンは“そうね”と口にした。
『でも、私はただの御節介よ』
“フフフ”と笑った千年伯爵が、自分を拘束していた帯を破ると同時に、クロスは後方に跳んだ。
アイリーンの長い銀髪がさらりと揺れる。
「貴女に話す気ガ無いなら仕方アリませんシ、我輩はレイがいれバそれでイイ♡」
レイとジャスデビ、二人を貫くジャスデビの髪がゆっくりと抜かれる。
その様子を見上げながら、千年伯爵は再び口を開いた。
「レイ、
『チィ…』
「デ?どういうつもりなんデスカ?」
何故、装備型のイノセンスだけ破壊したのか。
チィと教団の男…特にルベリエがそう問いかけると思ったが、ルベリエが口を開く事は無く、チィのその質問には続きがあった。
「過去のレイと淑女に手を借リましたネ?」
確かにその通りだった。
さっき頭の中に響いた声…
あの子は私にエクソシスト達を新しい方舟に集める様に頼み、アイリーンという…あの女性にはもしもの時は全員を止める様に頼んだ。
『ヤダな…チィにはみんなお見通しだ…ね…ぇ…』
力を無くしたジャスデビの腕がレイを離す。
意識を失ったジャスデビの体と、意識を失った挙句支えも失ったレイの体がずるりと崩れ、地に落ちていく。
レイの体が地に着くよりも早く、意識を失っていた筈のアレンがレイを受け止め、白いレイは、地を蹴ってジャスデビを抱きとめた。
それと同時に駆け出したラビは、イノセンスに侵食されて爛れた腕を押さえる神田を支える。
レイの白いドレスの腹部を赤く汚す血が、アレンをも汚す…
それを見てたアレンが顔を上げた瞬間、白いレイは目を見開いた。
「まさか…」
「随分想像と違うな」
そう口にすると、アレンは崩壊した噴水の一部にレイを寝かせた。
アレンの白髪がうねうねとうねり、黒に染まっていく。
白い肌が染まり、額には聖痕が浮き出る。
細いアレンが、がっちりとした別の男に変わるのを見て、白いレイの頬を一筋の涙が濡らした。
「っ…」
ジャスデビを地に置いて駆け出したレイの体は、アレンだった男の元に辿り着くまでに小さな少女のものへと戻っていた。
「クロくん!!!」
小さな体が地を蹴る。
レイは肩までの金髪と白いワンピースの裾を揺らして男の首に飛びついた。
そして離れない様にギュッと抱き付く。
「よぉ、シロ」
「ほ、本物?」
「あぁ、本物だ」
「やっと…やっと迎えに来てくれた」
背に回された腕が優しく私を包む。
懐かしい体温だった。
「なんだ?さっきの色っぽいのにはもうならないのか?」
「…バッカじゃないの」
レイはクスクス笑うと男の首筋に顔を埋めた。
ぬくもりも、くだらない会話も…何もかもが懐かしい。
「離レナサイ」
いきなりヌッと目の前に現れた千年伯爵を避ける様に、男はレイを抱いたまま後方へ跳んだ。
落ち着かせる様に、男の手がレイの頭を撫でる。
「やはりアレン・ウォーカーの中に潜んでいましたネ♡」
「久し振りだな」
「えェ、久し振りデスね」
当たり前だが…
“ウフフ”と笑うチィは全く楽しそうじゃなかった。
「14番目…コーネリア・D・キャンベル」
「14番目…?」
そう声をもらしたのは何人だろうか。
あちこちからもれる声に、レイは顔を上げた。
「第14使徒“
「なんだ、お姫様?俺が恋しかったのか?」
「…見ての通り。自意識過剰のタラシだよ」
ちゅう、と頬に落ちる口付けに、レイは反射的に目を閉じて14番目…ネアから顔を離した。
「離れなさイ、ネア」
チィの声が静かに響く。
でもクロくんは私を離さなかった。
「お帰りなさイ、14番目♡貴方の事は好きデスし、貴方は確かにレイと仲が良かった。でも、そんな事をしてイイと許した覚えはアりませんヨ♡」
「許し?そんな事関係無いな」
「何デスッテ…」
「こうすると決めたのは俺、こうされるのを拒否しないのはレイ。当人達の決めた事だ、そこにお前は必要無い」
「クロく」
「今も昔もレイは俺のモンだ」
「離レロ!!」
一気に間合いを詰める千年伯爵の攻撃を避けながら、ネアは声を上げた。
「クロス!!」
クロスが千年伯爵の目の前に飛び出し、千年伯爵の視界が緋色に染まる。
瞬間、地に横になったアイリーンは自分の影に手を突っ込んだ。
『砕覇、御免…ッ、クロス!!』
影から引き抜いた二挺の拳銃が宙を舞う。
クロスはそれを受け取ると、二つの銃口を千年伯爵に向けた。
「俺が相手してやる、デブ」
「退いてなさイ、生臭坊主♡」
クロスと千年伯爵がやり合う中、レイは体を起こしてネアと目を合わせた。
「シロ、待たせちまったな」
「本当にね…まさかアレンに協力してもらってると思わなかった」
「あぁ、俺も…まさかアレンが若返ってるとは思わなかったさ」
「それは私も一緒だよ。最初はこのアレンがアレンだとは思わなかった」
「何もかもが予想と違う」
「クロくんの勝手な想像でしょ。人とは思い通りにならないものだよ」
“それもそうだな”と言って笑うクロくんは何も変わっていない様に見えた。
見えたけど、私は敢えて聞いた。
「クロくん、気持ちは変わってないの?」
あの日、私を方舟に置き去りにしてから…
その気持ちに、その覚悟に変わりは…
「変わってないよ」
「…そう」
「全てを忘却し破壊人形に成り果てたアイツをあのままには出来無い…何があっても」
「…そう」
「千年公を殺して、俺が千年伯爵になる」
「…分かったよ、クロくん」
私はクロくんに付き合うと決めた。
決めたからこそ、クロくんが迎えに来るまでずっと方舟の中で待ってたんだ。
「アイリーン、大丈夫か?!」
ふと耳に届いた声はティキの声だった。
アイリーンの影から戻って来たのだから、きっとアイリーンのイノセンスを壊す事に成功したんだろう。
まぁ、アイリーンに何らかの代償はあるだろうけど…
アイリーンの体を揺すっていたティキが、ふと視線を感じて顔を上げた。
その目はクロくんを見ると驚いた様に見開かれた。当然だろう。
「クロくん、今代の
「…俺にそっくりじゃねぇか」
“気味悪いな”と言うネアをレイは笑った。
「だよね、私も思った!だからレイも彼に惹かれたのかも」
「凄いなお前の執念。そんなに俺が好きか、おい」
「レディーに何言ってるの、最低」
「照れるなよ」
「照れてない。それにレイと私は別物だもん…たぶん」
「…引っ掛かる言い方だな」
レイと私は別物だ。そう言い切れる。
言い切れるけど…このままではいけない気がした。
このままクロくんの望み通り、アレンを殺して、チィを殺して、皆を悲しませて…
最後にレイの記憶を悲しませて…
それで本当にいいんだろうか。
「…言ってみろよ、シロ。散々待たせたんだからお前の望みくらい聞いてやる」
「……」
「…シロ」
「アレンを…」
「ん?」
「アレンを助けてあげて」
「…俺に復活するなって事か」
「生き返ってほしい、一緒に居たい…でもその為にアレンや皆を傷付けるのは嫌だ」
「俺の復活がアレンの望みでもか?」
「それは“今のアレン”の望みじゃない」
「……」
「それにね、私も戦えない」
“お願い、クロくん”そう小さく口にしたレイの額にネアの唇がそっと押し付けられた。
「俺の望みは千年公を殺す事と…お前だ」
「分かったよ、クロくん」
レイの唇がネアの唇に重なり、ネアはそっと目を閉じた。
「クロくん、大好き」
そう、小さな私の声がした。
クロくん。クロくんって結局誰だったんだろ?
そう思って重たい瞼を押し開くと、小さな私が笑ってた。
「私ね、新しい方舟の侵食が始まっちゃってて、もうほとんど力が無いんだ」
侵食…
「だからね、後は任せるよ」
何を…
任せるって何を…
「大丈夫、怖くないよ」
あぁ…
そうだ、私は──…